狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
一体幾年ぶりか、と男は自問する。
主の命を全力で果たす為、ミノタウロスを己好みの強者に仕上げていた最中の事。
男は突如現れた薄緑の軽装を身に纏った一人の青年、至ってどこにでもいそうな農家の冒険者と遭遇する。
元々、その存在自体は把握していた。
フレイヤの寵愛を受けるベル・クラネルの身辺調査をするまでも無く、その男は彼と短くない時間を共にしていたのだから。嫌でも情報は入ってくるのだ。
噂曰く、その農家は1年ほど前にオラリオへ到来した人物と。
その農家の男はベル・クラネルの師であると。
その農家はなんか頭がおかしいとされている。
『彼に関して、私は何も惹かれないわ』
いつだったか、フレイヤがベル・クラネルに対する情愛を語る傍らで、そのような評価を聞いたのを男は覚えている。
『器は成熟しきっているように見える。中身も申し分ないでしょうね。けれど彼の魂は、既に誰かの色に芯まで染まっている』
『とても重厚な緑色。でも、美しくはない。むしろ濁ってるわ。何があったらあんな狂気的な魂になるのかしら』
触れただけで侵されそう、とワインの入ったグラスを揺らしながら珍しく煮え切らない言葉を綴るフレイヤに思わず男はこう返していた。
『貴方を以てしても
『…………』
『……いえ、失礼しました。出過ぎた言葉を』
『別にいいわ、そもそも私はアレを奪おうとは思えないし……けどそうね。ええ、奪えない。それだけは断言できる』
『…………』
『だって彼、多分貴方達と同じなんですもの』
微笑と共に向けられた、少し意図の見えないフレイヤの評価を最後にその冒険者の話題は終わったはずだ。
しかし聞き逃せない彼女の提言に、男はその時点で不気味な冒険者という総論を下すことになる。
一体いつぶりになるか、と最強の男は自問する。
何を思ったか、お疲れ様などとあんな状況で普通じゃあり得ない一言放ち眼前を通り過ぎる農家の冒険者に最強は瞬時凍り付いた。
己が『都市最強』と語られて始めてから畏敬の、あるいは畏怖の視線で飾られたことは幾度もあった。
だが、こうも感情の籠っていない視線を向けられたのは男にとって久しい出来事であった。
畏怖も無い、畏敬も、何もかもを切り取りただ「どうでもいい」という無関心だけが残った感情を向けられ――
その上、当然の様に己の隣を悠々と通り過ぎるなど。
過去の経験が、泥にまみれたあの経験が、『過去の情景』が男の内側で反響する。
ゼウス、ヘラ、英雄、屈辱。それらのキーワードが脳裏を埋めて。
そうして、自問の答えは得た。
――そんな眼を向けられるのは、あの泥に我が身を
かつて歴戦屈強の冒険者と対峙し、屈辱の限りを経験した男。
現オラリオにて最強と名高き男――オッタルは再び自問する。
目の前に広がるのは、オッタルがせっかく手塩にかけて育て上げたミノタウロスが壁面に転がっている光景。
どう見ても死傷を帯びているソレは、オッタルをしても何故生きているのか理解できていない。
故に、理解できない状況を放りつつ現状を見直す。
オッタルとしては御方に課せられた使命が最重要項目だ。
ファミリアの
そもそもコレは己に直接課された使命、他者の手を借りるわけにはいかない。
(そうでなくともこの層から連れてくるにも時間がかかる。空いた時間で確実に死に至るだろう……故に)
故に、ベル・クラネルにぶつけるはずだった洗礼の選定は後回しに。
使命の遅延を把握したオッタルは思考を
すなわち――
さて、主の命を邪魔したこの冒険者をどうしてやろうかと。
(我が主の使命を害した罪、その身で償ってもらうぞ)
大剣を構えるオッタルの胸中は主の使命が渦巻きつつも、その間に漢としての建前が混じるのを感じていた。
フレイヤの提言、先ほど向けられた不気味な視線と、あとは自身の
それらを総じて眼前に立つ冒険者に、己とは違う強者たり得る何かを察していた。
未知なる強者への対峙。身内との
行動に至るまでの過程は過ぎ去った。
都市最強の『狂信者』と名高い矛はその行く先に迷いなく向けられていた。
さて、どうしたものかとあなたは自問する。
激しい、などと片付けるのも面倒なほど空間を震わせる剣戟を交わしつつあなたは脳裏でそんなことを考えていた。
突如として襲い掛かってきた
最初こそ廃人に近い男との戦闘を楽しんでいたのだが、理由も分からない闘争もまた不毛だと感じ始めたあなたは頭を悩ませている。
だからと、一言言葉を投げかけようにもその隙が無い。
相手はあなたがこのオラリオで立ち会った限り、最も廃人に近しいだろう男である。そしていかにノースティリスの地で幾度も廃人と戦ってきたあなたであっても、あなた自身は【廃人】ではないのだ。
小手先諸々を使用しない勝負であれば、
廃人寸前の冒険者同士、相手も命を懸けていないが故にあなたも命を賭してないからこそ、互いに全力を出し切れず膠着状態が続いている。そんな状況であった。
