ネロですが、なにか?   作:グランドマスター

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2 ネロ・クロウ

 

「……酷い目覚めね(What a fucking birth)」

 

 母のハラワタを食い破って生まれてくるなんて、もはや本体(くおん)のトラウマ直撃フルコース。

 ネロはどうとも思わない、思わない……が、それでも気分が悪い。

 

 スラム街の路地裏で、ネロが産まれた。

 死体しかないここで誕生するのは最悪もいいところだが、周りに他人がいないことだけが不幸中の幸いかもしれない。

 

 そして、意識が覚醒する瞬間、ネ(・)ロ(・)はネロがネロであると決めた。

 

「Hallo World(ハローワールド)。I'm Nero(アイムネロ)。正直よろしくないけど」

 

 空気も最っ悪ッ。

 死臭だけでなく、邪悪な気配は彼方此方に充満し、この世界はどれほど腐り切っていることが言われずとも伝えてくる。

 

「久遠が云うには神様の仕業だーーーって、でもそれだけじゃない気もするなぁ」

 

 そういえばまだ、全身が血でべとべとだった。

 

 血を元に錬金する。

 術式の導きで、血液が赤黒いドレスへ変化した。

 これは母への弔い装束でもあり、ネロへの新生祝いでもある。

 

 母の死体から離れ、それをネロ=魔導書の『中』に収納した。

 

「後でちゃんとした場所で埋葬(まいそう)してあげよ」

 

 母の魂はすでに輪廻に帰ったはず。

 転生できれば、これから新の命として生まれてくるでしょ。

 こんな星でまた人生を送るのも割と詰んでるかも。

 

 魂といえば、この世界の魂に何かがついてると本体の情報から知った。

 生贄に捧げた使い魔の魂はまだ滓かに残っている。付着物も残っているかどうか確認しないと。

 残留したパスを利用し、魂の残滓を回収した。

 

「残ってる、ラッキー」

 

 回収された魂の残滓から、この世界の魂が普遍的に所持している『呪い』を発見できた。

 ちなみに、ネロは分霊ーーこの世界の輪廻の輪に入っている魂でないため、この呪いを生まれ持っていない。

 ともかくとして、まずは解析してみよう。

 

「……へー、随分と面白いものね」

 

 解析した結果、これはある意味、『魔導書』の劣化コピーであることが判明された。

 名は『システム』、或いは『MAエネルギー*1再生システム』のほうが妥当でしょ。

 システムはこの世界の住民たちに『スキル(技能)』や『ステータス(力量)』を与える代わりに、魂の死後は生前から育てられたスキルやステータスを剝奪し、MAエネルギーに変換する。本来魂の輪廻と共にMAエネルギーは自然的蓄えられているにもかかわらず。

 

「MA……物質(マテリアル)と霊質(アストラル)……」

 

 MAエネルギーに関する知識の大半はネム=無銘祭祀書(むめいさいししょ)から得たもの。久遠もネロもまだまだ、MAエネルギーの正体に迫るとは程遠い。

 

 なぜMAエネルギーを魂から回収するためのシステムが存在しているか。この星の惨状を見るに、もはや自明の理。

 MAエネルギーが濫用され、自然の輪廻だけでは星の維持に間に合わなくなった。 

 とはいえ、システムを作り上げたのは誰なのか、その本当の目的は何なのかは、まだまだ調べる必要があるでしょう。

 

「んー、とりあえず、持っていないのバレたらまずいので偽っちゃおーっ」

 

 住民たちが持っているのはシステムの端子(たんし)、それぞれの端子が直接システムのコアと繋がっているようだ。もしネロにその繋がりがないと気付かれたら、異端であることがバレてしまう。

 面倒ごとに巻き込まれないためにも、偽装(ぎそう)工作は重要ね。

 

 まだコアと繋がっている使い魔が残したシステムを改造し、それをこちらの情報を誤魔化(ごまか)すための中継端子にし、さらに中継端子と繋ぐ偽装システムを作り出す。

 

