社長の弟は今日も走る   作:エヴォルヴ

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息抜き楽しい!!


病院からこんにちは

「ドクター! また患者が逃げたぞぉおお!!」

 

「要安静! 麻酔でもなんでも持ってきて休ませろ!!!」

 

「離せ! 離してくれドクター! こんなところにいる場合じゃねぇ!! 未払い金を払いに行かなくては!!」

 

 病院で小さな声で叫ぶという高度な技を使って暴れる少年は陸八魔シン。緊急外来でミレニアムサイエンススクール自治区で最も大きな病院に運び込まれた運命の社畜である。

 

 なぜ生きているのか分からないので、研究のためにと少しだけ血液と細胞を採取させてもらったミレニアム生は、鼻息荒くしてミレニアムのラボに帰った。未知の探求をしたがるのは、どの人種も同じなのだろうか。

 

「君、死ぬとこだったんだぞ!?」

 

「あの程度で死んでたら陸八魔アルの弟やってねぇ!! 来世に期待のワンチャンダイブしてるわ!! したけどできなかった!! 頑丈さには自信あるんだぜ!!」

 

「メンタルケアも追加しときますね!!」

 

 満場一致。なお、ワンチャンダイブはしたのではなく、せざるを得なかっただけである。温泉開発部の発破に巻き込まれてしまっただけである。何度も発破と間欠泉の突き上げに巻き込まれる中、シンは温泉開発部に「陸八魔シンを連れ回せば温泉が湧く」と認識された。美食研究会にはフウカが最近使っている調理ロボットグラトニーの開発者であると知られたからだ。哀れ。*1

 

「あ、ところで看護師さんとドクター、化粧で誤魔化してるっぽいですけど隈凄いっすね。有給取って休んでみては?」

 

「「「お前にだけは言われたくねぇよ!!」」」

 

 麻酔を打たれても元気いっぱい陸八魔シン。暴力装置としてストレスを発散したことによるストレスゲージ全消去を達成したお蔭である。適度に発散する、ということが全くできない不器用モンスター、それがシンという技術屋なのだ。ソロモンと72に及ぶ補助ロボットを作ってしまったからか、燃え尽き症候群を発症している可能性も無きにしも非ず。なぜ生きている。

 

「とにかく!! 君は最低一ヶ月は入院してもらう!!」

 

「え゛。……いいんすか」

 

「病人が何を言ってる!? 決定事項だ!!」

 

「美食研究会とか温泉開発部とか風紀委員会とか、厄介ごと来ますが」

 

「患者を引き渡すほど屑になった覚えはない!!」

 

「ど、ドクター……!!」

 

 医者も、看護師も、警備員も若干だが震えている。ここはただの病院で、病院のスタッフはヘイローを持っていないキヴォトスの住民だ。警備員もいるが、彼らもヘイローを持っていない。時折やってくるミレニアムの生徒達がいるが、期待はできない。しかし、それでも。それでも、患者がいるのなら、その患者が生きることを諦めないのなら、助けるのが医療に携わる者である。ミレニアムサイエンススクールの推移を長く見守って来た大型病院の者達の心には、黄金の精神と呼ぶべき精神が宿っていた。

 

 その覚悟と黄金の精神に、シンの瞳からは涙が。優しさに触れると涙が出るのはどうしてだろう。

 

「分かったら病室に戻れ! いいな! 絶対安静だ!!」

 

 頭を下げてしずしずと個室に戻ったシンは、腕輪型デバイスを起動して相棒に声をかける。

 

「凄いぜ、ここ」

 

『忠告、マスターの脳波に乱れを確認。ストレス暴走(ゲヘナ化)による反動と推測』

 

「あれなぁ……久しぶりになったぜ」

 

 病院でちゃんとした点滴をされているからなのか、艶が戻ってきたように感じる自分の角に触れて呟く。理性の無い獣のような状態になったのは、今回が初めてではない。

 

 最初にそうなったのは、ソロモンを作ろうにも技術が足りず、自分へのストレスによるものだ。誰もいないラボでのことだったので、机が粉々になった以外に何も被害は無かった。

 

 二度目の変貌は、トリニティでしか販売されていなかった部品などを購入して気分良く帰ろうとした時。とあるトリニティ総合学園の生徒による襲撃。せっかく買った部品や姉達への土産として買った数量限定ケーキをグチャグチャにされた怒りと、無意識に溜め込んでいたストレスで変貌した。その生徒は捻じれ歪んだ角で何度もどつかれ、死の淵を彷徨ったが普通に回復。回復した後にロールケーキを捻じ込まれ、窒息死しかけた。なお、二回目の変貌はトリニティの自治区に変装もしないで訪れた自分の自業自得だと割り切っている。律儀に治療費と修繕費も支払った。受け取った代理人はトリニティ生だったが、シンの律儀さと義理堅さと不器用さに「ゲヘナって野蛮なだけじゃないんだな」と考えを改めている。