「なるほど。レベル6……いや7に届いているな」
途端に二足の間合いを取ったオッタルが独り言ちるようにそう呟いた。
「打ち合うたびに理解できるぞ。お前の積んだ技術、研鑽、歩んだ経験の重みを」
はぁ、それはあなたも同じくすでに理解している。
ただあなたのレベルは別に6でも7でもない。
研鑽がどうこうは認めるがそこだけは一応事実として訂正しておく。
「……ふん、虚言を吐くか」
いや虚言とかじゃなくマジなのだが。
あなたはそう答えようとしたが、この場にはウソを見抜く神の存在がいない。
どう進んでも虚言と事実がこんがらがる会話の流れになるだろうと、あなたはうんざり気味に肩を落とした。
なんて考えていると、あなたはふとウソ発見器として《モンスターボール》にオラリオ産の神を詰められないだろうかと思いついた。
そうすれば誰でもお手軽、一家に一柱、持ち運び可能なアイテムとして重宝する。実に便利。いつか作ってみるのもありかもしれない。この世界には腐るほど神がいるんだし別にいいでおじゃろう。
……まあ、それはそれと置いておくとしてだ。
とりあえず会話が成り立つ今の間に、なんであなたはいきなり襲われているのか理由を聞いておいた。
「理由だと? そんなもの、お前があのミノタウロスを害したこと以外に何がある」
……まあ分かっていた回答ではあったが、なぜかオッタルの言葉はそこでは終わらない。
「アレは御方の命に従い、洗礼のために用意した造物だ。それを傷つける行為自体、そのものがあの御方の使命を邪魔していることに他ならん」
思わぬ回答におや、とあなたは首を傾げた。
てっきりペットを瀕死にしたからキレているのかと思っていたが、どうやらミノタウロスはオッタルのペットではないらしい。
話を鵜吞みにすると、どうやらオッタルはあなたの見知らぬ誰かさんに頼まれてミノタウロスを洗礼とやらに適する仕込みをしていたようだ。
それをみねうちでぶっコロしかけたあなたは、その容疑を受けて現在進行形で襲われていると。
オッタルの言葉をなぞるようにあなたがそう放つと、オッタルはそれ認めたように大剣の切っ先を向けてくる。
その瞳はどこかで見たような狂気で染まっていた。
「お前の真意を測るつもりはない」
俊足、激突、そして振動。
本日3度の突貫。
それなりの冒険者でも重傷は避けられない威力の攻撃を、あなたは大鎌の大腿刃で受け止める。
受け止めた僅かの静止時間、ひとえに覗き込んだオッタルの瞳はその奥に燃える何かを灯していた。
似た、何かを見た。
あなたもよく知る、
「フレイヤ様へ向けた刃の報い、受けてもらうぞ」
名は――狂信。
轟轟と揺らめく信仰の炎にその名の付いた激情があるのを確信し。
*しくじった*
オッタルの一言に衝撃を受けたあなたは思わず大鎌に加えていた力を抜いてしまい、その隙を見逃さずと大振りの大剣に体を拭き飛ばされた。
衝撃と共にあなたのどこかが*ベキリ*と嫌な音を立てる。
岩壁に叩きつけられる感触と痛みを存分に味わいながら。
あなたは、久しく見る事の無かった本物の狂信を掲げる相手の姿を見据えていた。
手ごたえは無かった。
間違いなく身体のいずれかを損傷させている確信を持ちつつも、決定的な一撃になっていないという妙な違和感があった。
人間一人を吹っ飛ばすというあまりにも慣れた感触にオッタルはそう結論をつける。
ガラガラと崩れ落ちる岩肌を警戒するように眺めつつ。
その答えはすぐに表れた。
「む……」
土埃をかき分けながら出てきた男はどう見ても五体満足の様子。むしろ無傷といってもいいほどにダメージを帯びている様子はない。
(回復魔法か。出てくる直前に魔力を感じた。詳しい効果は分からんが、ヘイズと同じレベルのモノと考えるべきだろう)
現れた冒険者は手持ちの大鎌を携えながら、頭を掻いている。
肩を落とし、ため息とともに吐き出されたその冒険者の感情はオッタルにもわかるほど消沈としていた。
彼は、やってしまったとばかりに自身の行いを悔いたように一言、オッタルへ返す。
*――フレイヤとは、そちらの神の名か*
震えた声色の問いは簡単なものだった。
オッタルは言葉を返さずにただ沈黙と肯定の意を示し、冒険者はその意を察したらしい。
そしていきなり頭を抱え、次に何を言うかと思えばこんなことを
*お互い、落としどころというのを決めないか*
「落としどころだと?」
頷いた冒険者は、不毛な争いは嫌いだと語る。
その精神は主神がもとより争いを好まぬ性格からきていると。まして益のない戦いは嫌いだと宣った。
そして、先に手を掛けたのはオッタルのミノタウロスだったが、男は神の関わる命令とあれば多少なりとも許容ができると言葉を続ける。
故に過失がある自身にも、何か償いが出来ないかとオッタルへ返した。
「……ならばお前に何ができる。それ次第だ」
オッタルの優先順位は変わっていない。
