学園祭の当日を迎えたパルタクス学園は大賑わいと言うも生ぬるい混沌の様相を見せていた。
常から珍妙な活気に満ちた学園ではあるが、この日はそれに輪をかけた、今までの準備によって蓄えられた人的エネルギーの全てを放出せんとする学徒と、それにあてられたらしき来場者達の怖いもの見たさにも似た興味と興奮とによる化学反応でも起こしたのか、立ち昇る陽炎を幻視するほどの熱気が渦巻いていた。
この手の催し物における来場者といえば学徒やその身内と相場は決まっているものだが、パルタクス学園においては娯楽に飢えた周辺住人、彼らを目当てに大路から出張ってきたり通りかかった遍歴商人なども押しかけてくるので、学内はどこも満員御礼どころか押し寿司がごときすし詰めである。
普段なら荘厳さをもって佇む校舎も、今や外も内もどこもかしこも色とりどりのリボンや看板、飾り板で装飾され、色彩とか調和を無視した配置で並べられたそれらの様はファンシーなんぞをスッ通り越してすでにサイケですらあり、来場者達は一様に邪悪なオモチャ箱のごとき印象を植え付けられたものだ。
造花と看板とで見る影もなく装飾された校門(どこかのバカが門柱に『この門をくぐるもの財布の中身を捨てよ』とかいう落書きをしやがった)をくぐれば、敷地のあちこちで花火が打ち上げられ爆竹が鳴らされくす玉が割られ風船が舞い飛ぶ光景が来場者達の目に飛び込んでくる。
打ち上げの注意事項を守らなかったり、点火のタイミングや火薬の量を間違えたりしたバカタレが黒焦げになり鼓膜をやられて卒倒するのを横目に、あるいは横っちょに蹴り飛ばしながらブラスバンド部が日頃の練習の成果を存分に示して行進し、その音楽に合わせてバトントワラー部の面々が演舞を披露する。
頭上からときならぬ驟雨のごとくに降り注いだ色とりどりの紙吹雪やチラシは、上空で待機していたフェアリーやセレスティア等の空を飛べる学徒達がまき散らしているものだ。
何匹か運の悪いやつらが花火に撃墜され屋台や人混みに人型爆弾として突っ込んでいったりもするので、学内のあちこちでは保健委員や回復魔法の使える学祭実行委員達がそれとなく巡回して目を光らせていた。
グラウンドに目をやれば設営された屋外寄席で落研とコント同好会によるお笑い対バンやら、弁論部・哲学部・法論部・詐術研が入り乱れての屁理屈対抗戦などが行われているのが見える。
少し離れたところで軽音部とコーラス部、パントマイム同好会なども負けじと合同ゲリラライブや辻演劇に汗を流し、すぐさま無許可で行われてるそれらを取り締まる風紀委員の面々との乱闘がおっ始まるも、観客は新たな見世物がはじまった程度にしか思わず“やんややんや”の大喝采。
またある場所では映画研究会の連中がミュージカル映画の一幕を模したタップダンスの実演をして、その観客に混じって歴研のメンツが剣の街の神官やハゲのかつらを被った大魔法使い、光の神と闇の魔王に調和の竜王や堕ちた機械神兵等々……教科書に出てくる偉人の装いで研究発表会のビラを配って回り、この日のために作り上げた超巨大ボトルシップお神輿を掲げた模型愛好会が大漁旗を振り回して掛け声をあげながら往来し、手芸部の連中が新開発した糸なし糸電話のデモンストレーションを行い、もはや何の部なのかもわからない南京玉すだれを手にした連中がすだれをチョイと伸ばしては浦島太郎の釣り竿や唐金擬宝珠にしている。
これだけでも大概お腹いっぱいなのに、敷地内のありとあらゆる場所では学徒達の模擬店と大路の出張商人の屋台が雨後の筍よろしく生え散らかし、道行く人々をえじきにしてやるべく客引きどもが血眼で声を上げているときたものだ。これまでの光景に目ン玉と頭がくらみ、判断能力を失った者が足を踏み入れたが最後、懐がすっからかんになるまで数十分も保つまい。
