ゴジラVSクトゥルフ -The Call of Catastrophe- 作:江藤えそら
与崎さんが診療所から消えたという知らせを受けた私達は、各々のライトを手に林の中を捜索することとなった。由良さんのお父様曰く、2時間前に食事を提供した際にはベッドにおり、怪我の度合いを考慮しても遠くまでは行っていないはずである、と。
大戸島付近は天候が変わりやすいらしく、夜半には強い風と共に雨が降り始めていた。
「与崎さん! 与崎さん!」
私は何度も暗闇に向かって叫んだ。しかし、返答はない。大戸島は周囲長10㎞に満たない島だが、それでもこれっぽっちの人手で探すには広すぎる。私たちは漆黒の中を数時間にわたって捜索したが、これといった成果は見つけられなかった。
「視界の悪い中でこれ以上手を広げると我々も遭難する恐れがある。無念だが、本日の捜索は打ち切るしかないな…」
由良さんのお父さんがそう告げた通り、深夜帯で視界も悪く、天候も不安定であることから日付を超えるくらいに捜索は打ち切られた。島民の大人達とヘリから救出された自衛官達は明日の早朝に捜査を再開するとのことだった。私の脳裏に最悪の想定が浮かぶ。
「仕方ないよ。そもそも私達だって本来は他人に構ってる余裕なんて無いんだから。勝手に出て行ったのが運の尽きだったんだよ」
一緒に捜査には参加したものの、由良さんの態度はどこか冷淡だった。
「(……”何か”が見てやがる。そんな気がする)」
ふと、傍らにいたパトリックさんがそう呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「…え、見てる? どうしました?」
「イヤ、何でもないよー」
パトリックさんは私に声をかけられるとすぐにこちらを振り返って笑顔でそう答えた。彼自身も自身が感じたものに対して確信が持てていないようだった。私も疲労していたこともあり、それ以上彼を問い詰めることはできなかった。
解散後、私達は大した会話もなく、最低限の身支度を終えて就寝した。ヘリが墜落して暫く昏倒していたとはいえ、気苦労も多い中で疲労は十二分に蓄積していた。寝る前に不可能を承知でもう一度家族への連絡を試みたが、やはりスマートフォンは圏外表示のままだった。本土は今どうなっているのだろうか。依諏間島の悲劇はどこまで広がっているのだろうか。
◆◆◆
ふと気がつくと、私は広い草原の中にいた。宙に浮かんでいるような足元のおぼつかなさに、この世界が夢の中であることを私は理解した。もしこれが、先日の夢の続きだとしたら。そう思い私は自分の隣を見た。しかし、そこには鱗を携えた水元君の姿は無かった。
私が正面に向き直ると、いつの間にか景色は一変していた。青々とした空は紅に染まり、霞むほど遠くの空に、しかし私の視界を埋め尽くすほど巨大な隕石が降り注いでいた。隕石は眩い光を纏いながら遥か遠くの大地に落着した。光が私の視界を支配する。目が焼けそうなほどの閃光が数秒間煌めいた後、私の視界に映ったのはめくれ上がる地殻が高空に打ち上げられ、放物線を描いてシャワーのように降り注ぐ姿だった。
ここは夢の世界で、何が起きようとも私の身に影響はない。先日の夢で水元君が告げたその前提が、果たしてこの場でも有効なのか私には分からない。分からないゆえに、爆心地から全てを薙ぎながらこちらに向かってくる衝撃波が、絶え間なく降り注いでこちらに降下しつつある地殻の欠片達が、私にはとても恐ろしかった。