「元のスキルとステータスは……全部いらないので削除!」

 

 元来の機能ほぼ消去され、中継としての機能しか残っていない元・使い魔のシステム。若葉姫色が残した細工もこの際に一緒に処分した。

 この中継端子を覆い隠すように、偽装用のシステムを作り上げた。

 

「テンプレはこれね……人族として偽装するなら名前が必要かー。名前、名前ねーー」

 

 下の名前は考える必要もないネロで、問題は苗字(ファミリーネーム)。

 苗字のない孤児としていくのもありだが、今は苗字をつけたい気分。

 何にしようかな……

 

「ネロ……Nero……Nero…Crow……ネロ・クロウ……!」

 

 つい九郎の名前を苗字にしちゃった。

 九郎も自分の英語名でファーストネームを苗字に充てたが、ネロの場合は多分ーーエンネア=久遠と九郎の関係、その記録はネロにとっても、家族の温かさを感じられるもの。

 だから……

 

「ネロはこれから、ネロ・クロウ!」

 

 そうと決まれば、名前を偽装システムに登録する。

 

『人族 LV1 名前 ネロ・クロウ

 ステータス

 HP 10/10(緑)

 MP:10/10(青)

 SP:10/10(黄)

   :10/10(赤)

 平均攻撃能力:10

 平均防御能力:10

 平均魔法能力:10

 平均抵抗能力:10

 平均速度能力:10

 スキル

 「魔力感知LV1」「魔力操作LV1」「火炎魔法LV1」

 スキルポイント:0』

 

 これで出来上がり。

 この世界の住民が見ているとこの世界の言語が表示されるはず。

 

 ちょっと雑(ざつ)とは思うけど、比較対象がないせいでどのようなステータスが平均的なのか分からないよね。いっそ低めに設定した。

 一応魔術師なので、スキルは「魔力感知LV1」「魔力操作LV1」「火炎攻撃LV1」を取った、威力がどうなのか全然わからないけど。

 

 元のハエのほうは全ステータス1で、スキルは「天動(てんどう)LV1」と「n%I=W」の二つ。

 解析の結果からどちらも若葉姫色の術式が付与したスキルで、特に「n%I=W」というスキルは元のシステムには存在しないスキルで、子のスキルを持つもの異世界からの=転生者でほぼ間違いないでしょう。

 ちなみにスキルポイントはネロの偽装システムと同じく0だった。

 

 偽装システムは今後ほかの住人のシステムを参考にしながら調整しよう。

 

「問題は……本体がどうなってるのかな」

 

 さっきから久遠やネムのほうに繋がらない。

 情報を送ること自体可能だが、一方通行の様で返事が全くない。

 

 宇宙を又いている前提上、これも避けられないリスクの一つかもしれないが……

 

「まずはここから離れないと」

 

 霧が舞う。

 死体まみれのこの路地裏にずっと突っ立ったままだと変人扱いされちゃうかも。

 霧が晴れる。

 

 路地裏から出ても、外はひどい様相。

 痩せこけた人々、排泄物と腐敗した何かの匂い、カラス、ネズミ、腐肉食の動物や昆虫。

 形が保っている建物は数少なく、屋根があるだけマシと言わんばかり。

 

 周囲の会話を収集し、言語を分析する。

 しばらくすると、周りの人たちが何を話しているかも理解できた。

 

 そこで気付く。

 裸を隠(かく)すために錬金したこの真新しいドレスは、相当目立っているかもしれない。

 こんな場所で、小綺麗(こぎれい)な装いをしている子供など恰好の的。

 

「観ろよあのガキ」

「お金持ちとこんの子供か」

「なんでこんなところに……」

 

 気付いたところで、服装を変えるつもりはない。

 目をウロウロしながら、変わらないペースでスラム街を歩む。

 発想の転換、これを釣りだと思って楽しめよう。

 