───このどこまでもムチャクチャでいい加減で野放図で、すでに当事者達さえ何がなんだかよくわかっていないのではと思わせる、ハーメルンの笛吹き男とブレーメンの音楽隊を物質転送機に叩き込んだら産まれちまったがごとき百鬼夜行。
しかしてそれらの無遠慮に無軌道に無節操に無秩序に、天をも焦がす勢いで燃え盛る若人達の熱量こそ、今日明日をも知れず死と灰とが隣合せとなった冒険者を志す者にのみ許された青春の発露なのではないかとも思われた。
…………。
まあ単純に体力だけは無駄にあり余るバカタレどもが、バカなお祭り騒ぎに明け暮れてるだけじゃねえかと言われりゃそれまでではあるのだが。
◇
学祭の名を借りた地獄八景はさておき、オーリ達の出し物である『無国籍闇鍋コスプレ喫茶店』は初日から中々の繁盛を見せていた。
午前まではそこそこ程度の客入りだったのだが、他所のクラスとは段違いに豊富な各種アレンジコーヒーや軽食のメニュー、なにより目を引く接客担当の可愛らしさが口コミで広まったお陰で、午後からは行列ができるほどの大賑わいとなったのだ。
現在における最後尾1時間待ちという満員御礼へ一番に奏功したのは、看板とチラシに追加された『可愛い服』で『ミニスカート』の文言だった。合わせて女子の服装にも相応の改良(女子から言わせりゃ改悪)が加えられることとなった。
このバカみてぇな一文はある男子学徒の発案によるものだ。
当然のことながら提案の直後に女子連中から「ざけてんのかエロガキ」 「くたばれセクハラ野郎」 「アタシが刎ねてやっから首出せ、首」等々、散々に罵られ変態呼ばわりの総スカンをくらった。
しかし発案者であるバカタレは怯む様子もなく、
「ま、見てろって。絶対にウケるから。もしこれで繁盛しなかったら遠慮なくボコってもいいぜ」
……などと自信満々に語り、これに追従した他男子学徒どもの後押しもあって実現される運びとなった。ちなみに効果が出なかったらほとぼり冷めるまで、自主探索の名目で地下道へ夜逃げするつもりだったらしい。
「こーゆーので繁盛するのもなんかイヤだ」
家庭科実習室で自作したエプロンを着込んだオーリは、押しかけた助平どもで大繁盛となった教室を見渡し、しましま曜日の長野くんよろしく目を伏せ嘆息した。
「そっかー? 俺は超うれしいね。中身を無視すりゃ可愛い女子が可愛いカッコをするってのは眼福てなもんよ」
忌々しさを隠さぬオーリの横では宇宙忍者が「ふぉっふぉっふぉ」と嬉しそうに笑い、さらにその隣で腕組みした宇宙恐竜が「ピポポポポ」とつぶやき頷いている。
着ぐるみに身を包んだ男子クラスメイト共である。どちらも演劇部から借りた衣装だが、こんなもんが必要な演劇ってどんなだ。
ああ、ありがてぇありがてぇ。様々な衣装を着込みウェイトレスの仕事に励む女子達の姿を、ハサミと両手をこすり合わせて拝んだ2匹はプラカードや大量のビラを抱えて教室の外に出ていった。あいつらの格好だと接客や料理は無理なので(フライパンもお盆も持てねえ)客引きを任されているのだ。
アホの1号とバカの2号を見送ったオーリは、教室の一角に設営されている調理ブースへと回った。
モルタルとバルサ材の壁で仕切られたブースの中では、フェアリーくんが面白くもなさそうな顔で料理の盛りつけをしている。ちなみに彼もエプロン姿だが、飾りっ気のひとつもないオーリのそれと違い、ウィンクする犬のアップリケがあしらわれた可愛らしいものである。
それを向けられたらどんな朴念仁でも絶望のあまり首を吊りかねぬ、絵にも描けない美貌による絵に描いたような仏頂ヅラに、惜しそうなものを浮かべてオーリは言う。
