冷砂の王国 ―グランダムの愚王IF―   作:ヒアデス

8 / 14
第6話 女魔導師の行方

 翌朝。

 

 俺たちが座るテーブルの上には、芳醇な香りを漂わせるケバブという肉料理と、その横に並べられた豆類やトマトやナスといった野菜が乗せられていた。どれもグランダムや周囲の国々では見ない料理ばかりだ。

 

 見た目は悪くなさそうだな。ケバブの方は多少焦げ目がついてしまっているが……。

 

「…………」

 

 不安げな顔を浮かべながら傍に立つジュセクを見てから、俺たちは再び料理に目を向ける。そこでミリアムとヴィータの腹からぐぅっと可愛らしい音が鳴った。

 ヴィータは顔を赤くしながら視線を下げ、ミリアムは彼女の傍に寄って誤魔化そうとする。そんな光景に苦笑しそうになりながら……

 

「じゃあ、とりあえず食べよう。今日もあちこち回る予定だし」

 

 その言葉に、ミリアムと守護騎士たちはうなずいて食器を取り、おじおじと料理を口にする。

 それからしばらくして……。

 

「……どう、でしょうか……」

 

 手ずから(こしら)えた料理を口に運ぶ俺たちを見ながら、ジュセクはおそるおそるといった様子で尋ねる。

 俺は口に入れたケバブをごくりと飲み込んで……

 

「――うまい。肉はピリッとした辛みがあってとても旨いし、野菜もシャキシャキしてる。とてもおいしいよ。……まあ、多少香辛料をかけすぎかなと思うけど」

 

「ご、ごめんなさい。すぐに作り直して――」

 

 ジュセクは謝りながら台所に戻ろうとする。だが――

 

「そう?わたしはこのくらいでいいと思うけど」

 

「ああ、あたしもこれぐらいでいいと思うぜ。ケントの味覚がジジくさいだけだろう」

 

 そう言って、ミリアムとヴィータはジュセクが作った香ばしい料理をぱくぱく口に入れていく。それを見て、ジュセクは困ったような目を俺に向けた。そんな彼女に俺は笑みを向けて――

 

「今日はこれでいいよ。次から香辛料を少なめにしてくれればいい。今でも食べられないってほどじゃないしな。――それよりジュセクもいつまでも立ってないで、こっちに座って食べろ。早くしないとケバブが冷めてしまうぞ」

 

「えっ? で、でも、私みたいな奴隷が皆様と一緒に食べるわけには……私なら後で――」

 

 そう言ったところでジュセクの腹からもくぅっと可愛い音が鳴り、彼女は顔を赤くしながら言葉を止める。

 それを見て――

 

「いいから早く食えって。この後すぐに出かける予定だし、お前も腹減ってるんだろう」

 

「ご、ご主人様――あっ!」

 

 遠慮するジュセクの腕を掴み、強引に引っ張る。すると彼女はバランスを崩して俺の方に倒れ込み、俺は彼女を受け止めようとした結果、ジュセクを抱きとめるような形になった。

 俺もジュセクはそのままの体勢で見つめ合い、まわりの皆は唖然とこちらを見る。

 俺は彼女を放しながら……

 

「わ、悪い。つい……」

 

「い、いえ……じゃあ、私もご主人様のお言葉に甘えて……いただきます」

 

 そう言ってジュセクは俺の隣に座り、おずおずと自ら作った食事に手を伸ばす。

 その様子を横目で見やりながら守護騎士もミリアムも黙々と食事を摂り、俺とジュセクもばつの悪さを覚えながら目の前の食事を口に運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 それから俺たちは食事の片付けと身支度を済ませ、一刻後、この国の現状とジュセクの首輪を外す手がかりをつかむため、再び街に繰り出した。

 昨日同様、褐色肌の民と少数の白色肌の民たちで溢れる街の散策をしつつ、適当な店を訪れては買い物ついでの世間話を装ってさりげなく数週間前の北への遠征について聞き出す。

 