同じことを、地上を闊歩する彼らも思ったようだった。―――先日の夢にも出てきた、ウミユリ状の生物だ。彼らは突然の望まぬ来訪者に驚き、当惑しているように見えた。およそ人間とは似ても似つかぬ造形の生物でも、感情や感性自体は人間とそう遠くないものを有しているのかもしれない。そしてその傍らには、黒く巨大な爬虫類―――”ジラサウルス”がいた。私がそれをジラサウルスと認識できたのは、先日大戸神社の裏で目撃した”ご神体”から連想したジラサウルスの復元図と、今目の前にいるそれがほぼ一致していたためであった。大抵の恐竜にすら勝る巨躯を誇るジラサウルス達でさえ、この異常な襲来者には恐れおののく他に取り得る術がなかった。
私が身構える暇もなく、この場は砂嵐と瓦礫を宿した衝撃波に飲み込まれた。しかし私の身体は痛みも熱も感じず、やはりこの夢の中において物理的に遮断された存在なのだと理解させられた。
凄まじい風圧で全てものが吹き飛ばされている。木々も、岩も、土も、そして大小の生物達も。ありとあらゆるものが砂嵐に紛れて吹き飛び、そしてバラバラに引き千切られていく。茶色い砂嵐と瓦礫の渦はやがて熱を帯び、赤い灼熱の濁流へと姿を変える。衝撃波が吹き終え、視界が開けた先にあったのは地獄の世界だった。
遥か遠方、隕石が落着した地点は溶解した地殻が周囲に押し流され、反動で中央に集まって小高い山を形成していた。その山頂から現代の核実験でも実現し得ないほどの超巨大なキノコ雲が立ち上り、山の裾野やその周囲のクレーターからはまるで何かに操られているかのように溶岩が躍り出し、赤々と周囲の大地を侵食していった。先の衝撃波の到来をかろうじて生き延びたウミユリ生物とジラサウルス達は皆地面にへばりつくようにしがみついていた。そこに間髪入れず溶岩の津波が亜音速で到来した。全てがその勢いに押しつぶされ、焼き尽くされてゆく。彼らの断末魔すら大地を舐め回す溶岩の轟音に飲み込まれてゆく。
その光景を地獄以外にどんな言葉で形容すればいいのか分からなかった。しかし、私を最も恐れさせたのはその光景ではなかった。溶岩の山の山頂、隕石が落下した爆心地に、恐るべき巨大な影が見えた。それが一体どれほどの大きさか目測することすらも恐怖を掻き立てるほどの巨大な影が、山頂から破滅する世界を見下ろしていた。二枚の翼をゆっくりと広げ、無数の触手の奥に埋もれた瞳が私を睨んだ瞬間、私はこの惑星がその生物の所有物になったのだと理解した。
◆◆◆
目を覚ました時、私は自分の顔から心底血の気が引いていることを真っ先に実感した。地震でもないのに視界がぐらぐらと揺れ、眩暈に苛まれていた。脳に十分な血流が行き渡らず、私はしばらく過呼吸気味に息を整えることしかできなかった。それほどに、その夢の光景は私の精神の根幹を恐怖で染め上げてしまったのだった。
一分ほど経って背中の痛みに耐えながら上半身を起こすと、外がまだ明るくないことに気が付いた。時計を確認すると、未だ五時半くらいだった。床に就いたのが二時前であったことを加味すると、僅か三時間半あまりしか就寝していないことになる。しかし二度寝をするような眠気も感じていなかった私は、未だ就寝中であろう由良さん達を起こさないよう密かに顔を洗うべく忍び足で洗面所へと向かった。
「……?」
洗面所に向かうには隣の寝室を通らなければいけない。そこでは由良さんとお母様が一緒に就寝しているはずだった。しかしそこには二人の姿はなく、乱暴にめくりあげられた布団だけが二人分そこにあるだけだった。私は嫌な予感を覚え、リビングのソファーで寝ているはずのパトリックさんの様子を見に行った。しかし、そのソファーにも彼の姿はなかった。
私は自分の頬を両手で覆った。ひょっとすると、まだ夢の中にいるのではないかと考えた。しかし、視界も意識もはっきりと認識できている。これは夢ではない、覚醒した私の脳が捉えた立派な現実なのだ。ひょっとすると、みんなでまた与崎さんを探しに行ったのではないか?―――と、冷静な私であれば想定しないような可能性に脳裏を支配され、私は家を出た。
