幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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最終話 ──かく語りき、新世界の物語

 

Amantes(アマンテース), amentes(アーメンテース)

            Omnia(オムニア) vincit(ウィンキト) Amor(アモール).

 

──すべての想いに巡り来る祝福を──

 

 

 

 

 

 

 たとえ今が夜であろうと、時を構わずこんにちはこんばんは。

 

 どうも、ごきげんよう。

 

 私はレイシア。

 

 お察しの通り転生者だ。

 

 

 転生者──といっても、なんかよくあるウェブ小説とか見るような、二次元転生! って感じの転生ではなかった。いや、「だった」のかもしれないが、そうでなかったようだ。

 

 初っ端から錯乱しているようだが、至って私は正気である。

 なにせこの世の中、前世っぽい記憶があるな~、なんて人は百人に一人、みたいなレベルでちらちら出没するらしい。そういうスレもちょくちょく見かけるし、今や昔の第二次世界大戦中の記憶があるという有名人までいるほどに、そんな珍しいことでもない。

 

 ちょっと残念。

 私だけが転生知識持ってるんだぜオンリーワン! 私TUEEEEE! を、ちょっとやりたかった欲がないかと言われれば、なくもない。

 

 しかしまあ、そんな中二な欲望には早々に蓋をした。

 なんというか、その。

 

 ──知識はあるはあるで、とっても大変だし面倒くさい……

 

 そういう、なんか、一周まわって悟ったような心地になるからである。

 もしかしたら前世のどっかでやったのかもしれない、転生者ムーヴ。それもかなり苦労しながら。

 

 そんな感じの私だが、転生したのは、そこそこに上流階級の家庭だった。

 お嬢様。お金持ち。

 まだ14だってのに死ぬほど縁談がくるわくるわ。

 でもって先日、気の早い両親が勝手に、見合いの場を整えておいたよ! なんて言うもんだから。

 

「──っし、流石にここまで逃げれば問題ないだろ……」

 

 高飛び敢行。

 アメリカを飛び出して、私ははるばるドイツまで逃げてきた。

 実家には「家出します☆」の書き置き一枚。娘の家出テロに執事や使用人たちは発狂しているかもしれないが、おそらく両親は至って平静の面持ちであろう。鍛えられた年数が違う。

 

 見合いなど七面倒くさいこと、やっていられない。

 まあ、どうせどっかで捕まるのがオチになりそうだが、それまでは自由観光といこう。

 というわけで早速──

 

「──よぉ。見つけたぜお転婆ロリ」

 

 ……。

 ちょっと待ってほしい。

 まだ駅を出たばっかなんですけど。

 ロリってアレ、私のことかなー。ろ、ロリ違いじゃないかなー!

 

「……三十六計逃げるに如かず」

 

 だっ!! とその場から走り出した。いや、走り出そうとした。

 しかしスタートダッシュを切る前に、むんずと後ろ首を掴まれる感覚。ぎゃああああ。

 そのままとんでもない腕力で持ち上げられ、足が地面から浮いてしまう。地球よ、さようなら。ついでに観光の自由時間もサヨウナラ────

 

「ったく、顔も見ずに逃げる事ァねえだろうが。ようやく全部終わって会えたってのによ。傷つくぜ」

 

「……ん?」

 

 覗き込んできた顔は、白髪赤眼の青年(イケメン)。17歳くらいだろうか? ハーフアップがとてもお似合いですね。目つき悪っ。だがそれがいい──ていうか。

 

「思い出さないか。まあ、思い出さなくとも連れてくんだが」

 

「……ぁ……あれ……?」

 

 ……知っている。彼を知っている。

 転生者の知識が、記憶が、鮮明に覚えている────!

