『まどかにお兄ちゃんって言わせたかった』
などと供述しており────。
ピピピピ、と小さな電子音が俺の鼓膜に届いてくる。
あ〜、もう七時? え、早くない? いや、後五分は寝れる!
俺は目覚まし時計を止めてから再び夢の世界へとダイブした…………はずだった。
「お兄ちゃん! おっきろー!!!」
「どぅああああああああ! 目が、目がああああああ!!!」
可愛いマイスウィートシスターの声が聞こえた後には、お日様の光が俺の瞼を突き破って、目を焼いてきた!
そして次の瞬間、マイスウィートブラザーが俺のお腹の上にダイブしてきて、「うごあっ!?」と変な声が出てしまう。
「するるー、するるー、あーさー! あーさー! するるー!」
「…………も、もうちょっと優しい起こし方ないかな? お二人とも」
「えー、だってお兄ちゃんこうでもしないと起きないじゃん」
「兄への信頼が薄いぞ」
ようやくスッキリとしてきた頭を回転させながら、イタズラが成功したかのように「えへへ」と笑う我が妹まどか。先ほどの酷い起こし方について言及する気もなくなってしまった。かわいいは正義、はっきりわかんだね。
「じゃ、次はママのところに行ってくるね、行くよ!タツヤ」
「うん!」
どたどたどたと慌ただしく母さんの部屋に突撃していった二人。よくあんな朝から騒げるな。
あと、これから俺と同じ目に合うだろう母さんに合掌。
「おはよう父さん」
「おはよう、すぐる」
父さんは中庭にある家庭菜園で手にはたくさんのトマトを抱え込んでいた。
うげ、もしかして、今日トマトか?
「すぐる、そんな顔するなよ。トマトは栄養価が高いんだぞ」
「まだ何も言ってないんだが」
「顔に書いてあるぞ、トマトか……って」
「トマト美味しくないんだから仕方ないだろぉ」
「タツヤでさえ食べられるのに、お兄ちゃんのすぐるが食べられなくてどうするんだよ」
「うっせー、受験生にトマトは必要ないんだよ!」
トマトはなぁ、皮がきついんだよ。いや、でもあの食感もそんな好きじゃなかったわ。
「へぇ、すぐる、また好き嫌いしてるのかい?」
「お兄ちゃん、好き嫌いはダメなんだよ?」
父さんとああだこうだと、言い合っているうちにどうやら母さんとまどかが歯磨きを終えて戻ってきた。
「なっさけないねぇ。男は文句言わずにちゃっちゃと食べな!」
「そうだそうだー!」
「ぐぬぬ、味方がいない……! ………お、まどか、赤色のリボンとはなかなか似合ってるな」
「え、あ、そ、そうかなぁ、えへへ」
「あちゃー、話逸らされちゃってる。でも、ま、流石我が息子、わかってるじゃん」
ふぅ、なんとか追及をかわすことができたぜ。
それにしてもまどかにしては派手なリボンを選んだな。もしかして、母さんの入れ知恵かなにかかな?
