狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
ゲロゲロというアイテムをご存じだろうか。
その名前からしていかにも下世話な物体であること、詳細を詰めて言えば人の口内から吐き出される胃液とその他物質が混ざったアレである。
オラリオでは常識的ではないが、ノースティリスにおいてはコレクションとして他の冒険者が吐いたそれを所有しているものが多い。
「おろろろろろ…………」
「り、リリー!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫じゃなおろろろろ……」
唐突に話は変わるが、ここはダンジョン上層。
岩壁で囲われた道なりに、音からして素晴らしく綺麗な嘔吐の音が響く。
音の発生主はリリルカ・アーデ。
這いつくばりながら、彼女は小さい背中をパートナーであるベルにさすられつつ、喉の奥底から湧き出る胃液を存分に吐き出していた。
「早く水飲んで。僕もその味ずっと味わっていたくないの、よく分かるから……」
「あ、ありがとうございますベル様……うぇっぷ……」
当のリリ本人といえば、ベルの優しさに多大な感謝と好意を寄せているのだが、襲い来る吐き気がソレに入り浸ることを許してくれない。
そして、リリをこんな目に陥れた狂気の産物は彼女の足元に転がっていた。
一見すれば葉っぱのようなモノ。
知る人から見れば、ハーブと呼ばれる、ある意味で忌み深き食べ物が。
ゲロまずの権化。そんなものをリリは口にしてしまったのだ。
青ざめた顔で水を含むリリの口内は、既にこの世のありとあらゆる*不味い*で埋め尽くされていた。
雑に広がる酸味、痛みを感じさせる絶妙にいやらしい辛み、雑魚の肝を極限まで煮詰めたと思わせるエグみたっぷりな苦みに加えて全く美味しさを感じさせない甘み。
トドメに樽一杯の雑草をすりつぶしたかのような青臭さが鼻腔を突き抜ける。
飲み込むことすら本能的に憚れたようで、ゲロゲロの中にはその残骸が散開している。
状況は
「ま、不味すぎますぅ……!! なんですかこのハーブって食べ物、こんなの人が食べる物じゃないです。ていうか雑食のモンスターですら裸足で逃げるに違いありません!! うっ、味を思い出すだけで吐き気がぁ……」
「
「ぜんっぜん大丈夫じゃありません……助けてベル様ぁ……」
おお、なんと死をも恐れぬ行為か。
リリはベルの師である農家から貰ったハーブ各種を一気に口に含んでいた。ノースティリスの廃人ですら驚嘆せざるを得ない凶行である。アイツ頭おかしいのか、と各々廃人たちから抱腹絶倒されること間違いない。
「うぅ……まだ味が残っています……。食べてみたいなんて言わなきゃよかったです……」
強くなれる食べ物があるという話に好奇心を寄せた数分前の自分に対しての後悔と、あまりにもつらくてくるしい味に翻弄されながら、リリは細い目を向けて、ふとベルに問いをかけた。
「むしろどうしてベル様はこんなのを毎日食べられるんですか、あの農家さんの影響で味覚失っていませんよね?」
「失ってないよ!? 我慢して食べてるだけだって!」
リリから向けられた言葉に、両手を振って全力で否定の意を示すベル。
実際には心を限りなく無に近づけてから、無理やりハーブを飲み込んでいるベルである。
ハーブ摂取は、本来であれば頭*チキチキ*してからの方がしやすいのであるが、あなたの方針により行っていなかった。
可愛げのある彼の性格をできるだけ矯正させまいという、非常に優しい計らいだ。
何せアレをしたものは善かれ悪かれ情緒が終わる。あなたの経験談なので間違いない。
なお、チキっていない影響により彼が真っ当に苦しんでいる事に対して、あなたは何も感じていない。
ちゃんと苦しんで強くなるように☆ と、そんな言葉を叩きつけられたその時のベルの眼は汚水のごとく濁っていた。
「本当ですか? あの頭のおかしい人に脅されてたりしてないか、リリはベル様が心配で心配で……」
「お、脅されてるって……」
「絶対しますよ、あの人ならそのくらい」
