ゴジラVSクトゥルフ -The Call of Catastrophe-   作:江藤えそら

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Episode G-2: ふたりの邪神

 大戸島の地形は起伏が激しく、少し歩いただけでも足裏や膝が悲鳴を上げていた。私は背骨を痛め、パトリックさんは片腕を骨折している―――そんな状態では、その進行速度は常人に比してかなり遅いと言わざるを得なかった。

 加えて、一歩踏み出すたびに私の頭の中に様々な感情や思考の濁流が押し寄せては消えていくことが、余計に私の足取りを遅くさせていた。今朝見た夢は何だったのか? ゴジラと呼ばれた黒い化け物と、大ダコのような化け物はどこから来たのか? 依諏間島に生存者は残っているのか? 鳴山さんや戸村さんは無事なのだろうか。

 由良さんのお父様に勧められたとはいえ、こんなところで呑気に調査などしている場合なのだろうか。本土との連絡が途絶している今、他にやれることの選択肢もほとんど無いことは理解しているのだが、それでも悠長に構えすぎているのではないかと思わずにはいられない。

「ヘイ、姉ちゃん。どこまで行くの?」

 パトリックさんの片言な呼びかけで私は我に帰る。いつの間にか神社の鳥居を通り過ぎていたことに気付き、ばつが悪そうに鳥居の所まで駆け戻った。走った反動でまた背中がズキリと痛んだ。

 

「……ここが、大戸神社?」

 由良さんのお父様から教わった小高い丘の上まで来たが、鳥居は所々ひび割れていて周りは草だらけ、敷地内には本殿と思わしき建物はあるがこれもまたボロボロだ。どう見ても廃墟にしか見えないが、本当にここで合っているのだろうか。

「神社ね。オレ何回か来たことあるけど、こんなに古いの見たことないよ」

「すみませーん。誰か居ますか?」

 私が何度か敷地内に向かって呼びかけると、本殿の方から箒を持った老人がゆっくりと歩いてきた。特に神社に相応しい格好というわけでもなく、ラフなシャツ姿のお爺さんだった。

「由良さんが電話で言ってたお客さんはアンタ達かな?」

 お爺さんは眼鏡を触りながら二、三回瞬きして私達を見た。この島において若い女性と大柄な外国人という組み合わせを見るのはなかなか珍しいのかもしれない。

「えっと……由良さんからお話を伺っていたのなら、そうだと思います。私は由良さんの知り合いで、萩本奏音という者です。あなたが神主さんですか?」

「どうも俺を神主と勘違いするやつがたまにいるんだが、俺は神主じゃないよ。ただの管理人。神主なんて随分前に居なくなったよ、俺が若い頃にね。今じゃあたまに掃除してるってだけで、建物も朽ち果てる一方だ」

 お爺さんはそう言ってボロボロの本殿を見つめる。由良さんはずいぶん昔に神主さんがいなくなったことを把握していなかったのだろうか。普段はこのお爺さんともあまり関わりがないのかもしれない。

「最も呉璽羅(ゴジラ)自身、こんな神社で祀られてたと知ったところで何とも思わないだろうがね。依諏間島に呉璽羅が出たんだろ? 見たかったなぁ」

「オー! ゴジラ、ご存じですか?」

 パトリックさんが興味深そうにそう尋ねた。

「知ってるも何も、この島の神様だよ。アンタら由良さんから何も聞いてないのか?」

「神様という話は聞きましたけど……詳しくは神社の人に聞けと言われてまして」

「そうかい。じゃあ御神体のところまで歩きながら話そうかな。また林道になって悪いがね、こっちだ」

 そう言ってお爺さんは木々の間に通された細い林道に入っていった。今度は坂を下る方向に勾配が付いている。

「御神体は本殿にあるんじゃないんですか?」

「いや、うちはちょっと特殊でね。この林道を出たところにある岩を御神体と呼んでる」

(Rock)? ニホンのGodはアメリカとだいぶ違うって聞いたけど、ホントだね」

「私も詳しくはないんだけど、日本と西洋だと神様に対する立場や考え方が全然違うんです。西洋だと唯一で絶対的なものというイメージがありますけど、日本だとなんというか……自然現象や物品、あらゆるものに宿る精霊に近いようなものなんです」