第一にフレイヤ様の使命。ベルクラネルに与える洗礼の用意。
第二に使命を害した冒険者への制裁だ。
――ならばこそ、冒険者が先ほどの回復魔法を死にかけのミノタウロスにかけられるとなればオッタルの行動する優先順位は繰り上がる。
「ふん、なるほど……確かにあのモンスターをお前が何の問題も無く癒せば、俺はお前を誅する理由は無くなるだろう」
軽装にこびりついた土埃を払いながら、冒険者が頷く。
待たず、続けて冒険者が言葉を吐いた。
――ついでの慰謝料にそちらの高ぶっている戦意を出来るだけ、受け止めようと。
「なに?」
オッタルは怪訝に冒険者を見つめる。
不毛な争いは嫌うという先程の言葉と矛盾した台詞に怪訝にならざるを得ない。
「どういう理屈だ。お前の言葉通りあのモンスターを癒せば、俺と関わらずに済むものを。何故わざわざ俺と戦う意思を見せる」
オッタルの返した台詞に――冒険者もそちらの神に対する謝罪の意思だとノータイムで返す。
不毛な戦いは嫌いだが、意義のある戦いは好みだと、大鎌を構える冒険者。
加えて、オッタル自身も戦いを望んでいることを看破する台詞を吐いた。
その言葉に思わず、オッタルは瞼を少し見開いた。
余りにもシンプルな答え、あるいはオッタルの心情を見抜いたことに、ではない。
冒険者がフレイヤへの謝罪を口にしたことである。
それがまぎれもない真意であることを込みで。
フレイヤ・ファミリアは世間体的にいい印象を持たれてはいない。誰もが自他共に認める理由には神フレイヤに対する狂信者の集まりという大きな要因がある。
各々印象を抱く中にはフレイヤを貶す人物も多くいた。長くファミリアに在住するオッタルはそれをよく知っている。
そんなオッタルだからこそわかる。眼前の冒険者がいかに稀有な存在かつ、吐いた謝罪がどれほどの真心を込めたものなのかを。
紛れもない純真。他神とはいえ神を想う心がそこにはある。
そしてその真意が、オッタルとその冒険者が
何故ならオッタル自身が
『だって彼、多分貴方達と同じなんですもの』
オッタルの主神である言葉が、脳裏をよぎる。
あの言葉の神意はこうであったと、オッタルは即座に理解した。
絶え間なく冒険者は語った。
自身がオッタルと同じく狂信者という事。
信仰者の風上にも置けない所業を恥じたこと。
狂信者としての精神を持っているその冒険者は、目の前の信者が真意を込めて用意した俗物の存在を害そうとした己を恥じた。
コレばかりは自身が信仰する神がどうという問題ではない。狂信者として神を崇め、安泰を志すあなたという存在が、神の大事にしているモノを傷つけ、悲しませる行為に至ってしまったことが許せないのであると。
己の過失だと冒険者は語る。
今すぐにでも両眼を潰し、舌を噛んで首を括ってしまう程の後悔と自責の念に侵されている冒険者――狂信者の雰囲気に思わずオッタルは戦慄した。
あるいは、彼に感動の類を少しばかり抱いたのかもしれない。
このオラリオに、オッタル自身と同等の狂信者が存在したという事実に。
自身と同レベル――それ以上の強者が、異なる神といえど主神を愛し、崇敬し、敬神の意を曝け出す。そんな存在と出会えた奇跡に。
「ふ……ならば来い」
疑念がいつの間にか、少しの好感へと転換していた。
名も言えぬ同調、そんな感覚がオッタルを包んでいた。
向けた刃の少し上、その表情には。
「お前の力と信仰を見せてみるがいい。
共に神の御心に身を投じる者同士、これ以上の言葉は不要だろう」
本当に珍しく、というか近年稀に見ない程、同じファミリアの面々が見れば間違いなく気色悪いと吐き捨て絶句するはずの表情が。
ほんの少しだけ口角を上げたオッタルがいた。
*ファイアボルト*
同じく*ニヤリ*と口角を上げた狂信者。
魔法の火花を機に、狂信者たる2人は動き出した――
「…………で、どうなったんだ?」
木製のテーブルに肘をつき、なぜか呆れたようなラーニェの問いがあなたに届く。
ここはあなたの家で、すでにあなたがダンジョンを出てから2時間が経っている。
あなたの代わりに農家の路上販売をしていたラーニェは仕事を終わらせてくつろいでおり、帰宅したあなたはその勘定をチェックしている。
チャリチャリと小銭を数え、今日のあなたがダンジョンで経験したことを語っていると、唐突に彼女からそんな問いが聞こえたのが今の現状であった。
「その狂信……じゃなかった、冒険者のオッタルだったっけ? お前がそれだけ言うんだ、そいつ相当強かったんだろう?」
巷ではオラリオ最強とのことらしい。
「え、そんなにか」
少なくともラーニェや
「あのリド達が、ね……どうにも
ぱちくりと赤い瞳を瞬くラーニェは顎に人差し指を当て、こてんと頭を倒す。
長い期間、一つ二つ格上の強者と親密に接してきたからだろう。彼女にはリド達にかなう冒険者が存在することをあまり現実味の無い様に独り言ちていた。
「……まあそういうやつもいるんだろう。で、結局事の顛末はどうなったんだ?