まぁ、どちらにせよ照れるまどかが可愛かったので頭を撫でておくことにした。撫でていると、こちらに身を任せてくるのもまた可愛い。最高かよ。反抗期とかきたら泣いちゃうよ。
「ほらみんな、話してないでご飯にするよ」
「「「「はーい!」」」」
もぐもぐもぐ。
今日も相変わらず朝食がうまい。トマトは苦手だが、卵焼きやらウインナーやら朝から手の込んだ料理ばかりである。流石、うちの父さんだ。
………よし、誰も見てないな。ほいっ。
「あー! お兄ちゃん、トマトをタツヤのところに入れてる!」
「げ、言うなよ、まどか!」
「すぐるさー、高3にもなってそんな好き嫌いして弟に押し付けるとか昔っからほんっとに情けないねぇ。だから、彼女の一人もできないんだよ」
「ばっ! 好き嫌いに彼女ができるかどうかなんて関係ないだろ!」
「お兄ちゃん、その、もし、貰い手がいなかったら、私がもらってあげるから、安心してね」
「まどか……!」
「まどかはすぐると違って男前だなぁ」
「おとこまえー!」
「まどか、こんなやつに構う必要はないよ。まどかは可愛いんだからもっとかっこいい人と付き合いなよー」
「それはお兄ちゃんが絶対許しません!」
何処の馬の骨かもわからぬやつにまどかは渡せん! 俺よりイケメンで頭が良くて性格も良ければ、考えなくもないが………いや、だめだ。絶対ダメだ。
と、俺がくだらないことを考えているうちに、時刻はすでに七時半を迎えていた。
「やば、もうこんな時間! おっし、じゃあ行ってくる!」
「「「「いってらっしゃーい」」」」
「さ、まどかとすぐるも急がないとね」
「「はーい」」
俺は残りのご飯を胃の中にかき込んで、すでに用意していたリュックを背負う。
すると、タツヤが俺の方にトマトを投げてきたので慌ててキャッチする。
「たべろー!」
「わかったわかった、でも、食べ物は投げちゃダメだぞ」
「あい!」
「よーし、いい子だ」
食べ物を粗末にすると、赤いやつに容赦なく半殺しにされてしまうぞ。ソースは俺。
しかし、三歳の弟とは結構歳の差が開いているが、実に可愛い。
思わず抱きついて髪の毛をわしゃわしゃしてしまうほど可愛い。すげぇ! ほっぺが柔らかくてすべすべだ!
俺がタツヤの素肌を堪能していると、まどかに袖を軽く引っ張られる。
「どした、そんなほっぺた膨らませちゃって」
「………タツヤばっかり」
「え、なんて?」
「……うんん、なんでもない! ほら、早く行こお兄ちゃん!」
「そ、そうか? 何か悩みとかあればなんでも言ってくれよ。お兄ちゃん、まどかのためなら怖いこと以外なんでもしちゃうぞ!」
「えっと、じゃあ、一つお願いしちゃおうかな。その、今日なんか変な夢見たんだよね。知らない女の子が一人ですごい怖い何かと戦ってて、私が助けなくちゃって、私だけが助けられる、みたいな感じの夢で……」
何その夢こわ。
「へ、へぇ、変わった夢だね」
「ごめんね、私もそんなにうまく話せないんだけど……」
「まぁ、結局は夢だよ。それに、誰か知らない人を助けようって思える優しさはまどかの美点だよ」
「そ、そうかな、えへへ。……そ、その、また怖い夢見ちゃうかもしれないから、今日久しぶりに一緒に寝たいな、なんて」
「まったく、しょうがないなぁ。こんな調子だと、俺がいなくなったら一人で寝れないぞ?」
「………え? どういうこと?」
「あ、いや、なんでもない! やべ、もうこんな時間だ! バスに乗り遅れちまうよ! ほら、行くぞまどか」
「………うん」
「「いってらっしゃーい」」
まどかと家の前で別れてなんとか遅刻ギリギリのバスに乗り込むことができた。
間一髪、始業式初日から遅刻するところだったぜ。
通っている高校は俺が住んでいる見滝原の隣町、風間野にある風見野高校である。
そして、俺は今日から受験生となる。
大学に関しちゃ具体的にどこに行こうか決めていないが、東京に上京して、なんか適当に過ごそうかなー、と思ってたり。でも、こういうこと話すると家族が寂しそうにするだろうから言いたくないんだよね。特にまどかとか。でも、東京は憧れだよなぁ。
学校について、友達と授業だりー、とか言いながら日々を過ごす。
なんてことのない日々だが、俺はだいぶ気に入っている。
こんな日々が続けばいいなぁ。
学校も終わり、特に部活とかもやっていなかったのでまっすぐ家に帰ることにする。あ、でも、帰りにスタバの新作でも買ってみようかな。
バス停の前にあるスタバで新作チョコクリームフラペチーノを買ってバスが来るのを待つ。
う〜ん、甘い。
東京に行ったらこういうのたくさんあるんだろうか。あったらいいなぁ。
「やぁ、すぐる」
「うわああああああああ!?!? って、キュゥべえかよ!」
まじでびっくりしたわ!
