冷砂の王国 ―グランダムの愚王IF―   作:ヒアデス

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第4話 冷砂の街にて

 故国グランダムを出てから一週間。

 俺たちは独立都市リヴォルタで買ったラクダが引く馬車に乗って、エルティガ王国だった地や広大な砂漠を越え、ついに“冷砂の王国”『トファシュ』の街に辿り着いた。

 

 この街は地下水が豊富な“オアシス”を中心に作られた交易都市で、砂漠に囲まれているにもかかわらず植物が豊富で、食料生産用の農場まである。はっきり言って想像していた場所と大違いだ。

 しかし、やはり故郷(グランダム)と比べると緑が乏しく、空気も乾いている。それに加えて……。

 

「岩みたいな建物に地面は砂だらけ。しかもかなり寒いし。砂漠はとても暑いところって本に書いてあったのに。こんな国本当に征服するのー?」

 

 マントで覆った体をぶるぶる震わせながらミリアムは不平を訴える。そんな妹に内心半ばほど同意しながら俺は答えた。

 

禁忌兵器(フェアレーター)が作った暗雲のせいで、太陽の光がほとんど遮られているからな。そのせいで寒いんだろう。何百年か前は“熱砂の王国”と呼ばれていたが、今は“冷砂の王国”と呼ばれているくらいだ。――それより、誤解されそうなことを言わないでくれ。俺たちはあくまで“旅行”に来ただけだ」

 

 そう言って口元に人差し指を立てると、ミリアムも手で口を覆う仕草をとる。そして誰にも聞かれなかったか確認して俺とミリアム、守護騎士たちは先へ歩いた。

 俺と守護騎士もミリアム同様、寒さ避けのマントを纏い、そのうえザフィーラは耳を隠すために頭にスカーフを巻き、俺とミリアムは擬装用の魔法を片目にかけて、俺は両目緑、ミリアムは両目紫に見えるようにしてある。

 これで守護獣や王族には見えなくなったはずだ。だが……

 

「おい、あいつらどこの連中だ?」

 

「“白色”にしちゃ身なりがいい奴ばかりだな。“外”の国の人間か?」

 

「まさか、昔襲ったなんとかって帝国もこの国まで来られなかったんだぜ。北の異国人ごときがここまで来れるわけねえよ。俺らと同じ身なりの奴もいるこったし」

 

 俺たちを見ながら、住民たちはひそひそとあるいは堂々と声を張って会話を交わす。いずれも――この状況で例えに出すのもあれだが――ザフィーラのような褐色色の肌をした者たちばかりだ。

 

「かなり目立ってるようだな……《変身魔法で体の色も変えた方がいいんじゃねえか?》」

 

 思念通話で尋ねてくるヴィータに、俺は「そうだな」と顎に手を乗せて考える。そこで曲がり角から人が現れてどんと音を立ててぶつかった。

 

「――おっと」

 

「あっ、すまない――大丈夫か?」

 

 謝りながら相手に聞き返す。それに対して彼女は笑みを浮かべ、

 

「大丈夫だ。気にしないでくれ」

 

 と言って俺たちに片手を振り、そのまま歩き去っていった――ザフィーラの頭についている宝石をちらりと見ながら――。

 

 俺とぶつかったのは、長い黒髪を下ろし、紫色の瞳をした二十代前後の美女だった。

 黒色の杖を持ち、髪と同じ黒衣のローブを羽織っていて、豊満な胸元や太腿が露出している。

 肌を隠す作りになっているこの国の衣装とはまるで違う。その肌も多くの住民と違い、真っ白だ。

 まさかあの人も……。

 

「お兄さま……なにを見てらっしゃるの?」

 

 後ろからミリアムの声がして、そちらを振り向く。

 ミリアムは無邪気そうな笑みを浮かべながらも疑いのこもった眼差しで俺をじっと見、ヴィータをはじめ守護騎士たちの何人かも剣呑そうな目を向けてきていた。

 あの美女に見とれていたと思われてるっぽいな……。

 

「何でもない。珍しい恰好の人だなと思っただけだ。さぁ、先へ行こう」

 

 首を振りながら背中を向けると、ミリアムは不満そうな声を漏らしながら、騎士たちも剣呑そうな表情のままついてくる。そんな中、ヴィータは俺に近づきながら再び思念通話を飛ばしてきた。

 

《で、どうすんだよ? 主とミリア様の目みたいに、体にも偽装魔法かけとく?》

 

 その問いに俺は首を横に振った。

 

《いや、このままでいこう。さっきみたいな旅行客もいるみたいだし、よく見れば住民たちの中にも白い肌の人がいる。それに今さら体の色を変えたら余計怪しまれるだけだ》

 