 

「迎えに来たぜレイシア。嬉し涙流せやコラ」

 

「──ヴィルヘルム!! わああ、会いたかった──!」

 

「うおっ」

 

 すっごくカッコいい台詞に構わずその首に飛びついた。そのままバランスを崩してしまったのか、尻餅をつかせてしまうが絶対に離れない。もう絶対に。

 

「相っ変わらずのやかましさだな……つーかまたロリなのかよ、おまえ」

 

「普通の14歳だよーう! 成長するし! 今回はするし! ううぅぅぅ……!」

 

「オイあんま泣いてんな。衆目ってのを考えろ馬鹿」

 

 そんなの知ったことじゃあない。純粋な14歳なのだよ、この感情の嵐、そう簡単に収められるものではない。ぐすぐすと胸で泣いてしまう。

 

「……さきにしんじゃってごめん……」

 

「──、」

 

 ずっと謝りたかった。自分が転生していると、薄ぼんやりと自覚したその時から。

 誰かに、彼に、何かを、謝りたかった。それだけの話。

 

「……過ぎたことだ。いいんだよ」

 

「~~っ」

 

「つか、あんまし覚えてねえよ。ほぼ同時に昇天したんだろ」

 

「え……?」

 

「一蓮托生。俺たちはそういうもんだろう」

 

 ぽかん、と呆気に取られてしまう。

 残すことも、残されることもなかった。──その事実だけで、最高に救われる。

 

「過去は過去だ。引きずられてんじゃねえ」

 

 力強い言葉と共に、わしわしと頭を撫でられる。ううー。も、もうちょっとこの余韻に浸らせてほしい……!

 

「ほら、さっさと立て。俺が惚れた女は、いちいち立ち止まってるような奴じゃねえだろう?」

 

 ……その文句は本当に卑怯すぎる。

 否が応でも立ち上がらざるを得ないじゃないか。

 

「よーしよし。良い子だ」

 

「……子供扱い……」

 

「嫁扱いだよ」

 

 ……ならよし。

 涙を袖で拭きつつ、差し出された手を握る。ずっと求めていた温もりを感じ取る。

 ああ──ずっと、これが欲しかった。

 

「んじゃ、さっさと行くぞ」

 

「……? どこに?」

 

「最後の命令を果たしに」

 

 答えになっているのかいないのか。

 うん、とひとまず頷いて、私は彼と歩き出した。

 

 

     ※

 

 

「あー! やぁっと来た! この永世名誉バカップル!!」

 

 ……またなんか聞き覚えのある単語とフレーズを。

 などと赤毛の幼女に呆れつつ、視界にあったのは桜の下で集まっている、懐かしき面々だった。

 

 元黒円卓フルメンバー。

 現代転生版、である。

 

 壮観だァ……

 

「ふ、ふぉわー! 夢じゃなかった! いたんだ! 従僕系ロリ美少女は実在したんだ! レイシアちゃん、お久しぶり~~!!」

 

 いの一番に飛びついてくる恥ずかしい大人はベアトリス(元)。

 むぎゅわー。潰れてしまう。そしてちょっとお酒くさいぞぅ。

 

「オイ離れろこのロリコンクソババア」

 

「誰が言ってんですか誰が!! さんざんロリを独り占めしやがってぇ……! ゴールイン決めすぎなんですよあなたはッ! 非モテのくせに、非モテのくせにぃ──ッ!!」

 

「うるっせぇわァ!! 俺の嫁だっつってんだろ俺の嫁!! てめえにやる要素はひとっつもねェんだよォッ! 失せろボケ女ァ!!」

 

「うーん、ここまで清々しく宣言されると、一周回ってカッコいい変態紳士ねー……」

 

 幼女すごく恥ずかしい。思わず顔を両手で覆う。

 前世のノリは軽率に今世に持ち込むもんじゃない。先ほど泣き喚いていた醜態を思い出して穴に入りたくなってしまう。

 

「えーと? お久しぶり? なの? よく分かんないけど。あ、わたしはアンナ。よろしく~」

 

 とことこやってきたのは、真っ白い長髪に真っ白い衣装が美しい、トンデモ美少女。

 今世の私は銀髪なので、色味の薄さにちょっと親近感。そして──

 

「私レイシア。よろしくねアンナちゃん撫でていい?」

 

「いいよー。撫でて撫でてー!」

 

 それでは遠慮なくっ! あー可愛い。超々可愛い。アンナちゃんマジ美少女マジ最高。ロリでも美少女には抱き着きたいものなのだ。はいぎゅーっ。

 

「かわいい……可愛すぎるっ……!」

 

「えっ……え、泣いてる? どうしたの? どこか痛いの?」

 

「ロリは既にロリコンだった……だと……!?」

 

「こ、子供好きの範疇でしょう、うん。アンナちゃんが可愛いのは事実ですし」

 

「犬が好きってだけなんじゃねえか……?」

 

 正直に言おう。アンナちゃん、すごくタイプですっ!