俺の足元にいきなり現れたネズミなのか猫なのかよくわからない生物が佇んでいる。まじで驚かせんなよ、周りの人たち俺のこと変なやつだと思ってんじゃん。白い目で見られるじゃん……。
とりあえず、居心地が悪いので適当にバスを待つのを諦めて散歩することにした。しかし、キュゥべえが現れたってことはまた
カップの容器を捨ててから、なるべく人目のつかない路地に入り込む。
「キュゥべえさぁ、いきなり現れるのやめてくれない? ビビっちゃうじゃん」
「それはすぐるがただビビリで腰抜けで小心者なだけだと思う。僕の責任じゃないよ」
「もうちょっとオブラートに包めない? 俺のガラスハートが砕けちゃう」
「でも、事実じゃないか」
「そでしたね、はい」
君、感情ないとか言ってるけど、本当はあるんじゃないの? 毒舌すぎない?
「で、今回はなんの用ですか? 契約はしないよ?」
「君が契約をしてくれないのは本当に残念だよ。あらゆる手を尽くしたけど、僕たちには君を魔法少女にするのは難しいみたいだ。君がヘタレでチキンで小心者なせいでね」
言い過ぎじゃない? というか、そんなに俺小心者?
てか、そもそも、魔法少女なんてもうすぐ18になる俺にはメルヘンすぎてきついっす。それに、魔女とか怖いっす。
どうやらキュゥべえがいうには俺には魔法少女としての素質があるらしい。意味がわからないだろ? 俺もわからん。そもそも男だし俺。
だけど、心当たりはある。
俺はいわゆる、転生というものを経験した。
まぁ、前世と言っても大した経験はしてないし、死んだ時の記憶もあやふやだ。
それよりも特筆すべき点は、この世に神様がいたということだ。
なんか神々しいおじいさんが真っ白な部屋にいて、
「君は死んでしまった、わしの手違いでな☆」
とか言い出した時は殴ろうかと思ったが、体がなく魂だけの状態だったみたいなので何もできなかったのだ。
「君はある世界に転生してもらう。もちろん特典もつけよう。これがあれば君は最強になれるぞぅ!」
いや、最強とかどうでもいいんで、平穏に暮らしたいです。
「じゃ、頑張っての」
そう言われた瞬間、目の前が真っ白になり、気づけば赤ん坊になっていたのだ。
とりあえず、世紀末的な世界に放り込まれなかったので、良かったです。
はい、回想おしまい。
まぁ、結局この世界も結構非現実的なことがあったりするのだが、気にしたら負けである。せっかくもらった第二の人生、もらったというか神様の不手際なのだが、まぁ、それなりに頑張ろうと思っています。
話を戻すと、神様の言っていた特典とやらがその魔法少女としての素質に関係してそうなんだよなぁ。
「で、今回は何のようですか?」
「実は、君の妹について伝えておこうと思ってね」
「え? まどかについて?」
「そう。最近わかったことなんだけど、鹿目まどかにはとてつもない魔法少女としての素質があるんだ。だから、僕は彼女を勧誘することに決めたんだ」
「ちょちょちょ、待て待て。俺の許可なしにそれは許さん」
キュゥべえはビー玉のような赤い瞳をこちらに向ける。
「やっぱりあの魔法少女は君の差金だったんだね」
は? あの魔法少女? なんのことだ?
「なるほど、その様子だと君は関係ないみたいだね。まぁ、詰まるところ僕は鹿目まどかを魔法少女にするために動くことにしたんだ」
キュゥべえのやつ、勝手なことを言い出しやがって……!