 

 三度目は美食研究会と温泉開発部に追い掛け回された後、風紀委員会の制圧射撃に巻き込まれた時に爆発した。近くで見回りをしていた万魔殿の戦車は廃車確定待ったなしの状態にまでスクラップにされた。乗組員はイロハとイブキ。人的被害は無かったが、哀れなり万魔殿。ちなみに万魔殿は全く気にしていない。シンがいつも苦労していることを知っていたからである。マコトは風紀委員会を突く材料になる為、どうにか保護しようとしているが難しいだろう。

 

 なお、風紀委員会も苦労人を理解している。理解しているがために、保護をするために逃げ場を消そうとしていたが、やり方が野蛮すぎる。人質というのも建前だが、後に引けなくなっているところがある。

 

 なお、シンは口座を凍結したのがヒナだと思っているが、凍結を指示したのは行政官である。真実を知ったら行政官に五十回程度の頭突きを叩き込む事だろう。頭蓋骨が陥没しないか見物だな行政官。止められなかった連中も頭突きを受けるだろう。陥没しないように祈れ。

 

 閑話休題。とにかくシンのこのストレスによる変貌を、シンとソロモンは暴力と理不尽の存在としてゲヘナ化と呼んでいた。

 

「一年ぶりじゃね?」

 

『正確には一年と二ヵ月と二日と二時間ぶりだ』

 

「二がたくさん並んでやがる。縁起がいいか?」

 

 ゲヘナ化については、様々な仮説を立てた。それが本来の姿説、原初の姿説、先祖返り説、突然変異説など、様々な仮説を立てたが、一番有力な仮説は『自分が無意識に抑え付けている本能が爆発した説』である。抑圧、理不尽、暴力、迷惑など、自分に降りかかるストレスに耐え切れなくなった時、「自分がこんな目に遭っているのに、向こうはどうして自由を謳歌できるのか」、「向こうがそうするなら、俺も自由にぶっ壊していいよな?」というゲヘナらしさが顔を出すのではないかという説だ。

 

 ゲヘナらしさがないと言われることが多いシンだが、温泉開発部の中で唯一話が通じる鬼怒川カスミから「君は窮屈そうだな! 本当はもっとこちら側に近いんじゃないかね?」と言われているため、結構当たっているのではと思っている。

 

「ゲヘナ化、あんまり好きじゃねぇんだよな」

 

『あれもまたマスターだ。もう一つの側面(ペルソナ)と言うべきろう』

 

「疲れるから嫌なんだよ」

 

 全てを破壊してやるという衝動が溢れ出るゲヘナ化だが、しっかりと内容を覚えているシン。負担が大きすぎるがあまり、大抵血を吐いて気絶するので好きじゃないというのが本音だった。

 

「しかも今回は病院行きだし」

 

『自業自得だ』

 

「ひっでぇ」

 

『退学を推奨。ミレニアムサイエンススクールへの転校手続きを推奨』

 

「立つ鳥跡を濁さずって知ってるか?」

 

『マスターは鳥ではない』

 

「比喩だよ」

 

 ミレニアムサイエンススクールが用意してくれた移動型ガレージに駐車してあるソロモンは現在、ミレニアムサイエンススクールにて簡単な整備を受けている。変な機能が追加されそうになれば、殺意たっぷりな兵装が飛び出すだろう。ロマンを理解している者がそんなことをしないとは思うが。

 

 楽し気に話をしていると、ノック音が聞え、数拍開けて誰かが入ってきた。その姿にシンは見覚えがあった。

 

「“やぁ、シン”」

 

「ああ、先生。どうも」

 

 アビドス高校にいた先生を名乗る大人だ。柔和そうな顔付きの彼は、ハンカチで額の汗を拭いながら、パイプ椅子に腰かける。

 

「“いやぁ、アビドス高校から飛び出してきたから汗かいちゃったよ”」

 

「よくやりますね」

 

「“君も大概じゃないかな”」

 

「そうかもしれないっすね」

 

 くあ、と欠伸をしながら適当な返答を行うシンに、見舞いへ訪れた先生は何も言わない。アビドス高校で見せた二つの姿よりも健康的で、健全な姿だと思ったから。

 

「それで、どうしたんです? お金足りませんでした?」

 

「“いや、お金のことじゃないよ”」

 

「んー……あ、じゃあソロモンっすか? あれは俺の夢のマシンで────」

 

「“その話も魅力的だけど、君自身の話が聞きたいかな”」

 

「俺の話かぁ……面白みの欠片も無いと思いますがね」

 

 ま、それでもいいなら話しますよ、とカラカラ笑ったシンに頷いた先生は、タブレットをタップして起動する。先生として、彼のことを知るために録音して聞き返すためだ。その場で聞けることは限られるし、面会だって無理を言ってさせてもらっているため、聞き逃す可能性も含めて録音しておくつもりである。