 ほーら、もう魚が食いついてくる。

 

「嬢ちゃーん、こんな時間に一人で歩いたら危ねェぞ」

「おにいさんたちと一緒に行こーぜ」

「悪りぃことしねーからさァ」

 

 ありきたりと言えばいいかな。

 いかにもチンピラのような男三人がネロを囲むように道をふさいだ。

 十中八九だけど、ネロの勘違いという可能性もなくはないので、とりあえず頷いとくか。

 

「んー、そうなのー?ネロ、この辺のことよくわからないのでー、案内よろしくね」

 

+

 

 ネロはすんなりと男三人についていくことにした。

 周りの人々はネロたちを見るなり視線を避け、前にいる彼らを怖がっているように。

 ふむふむ、怪しい怪しいー。

 

 でも、ネロの知ったこっちゃないね。

 

「実はネロ迷子みたーい。ここはどこなのか、おじさんたち教えてくれないかなぁ?」

「そーかそーかァ、嬢ちゃん迷子なのか。ここはタリア町のクルーム通りってとこだぜェ」

「へー、そーなんだー」

 

 警戒を解けたいのか、ネロの質問は大体答えてくれる。

 なので情報収集かねて、歩きながら質問している。

 

 魂をハッキングしてシステム端子から情報を読み取りたいところだが、この地に住む人々の霊感がどんなものなのかまだよく分からないので、この後の発展次第でやるかどうか決めよう。

 もうすでに、彼らの邪念(じゃねん)を肌で感じられるほどだけどね。

 

 暫く歩いたら、スラム街の離れで、森に近いところまで来た。

 廃倉庫のような場所で、チンピラ三人衆がネロを連れて中に入った。

 そして倉庫の中には、ガラの悪そうな大人たちがいっぱい集まっている。

 

「おじさん、ここはどこー?この人たちだーれ?」

 

 ここまで来たら、もはや予想通り過ぎて呆れちゃうくらい。

 ゲームだったらさっさとスキルボタンを押して戦闘(せんとう)画面入りたいところだったの。

 

「いやはや、こんなにも簡単に連れてこられるとは思わなかったわァ」

「世間知らずにもほどがあるぜェ」

「温室育(おんしつそだ)ちのお嬢さまってとこか。ハハハハハハァ!」

 

 ここまで来たらもはや本音を隠す必要もないと思ったらしく、チンピラ三人は舐めるような目線でネロを見、ネロの腕をつかんで倉庫の奥へ引っ張る。

 ネロは成す術もなく(?)倉庫にある人々の中心人物の前へ放り出された。

 

 転びそうになるのを装いづつ、足を踏ん張る。

 怯えているような表情をしながら目の前の人たちを観察する。

 

「うわっ、なァんだこのステータス、一歩も部屋の外に出たことない子もこんなのじゃなェのに。スキルはまあまあだがこんなステータスじゃ役も立たねェぞ」

「よっぽど大事に育てられたろよォ」

 

 一人が石っころを持ってネロに近づき、その石でネロのステータスとスキルが分かったみたい(偽装したものだけど)。

 一瞬魔力がネロの魂に近づいた感じがしたが、アレがシステムが見られる感じなのか。

 

「こりゃーいい商品になりそうだー」

 

 まるで山賊の親分のよう、髭だけでなく胸毛まで伸ばして、おまけに毛皮まで纏っている人物。その人がもうすぐ売り出しそうな品物を値踏みしているような目つきでネロをジロジロ見ている。

 この人が倉庫にいる連中のボスなのでしょ。

 

 親分みたいな人が手を振り、後ろの連中の一人が首輪のようなものを持って、ニヤニヤしながらネロに近づいてくる。

 

 あァあーっ、正直そろそろ、ガマンの限界かも。

 もう、やっちゃっていいよね。

 

「切れ(カット)」

 

