狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
ある日の昼頃。冒険者御用達のギルドの敷地内。
がやがやと周囲が賑わう時間帯。早々にダンジョンから帰還した者、あるいはこれから向かう者が行きかう中。
あなたはギルドが発行する書類に面々と向き合いながら、苦い顔をしていた。
「なんて書いてあるか全っ然分からない……ていうか1枚に敷き詰められてる文字が細かすぎる、長すぎる、多すぎる……っ! なあ、本当にコレを律儀に毎回読んでいるのか? 普通に面倒すぎるだろ」
隣でその様子を覗くラーニェの台詞に心底同意したくなる。
それはもう、ハーブ全種を口の中の放り込んだような苦々しい表情で。
毎度のことながら、ただ都市外への行商へ行くためだけだというのに、どうしてこんな七面倒な手続きをしなければいけないのかと、オラリオのルールにあなたはうんざりと肩を落とした。
農家というのは想像している通りに地味な作業のイメージが多いと思うが、案外足を使う仕事でもある。
あなたの場合だと、種肥料の仕入れから自家栽培に続き他店への訪問販売。
そして忘れてはならないのが近遠方に向けた移動販売――要は行商だ。
ノースティリスにいた頃からずっと農家として続けていた仕事を、あなたがオラリオに来て続けないわけもなく。こうして1年に2,3度の頻度であなたはオラリオの都市外へ足を運んでいた。
そして今日、ちょうどオラリオに降り立ってから1年が経過する節目。
あなたはラーニェに事情を話し、都市外へ行く準備をしていた――わけだが。
冒頭の通り、今のあなたはその準備に手間を取られている。
否、荷造りは済んでいるため、残ったこのバカ無駄でやたら多い書類の処理に、だ。
冒険者がオラリオを離れるというのはそう簡単な事ではないことを、あなたは農家の仕事をこの世界で始めてからすぐに思い知った。
やれオラリオの戦力になるだの、規制が危険性がどうのこうのが目いっぱい詰められた書類の束。それらに目を通しサインを記すことまさに1時間以上。
束縛的な時間の経過に、あなたはもう核をぶっ放したくなる気持ちでいっぱいであった。
ていうかここがオラリオじゃなければ問答無用でぶっ放してた。
*頭でっかちな連中は爆殺だHUUUUUU---!!!!!!!* 的感じで。廃人でなくてもそうしただろう。そうに違いない。
ちなみにラーニェについてはファミリアの登録だけで、冒険者登録の方はしていないので書類等の制度は免除されている。力量的には冒険者と遜色ないが、彼女については立場が立場だ。ややこしくなると思ってやめておいた。
細い眼で嫌そうにあなたの手にある書類の文字を眺める彼女の横顔をあなたはじっと見つめた。
「……なんだ?」
しかしこの時のあなたはラーニェも冒険者に誘うか本気で考えていた。
あなただけこの地獄にいるのも不公平だ。ラーニェも友人としてあなたと同じ状況に堕ちるべきだろう。そうだろう。
「なんだそのにこやか不気味な笑みは。ちょ、怖い。怖いってば、なんか言えっ」
何やら嫌な予感を察したらしいラーニェを横目に、あなたは書類の処理を続ける。
実行するかは保留するとしよう。
「はい、これで外出許可の手続きは完了です! お疲れさまでした!」
全ての紙束に目を通し同意のサインを書き終えたあなた。
それをギルドの受付に提出し待つこと数分。ギルドの女性職員が口にした言葉でやっと終わったのだと、あなたは解放感に満たされた。
「ではこちらをお持ちになって、当日に門をお通りになってくれれば。そちらの女性の方も関係者であれば同行するだけで検問をパスできますのでご安心ください」
別に初めての外出ではない為、慣れたように許可証を手に取って職員に礼を返す。
後ろで立ち見していたラーニェもあなたに倣った感じでお辞儀をした。
「終わったか?」
ラーニェのもとに戻ったあなたは頷きを返す。
「ん。この後はどうする? 特に用事とかもないようだけど」
することと言えば、とりあえず普段商品を届けている店を回って挨拶くらいだろうか。都市外の行商に行くことを伝えていない店もまだ少しある。
とはいえ別に急いでるわけでもない。これから遠出で脚を使うのだ、ゆっくりしても罰は当たらない。
「そう、じゃあ昼ご飯でも食べに行く? 昨日気になった店を見つけたんだけど――」
横を歩くラーニェについてくあなた。そんなとき。
――なあ、あのあたおか農家いつの間に女侍らせたんだ?
そんなとき、ふと背後から複数の冒険者らしい人物の会話が聞こえた。
実に妬みが大量に含まれたような声色で。
何故だかあなたを睨みつけているような感覚もあった。
――知らね。つか死ぬほど
――色白トンデモ美人、だと?