 彼らによれば、王都から登ってきた軍は数十人のみが食料などの消耗品を補給に訪れた後、街そのものを迂回して北へ向かって行ったらしい。

 自国の軍といえど、軍全体を街に出入りさせたりしたら余計な不安や諍いを生みかねない。街の周囲は砂漠ばかりで迂回するだけで通り抜けられるし、行軍としては正しい判断だろう。

 

「その二月後に軍隊は国に戻って来たよ。北から連れてきた大勢の奴隷を引き連れてそのまま王都へとな――しかしそんなことも知らねえってことは、あんたらよそ者かい? まさか北の国の回しもんじゃねえだろうな?」

 

「ははは、そんなわけないだろう。隣の町から来て、この街に軍隊が通りがかったと耳にしてな。念のため聞いておこうと思っただけだ――これでいいだろう」

 

 冗談めかして尋ねてくる店主に、内心ぎくりとしながらも笑い飛ばしながら誤魔化すように代金を渡す。店主は怪しむ様子もなく、笑い返しながら代金を手に収めると思い出したように付け加えた。

 

「よそ者っていや、昨日変な二人がこのあたりを回ってたな。黒ずくめで露出が高い変な服着た“白色”の女と、額に石を付けた十歳ぐらいのガキだ」

 

「えっ――」

 

 それを聞いて俺は怪訝な声を上げる。黒ずくめで露出の高い服を着た女……まさか、昨日ぶつかったあの女か?

 

「その女はここ(市場)で一体何を?」

 

「何ってそりゃ買い物だろう。石細工や宝飾品を売ってる店を訪ねては、“赤い菱形の宝石”は売ってないかあるいは見たことないかって聞いて回ってたらしいぜ。俺のとこにも来て同じことを聞いてきたからよ。ガキはともかく、女の方は絶対この国の人間じゃねえな。北の国からか、あるいは次元船に乗って他の世界から来たのかもしれねえ。西の遺跡に眠っているお宝の噂を聞いてそっちに向かったみたいだから、今頃はそこで砂掘りでもしてるんじゃねえか。がははっ!」

 

 酔狂な魔導師を馬鹿にするように笑い捨てながら、商人は購入したばかりの『地図』を渡してくる。俺はそれを受け取りながら礼を言い、すぐにその場を去った。

 

 

 

 

 

「どうでした?」

 

「いや、知りたいことはほとんどわからなかった。しいて言えば俺たち以外にも他の国から来たかもしれない人間がいるってことぐらいだ」

 

 合流してすぐに訊ねてくるシグナムに、遠征や軍といった言葉をぼかしつつ答える。すると――

 

「もしや昨日、主とぶつかった女子(おなご)ですか? 長い黒髪に黒いローブといった黒ずくめな出で立ちの――」

 

 珍しく雄弁な調子で尋ねてくるザフィーラに俺は首を縦に振って口を開く。

 

「ああ、十歳くらいの子供と一緒に“赤い菱形の宝石”を探し回ってるらしい。そういえば、その子供()額に石をつけてるって言ってたな」

 

 ザフィーラの額についている青い石を見ながらそう言うと、他の騎士たちも彼の額に目を向け、シグナムは顎に手を乗せる仕草をしながらつぶやいた。

 

「額に石……まさかその子供は……」

 

「――まあ、彼女らの事はさておき、この街でこれ以上の収穫は見込めなさそうだ。そろそろ他の街に移った方がいいだろうな」

 

 その言葉にシグナムたちはうなずく。闇の書の頁を集めるための敵がいない以上、彼女たちとしてもこの街に留まる意味はないだろう。

 しかし、次はどこへ向かうべきか……。

 

「あの……ご主人様たちはトファシュの軍隊を追っているんですか?」

 

 その声に俺たちはそちらを振り向く。声を挟んできたのは、聞き込みの間ミリアムのお守り(見張り)をしていたジュセクだった。

 そのミリアムと並びながら聞いてくる彼女に俺はああとうなずき――

 

「追っているわけじゃない……この国で旅をするうえで、安全のためにトファシュ軍の動きを把握しておきたいと思ってな。聞いての通り、北国への侵攻や現地での奴隷狩りなどきな臭い動きがあるからな。最悪自国民すらさらって奴隷として売り飛ばす連中がいるかもしれん」