 合っている自信は全く無いが、私自身が認識している神様という概念をパトリックさんに話した。

「それで言うなら、呉璽羅は西洋的な神であり日本的な神でもあるな」

 お爺さんはふとそんなことを口にした。

「…と、言いますと?」

「この島の伝承じゃあ、呉璽羅は自然よりもさらに大きい括りで―――言うなれば大地、地球そのものと同一視して解釈されてるんだよ。草木や土、岩みたいな物質や生物、雨雪のような天候、嵐や竜巻、地震のような災害に至るまでが呉璽羅の一部とされている」

 林道を進むお爺さんはこちらに背を向けたまま話を続ける。

「その解釈だと日本神に近いんですかね…?」

「だが、呉璽羅は同時に”怒り”の権化でもある。呉璽羅というのは目覚めちゃいけない神様なんだ。目覚めた時には地上の全てが須らく焼き尽くされると言われててね。神様を怒らせた人間は誰も彼も構わずその炎に焼き尽くされるという伝承だ」

「……!」

 その話と共に私の脳裏に浮かんだのは、まるで空襲を受けた後のように焼け野原と化した依諏間島の全景、そして私達がヘリに乗っている間に起きた閃光のような爆発だった。

「あー…お爺さん、なんて?」

 パトリックさんはお爺さんの話をあまり理解できていないようだったので、私が英語を交えて彼に告げた。すると彼は興味深いことを口にした。

「(まるで、”怒りの日”だ)」

 怒りの日。キリスト教における終末思想で、世界の終末にイエスが全ての人間に審判を下すと言われるその概念との類似性をパトリックさんは指摘した。なるほど、お爺さんが「西洋的な神であり日本的な神でもある」と呉璽羅を評した理由がなんとなく分かった。

 

「変なこと聞きますけど、この島の人達ってどれくらいの時代から住み着いているんですか? 文化は本土とだいぶ違うのかなという気がして」

「俺も詳しくは知らんが、ここも依諏間島も、本土から流れ着いた日本人が祖先らしいな。だから民族的にも日本人だし言語もこうして日本語を話してるだろ。ただ、依諏間島とこの大戸島は歴史的に交流がほとんどない。島と島の間に非常に激しい潮流があって船で行き交うのが難しかったんだ。現代の船なら流石に無理ってことはないだろうがね」

 お爺さんの話を聞いていて徐々に大戸島のことも分かってきた。激しい潮流に阻まれた大戸島では本土とも依諏間島とも異なる独自の文化や宗教間が根付き、その結果呉璽羅という神が生まれた。もしかすると、大戸島の祖先は大昔に実際の呉璽羅を見て、それを神として語り継いだのかもしれない。

 しかし、今の話が本当だとすると、パトリックさんが小型のモーターボートで依諏間島から大戸島に流れ着いたのは奇跡と呼ぶべきではないだろうか。悪運の強い人だ…。

 

「見えたぞ、アレだな」

 そんなことを考えていると不意に私たちの視界が開けた。薄暗い林道を進んでいたせいか、曇り空でさえやけに明るく見える。そんな曇天の下に広がっていたのは、狭い砂浜。そしてその奥の海に鎮座する不思議な形の巨岩だった。まるでL字を逆さまにしたような、太平洋の方角に向かって突き出した鉤状の岩だ。そして岩の”背中”に当たる部分からはサンゴのような細かい岩の突起が複雑に突き出されていた。それは鋭利な刃にも見えるし、天に突き出された炎のようにも見える。自然にあんな岩が生み出されるものなのだろうか。

「あれが―――御神体なんですか?」

「ああ、そうだよ。あの岩が呉璽羅の姿に一番近いらしい。アンタ、依諏間島で呉璽羅を見たんじゃないのか?」

「はっきりと見たわけじゃないんです。映像越しでしたし、暗くて全貌までは…」

 依諏間署で見た自衛隊の映像では、黒く巨大な化け物という漠然とした様子しか分からなかった。その後、ヘリから直接目視した際も遠目に巨大な影として見たに過ぎない。それがどんな姿をしていたのかという詳細な答えを私は持ち合わせていなかった。ただ、途轍もなく大きかった。それだけはハッキリと覚えている。