「いや、うーん……」
するかしないかといわれれば、まあするだろうなぁ……と、苦笑しつつそんな確信めいた思考に行き着くもあえて言葉にしないのはベルなりの優しさが垣間見えているからだろう。
(でも
困った表情でそんなことを考えているベルであるが、その師匠はベルが友人であることを加味して日頃の所業を優しくしている事にベルは気が付いていない。
もしもベルではなく、そこらの冒険者もしくはペットを鍛えるとなれば、あなたはまず即座に自家製バブル工場に48時間ほど監禁することだろう。絶食耐久コース待ったなしである。
そこに優しさなど微塵も無い、必要であるからするだけである。多少の気遣いとしてハーブの差し入れくらいはするのだろうが。
「あの人、今どこで何してるんだろう……手紙見てくれてるといいんだけどな」
「ベル様?」
「ううん、こっちの話。行こリリ」
ふと記憶の中にある、灰色の髪色の女性の姿を想起したベルの独り言がリリによってかき消される。
数日前、ベルの故郷に――というか元居た家に送った手紙であったが、宛先の当人の手に渡ったかはベル本人にも分かっていない。まあ十中八九、相当期間が開いた時期に手に取ることは大体察しているベルであったが。
そも、たまに帰ってすぐに旅に出るような人だから、その時でないと手に取る機会もないのだから仕方ないか。と心の中で呟いて、大きなリュックを背負ったリリの隣を歩く。
「あ、はい。それとベル様、今日のノルマが終わったら、帰り道にじゃが丸くん買って帰りませんか?」
「うん、いいけど……ハーブの口直しに?」
「はい! 少しでもあんな味を口の中に残したくないので!」
「そんな元気に言わなくても」
そんなこんな、今日も今日とてダンジョンへ潜る日々。
その奥でうねりを上げる咆哮に気づくことは無い2人。
ベルの冒険が始まるまで、あと――
「……ふぅ。ようやく片付いた」
行商から3日と経った頃合い、一つ二つの街々を訪れながらどんどん北を目指すあなたとラーニェを出迎えるモンスターの数々。
荷車を置いて襲い来るモンスターを2人で相手取ること早数分、あなたと共にモンスターを一蹴したラーニェの独り言が何もない草原に広がった。
「なんかやけにモンスターの数多くなってないか? いい加減面倒になってきたけど」
北へ進行を進めるたび、モンスターとの遭遇率が高くなっているのはあなたも感じていた所だ。
モンスターの強さ的にはダンジョンと比べて下の下といったところだが、こうもエンカウント率が高いと足を止める回数が多くなる。少し面倒というラーニェの感想にはあなたも同意した。
こうも違和感めいたエンカ上昇率を不思議に思うと、北にモンスターのポップを促す何かがあるとしか考えられない。
それこそ終末めいた状況が広がってるとか。エーテルぶっぱドラゴンわさわさ巨人どしどしといった感じで蠢いてるとしか。
「ドラゴンとか巨人が蠢いてる状況なんて想像したくないな……。というか終末ねぇ……ウラノスが言ってた、竜の谷って場所のことが気になる?」
思い出されるのはウラノスの元を去る前に忠告を得た、竜の谷と呼ばれる場所の事。
彼曰く、北の最奥にあるその場所が終末の根源であるという。
確かに気になるのは気になるが、あなたとしては場所についてではなく《終末》と呼ばれる現象そのものである。
なので正直にそうでもない、と首を振ってラーニェに伝えたあなたは、話を変える様にラーニェへ戦闘の繰り返しで疲れていないかを聞いてみることにした。
朝から移動を開始し、夕暮れ時になりそうな頃合いでモンスターとの遭遇は5回を超えた。
あなたも時折殲滅に付き合ってはいるが、主な撃退は彼女に任せきってしまっている。
この世界の終末に対する好奇心よりも、友人を気遣う精神があなたの言葉を選んだ。
「ん? ああ、正直疲れてはいるが……そう気遣ってもらうほど私の体力はやわじゃないぞ。リド達の支援が無くても、戦ってきたことも多くあったしな」
ラーニェ曰く、いつもなら仲間と集団一体になって襲い掛かるモンスターに対処するため、比較的個人の疲労が少ないということ。