 百合の趣味はないけど。

 

 泣かないでー、と少女によしよしされる幼女であった。

 彼女も彼女で今世は幸せにやってるようだ。よかったよかった。

 

「おやおや、なんだかまた子供の比率が高くなりましたねえ。あの歳で結婚を考えているとは、いやはや」

 

「最近の恋愛事情も侮れないわねえ……犯罪者予備軍でないことを祈るけど……」

 

 あ、少し遠いところには、いかにもおしどり夫婦やってる感じのヴァレリアさんとリザさんが。その近くには、赤ちゃんをあやしている金髪の少年がいる。兄弟だろうか?

 

 ……どうやら、全員が前世を覚えているわけでもないようだ。その証拠に、

 

「おい貴様、幼女趣味があったのか……?」

 

「はっ。い、いや違うんですよ先輩! 彼女とは、こう~~絆! 絆というものを感じているわけでしてっ! ね!? レイシアちゃん! ね!?」

 

「はい。あなたとは奇妙な繋がりを感じます。縁、というやつですかね。初対面だしお名前も知りませんが……」

 

「レイシアちゃ──ん!!」

 

 ロリ、裏切る。

 紅蓮の先輩に拳骨を脳天に喰らったベアトリス(仮称)は、そのまま引きずられていく。警察に突き出されなきゃいいのだが。

 

「で、勢いバカップルとか言っちゃったけど。あんたたち、どうなの?」

 

「さっきお見合いしてさっき婚約しました」

 

「結局バカップルなんかい!」

 

「……ちなみに、どこまで覚えてるんです?」

 

「あ~~うっすらよ、うっすら。たぶん、あんたたち程には鮮明に覚えてないわねー。あの金髪子犬も同じ感じでしょーよ。ただ──」

 

 ただ? と小首を傾げると、赤い幼女がこっちに近付き、ひそひそと続ける。

 

「……あんたに会ったのは、すっっごく久しぶりって感じ。数時代ぶりぐらいじゃない?」

 

「えっ」

 

 ちょっと待て、今って何代神座?

 第五じゃないの? いや口調からして、第六、第七ってレベルでもなさそうだけど……!?

 

「──あ、ちなみにわたしも今はアンナっていうから。よろしく」

 

「なるほど赤アンナさんですね──いや、じゃなくて、もう少し詳細をばっ!?」

 

「ねーねー、いつまでもここにいないで、あっち行こうよ! お菓子あるんだよ。今日はわたしのお母さん(ムッター)お父さん(ファーター)もいるの!」

 

 そこで白アンナちゃんに手を引っ張られ、ぐいぐいと連れていかれてしまう。ご、御家族が来てるんですか。向こうのちょっと見覚えない方たちだろうか?

 どうもどうも、さっき知り合いましたー、とご挨拶しつつ、流れで元教会組一家にも軽く挨拶。そして、

 

「なあ、我が友。思うに、ここで鍋という汁物は違う気がするんだが。もっとこう、サンドイッチとか、手ごろなものをだな……」

 

「はっは。何を言うやら。食べたい時に食べたいものを食すが人生の楽しみ。それに良い花見日和ではないか。ほら肉煮えたぞ」

 

 ギャグ落ち?

 

 そんな感想が出てきてしまうような異常光景がそこに一つ。

 なんか元黄金と元水銀っぽい人たちが鍋を挟んで座っている。見目と服装はお洒落なイケメン二人組だというのに、シチュエーションが全て台無しにしている。だというのに、ひたすら面白さしかない。無敵かこいつら。

 

「おや、肉の匂いにつられて子供もやってきたぞ。食べていくかね、お嬢さんがた」

 

「……いや、わたしはいい」

 

 スッ……と真顔になって私の背後に隠れる白アンナちゃん。本能的に危機察知が働いたらしい。目の前の男、転生しても嫌われるのか。前世の徳が足りてねえのか?

