元治元年、7月19日。
前年の八月十八日の政変によって京を追われることとなった長州藩勢力が勢力回復を図り、挙兵。
応仁の乱以外の大戦により、京は焼かれることとなった。
その炎の中で、二人の男が対峙する。
一人は、左腕を鬼の腕のような形状をした小手で覆った男であり、血のような暗い赤に染まった襟巻と黒い着流し姿で、6尺以上の大柄な体つきをした男。
髷は総髪で、馬顔をした男の周囲には長州、薩摩、会津の武士たちの死体が転がっている。
「我らが望んだ世がもうすぐ来る…。この日ノ本が業火に包まれる世が…」
「兄弟…」
男と対峙するのは彼よりも一回り小柄な男。
黒い西洋風を左肩にはためかせ、胴体が黒で袖が白いベストに腕周りを甲冑の小手で守っており、下半身の紺色の袴にすることでで西洋と和の融合した服装となっている。
そして、かぶっている帽子の下には既に髷は存在せず、左右と後ろに自然に流した髪型と化していた。
左目は眼帯で隠れ、右目には正面の男と煌々と燃える炎が映る。
「片割れよ…お前も来い。いつものように…」
(いつから違えた…?兄弟、お前との道を…)
同じ村に生まれ育ち、幼き時に炎に包まれる故郷の村を共に見て、隠し刀としてともに修行と任務を共にした20年。
20年運命を共にした二人が初めて違えたのが嘉永六年のあの日。
そして、11年の離別が二人の間に大きな壁を生み出した。
「俺は…兄弟…」
秋風が吹き、紅葉が周囲を包む。
夏の懐かしい暑さはわずかとなり、徐々に冷えていく風を感じ、男は小屋で眠る。
ところどころが敗れ、縫われた痕のある紺色の着物姿をした彼の元へ同じ着物姿の片割れがやってくる。
「おい、起きろ。柳。師匠が待っているぞ」
戸が開き、聞きなれた野太い声と共に入ってくる男が自らの片割れの名前を呼ぶ。
本来呼ぶべき名前は10年以上前に隠し刀を志した日に捨てたものの、いまだに頭の中にはその名前が焼き付いている。
元服を既に済ませ、任務もある程度こなしているにも関わらず、これはいつまでたっても変わらない。
「ああ…もう、刻限か。焔…」
「その様子…まだ疲れが取れておらんと見える」
「だが…訓練には支障はない」
起き上がった男、柳は片割れである焔と共に小屋を出る。
出てすぐに訓練用に用意されている木製の武器を手にする。
焔は刀を、柳は二刀を手にする。
お互いに距離を取り、構える中で焔がフッと笑う。
「手数を増やすだけでは、俺には勝てんぞ。柳」
「今日こそは一本、取らせてもらうぞ…焔」
一斉に足に力を入れた二人は地面を蹴り、互いの武器がぶつかり合った。
黒洲藩
北陸地方に存在する一万石の小藩。
現在の藩主は10代目の加藤時之。
かつて、関ケ原の戦いにおいて西軍に参加し、造反した小早川の軍勢を大谷吉継隊と共に応戦し、生き延びたものの、敗戦に伴い減封され、さらには幕末に至るまで厳しい賦役に苦しめられてきた。
同じ減封の憂き目に遭った長州藩と同様、倒幕の意志を胸に秘めて活動しており、その一つが極秘特務部隊である隠し刀である。
隠し刀
幕府に対抗すべく、ひそかに創設された黒洲藩の極秘特務部隊。
武芸と忍術の双方を習得しており、さらにはあらゆる身分や職業の人間に変装する技術まで持ち合わせている。
二人一組で任務を遂行する形をとっており、幼少期から研師と呼ばれる指導者に二人そろって訓練を受け、寝食をも共にすることでたぐいまれなる連携を可能とする。
隠し刀たちの流派は無明流であり、これは刀や槍、拳だけでなく、極秘裏に西洋から手に入れた銃剣やサーベルなど、あらゆる武器や町中にある道具を戦場において最大限に生かすことを目的としたものであり、隠し刀のような二人一組で戦うことで真価を発揮するという。