確かに今のあなたとラーニェはツーマンセルのパーティーだ。
ノースティリスで冒険者としての経験を積んできたあなたにとって、戦闘時の疲労など微量程度なものだが、常に集団で戦ってきたラーニェにとってはそうとも言えないのだろう。
「まだ私が人間の体に慣れていないっていうのもあるだろうけどな。元の体だったらもう少し楽になるだろうけど……ただこう、この身体だと前より小回りが利くのが良い。ああ、凄く良い」
片足でターンをしながらはしゃぐラーニェの様子にあなたもまた微笑む。
まるであなたのペットである妹猫が3日3晩のかくれんぼに勝利した時のようなはしゃぎ様だ。付き合わされたあなたの友人が大体死んだ目をしていた記憶も不意によぎるが、今は無視。
でっかい蜘蛛の体から人の体へとフォームチェンジ。
そんな前人未踏な経験を踏んだラーニェであるが、どうやら存分に人の体を楽しめているようだ。
――因みに話は変わるようだが、彼女はモンスターを一蹴している。
そう語ったがアレは文字通りの意味である。
ラーニェはモンスターを本気で
黒く変色した脚を振り抜けば、ぶっ飛ばされるモンスターの数々。
当たり所が良かったのか、踵落としで脆弱な体を両断されるモンスターの数々。
徒手空拳ならない
はて、彼女の戦い方が元々そうだったのか、それともこの程度のモンスターであればそのような戦い方で大丈夫と判断したのか。
「前までは、拾った武器を手に持って使ったりもしたんだけど。ただせっかく手に入れた人の体だろ? 試しにこういう戦い方をしてみてもいいかもと思っていてな。それにいざとなったらお前が私を守ってくれるだろう?」
だから安心して
あなたの事を信用されているのは大変結構なのだが、それはそうと別の所に問題があるのだ。
「? 何が?」
今のラーニェの恰好は薄布の白ワンピースだ。
元の容姿もあって可憐で美麗、 あなたとしても良い友人を持ったと誇らしげになりたい。
「きゅ、急になんだ。褒めても何も出やしないぞ」
そうではない。ラーニェは今、ワンピースの薄着だ。
あなたの記憶する限りその下には黒のニーソだけが着用されているはずだ。
だから、今その様な戦い方をしては困ることがある。特にあなたが。
そう告げても気づかずじまいなラーニェ。なので仕方なく、あなたが視線を彼女の視線を向けた。
その方向は下半身、下腹部辺りを。
「?」
視線はその奥へと向けられている。
あえて言葉をつぐんでいるのはあなたなりの優しさだ。
「どこを見て…………っ!?!?」
事の重大さに気づいたラーニェが、ようやく表情を変えワンピースの下部を押さえた。
そう、見えるのだ。見えてはいけないものが。
仕方ないとはいえる。何故なら彼女の元の下半身は大きな蜘蛛の姿。恥ずかしい部位と言える場所は少なく、警戒をすることもなかったのだろうから。
とはいえ、今は人の姿だ。
人とは異なる存在とはいえど、気にしなくてはいけないところが存在しているのは事実。
あなたも気を使って直接見ないようにしていたが、友人として一言くらいは述べたかったのである。
「……み、見たか?」
直接凝視することはしていない。
紳士的な人間とは口が裂けても言えないがあなたは彼女の友人だ。それくらいの気遣いはできる。
ただ、一言だけ言うことがあるとすれば。
「……なんだ」
見えてもいいモノを今度選別しに行こう。
あなたが与えたとはいえ、
あなたは優しく、慈愛の精神を込めて彼女に微笑みを向けサムズアップをした。
「っ~~!!!」
途端に走る顔面への衝撃。
ちなみに色は黒であった。
恥じらいを隠し切れずに顔を真っ赤に染め上げた彼女をあなたは瞬時に脳裏へ永久保存。内心で今夜は眠れないぞ! と盛大に歓喜の声を上げた。
あなたの友人である廃人たちも向こうで、ひゃっほー!ブラボー!神々よ御照覧あれ! と喜んでいる。やはりツンデレ色白美女の恥じらい赤面姿は最高でおじゃるな!
あなたは痛みに身を任せて盛大に吹っ飛んだ。
あなたは地面に激突して顔をさすった。
あなたはふと冷静になった。
あなたは普通に最低だった。