――加えて黒タイツ属性……!? 白ワンピースの下に……!? なんて魅惑的な……!
――ああ、踏まれたい……踏まれてみたいな、蹴り飛ばされてみたいな。あの華奢な両足、最高に良いんだろうな……。
――変態もいますよ、と。
――関わるな、そいつモンスターもイケるらしい。
――歪んでんなおい。見境ないのか。
吐かれる吐かれる冒険者の情欲の数々。
ラーニェの魅力にはあなたも大いに同意するが、蹴られたいというのは分からない。あなたは別に
というか彼女に本気で蹴られでもすればそこら辺の冒険者は背骨を砕かれるだろう。性癖に命を懸けるというなら止めはしないが。
――ふざけんな、何であんなあたおかに女ができて俺にできねぇんだよ。世の中不公平だろクソッタレッッ!!
――ふっ、ドンマイ、万年独身中年。
――ぶっ殺すぞ妻子持ちがっ!! テメェも女いる分際で鼻伸ばしてんじゃねぇ!
――あ? かかって来いよ負け犬風情が!格の違いを教えてやらぁ!
途端にあなたの背後で喧嘩を始める冒険者ども。
職員がその様子を見て慌ただしく動く光景がギルドの出入口を通り抜ける際に確認できた。もう見えないが今頃てんやわんやしているのだろう。冒険者ではよくあることだ。
取り締まった者たちは、是非ともあたおか発言した
「急に後ろが騒がしくなったが、なんだったんだ?」
ギルドを出たラーニェは声が聞いてはいなかったのか、こてんと首を傾げる。
なに、
「?」
そういえば、ラーニェをギルドに連れてくるのは初めてだったりする。
ファミリアの登録はあなたが率先して勝手にやっていたから来ることもなかったのだが、今日はこうして足を運んでいた。
だからだろうか、見慣れない美人を目撃した冒険者諸君は突然発狂してしまったのかもしれない。密かに合掌。差し入れはユニコーンの角でいいだろうか。
ラーニェはあなたから見ても断然美人の分類だ。
整った顔立ちは勿論の事、ショートヘアとはいえ綺麗になびく白髪に宝石のように瞬く赤い瞳。スタイルも申し分なく出ているところはしっかり出ている。
特徴的な黒タイツも、病人のような白い肌と無地の白ワンピースによって良いバランスをとっている。
ノースティリスで稀に開催される【儚さ美少女選手権】なら上位を争える人材だ。
こうしてじっくり観察してみると、あの冒険者達が目を輝かせるのも無理はないものだとあなたは素直に思った。
「そういえば、1ヶ月くらいだったな」
ふと思いついたようにラーニェがそう口を開く。
「都市外の行商期間だ。長いかどうか基準は私には分からんが、大体こんなものなのか?」
素直な問いにあなたは頷きを返す。
オラリオで行商をするにあたり、あなたは向かう先を毎回変えていた。
東西南北。その内の南と東と西はここ1年で闊歩している。どの方向も大体1月の期間を目安にしていた。
「方向……毎回変えているってことは、今回の外出は」
ラーニェの察しの通り、今回は北へ向かう。
当然あなたも知らない未踏の地だ。
具体的な進路は特に決めていない。適当に道になる場所を歩いて、町でも村でも見つけてそこで商売をする。
ノースティリスと違って決められた町々で行商をするわけではない。場所を探すも自由。この世界の探索をするのも気が向いたときに自由に行える。
新鮮味に溢れた経験を積めるこの遠征が好きなのだと、あなたはまるで心が躍るように語った。
「それは――ははっ、楽しみだ」
ラーニェはあなたの高揚に当てられたのか少し笑って短く言葉を切った。
非情に好気的な笑みにあなたも当てられ口角を上げてしまった。
普段ツンケンしていることから隠しているのだと思うが、内心では相当心が躍っているはずだ。
「♪」
あなたの知らない鼻歌を歌いながら歩く彼女の後姿は、どうにも浮かれているように見れた。
そんな会話を経て、ぱぱっと昼ご飯食べて挨拶回りに行こうとしていた矢先であった。
「……どうした?」
*ビビビッ*とあなたは突然、妙な気配を感じて立ち止まった。
ラーニェはあなたが感じる気配が分からないらしくあなたの行動に疑問を抱いていた。
そして誰かに呼ばれていると、あなたが認識するまでに少しの時間がかかった。
「呼ばれている? 誰にだ、私にはなにも聞こえなかったけど」
あなたにも実際に声が聞こえたわけではない。だが確かに呼ばれている。
しかし、気配はあなたが感じる電波でもない。
そもそも電波に関して、この世界に来てからのあなたは祈った際のクミロミの御声しか聞こえていない。