俺は少し覚悟を決める。
「キュゥべえ、俺は痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だ。魔女とか怖いし、できれば戦いたくない!」
「本当に情けないことを堂々と言うんだね」
「でも! まどかに手を出すってんなら、俺が契約して魔法少女とやらになってやる!」
「………驚いた。君がそんなことを言うなんて。今まで頑なに契約を断ってきた君がどうしていきなり契約する気になったんだい?」
俺の啖呵が心底不思議といった感じで首を傾げるキュゥべえ。やっぱり、こいつには感情という概念が欠落しているんだな、と改めてキュゥべえが人間とは相容れない存在なんだと実感する。
「それはまどかが俺の妹で、俺がまどかの兄だからだ」
理由なんていらない。
まどかはどこまでも優しく、お人好しだ。
そんな純粋なまどかがこいつに目をつけられれば、昔の俺みたいにあらゆる手で契約を迫られるだろう。
俺は兄だから、そんな魔の手から妹を守るのは当然だ。
「本当に、わけがわからないよ。あんなに嫌がってたじゃないか」
「うっせー! ほら、契約してやるからどうすりゃいいんだよ?」
「ここまで潔く契約するとなると今までの僕の苦労はなんだったんだろうか……」
しょぼん、と落ち込んだように俯くキュゥベえ。
こいつに契約を迫られていたあの頃が懐かしいぜ。
孵りかかったグリーフシードを投げつけられて、「まずい、魔女が孵化してしまう! このままだと君の身が危ない!」とか、「私と一緒に正義の魔法少女として魔女と戦いましょう!」とか言って勧誘してくる女の子を寄越してきたりとか。
とりあえず、魔女とリアル鬼ごっこをさせてきたことだけは許さん。あれ以来あの魔女が夢に出てくることがあるんだよ、本当にトラウマよ……。
「よし、心の準備をさせてくれ…………。本当にこれから魔女と戦わないとダメなの?」
「さっきまでの覚悟はどこに行ったんだい……?」
「そうだ、これだけは約束して欲しいんだけど、俺が契約するからにはまどかには絶対に接触するなよ」
「もちろんさ。さぁ、君の願いを言ってごらん?」
「え、願い?」
「前に説明したじゃないか。………その様子だと忘れているみたいだね。魔法少女として一生を魔女と戦う対価としてなんでもひとつ願いを叶えることができるんだよ。普通は、これを聞けば一も二もなく契約する子が多いんだけど、君はそうではなかったからね」
「思ったんだけど、一つの願いに対して一生の代償って重くない?」
「さぁ、願いを言うんだ」
「え、無視?」
しかし、願いなぁ。
高校に入ってから物欲もなくなった。
受験に合格させてくれ、とか言ったって自分の力で入らなきゃこれから先苦労しそうだし。逆に、抽象的な願いはどのように受理されるかわからない。
というか、なんでも一つ願いが叶うってどういう仕組みなんだ?
前にキュゥべえがエントロピーの話をしていたけど、俺文系だからよくわかんなかったし、実際数億年後の宇宙なんて俺にはどうでいい話だ。
あとは、エネルギー回収の話。
希望から生まれた魔法少女たちは、いずれ絶望を振り撒く魔女になってしまう。
………酷い話だ。
今まで俺が遭遇してきた魔女たちは、いつかの魔法少女だった。
考えただけで胸が締め付けられる。
だが、それが願いとやらの代償なのだろう。
シリアスなんていらない。もっとみんなが幸せになれるような………。あ! ……できるかはわからないけど、この願いなら今生きている魔法少女たちを救うことができるんじゃないだろうか?
「願いって本当になんでも叶うのか?」
「もちろんさ、君ならこの世のルールでさえ書き換える力がある」
「まじか!? ………よし、決めた」
冗談のようなギャグ世界のような、なんでも笑い飛ばせるような世界。
全員を幸せにする、なんて壮大な願いは自分の身を滅ぼしそうなので残念ながら遠慮させてもらう。
だから俺の願いは、この絶望の連鎖を断ち切る、冗談みたいに笑ってしまうような願い。
「俺の願いは────「その必要はないわ」!?」
一人の少女の声が俺の願いを遮る。
そして、次の瞬間、目の前にいたキュゥべえに無数の穴が空いた。
へ? う、うわ、グロい……!