 ネロがつぶやいた瞬間。

 親分以外、倉庫にいるロクデナシみーんな。

 

 首(くび)と躰(からだ)がーーーハナレ離(ばな)れに、なっちゃった。

 

 赤い噴水。

 数十の生首が次々と地面に転がり落ちる順に、数十の躰に元々首があった場所から、生命を象徴する紅の泉が湧き上がる。

 味気ない倉庫を、クラシック風な慎みのある赤黒に染め上げた。

 

 地面に転がる首は、まるでまだ自分自分が殺されたことに気付いていないようで、下衆(ゲス)な笑みを顔に残している。

 だがよく見ると、その全員の目が、すでに恐怖によって支配されている。

 更に奇妙なことに、本のページのようなものがそれらの切断面のところを包んでいる。

 

「……えっ?」

 

 親分のおじさんは、どうやらまだ反応できていないようね。

 

「こわいよーおじさんたちー、いきなりネロをこんなところに連れてくるなんてー」

 

 ネロの言葉でようやく目を覚ましたようで、親分のおじさんが腰の後ろにある刀を抜け出しネロに向ける。

 

「く、来るなァ!!!!!」

 

 親分が手に持った刀、その剣先がネロをよけているように震えている。

 本人が威嚇しているつもりみたいだけど、ただの捌けられることに怯えてプルプルしている、イノシシですらない毛の生えた豚にしか見えない。

 

「おとなしく、ね」

 

 指を鳴らす。

 刀を持った親分の右手が炸裂し、カランっとした声で刀が地面に落ちた。

 右手をなくした手首から血こそ出ていないが、まるで強火で焼かれてしまった肉の匂いがした。

 

「ギャアアあぁアあア!!!!!!!」

「ぎゃーぎゃーうるさいなー」

 

 術種選択:魔鎖(チェーンスペル)。

 蜘神の縛り(アトラク=ナチャ)ほどではないが、目の前の親分を制圧するには十分。

 そのうるさい口も一緒に塞いでおこう。

 

 前へ伸ばしたネロの手からページが舞い、親分の顔を覆いつくした。

 このざまではどう足掻いても手も足も出ない。もちろん口もね。

 

 ページがシステムをハッキングし、情報を読み取る。

 人族、LV32で、名前はブレット・ウィーラーか。ファイル名はそのまま名前にしよー。

 

「それじゃー、実験を始めよっか」

 

 ネロの持っているシステム、偽装のためのものとはいえ、コアシステムと中継を通して繋がっているため、システム補助によるスキルは実際に使えるはず。

 ちょうど実験材料が豊富のこの場を借りて使ってみないと勿体ないじゃない。

 

「んー、まずは火炎魔法かな」

 

 ネロの右手から小さな火玉が作り出され、無抵抗なブレットに向かって飛んでいく。

 火玉が胴体に直撃し、その無駄に多い胸毛が焼かれ、肌に赤い斑紋を残した。

 赤い斑紋がすぐに消え、親分は冷や汗を掻いたが、それほど痛いようには見えなかった。

 

「LV1はこの程度ね。じゃあ次は……」

 

 LV2ーーレア。

 LV3ーーミディアム・レア。

 LV4ーーミディアム。

 LV5ーーウェルダン。

 LV6……

 

 ブレットの服がとっくに全焼され、肌がほとんど残っておらず、中身まで炭化された。

 ネロが回復呪文をかけていなかったら、形すら保てなかったでしょ。

 周りには焦げた肉片や黒い炭の塊が散らばり、火炎魔法に吹き飛ばされた躰の一部だろう。

 

 口が塞がれているため、ブレットは悲鳴を上げることすらできなかった。

 ページが親分の脳に接続し、彼の意識を保ち、気絶を許さない。

 自分の躰が焼かれることをずっと眺めていることしかできなかった。

 