 

「それは残念。そちらは?」

 

「聞く耳を持つ必要はないよ、お嬢さん(マドモアゼル)。知らない男からもらった物を食べるものではない」

 

 真っ当なご友人からの真っ当なご意見、ありがたいが。

 ……まあ、これも何かの縁だ。黙って器を受け取り、ぺろりと平らげる。器を返すと、やや驚いたようにこっちを見る元養父と、その友人の顔があった。そこへ一言、言い放つ。

 

「50点」

 

「ぐっ……!?」

 

「ふ、……ははは! 一本取られたな。卿の男料理などそんなものだ、食してもらっただけ有難いと思うがいい。いや私も、まさか斯様に寛容な乙女がこの世にいるとは思わなかったが」

 

「行こう、アンナちゃん。味から察するに、こっちの黒いのはギャラクシー級の変態だ。金髪の超イケメンさん、ご友人は選んだ方がいいですよー」

 

 適当なコトを言い捨てつつ、その場から離れていく。割と人生、謳歌してそうで何より。まさかあの、最後の最後の女神への戯言が、こんな形で叶ってしまうとは……

 

 

 そんなこんなで、平穏な時間は流れていく。

 

 金髪ポニーテールの後輩は、赤い先輩に首をロックされて苦しみ、それを物腰柔らかそうな青年が止めようとし、赤毛の少女は一連の光景を肴に笑っている。

 

 素朴な男性は妻の女性と、子供たちと微笑み、ゆったりと家族の時間を過ごして。

 

 白い可憐な少女もまた両親の元へと戻り、間に挟まって幸せそうに笑顔を綻ばせ。

 

 なーんか見覚えのあるひょろい清掃員さんは、観光客に撮影を頼まれていたり。

 

 通りすがりの屈強な男性は、この喧騒を楽しむように、桜の木々を仰ぎ見て。

 

 目立つよーで目立たないような、ひっそりとした場所で、やたら絵になるイケメン二人は、鍋と悪戦苦闘していたりで。

 

 

 ……うーん、改めて見ても、なんと壮観なことか。

 時代も不明ながら、不思議な世界線に辿り着いてしまったなぁ。

 

「満足か?」

 

 すぐ傍らに、ヴィルヘルムが来てくれる。

 最後の命令。最後に残った約束はここに果たされた。

 夢に淡く願っていた結末は、ここにある。

 

「はい! 文句なしのハッピーエンドです!」

 

 傍から見れば、何の変哲もない日常の一場面。

 ただ、偶々、縁のある者たちが集って花見をしているだけ。

 それでもこの光景は、胸がすくほどに、美しい。

 

「──さて、映える被写体が揃ってきたことだし、カメラを回すか。そこの家族連れと、ああそちらは白いお嬢さんを一人。そちらにいる若者たちも全員集まって。あとはそう……そこのでかい君。ついでに箒を持っている君もだ。ほら、そこで突っ立っている二人も来たまえ」

 

「卿はまた突拍子もなく……」

 

「……どうするよ、レイシア?」

 

「撮影締めは恒例ですねえ。もちろん参加させていただきますとも」

 

 監督の、なにやら強制力のある指示を受けて、ぞろぞろと指定されたメンバーが集まってくる。

 友がすまない、迷惑をかける、と苦労するイケメンな友人に、ほとんどの者は毒気を抜かれて従っていた。カリスマ、やはり健在か。

 

 どこに持ち込んでいたのか、三脚を設置したカメラマンが角度を整える。

 私はやっぱり身長が足らないので、ヴィルヘルムに抱えてもらう形となった。

 

「……ぉ、もくない……?」

 

「軽いわ。俺を舐めてんのかてめえ」

 

「うー。ちょっとここ、バカップルが混ざってるんだけどぉー」

 

「悲しいけど現実だよ赤アンナさん……どうして……どうして……」

 

「な、仲が良いのはいいことなんじゃないかな……と、僕は思うけど」

 

「恋愛に歳の差の問題など些末事。というか、お二人ともそう歳は離れてなさそうではないですか」

 

「そうねえ。当人同士が幸せなら、いいんじゃないかしら」

 

「……意外」

 

「人の事情など私は知らんが。絵面の危うさは否めないな」

 

 ち、ちくしょー。とやかく言いやがって。ベアトリスも戒も元神父もリザさんもイザークもエレ姐さんまで。

 今は幼女! 幼女だがぁ! これから成長するんだよぉ! 少なくとも三センチ伸びることは確約されているんだからなぁ!!