「あなたが鹿目すぐる、であってるかしら?」
「は、え、あ、あんた誰?」
「私の名前は暁美ほむら」
暁美、ほむら?
誰だ? というか、日本は銃の所持は禁止だと思うんだけど……? それに、腕には変な盾のようなものをつけてるし、雰囲気がただものではない。
彼女は先ほどまでキュゥべえに向けていた銃を躊躇なく俺に向けてくる。
え、待って待って。情報量が多すぎてまったく頭が追いつかないんだが。
とりあえず、目の前に危険な人物がいるのは確かなので、助けを求めることにしました。
「お、お巡りさーん! じ、銃刀法違反の犯罪者が、「黙りなさい」カチャ………」
圧がすごい。拳銃を額に突きつけられたのは人生で初めてである。泣いていいかな?
もうね、歳は俺より低いはずなのに、俺泣きそう。年下に泣かされそう。
「あ、あの、ちょっと銃を下ろして欲しいなぁ、なんて」
「私の質問に答えなさい」
「あ、はい」
有無を言わさぬその迫力に、足がガクガクと震えてしまう。
何より怖かったのは拳銃ではなく、彼女の瞳の中に沈む深い闇である。
本当に年下の少女なのだろうか?
狂気的とも言えるその瞳を覗き込み、恐怖とは別の感情が俺の心を締め付ける。
「あなたは、誰?」
「えーっと、鹿目すぐるです」
「家族は?」
「弟のタツヤと妹のまどか、父親の知久、母親の詢子ですね」
「歳は?」
「18の高校三年生です」
これが本当の圧迫面接か(脳死)
ようやく恐怖から止まっていた思考が戻ってくる。
それにしても、彼女の目的がいまいち見えてこない。
魔法少女、でいいのかな?
「あなた、キュゥべえとはどういう関係?」
「どういう関係って言われてもな………。犬猿の仲?」
「………あなたは何者なの?」
その言葉と共に俺の額に向けられている銃がより強く当てられる。いや、ほんと、勘弁してください。
何者? もしかして、転生者であることがバレた、とか?
神様からの刺客? そんなことあるの?
様々な疑問がよぎる中、とりあえず誤魔化してみることにしました。
「え、えーと、俺は鹿目すぐるってさっきも言ったけど………」
「魔女、ではないみたいね。イレギュラー、今までこんな存在はいなかった。でも、顔は似ているし髪の色も一緒。記憶操作の類でもない………」
目の前に俺がいることを忘れてしまったかのようにぶつぶつと独り言を呟く暁美ほむら。完全に自分の世界に入っちゃってますねこれ……。
でも逃げられないだろうし、まじどうしよう。てか、キュゥべえ早よ戻ってきてくれ。
「えっと、俺からも質問いいかな?」
「…………なに?」
「君は、その、魔法少女なんだよね?」
「ええ、そうよ」
「どうしてキュゥべえを殺したんだ?」
「あなたがあいつと契約しようとしていたから」
「それは、どうして?」
ここで初めて暁美さんが動揺する。
彼女は力なく俺に向けていた銃を下ろす。
「………………」
俺の質問には答えず、無言を突き通す暁美さん。
なぜ見ず知らずの彼女が俺とキュゥべえとの契約を阻止したのかはわからない。
でも、彼女の気持ちがなぜか伝わってきたような感じがして。
「俺のこと助けようとしてくれたんだね、ありがとう」
「わ、私は、そんなつもりは………」
「ま、素直にお礼受け取ってくれよ」
銃をゼロ距離で向けられていたせいで距離がだいぶ近い。それに、暁美さんはまどかとそんなに身長差がないからつい、頭を撫でてしまった。迷子になってしまったかのような不安そうな顔で、とても放ってはおけなかった。
彼女は一瞬呆然と俺の手にされるがままに頭を撫でられていたが、我に返ったのかすぐに手を払いのけてこちらを睨みつける。
そんな睨みつけなくてもいいじゃん………。
「きゅっぷい。君が僕を殺してまわっていた魔法少女、暁美ほむらだね。いくらでも変わりがいるとはいえ、無意味に数を減らさないで欲しいな」
「おかえりキュゥべえ」
「じゃあ、すぐるの願いを言ってごらん?」
殺されても変わらず願いを促してくるキュゥべえに、暁美さんがすぐさま銃口を向けようとする。
「ちょ、待って待って!」
俺の抑止の言葉に彼女の目が吊り上がる。こわっ!? ちょっとそんな凄まないでよ! 泣いちゃうよ!