「んー、どれどれ……わーい、おめでとーブレット、スキルが増えたねー。『火炎耐性LV4』『恐怖耐性LV6』『外道(げどう)耐性LV2』……ふむふむなるほど、こういう感じか」

 

 ページを通してブレットの五感に接続しているため、彼の体験が身に染みるほどわかっている。

 炎に焼かれるたび、《熟練度は一定に達しました……》など、女性の声が聞こえてくる。

 これはおそらくシステムからのメッセージ、コアシステムより伝達されたシステム管理者の声かもしれない。

 

 ブレットに関してはこの辺にして、まだモルモットを使い潰(つぶ)す段階ではないので、次は別のモルモットにしよう。

 何かの力によって吊り上げられたように、ネロの後ろにある一組の生首と首なし死体が浮きあがり、ネロの面前まで飛ばされた。

 首と躰を繋がり強制蘇生(そせい)。脳はずっと生かされたままで、躰のほうも首と分離した瞬間保存呪文がかけられたため、割と簡単に蘇生できた。

 

 新しいモルモットを実験台と名ばかりの地面に固定し、実験を続ける。

 材料がまだまだたくさんあるから、ゆっくり進めよう。

 

+

 

 たっぷりなモルモットを使って、システムの『式(プログラム)』をより完璧に理解できた。

 途中でたまに邪魔者が入ってくるが、新しい実験材料として快(こころよ)く受け入れた。

 

 スキルの物質界における表現形式をおおよそ理解できた。

 システムの仕組み自体と深くかかわっている「大罪系」や「美徳系」、「神性領域拡張」などのスキルは管理者に気付かれやすいため実験対象から排除したが、攻撃スキルはLV6まで、ほかのシステムに対するフィードバックが少ないスキルはLV10まで試すことができた。

 

 実験の過程中に、ここにいる実験体の大半、その魂は転生できないほどに崩壊しかかっていることが判明された。

 おそらくシステムが魂からステータスとスキルを剥奪することが、魂に損傷を与えたのだろう。

 そしてその損傷が転生するたびに累積されていき、ついに転生不能の域まで達した。

 

 この世界がこれほどまでにも蝕まれている。

 あまりにも悍ましく、邪悪な意思によって。

 

「ネロも人のことは言えないけど」

 

 モルモットたちを解放するつもりはない、このままネロの操り人形にする。

 ページ・ドール。アル・アジフのページ・モンスターに参考し完成した術式。魔導書の記述としての神獣や呪法兵装を実体化させるのではなく、人間の存在証明(キャラクターシート)を魔導書に登録し、魂のない肉体に上書きし人形として操る術式。

 

 今回ネロがやろうとしているのは、ここにいる誘拐組織メンバーたちの魂を直接キャラクターシートに変換して記述し、肉体そのままでページ・ドールに改造する。

 無からページ・ドールを作る場合、空の魔導書ページ、それと肉体を作る必要もあるが、今回の場合、モルモットの皮膚の一部を魔導書のページに錬金し、魂を存在証明としその記述を直接ページに移せばいい。こうなればページを消費する必要もなく、肉体を新しく作る必要もない。

 

「自己命令(セルフオーダー)ーー頁数(ようすう)拡張。魂魄転写(てんしゃ)。記述更新せよ」

 

 無銘祭祀書の主であり、其(そ)の物(もの)としてーー

 此処にフォン・ユンツトの原稿を代筆(だいひつ)する。

 

 ページ・ドールは作成後ページ・モンスターと同じく、肉体も含めページに形を変え無銘祭祀書の一部として取り込められる。

 記述が1ページ未満のキャラクターシートが多く、総ページ数は大して増えなかった。

 ちなみに、ページ・ドールたちはシステム端子をドール化される前の状態のまま持っており、ネロの術式が上手くシステムを誤魔化せたみたい。

 