《そっか。ただ鼻の下伸ばしてただけじゃなかったんだな》

 

《……そうだ》

 

 否定しきれず少し間を空けて答える。ヴィータも他の騎士たちもそれに突っ込まず、黙って後に続いた。

 

 

 

 

 

 

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「ふむ……」

 

 向こうの注意が完全に逸れたのを確かめて、黒衣の女は後ろを振り返り先ほどの一同に目を向けた。

 

――この国では珍しい服装と白い肌の集団か。しかも唯一この国の住民に近い男は“あの子”と同じ……。一癖ありそうな奴らを見つけてしまったみたいだね。

 

「レクシア、目当てのものだけどやっぱ見つからなかった……んっ、どうしたんだ?」

 

 ふと声がかかって、レクシアという女はそちらに目を向ける。

 彼女の視線の先には短い緑色の髪の上にスカーフを巻いた、十ほどの齢の少女が立っていた。額に髪と同じ緑色の宝石を埋め込んでおり、白色の長いローブを着ている。肌の色も多くの住民たちと同じ褐色だが……。

 

「ニコラか。いや、ちょっと妙な連中を見つけてね。特に一番後ろの褐色肌の大男……彼を見て気付かないかい?」

 

「んっ……」

 

 レクシアの言葉に、ニコラは整った形の鼻をすんすんさせる。すると彼女も気付いたように目を見張り、頓狂な声を上げた。

 

「あ――あいつ《使い魔》じゃん! しかも、あたしと同じ種類の――んむっ!」

 

 レクシアが左手の指を摘まむそぶりをした瞬間、ニコラは口を閉ざし、くぐもった声を漏らす。

 そんな従者に向けて口元に人差し指を立てる主に、ニコラはうんうんと首を縦に振る。それを見てレクシアが指を開いた瞬間、ニコラは大きく口を開けながら息を吐き出した。

 

「ぶはぁ――相変わらず容赦ない主人だなー。で、あいつら何なの? ベルカには《使い魔》を作る技術はなかったんじゃなかったっけ? 『ミッドチルダ』で最初に使い魔作ったのもレクシアだし」

 

「さてね。ベルカはアルハザードに次ぐ魔法文明の発祥地だ。私ごときが考えた方法を他の魔導師が思いつけたとしても不思議でも何でもない。ベルカの先史時代には《守護獣》という人工生命体がいたらしいしね」

 

 謙遜とも単なる否定ともとれぬ言葉に対して、ニコラは組んだ両腕を首の後ろに回しながら「ふーん」と返し、遠ざかっていく一同を見ながら再び口を開く。

 

「で……どうすんの? あいつら追いかける? “あたしらが探してる物”も持ってるかもしれないし」

 

 その問いにレクシアは首を横に振り……

 

「いや、彼らも訳ありのようだ。まだむやみに接触してやらない方がいいだろう。……それよりも、その“探し物”は見つからなかったのかい?」

 

 確認するように聞き直す主に、ニコラは腕を下ろしながら頷きを返した。

 

「ああ。めぼしいところは当たったけど、どこの店にもなかった。『競り』に出るかもしれないけど、今日の競りは確か……」

 

「確か今日は、“あれ”が売りに出される日だったね。“例の首輪”も手に入れてみたいところだったし、そっちも一度見てみるつもりだったが……ああそういえば、彼らが向かっている市場が会場だったっけ」

 

「えっ――じゃあ止めに行く? 子供が見るのもあれだし」

 

 尋ねるニコラにレクシアは首を横に振った。

 

「いや、あれもこの国にいたら避けられない光景だ。むしろ今のうちに慣れておくべきだろう。彼らも一人買っていくつもりかもしれないし。それより、今は“例の物”と宿を探すのが先だ――行くぞ、ポチ」

 

 背を向けるレクシアに「誰がポチだ」と返しながらニコラも彼女を追う。

 

 

 そうして、ミッドチルダの魔導師レクシア・テスタロッサと従者ニコラはケントたちに背を向け、反対方向へ歩き出した。

 ケントたちが彼女らと再会するのはもう少し先のことである。

 

 

 

 

 

 

「いたって普通の街のようですね。先の戦に関係しそうなものも見当たりませんし」

 

「ああ……」

 

 ひそめた声で話しかけてくるシグナムに俺は市場を見回しながら相槌を返す。

 俺たちのまわりに並ぶ店には金をふんだんに使った装飾品に香辛料や文様入りの絨毯といった、グランダムやシュトゥラはおろか帝国でもたまにしか見ないほどのものが並んでいた。しかし、それを物色する余裕も暇もない。