 

「んー、何かを話す、と言ってもマジでつまらないことしか無いんですよね」

 

「“私はそうは思わないよ。生徒との会話は楽しいから”」

 

「おだて上手ですね、先生は」

 

 そう言ってシンは自分のことについて話し始めた。

 

「改めて自己紹介を。俺は陸八魔シン。ゲヘナ学園一年生、無所属です」

 

「“シャーレの先生だよ。よろしくね、シン”」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 軽い自己紹介を済ませて、シンは続ける。

 

「好きなことは睡眠と食事と開発と改造。好きな女の子のタイプは家庭的で優しい人」

 

「“結構そういう話もするんだね”」

 

「ああいや、女所帯なので滅多にしません。ソロモンに言ってもアレですしね!」

 

 大体ロボットとか獣姿だから性癖が噛み合いませんけど。カラカラ笑う彼の姿は健全だが、見た目が全く健全ではない。学生証の写真よりも痩せすぎている。頬は痩せこけ、濃い隈があり、肉を削いだのかと思うほどに痩せ細っているその姿に先生は何も言わないが、痛々しい。こうなるまで放っておいた周囲の人間にあとで何か言わなくては、先生として、一人の人間として。

 

「まぁ、ただ最近は化粧にも凝ってまして」

 

「“その姿を隠すためにかい?”」

 

「そうですね。俺のことを心配してくれる人達がこの姿を見たら、泣いてしまったんで」

 

 シンを心配してくれる給食部の二人が、シンの本来の姿を見て号泣してしまったのが、シンには余程堪えたらしく、以来、化粧で自分の容姿を誤魔化していた。その誤魔化しを見て、やってしまった、泣き落としてでも病院に連れていくべきだったと給食部は後悔しているが、シンはそれを知らない。給食部には大恩がある。ストレスが爆発しそうになった時に食べたカレーや卵焼きの味を忘れられない。今の彼が食べられるのは流動食がギリギリだ。

 

「“どうして病院に行かなかったんだい?”」

 

「まぁ、死んでなかったし。あとはまぁ、面倒事が病院にまで降りかかったら、他の患者さんに、悪いでしょう? 俺、生まれつき頑丈ですから」

 

 自分が耐えられるなら、耐えた方がいい────狂気すら感じるまでの気遣い。善性を通り越して、もはや狂気、己を顧みない善意による他人への気遣いと、自傷行為にすら感じる責任感の強さ。そんな善性を抱えてしまっているからこそ、その善性で堰き止めていたストレスのダムが決壊した時の反動が凄まじいのだ。

 

 誰かに迷惑をかけたくない、という思いが、アビドス高校で言っていた慰安旅行と逃走に繋がるのではないかと先生は考える。誰もいない場所なら、少なくとも自分絡みで迷惑をかけることは無いから。

 

「“シン、もっと気楽に生きた方がいいと思うよ?”」

 

「あー……はい。まぁ、それは分かってるんですよ。けど、姉と愉快な仲間達がやらかした時、あの人達の負債は、誰かが清算しないといけない」

 

「“それは君の負債でも、責任でもないよ”」

 

「いや、俺の責任です」

 

 断言した。

 

「アウトローを目指してる姉さん、愉快犯気質だけどしっかり周りを見ている浅黄さん、冷静沈着で視野が広い鬼方さん、オドオドしてるけど、やる時はやる伊草さん」

 

 断言して、どこか優しくも悲しそうな目をしてすぐに、覚悟の決まった表情を浮かべる。

 

「姉さん達がケジメ付けないんなら────身内の俺が代わりに頭を下げる。それが家族ってものだと、俺は思うんです」

 

 女所帯で、アルやムツキが主導権を持っていたからこそ生まれてしまったであろう価値観。先生も、モニター越しに聞いていた少女も、面会時間の終了を告げるためにやってきた看護師も、彼の異常性に背筋を凍らせた。

 

 相棒のソロモンはというと『そんなしがらみを外せば楽になれるというのに』と考えている。この価値観を粉砕してゲヘナ化することで発散できるからこそ(できてしまう、とも言う)、シンは壊れていないのだ。

 

「……っと、時間ですね。すみません先生! 面白くもない話をしてしまって!」

 

「“ううん、気にしないで。……また今度来るよ”」

 

「ええ、是非。男の人と話す機会は中々ないので助かります」

 

 先生が入室してきた時と同じ、アルと似ている優しい眼差しを向けられながら、先生は病室を出る。大人として、先生として彼に何をしてあげられるだろうと考えながら、空を見上げると────憎らしいくらい美しい青空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

*1
「不憫だ……」「もがき苦しむ様、素敵だぁ……」「魅せてもらいましょう。ストレスの翼で、どこまで飛べるか」

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