 ドールたちはネロに絶対服従以外、自律思考も可能。ページ・モンスターのように魔導書本体から独立し反抗する可能性もなくはないが、その可能性は遥かに低い。

 ドールたちをここに置いて情報収集してもらうのがネロの目的。

 誘拐組織は一夜にして情報組織にジョブチェンジ、なんてね。

 

「後は……奥にいるものたちかな」

 

 ドールに倉庫の守衛および待機を命令して、ネロは倉庫のさらに奥へ進む。

 壁として置かれた木箱に隠されているが、倉庫の奥にはさらに別の空間がある。

 

 其処(そこ)には、散乱とした鉄の檻(おり)。

 このスラム街で誘拐された住民たちが囚われている。

 

 子供の姿をしたネロの出現に戸惑いを隠せていない彼ら。

 ネロを誘拐組織の一員だと誤解しているか、ネロに怯えている様子。

 

 ほとんど痩せこけて身窄(みすぼ)らしい姿をしているが、皆容姿が整っている。

 おそらく商品価値の高いものを選んで残しているでしょ。

 共通点としてほぼ全員首に首輪をつけている。ネロがここに来た時、誘拐犯たちがネロに付けようとしているのと同じもの。

 

 とりあえず、鑑定スキルのコツで全員の情報を一気にスキャン。

 

 どうやら此処で囚われている者たちの大半は元々スラム街の住民で、外来者も少数いる。

 その大半は特筆すべきステータスとスキルを持たない。持っていても、付けられている首輪のせいで封印されてしまう。

 故に成す術(すべ)もないまま囚人に成り下がった。

 

 しかし、其処に一人だけ、ネロの目を惹いたものがいる。

 

 正確に言えば、一人の赤ん坊。

 赤ん坊だからなのか首輪を付けられていない。

 生まれて間もない小さな命、檻に囚われた母親の懐に抱えられている。

 

『人族 LV1 名前 ラケット(林)・ピンポ(康太)ーヌ

 ステータス

 HP:11/11(緑)(詳細)

 MP:8/8(青)(詳細)

 SP:21/21(黄)(詳細)

   :23/23(赤)(詳細)

 平均攻撃能力:10(詳細)

 平均防御能力:8(詳細)

 平均魔法能力:20(詳細)

 平均抵抗能力:24(詳細)

 平均速度能力:22(詳細)

 スキル

 「持久LV1」「SP自動回復LV1」「魔力感知LV1」「卓球の天才LV3」「刹那(せつな)の見切りLV1」「n%I=W」

 スキルポイント:70000

 称号

 「飢え無き者」「卓球の鬼」』

 

 ふむ、ツッコむのはやめておこう。

 

 転生者であることは確定ね。

 丁度ネロに近い場所で生まれてくるとか、運がいいのやら悪いのやら。

 

 その母親も平凡ではないらしい。

 服装は周りと比べて質が良く、肌の艶(つや)や躰の肉付けからしてここに住む貧民でないだろう。

 

 母親の名前はシェリー・ティア・レングゼルム。

 いかにも貴族っぽい名前。実際に「公爵令嬢(こうしゃくれいじょう)」の称号も所持しているし。

 親子なのに苗字が違うのね……

 

 子を産んだばかりのせいなのか、かなり弱っていて、それでもなお赤ん坊を手放さない。

 ネロが彼女らを見ているのを気付いたのか、赤ん坊を庇(かば)うように抱き締めている。

 

「そんなに怖がらないで」

 

 ネロは一瞬で檻の中にいるシェリーの目の前に移動した。

 シェリーは恐怖で後ずさるが、檻の中では逃げ場もない。

 

「ネロはあなたたちを傷つけるつもりはないよ」

 

 恐怖に身を震えるも、シェリーは子を手放さなかった。

 いつ気絶しても可笑しくないというのに、彼女の両目が朦朧していながらも、しっかりとネロの姿を捉えている。

 自分の子を守るため、いつでも身を挺する覚悟でいる。

 