お前、あーるてぃーえー?ってのを放っておくくらいには、オッタルって人間との戦いを楽しんだらしいけど」
あなたはそれはもう存分に楽しんだと満足げに頷いた。
お互い問答を終わらせたあの後、あなたは《ファイアボルト》の魔法を一つだけ披露しながら戦いに没頭することになった。
本当はフィジカル勝負という形で終わらせるつもりであったが、オッタルの主神に対する贖罪の誠意を見せるため、またオッタルの滾っていた戦意に対するせめてもの気持ちとして魔法を解禁したのである。
で、事の顛末だったか。
「ああ」
まあ、これと言ったことはない。
存分に戦いあったあなたとオッタルだったものの、その終わりは唐突に訪れた。
「
頷いたあなたは言葉を続ける。
本来ミノタウロスとの育成の為だけに持ってきた装備。いかに主神の命と言えそれほど高価な武器を持ち寄る理由もなく、それなりの武器を使用していたらしい。
手持ちの武器がなくなったオッタルは心なしか耳を畳んでしょんぼりとしていた気がしなくもないが、まあそれはそれとして。
「しょんぼりするんだ……」
とにかく、満足するまで戦った後は宣言通りのことをするまでだ。
あなたはミノタウロスに回復魔法を使用し、オッタルの育成に使えるまでに整えた。ただあなたの裏拳で砕けたミノタウロスの顎は少々後遺症気味に脆くなってしまったが、そこはご愛敬。
……というよりあなたは律儀に治そうと思ったけれど、気づいたときにはオッタルが育成に励んでいたから声をかける暇がなかった、というのが正しい。
まあ、本来の主神の使命を遅延したあなたのせいでもあるだろう。
遅れを取り返そうと、オッタルはミノタウロスの育成を懸命にこなしていた。武器はなくなったので拳で。遠慮なしでぶん殴っていた。
そして別れ際、あなたはオッタルと固い握手を交わしてダンジョンを後にしたのである。
以上が事の顛末だ。
「なんか最後に変な男の友情みたいなの生まれてる……それでいいのか狂信者っていうのは……」
そういうものだ。
主神を敬愛する気持ちが狂信者同士で反発しあうことは良くあることだし殺し合いになることが常だが、オッタルはそれ以上に信仰心が己と同等の存在の域に達しているものと出会えて嬉しかったのだろう。
こんな世界だ。神が隣人に居て当たり前という日常は信仰心を生み出しにくいのかもしれない。
ああ、握手といえば。別れ際に傍目のミノタウロスがあなたとオッタルをすごく引いた眼で見ていたような気がするが……。
「それは、まあ、うん。お前達2人両方とも頭がおかしいのは事実だし……。
というかそのミノタウロスが不憫でならん……頭がおかしい冒険者から逃れたと思ったらまたおかしい奴に捕まって……生まれる前に何か悪い事でもしたのか? それとも生まれが悪かったのか?」
ジト目の視線があなたを刺す。
というかミノタウロスの生まれはラーニェと同じのはずだが。ダンジョン産だろうに。
「ああ、まあそうだな……。運命に恵まれなかったら私もそんな目にあっていたのかもしれないんだしな……あー怖っ」
遠い眼をした彼女にあなたは大げさな、と笑いを返した。
どうも他人事だと思えないらしいラーニェはあなたの二の腕をつつき、雑談を続けながらその日の夜が更けていった。
今日も今日とて平和である。