 突然、パトリックさんがガクリとその場に膝を着いた。

「(クソッタレ…! ゴジラだ…! あれはオレが昨日見た黒いバケモノ―――ゴジラそのものだ!)」

 パトリックさんは震える声でそう告げた。私よりも遥かに至近距離でゴジラを見ていたパトリックさんの言葉は重みがあった。

「どうした、外国人の兄ちゃん」

「その……あの御神体の岩が、ゴジラにそっくりだと言っています」

「やっぱりそうか。あれが呉璽羅の姿なんだな。70年生きててまさか呉璽羅伝説が()()現実になる日が来るとは、人生何があるか分からんもんだな」

 お爺さんは両腰に手を当てて感慨深そうにその岩を眺めていた。

「あの…お爺さん。呉璽羅が目覚めたら、世界は焼き尽くされるって…そう言っていましたよね」

「ああ、そうだ。大戸島の人間は昔からそう言い聞かされて育った。呉璽羅は災害のようなもんだ。来るときは来るんだ。そして、来たらみんな死ぬんだ。どこに逃げても結果は変わらない。呉璽羅から逃れられる場所など存在しない。ただ死ぬ。それだけのことだよ」

「(クソが…死んでたまるかよ! ここまで生き延びたんだぞ、ここで諦められるか!)」

 ゴジラの伝承が身に沁みついているからこそ逃げ場など無いと悟るお爺さんと、生を諦めたくないパトリックさん。二人の姿を見て由良さん、由良さんのお父様の言動をも連想し、思い返した。彼らもまた、これまで想像すらしたことのない怪物が現れたにも関わらずやけに達観したような態度を取っていた。

「この島の連中も呉璽羅が実在するとは誰も思っていなかっただろう。俺以外はな」

 ふと、お爺さんが意味深な言葉を口にした。

「あなた以外は? あなたにはゴジラが実在するという確信があったんですか?」

 私は思わずそう尋ねた。お爺さんは一瞬私の顔を覗き込んだ後、岩の方に向き直って語った。

「忘れもしねえ。俺はほとんど赤ん坊だったが、はっきり覚えているんだ。70年前に燃えていた依諏間島の姿を。昨夜と全く同じだった。あれは海底火山の仕業じゃない。あの時も、呉璽羅が島を焼いたんだ。いつかまたこんな日が来ると覚悟して生きてきたが、今がその時だ」

「あ……!」

 思わず声が漏れ出た。お爺さんが語っていることはそのまま、昨夜与崎さんから聞いた話そのものだった。日本政府は70年前、依諏間島の壊滅をもたらしたものが巨大不明生物―――即ちゴジラであるという大戸島住民の目撃情報を得ていた。その目撃者の一人がこのお爺さんだったのだ。

「国は70年間隠蔽していたようだが、呉璽羅は俺が子供の頃にはもう眠りから覚めていたんだ。そして依諏間島の連中は再び神の怒りに触れた。今度ばかりは世界ごと焼き尽くされるだろうな。俺達人間は業を積み過ぎたってわけだ。諦めるしかない」

 お爺さんはゴジラによる殺戮を自らの運命として受け入れている。このお爺さんほどではないにしろ、由良さんやお父様にしろ、その価値観こそが大戸島に根付いたある種宗教的な文化なのだと私は思った。ゴジラによる破壊や死さえもやむを得ないものとして黙認している姿勢からは、文字通りゴジラを"避けられようのない災害"のように捉えていることを如実に表している。理解はできるが、私やパトリックさんが直ちにそのような境地に至れるわけではない。私は今でも昨日のことが本当に怖い。恐ろしい。今でも昨夜のことが夢であってくれることを祈っているのだ。

 

「……何かゴジラという生き物について傾向や対策が分かれば幸いと思って話を伺いに参りましたけど、結局はゴジラによる破壊は避けられ得ないという結論なんですね」

 少しばかり意地の悪い言い方になってしまったかもしれないが、私はお爺さんにそう告げた。それが彼らの価値観と理解した上でも、生を諦観したような考え方を受け入れることは私にはできなかった。お爺さんの、ある種投げやりにも思える考え方には同意できなかったのだ。