「あなたは、悪魔ですか」

「悪魔に見えるの、ネロは」

「お願いします!この子だけでも…私の魂も命も、全てを捧げます!」

 

 誰かが言った、子を守る母は偉大であると。

 なぜならそんな彼女らは、絶対的な絶望を前にしても、決して折れない強さを秘めている。

 

「安心して、ネロは悪魔じゃない」

「……え?」

「ネロはネロ、ただのネロだよ」

 

 右手を伸ばす。

 シェリーは相もかわらず子を庇うが、この右手は子を奪い、傷つけるためのものではない。

 右手はシェリーの首輪に触れる。

 

 物理接触による走査ーー首輪に他のギミックがないことを確認できた。

 首輪を破壊、連動して範囲内の類似オブジェクトを全破壊。

 誘拐された住民が付けている首輪をこれで全部解除できた。こういう量産品はやはり類感(るいかん)魔術で対処するのが一番簡単ね。

 

「!……あッ、ありがとう…ありがとうございます!」

 

 ようやくネロが助けに来たのを信じられたのか、シェリーは涙溢れながら感謝を伝えた。

 

 ネロは母ではない。

 久遠もネロも、神の子を産むという因果から解放された。

 それでもネロは、母という存在の偉大さを理解しているつもり。

 とはいえ、本物を目の当たりにしては、やはり情報を所持しているだけのネロはまだまだね。

 

 要らない感傷は置いといて。

 続けてネロは檻を閉めた錠前を、首輪を破壊するときと同じコツで全部破壊した。

 そしてシェリーや他に病気や負傷している人に治癒魔術をかけ、一人一人から感謝を受けた。

 

 彼らを解放した後は、これ以上面倒を見るつもりはない。

 ネロは別に善人ではないからね。

 

 人々が檻から出る前に、ネロは待機しているドールたちに命令をかけ、気絶するフリをさせる。

 此処から出ようとする人々にいちいち説明するのも面倒だしね。

 

 ネロにお礼をしながら出ていく人々を見送り、最後に出るのはシェリーとラケットの親子。

 

「本当にありがとう。感謝してもしきれません」

 

 シェリーはラケットを抱えながらも、その振る舞いは優雅で、綺麗に礼をしてくれた。

 

「ただの成り行きですよ、お姫様」

「お、お姫様だなんて……わ、わたくしはただの平民です!」

 

 慌てているシェリーを見て、クスッと笑ってしまう。

 

「……いきなりなんだけど、ちょっとその子を抱かせてくれないかな」

 

 思い出したように、ネロは問った。

 

「……ええ、是非抱いてみてください。この子…ラケットも喜ぶでしょう。」

 

 少し迷うも、ネロは自分の子に危害を加えないだろうと信頼したのか、シェリーは抱えているラケットを丁寧な手つきでネロに渡した。

 ネロも、我が子(マスターテリオン)……じゃなくて、宝物を扱うようにラケットを受け取った。

 

 母から離れ、他人の手に渡されても、ラケットは泣いていない。

 それも当然でしょ。ラケットの魂は前世の記憶を持っているから。

 

「ネロの言葉、わかるよね」

 

 日本語で、ラケットに話しかける。

 ラケットは驚いたように目を見開き、暫(しばら)くして小さく頷(うなず)いた。

 

「ネロは魔導書の一部を、あなたの魂に刻み込んだ」

 

 ネロは言葉を続ける。

 

「この世界は今崩壊寸前で、近い将来に大きな危機が訪れるでしょ。

 もしあなたに危機を乗り越える意志があれば、コレをキチンと読んだほうがいい。

 コレは危険で、異端(いたん)な知識ゆえ、決して他人の手に渡さないでほしい。

 どうしても渡したいときは、信頼できる相手かどうか、ちゃんと見極(みきわ)めてください」

 

 ラケットの目から戸惑さが伝わる。

 

「ネロの言葉、決して忘れないで」

 

 この言ノ葉を最後に、ネロはラケットをシェリーに返した。

 