「暁美さん、ちょっとだけキュゥべえと話させて」
「………わかったわ」
「ありがと。……キュゥべえ、一旦願い事は保留だ。もう少し考えさせてくれ」
「君には十分考える時間を与えたと思うけど………? 仕方ないね。やっぱり鹿目まどかと契約するしかないみたいだ」
「おいおい、俺は保留って言ったんだぜ。ならないとは言ってねーよ」
「君に契約を持ちかけてから、今日でちょうど九年になる。さすがの僕たちもこれ以上待たされるのは我慢の限界なんだよ。それに、タイムリミットも近づいてきている」
「タイムリミットぉ? それは聞いたことないぞ?」
キュゥべえの意味深な発言に暁美さんも初耳なのか、怪訝そうに眉を顰める。
「君たちが成人を迎えて二十歳になると僕たちの声が届かなくなり、姿も見えなくなる。そうなると、契約することは実質不可能に近い。すぐるが十代でいられるのも残り2年。僕たちには後がないんだよ。そんな時に現れたのが、君の妹、鹿目まどかさ」
タイムリミット……!
なるほど、確かに九年間どんな手を使ってでも契約できない俺よりもいきなり俺と同じくらいの素質を持つ俺の妹を勧誘した方が可能性が高いってわけか。
しかし、なんでまどかがいきなりそんな魔法少女としての素質が発現したのか。
俺の近くにいたキュゥべえでさえ、今までまどかの才能に気づかなかった。なーんか引っかかるだよなぁ。
「すぐる、今別の個体の僕がまどかとの接触を試みている。僕を殺して接触を邪魔していた暁美ほむらも今この場にいる。今が絶好のチャンスってわけだよ」
「な、なにっ!?」
そして次の瞬間、バンッ! という発砲音ののち、目の前にいたキュゥべえが先ほどと同じように穴だらけとなり、物言わぬ屍と成り果てる。
暁美さん、容赦なさすぎない……? さっきまで俺に向けられていた銃が火を噴いたことで、俺も同じようになっていたかもしれないと思うと背筋が凍る。
ていうか、ビビってる場合じゃない! まどかを助けにいかないと!
俺よりも先に動き出そうとしていた暁美さんの手を取る。
「俺も行く! 君が何者なのかぜんっぜん! わかんないけど! まどかを想って行動しようとしているのはなんとなくわかる!」
暁美さんは俺の言葉に目を見開いて驚いている。
彼女がまどかの友達なのかどうかもわからないけど、まどかに危機が迫っていると知った瞬間、すぐに血相を変えてここから飛び出そうとしていた。
理由も曖昧で説得力のかけらもないけど、彼女は信用できると思ってしまったんだ。それに、理由なんて俺を助けようとしてくれただけで十分だ。
「バスの運賃は俺が出すから、すぐに乗り込むぞ!」
俺は彼女の手をひいてダッシュで路地裏を抜けてバス停へと向かう。
時計を見れば、後1分後にバスが到着する。よし、タイミングばっちしだな!