 

「あっ……そうですね」

 

 誤魔化しついでの説明にジュセクは顔を暗くしながらうなずく。それを見てヴィータが「おい」と険のある声をぶつけてきた。

 そこで俺もジュセクの身の上に気付き――

 

「あっ、すまん。別にお前のことを言ったつもりじゃないんだが――」

 

 謝る俺にジュセクは首を横に振りながら「いえ、わかってます」と答え……

 

「……は、話を戻します。多分、トファシュ軍のほとんどは一度王都へ戻ったのではないでしょうか。現地から集めた物資や奴隷は王宮に納めてから功績に応じて分配することになってます。それにこの国の軍の『統帥権』は()()()この国の王が持ってて、王の命令がない限り軍を解散させることはできないはずですから」

 

 王宮の政や軍制についてすらすら口にするジュセクに対し、俺たちは眉を持ち上げながら耳を傾ける。

 こんなこと誰もが知ってることじゃない。やはりただの奴隷じゃなそうだな。

 だが――

 

「名目上? 実際には違うってことか?」

 

 言葉に紛らせた“含み”に気付き、疑問の声を上げるヴィータにジュセクは驚いたように体をすくませながらも、首を左右に振って言った。

 

「王が軍を動かせるのは本当です……ですが、王が軍事に疎かったりした場合、王の傍にいる高官の誰かが代わりに軍を招集したり動かすこともあると聞いたことがあります」

 

「なるほど、そこは他の国と似たようなものか……いずれにしても、軍や奴らを動かしている黒幕の動きを確かめるには、王都かその近くの街へ移動する必要があるわけだ。この町の太守*1や軍は遠征に参加していないみたいだしな」

 

 俺の言葉にジュセクは「はい」と強くうなずき、まっすぐ俺に視線を注ぐ。その両目からは『早く王都へ行きましょう』という訴えが漏れていた。

 まさかな……。

 

 

 そう思いながらも王都へ向かおうとしたその時――。

 

「――おい、しばらく町から出ないほうがいいぞ!」

「――!?」

 

 突然あらぬ方から声をかけられ、俺たちはぎくりとしながらそちらを振り返る。

 見ればラクダが牽く荷馬車*2に乗り込もうとしていた商人に、一人の男が近づき声をかけていた。

 俺たちの話を聞かれたわけじゃないと知り、胸を撫でおろしつつ男たちに視線と体を向け、彼らの会話に耳を傾ける。そんな俺たちに気付かず、男は商人に忠告をぶつけた。

 

「一週間前から街の外で『砂賊団』が活動してるらしくてよ。いくつかの隊商が襲われて、男は殺されて女子供はさらわれちまった。食料も水も持たずこの町まで逃げてきた生き残りが言ってた話だ。間違いねえだろう」

 

「本当か……ちっ、しばらくここに留まる方が賢明か。で、奴らは今どこに?」

 

 不満げに尋ねる商人に、男は西の方を小指で指しながら言った。

 

「西の方で獲物を探して回ってるらしい。向こうの遺跡でお宝目当ての冒険者や魔導師がたまに現れることがあるからよ。まっ、冒険者を捕まえたら奴らも引き上げていくだろうよ。運悪く捕まっちまったそいつは気の毒だがな。若い女でなければいいが」

 

 その言葉に商人も「ちがいねえ」と笑いを返す。

 一方、俺たちは呆然と彼らから視線を外し、互いに顔を見合わせる。

 

 西にある遺跡、お宝の噂を聞いて向かっていった魔導師たち、そして若い女……そのすべてが昨日すれ違った“彼女”とあてはまる。

 

 そう気付くやいなや、俺は購入したばかりの地図を取り出し、この街を示す印の西側に目を向けた。

 正確には南西……すぐ南に別の町もあるし、王都への道にもなりえるか……。

 

「主、まさかと思いますが……」

 

 察したようにシグナムは問いを掛けてくる。俺はそのまま皆に向きなおって言った。

 