「それを逃れようと思うのは傲慢だよ。呉璽羅が憎むのはまさにそういう傲慢さだ。元より俺達人間はこの大地に、大地の化身たる呉璽羅に生かされているのだからな」

「でも、例え地震や台風が避けられないといっても、対策や避難は行うでしょう?」

「無駄だ。呉璽羅に人間の抵抗など通じない」

 私の言葉に少し苛立ったのか、お爺さんはやや強い語気でそう言い返した。

「見たこともない生き物に何故そう言い切れるんですか?」

「ノー、喧嘩はダメ」

 一方の私もムッとして早口になったのを見て、パトリックさんが私達の間に入った。私としたことが醜態を晒してしまった。

「申し訳ありません。あなた達の価値観を否定したかったわけじゃないんです…」

「…まあ、理解できないのも仕方ないさ。この島じゃあ、ずっと昔からそういう風に教えられて生きてきたんだ」

 お爺さんもばつが悪そうに海を眺めながらそう呟いた。

「呉璽羅が実在することが分かってしまった今、俺達にできるのは少しでも楽な終わりが待っていることを祈り、いつ終わっても悔いがないよう残された時間を有意義に過ごすことだ。どんな生き物にも終わりはある。終わりが分かっている方が幸せという考え方もある」

「…ゴジラには、終わりはあるんですか?」

 興味本位で私はそう尋ねてみた。

「俺が知るわけないだろう。あったとしても俺達よりは遥かに先だ」

 …が、予想できた回答が返ってきただけであった。

 

「(ゴジラは神じゃない、生き物だ)」

 お爺さんの反応を気にしてか、パトリックさんが英語でそう言った。

「(考えてもみろ。70年前に一度目覚めていたのなら、何故その時に世界中を焼き尽くさなかった? 何故70年経って再び依諏間島だけを焼いた? 奴が如何に凄まじい力を持っていようと、結局は生物だ。生物なら、その行動には原因と目的があるはずなんだ。それが分かれば対処できる)」

「……!」

 パトリックさんの言うことも一里ある。ゴジラの行動はお爺さんの伝承と必ずしも重ならない点もある。そこにゴジラの謎を解くカギが隠れているのではないか。

「外国人の兄ちゃんはなんと言っとるんだ」

「あぁ……ゴジラが怖いというようなことを…」

「仕方ねえだろ。怖いと言ってもハリケーンは来るだろ? そういうもんだ」

 私はパトリックさんの意を汲んで適当な訳を説明しておくことにした。

「さて、久しぶりにそこそこ歩いて疲れたから、俺は神社の方に戻るよ。あんたらは若いんだから、残された時間の過ごし方はよく考えておくことだ」

 お爺さんが再び林道に戻っていく背中に付いていこうとした矢先、私は何かを感じて背後を振り向いた。そこには相変わらず異様な姿の巨岩が海に向かって睨みを利かせていた。その姿を改めて見つめ直すと、私の記憶の中にあるシルエットと重なるものがあった。

「(どうしたんだ、姉ちゃん? 戻らないのか?)」

 パトリックさんの言葉を背に受けても、私はその場を動かずにじっとその岩を見つめていた。

「……”ジラサウルス”」

「(ジラ…? なんだそりゃ?)」

 堂本先生の下で研究していた古生物の名を私は自然と呟いていた。この岩や昨夜見たゴジラ本体ほどではないが、がっちりとした巨躯に特殊な形状の背びれは私が大学で研究しているジラサウルスに酷似していた。昨日ゴジラを見た時は気が動転していて思い至らなかったが、確かに似ている。そして、名前もジラとゴジラでよく似ている。これは単なる偶然なのか? 私にはそうは思えなかった。やはりパトリックさんの言う通り、ゴジラには神話だけでない隠された何かがあるに違いない。

「私が研究しているペルム紀(Permian period)末期の半水棲爬虫類の名前。なんていうか……あの岩に似てる」

「(あぁ……。俺には難しい話だな)」

 私がそっけなく説明すると、パトリックさんは頭を抱えて林道の方へ戻っていった。私も一刻も早く自分の研究資料を見返したくなり、足を速めて林道へと向かった。

 

 ◆◆◆

 

 お爺さんに礼を告げて由良さんの家に帰った頃には、時刻はもう夕方になろうとしていた。これだけ絶望的な状況なのに、大戸島の夕焼けはとても綺麗で、依諏間島から立ち上る黒煙にさえ目を向けなければ幻想的な光景が海に広がっていた。帰りの道中、私は無駄だと思いながらも自身のスマホで家族に電話を試みたが、やはり繋がることはなかった。ゴジラが本土に向かっていないか、気が気でない。一方のパトリックさんも何か考え込んでいたようで、お互いほとんど会話もない帰路だった。