「バスだと間に合わないわ。私に掴まって」
「へ?」
暁美さんはいきなり立ち止まって、そう口にすると俺のことを抱き上げて建物の屋根へとジャンプしたのだ。そう、ジャンプしたのだ。
「う、うああああああああああああああ!?!?」
「ッ! 耳元で叫ばないでちょうだい!」
「で、でも! 俺高いところ苦手なんだヨォ!?!?」
「本当にうるさいわね。ここから落とされたいのかしら?」
「いや!? それだけは勘弁してください!」
「なら、なるべく口を閉ざしておくことね」
「い、イェッサー!!!」
「ふふっ」
俺は振り落とされないように自分よりも年下の少女にみっともなく抱きつき、思いっきり目を瞑る。いや、ほんと、今だけは世界で一番情けない気がする。ちなみに乗り心地はめっちゃ悪い。なんなら吐きそう。
しかし、魔法少女とは改めてすごい存在なんだと実感する。こんな華奢な腕で成人男性一人分の重りを苦とせずに軽々と持ち上げて、屋根の上飛び回っているとは魔法って本当にあるんだなぁ、って気持ちになってしまう。
はっ!? 俺が情けないのも魔法のせいか!? なら今の状況も仕方ないな、うん。不可幸力ってやつさ。
そろそろ俺の胃の中が限界を迎えそうになってくる頃、暁美さんが苦虫を噛み潰したかのような顔(推定)で、呟く。
「まずいわね、魔女の結界に巻き込まれているわ。それに彼女まで来ているなんて、都合が悪すぎる」
「ちょ!? もうついたの!? 2分ぐらいしか経ってないよ!?電車より早い!」
「ちょっと黙ってて」
「はい」
というか、この暁美さんにお姫様抱っこされているこの絵面、やばくない? 俺高校生なんだけど。
ようやくほむらアトラクションツアーが終了したため、恐る恐る目を開いて周囲の状況を確認する。
すでに魔女の結界内に入っていて、いつ見ても不気味な光景が目に飛び込んでくる。うわ、なんか髭男爵みたいなやつがたくさんいるな。なんかハサミ持ってるし目が不気味だ。ていうか、そろそろ下ろしてくれない? まどかにこれ見られると兄の威厳なくなっちゃうんだけど。
あ! まどかとさやかちゃんだ! それにキュゥべえもいやがる。
使い魔に囲まれていて今にも襲われそうだ。あのままだとキュゥべえと契約しかねない! 早く助けないと!
「暁美さん! 早くまどかとさやかちゃんを! 俺じゃ無理だからよろしく! 後早く下ろして!」
「少しは自分で守ろうと思わないの……? はぁ、お望み通り、下ろしてあげるわ、よ!」
「うぎゃあああああああああああ!?!?」
俺は暁美さんによってまどかたちのそばに投げ飛ばされる。
ぶべらっ、と情けない声をあげて顔面から落ちる。痛い、痛いよぉ。
派手すぎる登場をしたおかげか、まどかとさやかちゃんが驚きの声をあげる。
「うわああ!? ってすぐるさん!? なんでこんなところに!?」
「お兄ちゃん!? だ、大丈夫? あ、鼻血でてる!?」
「まったく、どんなスピードでくればこの短時間でここまで来れるのかな」
三者三様の反応を見せているが、まどかの優しさが全身を打った体に染み渡ります。天使か。
まどかはポケットからハンカチを取り出すと、俺の鼻血を拭き取ってくれる。
あ、そういえば、使い魔は……!
周囲を見渡せば、どうやらもう暁美さんが全て片付けたらしく、結界が歪んで崩れていく。暁美さん強すぎない?
結界が完全に消え去り、廃墟? いや廃墟より全然新しいけど暗い場所にいたことが判明した。
険しい顔でその場で立ち止まった暁美さんの視線は俺たちの背後に向けられていた。
そして、背後から聞き覚えのある少女の声が聞こえくる。
「あなたは、何者かしら?」
振り返ると西洋風の衣装を身に纏い、金髪の髪を縦ロールにしているというちょっと奇抜な髪型をした女の子が一人、マスケット銃を構えて立っていた。
巴マミ。昔………昔ってほど昔じゃないな。二年前くらい? にキュゥべえが俺に差し向けてきた魔法少女であり、めちゃくちゃ勧誘されたのだが、この話は一旦おいておこう。
まぁ、端的に言うと俺の友達だ。三歳ぐらい歳離れてるけどね。
それでー、なんでいるの?