 少しぐらい余裕があるとはいえ、父上から貰った支度金や旅費も限りがある。調査費用などを考えるとあまり贅沢はできない。それに……。

 

 

「――3000ディラ! 3000ディラで落札!」

 

 向こうの広場から野太い男の声と手を叩く音が響き、ほぼ同時に複数の人々の歓声が上がった。

 俺たちも思わず目を向けるものの、それを目にした瞬間、俺たちは思わず目を見張った。

 なぜなら――

 

「こっちの婦人は3000ディラで落札! さあ、早く新しいご主人様のもとに連れて行って!」

 

 商人らしき髭面の男は声高に叫ぶ。

 彼の横には、鎖つきの手錠と首輪をかけられボロボロの布切れを着た女や子供たちが並んでいた。女の方は買い手がついたばかりらしく、二人の男に舞台から引きずり降ろされ、手錠をかけられたまま中年の男に引き渡されている。

 それに目もくれず、商人は残った子供たちの横で――

 

「さあ、残ったのは子供ばかり! 誰か、このみなしごを引き取ってくれる方はいませんかねーー!」

 

 同情を誘うような言葉とは裏腹に、商人は下卑た笑みを浮かべながら観衆に売り文句をかける。

 それに合わせて、少なくない人々が品のない笑い声を漏らした。

 俺はたまらず――

 

「ヴィータ、ミリアムを連れてここから離れろ! お前たちは見ない方がいい!」

 

「えー! わたしも見たいー!」

 

「兄貴がああ言ってんだ。ミリア様はあたしと一緒にあっちに行くぞ!」

 

 抗議の声を上げるミリアムをヴィータは向こうへ引っ張ろうとする。

 それに気付く様子もなく商人は声を張り上げ、“競り”を再開した。

 

「さあ、それじゃあまずはこの子――燃えるような赤髪が特徴の“白色”の女の子だ!」

 

 その言葉とともに下男に手を引かれ、一人の女の子が台に上がった。

 

 

 

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 商人の言った通り、燃えるように赤くて長い髪と青い瞳が特徴的な、十代半ばほどの少女だ。体のあちこちには煤や砂埃が付いているものの、人形のように白い肌と整った容姿は思わず見入ってしまうほどの魅力がある。

 しかし、そう思ってるのは俺ぐらいのようで……。

 

「どうだ、あの子。見た目は結構いいし、お前んとこで家事や夜の供とかにどうよ」

 

「あー、うちは駄目。俺の奥さん、二番目も認めてくれないぐらいだし。それに俺“白色”は好みじゃねえんだ」

 

「家事はできるのか? せめてそれぐらいできねえと買えねえなあ!」

 

 何人かがそう尋ねた途端、商人は頬を引きつらせ、ばつが悪そうに言った。

 

「家事は覚えさせてる途中でして……その代わり文字の読み書きができるんですよ! ――そんなわけで500ディラから! 読み書きができる奴隷を買ってみませんか!」

 

「そりゃ奴隷にしちゃ珍しいけど……」

 

「奴隷が読み書きできてもなぁ」

 

「家事が出来ねえガキ奴隷に500も出せねえよ! 50ディラの間違いだろう!」

 

 客たちはそんな言葉を吐き捨て嘲笑をあげる。それを前にして商人はちっと舌打ちを漏らす。

 その一方で少女は羞恥に顔を染めることもなく、低俗な客たちと目を合わせないように視線を下げ続けるのみだった。

 そんな中……。

 

「ほう、読み書きができる奴隷か……今度のパーティーの見世物にちょうどいい」

 

 ふいに上がった声に観客たちや商人がそちらを見、不穏な予感を覚えたのか少女も顔を上げる。

 そこにいたのは頭にターバンを巻き金や宝石類をちりばめた絹服を纏った、見るからに裕福そうな男だった。

 彼は少女の立つ台に歩み寄り、しげしげと視線を這わせる。それに対して少女はすぐに彼から視線をそらす。

 それを見て男は気分をにやりと口を吊り上げる。その笑みを見た途端、ぞくりと背中が粟立った。

 

「おおっと。ゴーメが目をつけちまったぞ」

 

「この間もここで買った奴隷に火の輪くぐりをさせて死なせちまったんだって。今度はなにさせる気か知らねえが、あのガキもタダではすまないだろうな」

 

 そう言いながらも他の客たちは止めようとせず、それどころかゴーメに怯える少女を指して失笑を浮かべる者さえいる。

 そんな中、ゴーメという男は言った。

 

「5000ディラで買い取ろう。それだけあれば十分元は取れるだろう」

 

 ゴーメの口から出た金額に商人は笑みを漏らす。家事のできない子供としてはかなりの価格らしい。

 

「5000ディラ! 5000ディラ以上出すお客様はいらっしゃいませんか! なら5000ディラでらくさ――」

 

 

「――10000ディラ!