「予定変更だ。彼女たちはほぼ間違いなくトファシュの人間じゃない。俺たちと同じ北からやってきた異国人か、もしかしたら別の世界から来た異世界人かもしれない。彼女や連れの子供からトファシュやこの前の遠征に関する重要な情報が聞けるかもしれない。それに……」

 

 そこで俺はミリアムとジュセクをちらりと見て、じっと耳を傾ける彼女たちから視線を外しながら思念通話で付け足した。

 

《砂賊とやらから多少は魔力を手に入れられるかもしれん。うまくいけば闇の書の完成にも近づけると思うが……違うか?》

 

「…………」

 

 そう訊ねるとシグナムたちは神妙な顔を向けあい、俺にうなずきを返してくる。

 異はないようだな。

 

「じゃあ俺たちは今から西の遺跡というところに行ってくる。ミリアムとジュセクと、ザフィーラあたりは残ってもらいたいが……」

 

 三人を見ながら俺はそう告げる。だがミリアムは不服そうに――

 

「ええー、わたしたちだけ仲間外れー? わたしも兄さまといっしょに遺跡ってところ行ってみたいー!」

 

「ひ、姫、しかし、そこには凶悪な賊がいて、万が一姫が捕まってしまったら――」

 

 駄々をこね始めるミリアムにザフィーラは両手を突き出しながら説得を試みる。

 だがその横から――

 

「ご、ご主人様、私も連れて行ってもらえないでしょうか! 私も武器の扱いの心得があります。それに遺跡周りの賊を壊滅させても、王都へ行くまでの間にまた別の賊と遭遇するかもしれません。なら私たちもご主人様たちに同行して、身の守り方や最低限の戦い方を身につけていった方がいいと思います。――その方がこの街に戻らず、そのまま王都に向かうことができますし!」

 

 最後に漏れ出た本音に俺はやはりと内心つぶやく。どうやら彼女――ジュセクは危険を冒してでも、一刻も早く王都へ行きたいようだ。

 

「……わかった。君の言うことも一理ある。俺たちの言うとおりにすると約束できるなら一緒に来てくれ。……だが相手は“砂賊団”と言われるほどの数だ。ジュセクたちを守り切れる保証はできない。わずかでも怖いと思うなら――」

 

 言い終わる前にジュセクは首を横に振り、口を開いた。

 

「思いません! “あそこ”から抜け出した時から恐怖心なんて捨てました! どうか私も連れて行ってください、ご主人様!」

 

 気弱だったさっきまでが嘘のような強い口調に加え頭まで下げて頼んでくるジュセクに、俺は片手を突き出し――

 

「……わかった。ジュセクも来てくれ。ミリアムもじっとしている気はないんだろう?」

 

「もちろん! 私だってもう剣や魔法が使えるんだから。わたしだけ残れなんて言われても勝手についていかせてもらうわ。お城でも邪魔する衛兵たちを撒いて兄さまに会いに行ってたんだから」

 

 この子なら本当にやりかねないな。留学中の俺に会いにシュトゥラまで来た上に、こうしてこの国(トファシュ)にもついてきてるし。また抜け出されでもしたらそっちの方が危険だ。

 

「わかったわかった。ミリアムも来い。ただし、絶対にジュセクか守護騎士から離れないでくれ! 破れば飛行魔法でグランダムまで送り返す。それだけは忘れるなよ」

 

「はーい! わかりました、お兄さま♪」

 

 調子よく片手を上げながら答えるミリアムやため息をつく俺に、守護騎士たちは同情あるいはあきれたような目を向けてくる。

 そんな中、ジュセクは固い顔で王都がある南を見据えていた。

*1
中央から派遣、もしくは国王に任命された各地方の統治官。北国の領主と異なり領土を所有しているわけではなく、あくまで王から地方の統治権と徴税権を預かっているだけ。太守の中には代々位を世襲している、実質的な封建領主と化している一族もいるが。

*2
砂漠地帯が多い南大陸やトファシュでラクダが“馬”と呼ばれていた事から、トファシュでは現在でもラクダが牽く車を“馬車”と呼んでいる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。