 

「大丈夫だよレイシア。きっとキミは美人さんになるって。その時は満を持して、その男をフッたらいいよ! 見物だから」

 

「フッても無駄のような予感がしますが」

 

「……同感だ」

 

「あー! やっかましいわ、さっきからァ!!」

 

 白アンナちゃん、清掃員の方、通りすがりさんにまで言われ、元気にチンピラの一声が響いたところで。

 よし、と準備が完了したらしい撮影者に動きがあった。

 

「ではカウントダウンで行くぞ」

 

「卿は入らないのかね?」

 

「ふむ。まあ、私は撮影できればそれで構わんしなぁ」

 

「えー。入りましょーよ。記念記念! 偶には撮られる気分を味わっておくのも、撮影者の嗜みではー?」

 

「──と乙女は仰せだが」

 

 はい、催促してるの私だけです。

 他の皆はもう、どっちでもいいっつーか、どうでもいい表情を隠しもしない。嫌われてるなぁ!

 

「記念、か。まあ……私もまた、この世界を彩る一部だという自覚を持つべきかな」

 

 シャッターを押して、猶予のある間にカメラマンもこっちへ合流する。中央の黄金の横、彼を引き立たせるように佇んだ。

 

「では、これを奇跡の出会いと祝して」

──既知に囚われていた者が云う。

 

「夢か(うつつ)か。それはともあれ」

──幻想を抱くだけだった私が云う。

 

「手にある温もりの尊さを、愛しさを」

──誰かに触れてほしかった少年が云う。

 

「忘れることなく。この喜びに感謝しましょう」

──死体を愛した母であった者が云う。

 

「羨むまでもなく、安らぎは隣にあるものと信じ」

──星を掴もうとした魔女だった者が云う。

 

「私たちは、新しい明日の光を目指して歩を進める」

──邪なる聖者と呼ばれた者が云う。

 

「その刹那の日々は永遠に非ず」

──唯一至高の死を求め続けた者が云う。

 

「けれど続いていく輝きは永遠にも似て」

──全ての穢れを引き受けたかった者が云う。

 

「きっと夢想で終わることはなく」

──恐怖から逃げ出したかった者が云う。

 

「……誰かに届くことも、あるかもね」

──歯車になってなお愛して欲しかった者が云う。

 

「そうして今、それなりに悪くない時間を過ごしながら」

──破滅の光に焼かれ続けたかった者が云う。

 

「私たちは、生きている素晴らしさを享受する」

──死者を運ぶ戦乙女だった者が云う。

 

「ゆえに人として、真摯に生き抜くことこそ」

──黄金で照らす墓城の主だった者が云う。

 

「──何よりも、果たすべき務めである」

──奪い、喰らい尽くしたいと願った者が云う。

 

 

 カシャリ、と小気味よい音が鳴る。

 この刹那、この一瞬は切り取られ、永遠のものになる。

 

 すべての想いに、巡り来る祝福を。

 流れ消え去っていく刹那でしかない者たちの、瞬きのような連続は黄金にも似て。

 永遠という幻想をまといながら、いつまでも輝き続けるのだ。

 

 覚めない夢はないが、抱き続けられる夢はある。

 虚無と帰すか現実と帰すか。それはまあ、やってみないと分からないことだけど。

 

「──そのために、私たちは生きている──」

 

 私の(イマ)はここにある。

 何よりも尊く、誰よりも愛おしい。

 この焦がすような情念こそが、その証。

 

 

 ──やがて奇跡の黄昏は暮れて、夜を迎える。

 淡く照らす月明かりの下、繋いだ手を離さないまま、私たちは歩いている。

 

「さぁてレイシア、折角の観光だ。どこへ行く?」

 

「ヴィルヘルムと一緒ならどこへでも、どこまでも!」

 

 具体案を出せよ、という悪態も愛おしい。

 二人で笑いあって、これからの未来を語りあう。

 

 巡り来る幸せは、きっと終わらない。

 行こう、行こう、行ってしまおう。行けるところにまで。

 

 

 ──道に果てなどない。

   歩み続ける限り、進み続ける限り、この世界は広がっていくのだから──

 

 

 

 

 

Fin

 

 

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