 

 

 その一言が上がった瞬間、商人は口を止め、まわりの客やゴーメも、そして赤髪の少女も目を見張りながらこちら(・・・)を見る。

 それに臆さず俺は告げた。

 

「10000ディラ――その子を10000ディラで買い取る! 足りないならもっと出してもいい!」

 

 そう叫んだ途端、商人と観衆は唖然とこちらを見、後ろでシグナムが「主!」と咎めてくる。

 

 ああ、わかってる。あの女の子一人買い取ったところで、あの子だけが(・・・・・)助かるだけにしかならないことくらい。

 あの子を買い取って自由にしてやったところで、他の子供たちは観客の誰かが買い取っていくだろうし、ここで奴隷が売られ続けられる状況に変わりはない。

 しかも今ので俺たちはかなり目立ってしまっている。この国を調べるために身分を隠して潜入したというのに、いきなりまずい状況だ。だが……

 

「“白色”の小僧が、いいところで水を差しおって――20000ディラ! 20000ディラ出そう! 子供の小遣いではそれ以上出せまい!」

 

 青筋を立てながらゴーメは倍の額を提示し、俺に挑発的な笑みと言葉を向ける。それを見てますます決意が固まった。

 

――こんな奴にあの子は渡すものか!

 

「30000――30000ディラ!」

 

 俺は新たな額を提示する。それを聞いてゴーメはさらに顔を歪め――

 

「50000!」

 

 奴がそう告げた直後、俺は「80000!」と叫んだ。

 どんどん吊り上がっていく額を聞いて、他の客たちが……

 

「おいおい、どうなってんだ? 家事もできないガキに十万近くも付けられてるぞ」

 

「今日競りに出てた奴隷丸ごと買い取っても余る額だよな……実は結構貴重な子なんじゃないのか?」

 

「いや、少なくともゴーメはもうあの“白色”と張り合ってるだけのようだな。“白色”に競りで負けるなんて、街一番の富豪としてのプライドが許さないだろう……ともあれ、次で決まりだ」

 

 ある観客がそうつぶやいたところで、ゴーメは口を閉じ、俺と少女に視線を行き来させる。

 そして口をニヤリと吊り上げて、右手をパーの形に開きながら声高に宣言した。

 

500000! 喜べ。五十万ディラでその娘を買ってやろう!」

 

「ご――五十万ディラ!?」

 

 ゴーメが告げた五十万もの額に商人が驚愕の声をあげ、他の観客も大きくどよめく。

 それを聞きながらゴーメは勝利を確信した笑みを俺に向ける。

 それに顔を向けず――

 

1000000――百万で買い取る!!」

 

「ひゃ――ひゃひゃ、百万!? 本気かあんた? いやそもそも、そんな金本当に持ってんのか!?」

 

 俺は頷き、手元の鞄から百枚の“ディラ紙幣”を取り出し、商人に向ける。それを見て商人や観衆、ゴーメまでもがあんぐり口を開けた。

 ゴーメは憤怒と屈辱で顔を歪め、迷うように口をまごつかせるも――。

 

「やめだやめだ! 多少文字が読めるだけの“白色”に百万以上も出せるか! 俺は帰らせてもらう! 下賤な“白色”同士せいぜい仲良くやってろ! すぐに後悔することになると思うがな!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、ゴーメは他の奴隷に目もくれず市場を後にする。

 奴の背中を眺めてから、俺は呆然としたままの商人に声をかけた。

 

「で、百万で売ってくれるのか? 奴はもうあきらめたみたいだし、他に買い手もいないみたいだが……」

 

 他の観客を指しながら尋ねると、商人も彼らを見渡す。むろん、彼らは競りに参加しようとせず、商人の言葉を待つのみだった。

 

「落札! ――百万ディラで落札決定!!」

 

 商人が声高に宣言した瞬間、市場中に響くほどの歓声が上がる。

 そんな中で、赤髪の少女は呆然としながら自らを買い取った俺を見る。

 手荒な真似をする気はないと示すために、俺は彼女に笑みを向ける。

 だが彼女はぷいと視線をそらし、後ろからはシグナムたちのため息が聞こえてきた。

 

 

 

 俺たちはまだ知らない。

 この市場で行ったこと……“彼女”を買い取ったことが、俺たちの、そしてこの国(トファシュ)の運命を大きく変える事になるなんて……。

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