てか、なんでそんな剣呑な雰囲気出しちゃってるの? もう使い魔たちいなくなったよ?
「……………」
「あなた、この辺の魔法少女じゃないでしょ? ここは私の縄張り、あなたのような危険な人物はお呼びじゃないわ」
マミの質問に無言で返す暁美ほむら。あらやだ、彼女コミュ障なのかも。
それにしてもどうやら、マミは暁美さんのことを警戒しているらしい。
えぇ、これまずいんじゃない?
「ちょーっと! マミストップ!」
俺はバチバチとお互いを睨み合う二人の間に立ち塞がる。
「マミ、一回落ち着こっか?」
「落ち着いてなんか居られないわ」
「えーと、なんでそんなに怒ってるんですか?」
マミの目はいつもの穏やかで優しいものから、魔女と戦う時のような厳しい目つきで俺ではなく暁美さんを見据えている。
マミから敵意を向けられている暁美さんに関しては、諦観の念を抱いて悲観しているように見える。え、こいつら何か因縁でもあるの? 俺を挟んでそういうのやめて。俺のいないところでやって。
「友達が傷つけられて、黙っていられるわけないでしょう?」
へ? やだ、イケメン……!
って待て待て待て!?
俺が暁美さんに傷つけられたって………誤解だ!
おそらくマミは俺が投げ飛ばされたところだけ見て、敵か何かだと勘違いしてしまったのだろう。
「マミ! 一回落ち着いて! 彼女が俺を投げ飛ばしたのには訳があってだな。この子達を早く使い魔から助けるために俺が頼んだんだ!」
俺の弁論に少しは耳を傾ける気になったのか、少し困惑したかのような表情を浮かべるマミ。
そして、今まで何が何だかわからない様子だったさやかちゃんが考えなしに口を滑らせた。
「えっと、つまり、すぐるさんはドMってこと?」
「なんでそうなった!? 勝手に俺をドMにしないでくれ!?」
「そうだったのね、鹿目すぐる。次からはもっと手荒く扱ってあげるわ」
「………すぐるさん、私はどんなすぐるさんであってもずっと友達だからね………!」
「お兄ちゃん………その、私酷いこと言うの、苦手だから、そんなに役に立てないかも……」
「やれやれ、わけがわからないよ」
それは俺のセリフだ!
だぁーっもう! なんで俺がドM扱いされないといけないんだぁ!!
鹿目すぐる
本作主人公。まどかの兄貴。
高校三年生というのに、かなり臆病。
神様転生してる。特典は魔法少女としての素質と逃げ足の速さ。
前世では一人っ子だったため、まどかとタツヤを溺愛している。
作者的にはこいつ、叫びすぎじゃない? と思ってたりする。あと、情けなさすぎる。
「魔法少女とか勘弁して欲しい」
鹿目まどか
原作主人公。
兄がまどかを溺愛しすぎたため、今作では、原作よりも自己肯定感が少しだけ高くなっている。イキリまどっち。みんなには内緒だよッ!
ちなみにタツヤが生まれてからお兄ちゃんが自分にかまってくれなくなることが増えお兄ちゃんを取られたと無意識的に思っちゃうことがあります。まどかはかわいいですね。( I )
「お兄ちゃんは、ダメなところ多いけど、大好きだよ!」
キュゥべえ
主人公はすでにキュゥべえと9年間ぐらい一緒なので、魔法少女の真実をほとんど知っている。
しつこい油汚れ並みにしつこい。
「わけがわからないよ」
暁美ほむら
ほむほむ。
「ほむほむ」
巴マミ
友達。ラインは通知オフにしている。
「すぐるさん、ライン全然返してくれないわ………何かあったのかしら?(不在着信100件)」
佐倉杏子
「あたしの出番は???」