「なあなあ、やっぱし裏方なんかするより接客に回ったがよくね? きみがちょいと着飾ってウェイターすれば売り上げダンチだと思うんだが」
「やりたくねーんだよ。好きでもねえやつらに笑顔振りまくより、おまえと一緒に飯炊きしてる方がよっぽどいい」
「もったいないなあ」
オーリとしては言葉以上の意味も思うところもないのだが、フェアリーくんはそうとは受け取らなかったようだ。
射抜くような、というには少し鋭さの足りぬ目を向け、
「おまえ、そんなにぼくと一緒がイヤなのか」
「ンなこと言ってないし。……ていうか冗談でも言わないでよ」
「なら黙って仕事してろ。そしたらぼくも何も言わないからさ」
「あい、あい」
短く応えたオーリは腕に巻いていた三角巾とマスクを着け、次の注文を作りはじめるフェアリーくんの隣で作業にかかった。
クーラーボックスから取り出した卵の卵白だけをボウルに入れ、そこへカシナートの剣を突っ込み慎重に出力を調整して回す。余った卵黄は相方が使う。
卵白が泡立ってきたところに砂糖を投入しようとしたところで、教室の方から女子達の金切り声が聞こえてきた。
『おいこら、てめー! どこ触ってんだこの変態!』
『わあ。なになに、急に大声だしてどうしたのさ』
『この痴漢野郎が私のお尻を触りやがったんだよ!』
『いやいや、待ってくださいな。それは誤解ですねん。ちょっとだけ、先っちょだけ。指の先でこう、“ちょちょい”とつついただけ。ならこれもう無罪みたいなものですやん』
『どこの地方ルールだこのバカタレ! 大体、がっつり鷲掴みしやがったろが!』
『くたばれ!』 『少女の敵が!』 『ちょっとみんな、こっちに来て!』
『あっ逃げた!』 『捕まえろ!』 『囲め!』 『回り込め!』
『誰か飛び道具もってない!?』 『魔法撃っちゃえ!』 『射殺しちゃえ!』
少女たちの甲高い怒声に混じり、絹を裂くというより雑巾でも引き千切るような汚い悲鳴がブースにまで届くも、きっと気のせいだと思い込めたオーリは泡立ったボウルの中身へ残りの砂糖を入れた。最近のこいつは都合の悪い情報を意図的にシャットアウトするのが上手くなってきている。
『嫁入り前の乙女の柔肌に痴漢行為たあふてぇ野郎だ!』
『生きて帰れるとか思ってんじゃねーぞ!』
『百回殺して百回蘇生して、もっかい殺してやる!』
『身ぐるみ剝いで簀巻きにしちゃえ!』
『ウチらも鬼じゃねーから、パンツは勘弁してやるよ感謝しな!』
思春期の黄色い罵詈雑言に混じる、ロッキーの肉叩きシーンみたいな音を聞き流し、オーリはカシナートの剣を止めた。
「メレンゲできたよ。……うちのクラスの連中は接客も静かに出来んのか」
「おう、よこしな。借りてきた猫みてえなあいつらなんて想像もつかねえな」
「ネコミミ付けて可愛いおべべで飾ろうと、性根ばかりはどーにもならんか」
受け取った材料を手早く混ぜたフェアリーくんは、鉄板に乗せたそれを調理台の脇に置かれている〈頑丈な鍋〉に入れて蓋をした。
前にも何度か述べたがこの謎の鍋状物体、熱伝導率が完全にゼロという謎物質で作られた謎物品なので、こいつの中に料理と熱源(熱の魔法を叩き込んだ金属塊など)を入れて蓋をするだけで圧力調理から低温調理までなんでもこなす超高性能かまどになるのだ。
次にフェアリーくんはオムレツを作りはじめ、そこにオーリが保温鍋から取り出した作り置きのチキンライスを入れてフライパンと菜箸を器用に操りくるんでいった。どんなものでも万能にこなす彼だけあって、その手並みは料理研究部に属しているオーリよりもずっと淀みなく惚れ惚れするほどである。
またたく間に注文を完成させる相方へ、お皿を用意してやりながらオーリは遠慮がちに言った。
「───あのさ、もうちょいしたら交代だし、お昼からの予定ないなら一緒に他所の出店や展示を見て回らない?」