「あの……ラケットに何を言ったのでしょうか」

 

 当然日本語を理解できないシェリーは聞いてきた。

 

「ちょっとしたオマジナイよ」

「オマジナイ?」

「うん、将来、自分自身と大切な人たちを守れるようになれる、というオマジナイをかけたの」

 

 ネロの言葉を聞いて、シェリーは目をパチパチさせる。

 

「それは…素敵なオマジナイですね」

 

 心から喜んでいるように、笑顔を見せた。

 

 ネロにもう一度礼をし、シェリーが別れを告げ、ラケットと一緒に倉庫を出た。

 離れていく親子の背中を、ネロが見送る。

 

 最後に、ネロに似合わないかもしれないが、もう一つオマジナイをかけておこう。

 

「あなたたちの旅路が、清らかなエーテルで満たされているように」

 

+

 

 ラケットの魂に魔導書の一部を刻んだと言ったが、正確にはシステム端子に刻んだ。

 その扱いはコアシステムにフィードバックしない独立したスキルのようなもので、ラケットが読みたいと思ったときにいつでも読めるようにしておいた。

 

 一気に読みすぎると理性(SAN値)がピンチになってしまうので精神力に応じた閲覧制限も設置した。

 

 魔導書を刻んだ時点で、ラケットのシステム端子もネロ=無銘祭祀書の一部となった。

 扱いは無銘祭祀書の写本であり断章。

 

 これでネロはいつでもどこでもラケットの位置を把握できる。

 ラケットの状況、たとえばステータスやスキルなども、断章を通していつでも確認できる。

 

 一息ついて、ネロは計画通り、ドールたちを情報組織として再稼働させた。

 

 その後、倉庫から離れた郊外で、母の死体を取り出して埋葬した。

 小さな墓を作り、無銘の碑石を立て、華(はな)を供えた。

 

 これでもう、このあたりに用事はなくなった。

 

 タリア町におさらばしよう。

 そこから、まずはこの国ーーレングザンド帝国の首都へ向かってみよう。

 旅路を楽しみながら情報を集める。

 

 行き当たりばったりかもしれないが、具体的な目的もないもんね。

 これも探索者(インヴェスティゲーター)の風情かな。

 

 崩壊しかかったこの星に、果たしてどのような秘密がネロを待っているのか。

 神がこの星で、果たして何をなそうとしているのか。

 

 すべてを知り尽くそう。

 

 ーー埋葬の華に誓って、我は世界を暴く者なり。

 

*1:
『無窮にして無尽なる世界において、混沌の庭における字祷子(アザトース)に相当し、星々の命や万物の魂を構成する根源的なエネルギー。呪法など超自然的な力を行使するのに用いられる力ーー「マナ(MANA)」ともいう』 
ーーフォン・ユンツト《無銘祭祀書》より




ネロ・クロウ
「ネロはネロ、ただのネロだよ」
 旅人(トラベラー)。分霊(アバター)。魔人(ホラー)(無銘の霧症候群)。真なる中立。愚者(正位置)
 タイプ:ネームレスミスト=語らざる無色。無銘祭祀書魂魄言語版。
 本作の主人公二号。
 大十字久遠、無銘祭祀書、ネームレス・ワン=エルダーの三位一体により生み出された分霊。そのため、同時に三つの本体が存在するという分霊として特異な性質を持っている。
 分霊生成時に、旧き無銘の神(ネームレス・ワン=エルダー)が持つ名もなき霧の権能による影響で、神の色に感染した。
 死した妊婦の胎内に辛うじて生きた胎児に受肉し、母のハラワタを突き破り生まれ落ちた存在。
 神の真実と、この世における真なる祈りを求め、異世界を放浪する。

修正告知:
 ラケット=林康太の特典スキルを修正しました。
「五感強化LV1」→「刹那の見切りLV1」。「富天LV1」→「持久LV1」。
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