今朝もあなたの愛する神の電波を身に受けて発狂寸前まで逝ったところなのだ。神の電波に関しては人一倍敏感な節がある。そんなあなたが神の放つ電波に気づかない筈がない。
「気になる?」
ラーニェの問いかけに素直に頷く。
あなたにとっては未知の経験だ。気配の位置は何となく分かる、距離もそう遠くない。できれば覗いていきたいものだが。
「分かった、私も付いて行く。別に昼ご飯は逃げないしな」
あなたの提案に彼女も気楽に了承を返した。
……面倒な手続きのせいで昼時も過ぎつつある。本当はそれなりに空腹だろうに、とあなたは優しい友人に半ば笑いながらラーニェの手を握って気配のした方へ早歩きで向かい始めた。
「んっ、お前なぁ……」
手を取ったラーニェの両頬は少しばかり紅色に染まっている。
どうにもまだ人に手を握られるという事には慣れないらしい。まだまだピュアで可愛らしい部分があるとあなたは意地悪な考えを浮かばせているのだった。
大通りを抜け、人の通り道が少ない裏路地をいくつか抜けた先。
周りを覆う煉瓦の数々。住宅の跡地も無くただ壁に包囲された空間。
スキルを使わずとも、明らかに人の気配を感じないのが分かる一区画が気配を感じた目的地だった。
「ここ、でいいんだな」
頷いたあなたにラーニェは少し警戒心をあらわにした。
人の姿のまま瞳の結膜が黒く染まり、
閉所での奇襲。戦う者であるならば誰もが警戒する状況。
ダンジョンでの経験がラーニェをそう強いていることをあなたは察している。それに彼女の生い立ち上、仕方ない事だ。
「大丈夫だ。警戒はしているけど、無暗に害を加えはしない。……相手次第だけどな」
ピリピリしているラーニェに声をかけるが、冷静に状況を把握していることから行動の指示は要らないと判断する。
そうして気配のする場所に近づいていくあなた達。
そこに、いた。
間違いなく人間ではない存在。黒のフードをまとった誰かがいた。
「ああ、来てくれたか」
――誰かというか、骨であった。
深めのフードで隠れているが、それは骨であった。ヒト型の人骨だった。動く骨だった。犬にあげたら全身舐めつくされそうな骨の塊だった。
「骨っていうなぁ!! ていうか犬にあげるな!汚いだろう!!」
「骨……? ってお前、まさかフェルズか?」
あなたの骨連呼になぜか激怒する黒ローブ。
いや、あなたは目の前にいる者が誰かを思い出した。
フェルズだ。異端児達の協力者、オラリオに住まう謎の存在にして暫定スケルトン。
相まみえたのはラーニェを外の世界に連れていく交渉をした時以来である。
「暫定って……いや私が骨なのは変わらないし事実ではあるのだが……」
自身が骨な事実に何故かコンプレックスを抱いているフェルズである。まあノースティリスでもスケルトンはペットとして人気はあまりないし、この世界でも人気が無いのだろう。
ちなみにあなた的ペットNo1はかたつむりだ。理由は塩を投げたときにいい反応を返してくれるから。その後大体死ぬけども。
「はぁ……フェルズか。警戒して損した」
「久しいなラーニェ。貴公も、彼女が世話になっている」
「親御かお前はっ」
身内だと知ったラーニェが力んでた緊迫を緩めていく。いつの間にか結膜も白色に戻っていた。
無駄骨だったな、と少し茶化すあなたである。骨だけに。*イエァ*。
「面白くない」
「2点」
前者がフェルズ。後者がラーニェだ。しかもジト目。
辛辣な感想にあなたの心は崩壊寸前である。終末が吹き荒れるかのようにガタガタになっている。核を使った死体撃ちはおやめください。
ついでにラーニェには帰宅時にハーブを食わせることを決意した。なに、友人同士のじゃれ合いだ。彼女も付き合ってくれるだろう。
……さて、それはそうとして。
「ああ、そうだな。君たちを呼んだのは間違いなく私だ。それとすまない、このような形での呼びかけになってしまったことをまずは詫びよう」
当然のあなたの問いかけに、フェルズは謝罪と共にあなたを呼んだこと認めた。
どういった方法を使ってあなたを呼び寄せたかは分からないが、謝罪を口にするという事は本意ではないのだろう。それなりの用件があるとあなたは察する。
「話が早くて助かる」
「実は、神ウラノスが君たちに会いたがっている。私はその案内人として君たちを呼んだのだ」
どうやら、店回りは後になるようらしい。
ゆらゆらと幽霊のように浮かぶフェルズの誘いに、あなたとラーニェは目を見合わせその場に佇むことしかできなかった。