「悪くねえな。学祭のお陰でそこそこ懐も温かくなる予定なわけだし」
「決まりだね。じゃあ心ゆくまで遊ぶためにも、気合を入れてもうひと頑張りだ」
「おうともさ」
応じながらフェアリーくんはケチャップを手にし、出来たてオムライスへ可愛らしい猫の絵を描いた。
◇
1時間ほどが経過したところで交代となった。
その間も注文は途切れることもなく、ブースの隙間から覗く教室の様子ではまだまだお客が引く様子も無いようだ。
懲りることなく湧いてはフクロにされるお触り野郎の悲鳴を聞き流したオーリは三角巾とエプロンを外し、交代を告げる声の主への引き継ぎに、注文の順番を説明しようとしたところで訝しげな顔をした。
ブースに入ってきたのは以前、オーリと一緒にお昼ご飯をつつき合いながら女の子に縁がないことを愚痴ってたヒューマンの少年と、その知人であるノームの少年だった。
両名ともオーリのクラスメイトではないのだが何してんだ。当然の疑問に、ヒューマンくんは「ふん」と鼻を鳴らした。
「そら決まってんだろ。お前のクラスの女子は可愛い子が多いからな、手助けをすることでアピールって寸法よ」
「ウソでもいいから俺を手伝おうという義侠心の現れと言えんのかい」
「ばっかじゃあるめぇか。何が嬉しくて野郎の得になることせにゃならんのだ」
小馬鹿にする少年への反論は置いておくことにして、オーリは当面の懸念を口にした。
「まあ手伝ってくれるならいいさ。それよりお前さま、料理なんてやれんのか。これでもウチはレパートリーの豊富さで売ってるんだぜ。カップ麺かカレーしか作れねえってんなら回れ右してほしいんだが?」
「そこは任せな。この日に備えて特訓を積んだからな、お前ンとこの店のメニュー程度はどんと来いよ」
「へえ、レベルアップの恩恵も込みとは云え、てえしたもんだ。よくもまあそこまで頑張れるもんだ」
「たりめーだ。これもチヤホヤされるための布石だからな。───料理のできる男子ってモテるんだろ?」
「そらまあ出来ないよりは出来たほうがいいのかもだが……」
どんだけ短絡な発想やねん。かろうじて口には出さず呆れるオーリだった。そういやコイツ、女の子の気を引くためにサッカー部やら野球部やら軽音部やらを取っ替え引っ替えにかけもちしては、
「見える、見えるぞ! 俺様の頼れる姿を拝んだ女子共が大挙して押し寄せる光景が! 学祭が終わったら俺も
あまりにもアホらしい皮算用に頭を抱えるオーリのことなぞ目にも入らぬ様子で、ヒューマンくんは「ゲヒヒヒヒ」と笑っている。
世に埋もれし名品をお救いする織部殿みたいなその姿は、少なくともモテとか浮き名を流すとかいう言葉とは無縁のようではあるがオーリはあえて何も言わなかった。
代わりにアホの隣で静かに佇むノームの少年へ視線を向け、
「俺が言えた義理でもないんだろうけどさ、付き合う相手は選んだがえんちゃう」
「ふふぅー、ご忠告ありがとうぅ。とはいえぇこんなでもパーティの仲間でぇ友達だからねぇ、放っとくわけにもぉいかないんだよぉ」
「道理だね。大きなお世話をすまんかった」
申し訳なさそうに頭を下げるオーリへ「いいってことさぁ」と返したノームくんは口の両側を“ぎゅう”と引っ張り、無理くりな笑顔を作ってみせた。彼の義体に搭載された顔面パーツは自前で表情を作れるようにはできていない。
今だに気色の悪い含み笑いを止めぬアホはともかく、彼には後で他の出店の品くらい差し入れしてあげようとオーリは思った。
エプロン等を仕舞い2人と交代したオーリ達は調理ブースを出て、教室の隅っこに置かれた簡易鳥小屋で“ぴよぴよ”鳴いてる元・ピンクのカラーひよこ(すっかり色が抜けて今では普通のひよこ)に水とエサを用意してから教室を後にした。