「どう? 何か分かった?」

 帰宅すると同時にパソコンを片手に由良さんがそう尋ねてきた。私はお爺さんから聞いた話とそれを受けて思ったこと、浜辺で見たご神体とそこから連想したジラサウルスの話を端的に述べた。

「ジラサウルス? ああ、昨日警察署にいた時に教えてくれたヤツか。それとゴジラが似てるだなんておもろいね。神様じゃなくて大昔の爬虫類の生き残りだったとか?」

 そういえば昨晩、由良さんにジラサウルスの話をしたことをすっかり忘れていた。いろいろなことがあり過ぎて一つ一つの事象を覚えていられない。

「それは分からないけど……。ゴジラっていうのがジラサウルスと無関係には思えないんだよね。名前が似てるのも偶然とは思えないし。けど、私にはジラサウルスの命名者が誰かも分からない」

「こっちも堂本のオッサンが遺した資料を見てたんだけどさ。そのジラサウルスってやつの化石についてメモ書きがあったよ。堂本によると、このジラサウルスってのは邪神の信奉者からすると邪悪で敵対的な存在みたいだね」

「えっと……話がややこしいな。ちょっとまとめるね」

 ここで言う”邪神”というのはゴジラのことではなく、パトリックさんが言っていた巨大な魚の怪物でもなく、魚人間やその仲間が信奉している存在のようだ。私は由良さんの解析結果と自身の思考を手帳にまとめ、整理する作業に入った。一方、後ろで見ていたパトリックさんは理解することを諦めたのか、由良さんのお父様と別部屋に行ってしまった。

「あなた達大戸島の人々は大昔からゴジラの逸話を聞かされて育ったんだよね。依諏間島に現れた魚人間のこともおとぎ話程度には知っていたけど、彼らが実在していて何をしているかは知らなかった」

「そうだね。ヤバい宗教組織を作ってたこととか、もっとデカい魚の化け物を伴ってるとか、そんな話は私も一切知らなかった。ゴジラにまとわりついてたデカいタコもね」

 私の言葉に続けて由良さんが告げる。

 

 邪神を崇める魚人間とその仲間達。

 ゴジラを崇める大戸島の人間。

 そしてどちらの存在も知らなかったその他の人間。

 この三つが依諏間諸島という舞台で、三つ巴の縄張り争いを繰り広げていた。ゴジラと大タコの戦いも恐らくその延長線上にある。ゴジラは、魚人間達のことを強く憎み、彼らごと依諏間島を滅ぼそうとしたのではないか。そうなると、魚人間達が崇めていた"邪神"という存在がやはり気になる。

「まさか、あの大タコが邪神…?」

 私は震える声で呟いた。

「いや、それがどうも違うっぽい」

 しかし、由良さんがその仮定をきっぱりと否定する。

「堂本のオッサンの資料と昨夜見たタコのサイズを照らし合わせると、あれは"邪神"本体じゃなくて"邪神の眷属"と呼ばれてる生き物みたいなんだよね」

「眷属?」

「えっと……書いてあることまんま読むけど、そもそも魚人間達が崇める邪神ってのは、地球外から大昔に飛来してきたと。宗教内ではその母星を"暗黒星ゾス"と呼んでいたらしいけどね。昨夜見たデカいタコは、そのゾスから邪神と一緒にやってきて深海に眠っていた幼体みたいな奴ら。宗教内では"落とし子"と呼ばれていたっぽい」

「………?」

 "宇宙"という新しい要素が唐突に入り込んできた事実に私の頭はますます混乱してしまった。宗教内では、という文言が由良さんの口から何度か放たれたが、果たして彼らが宇宙から訪れたという話が現実のものなのか、あくまで宗教の神話の中での話なのか、私には判断しかねる。

「堂本のオッサンは天文学の方にも通じてたのかな、銀河系内の恒星や星団の座標を転記した3Dマッピングのデータもこの中にある。んで、このマップの中に意味深に書かれた"Zoth"の文字が、今言った暗黒星の座標だろうね」

 由良さんがPCの画面に表示されたその文字を指差す。私も画面を覗き込むと、私達が存在する銀河系(天の川銀河)からさらに遠く離れた小さな星団の中から飛び出た矢印に"Zoth"の文字が刻まれていた。これを見ていると、彼らが異星から訪れた宇宙生物であるという主張が単なる架空の神話とは思えない。彼らは確かに太古に地球に飛来したのだと確信が持てた。

 続けて由良さんはそのマップと同じフォルダに収納されていた記録を次々に開き、内容を確認する。と言っても天文学や物理学の複雑な数式や単語が羅列するものばかりであり、古生物専門の私には到底理解できるものではなかった。

「書いているのをざっくり見る感じ、このゾスって星……正しくはゾスが所属する星団が真っ直ぐ銀河系の中心に向かっているのは分かるね。…なるほど、だから今ってワケね。繋がってきたわ」

「何が繋がったの?」

 何かに合点が行った様子で頷く由良さんの様子を見て、私はそう尋ねた。正味私は情報の濁流に押し流されるばかりで何も理解できそうにない。彼女が何かを理解したならそれはすぐにでも知りたい。

「堂本の遺した記録によると、例の宗教ってのが崇める邪神は、『星辰が正された時に復活を遂げる』って言い伝えられていたらしくて。じゃあ星辰が正されるって何よ?って堂本のオッサンも思って調べてたみたい。どうもそれは、地球と彼らの母星であるゾスの相対位置を指しているらしいんだ。"邪神が地球に来訪した当初の相対位置が再現された時"が邪神復活の時ってわけ」

「それがいつなのか分かったの?」

「ゾスは銀河系の中心に向かって真っ直ぐ進んでる。だから、何億年経っても銀河系からゾス星団は同じ方向に見える。でも、地球は銀河系の中を公転しているから、地球から見たゾス星団の方向は公転に伴って変化する。つまり、"地球から見たゾスの相対位置が再現される時"は"地球が銀河系を一周回った時"と言い換えられるわけ。そして、太陽系が銀河系の中を一周する時間を概算すると……大体2億5000万年。この数字、見覚えあるよね」

「……!」

 確かに私は2億5000万年という時間を研究で何度も目にしていた。依諏間島で発掘された海百合状生物の化石や、ジラサウルスの化石。彼らはペルム紀末期に生息し、2億5000万年前のP-T境界において絶滅した。

 繋がってはいけない点と点が線で繋がった。私の脳裏に浮かんだ破滅的で、絶望的な仮定。仮説に仮説を重ねた極めて低い精度の想定でしかないが、それが最も忌むべき真実に思えてならない。そこから目を逸らしたい欲求を堪えて、私はそれを口にした。

「地球史上最大最悪、かつ未だ広く合意された要因が定まっていない大量絶滅であるP-T境界事件の真相は……"邪神の到来"だったということ?」

「そして今、その邪神が復活しようとしている。蘇れば地球はP-T境界事件と同等か、それ以上の破滅的な大量絶滅を迎えるだろうね」

 と、由良さんが付け加える。

 魚人間達が崇める"邪神"と、大戸島で祀られる"呉璽羅"。世界に破滅をもたらす神が奇しくも二つ、同時期に目覚めようとしている。考えうる限り、否、誰もが考えつきもしないほど最悪のシナリオだ。

 

「おい! 大変だぞ!」

 私達がパソコンの前で唖然としている中、由良さんのお父様が慌しく私達を呼び立てた。

「診療所から与崎さんが脱走した! あんな怪我でどうやって…」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 いつしか大戸島を赤く照らしていた夕陽は地の裏に沈み、月明かりが島を照らし始めていた。空は晴れているが海風が激しく島を薙ぎ、木々は轟々と音を立てて揺らいでいた。

 全身に包帯を巻いたまま、診療所で拾った箒を杖代わりにして与崎は暗い林の中をヨロヨロと歩いていた。全身を支配する激痛に顔を歪め、何度も転びそうになりながら彼女は足を進める。

 

 やがて彼女の視界に一人の人物が現れる。彼女はその姿を見て足を止め、目を見開く。

「なぜ貴方がここに……」

 そこまで発した言葉を飲み込み、改めてこう言い放った。

「今すぐ私を本土に連れていきなさい、戸村警部。もう一刻の猶予もありません!」

 

 与崎から数メートルの距離を隔てて体格の良い男が立っていた。ずぶ濡れの服から水を滴らせながら、男は不敵な笑みを浮かべた。

「連れて行くことはできます。ですが、目指すのは本土ではない」

「………?」

 一歩後ずさる与崎は、思わず箒を取り落とした。




次話は早めに投稿できるよう頑張ります。
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