朝方とはいえ周囲は依然として暗く、さらに悪いことに、昨夜降っていた雨はさらに強さを増して依然降り続けていた。私は玄関先に置いてあった傘と懐中電灯をそれぞれ持ち、林の中へ足を踏み入れた。
「由良さん! パトリックさん!」
既に私の心は恐怖に折られていたのかもしれない。頬を伝う水が雨なのか涙なのか私には分からなかった。やはり私は触れてはならない深淵に触れてしまったのか。これは天罰なのか。そんな絶望的な予感が私の背筋を撫でながらも、ただこの声に応える声が存在してほしい、そう願いながら私は声を張り上げた。
「心配はいらない。彼らはすぐ近くにいる」
あれだけ願っていた声が聞こえてきたのに、私にはそれがひどく意外で、かつ恐ろしく思えた。その声の主に私は反射的に懐中電灯を向けた。その声の主は大雨の中で傘も差さず、私から3mほどの距離に立っていた。その人物の足元に向けた光を顔にまで滑らせた私は、驚愕に息を呑んだ。それは、私のよく知る顔だった。しかし、この島で見るはずのない顔だったのだ。
「戸村さん―――ご無事だったんですか!? どうやってこの島に?」
雨に濡れた戸村さんは口を真一文字に結び、鋭い眼光で私を見据えていた。依諏間警察署で逸れた彼がどうなったのかという疑問はこの大戸島に行き着いてからずっと私の脳裏に浮かんでいた。その答えが目前に立っていた。
「神と同胞の加護によって、だ」
雨の中でもはっきりと聞こえる声で戸村さんはそう言った。そこにいるのは確かに戸村さんだったが、私の記憶の中にある戸村さんが間違っても言わないような言葉がその口から出てきた事実に私は唖然とした。生真面目な公安の警部である彼がそんな宗教的な言葉を口にするはずがない。少なくとも私が記憶する戸村さんはそうだった。
「戸惑っているのか? 慌てずとも、すぐに分かるさ。既に星辰は正されている。世界は真理を前にして一つとなる」
星辰―――それはまさしく昨夜、由良さんから告げられた”邪神”復活の条件そのものだった。堂本さんの調査内容を知らなければ頭に浮かべることもないはずの単語である。それを口にしたということは、彼が深淵に足を踏み入れていることを端的に表していた。
「戸村さん……あなたは……」
「”あなたは”―――なんだね? まるで人を化け物を見るような目で見て。言っておくが私は混血児ではない、”純人間”だ。真に残念ながらね」
「……!」
私は悲鳴と共に傘も懐中電灯もその場に取り落とし、尻もちをついた。戸村さんの背後から光る眼が見えた。一つではない。十、二十、いやもっとかもしれない。それらが一斉に戸村さんのすぐ後ろにまで這い寄ってきた。それらは魚のような鱗と人間のような手足を備えた”魚人間”のような生き物だった。私は過去にこの生き物を見たことがある。昨日の夢の最後、水元君が変化した姿。そして、由良さんが病院の患者が描いたものと言って見せてくれたスケッチにて描かれていたもの。それらが今、現実のものとなって私の目前に姿を現したのだ。
「もうじき新たなる”父と母”も選別されるだろう。そして今ごろ、完全都市”ルルイエ”も浮上を始めているはずだ」
「イヤ……た…助けて……」
私は過呼吸になりながら後ずさり、一本の木に背中をぶつけた。
「復活した神には供物が必要だ。君を始めこの島の皆にその名誉ある役目を担ってもらうことにした。無論私も付き添う。この地球上に存在するあらゆる同胞達が己の身を捧げることで、神は完全となる。恐れることはない。これは死でなく、肉体という枷を脱して真に神と同化する精神的儀式だと思うと良い。痛みはあったとしても一瞬だ」
「なんでそんなことを!? あなた人間でしょう!? なんで化け物の味方すんのよ!?」
私は恐怖と絶望のあまり錯乱し、涙を振りまきながら叫んだ。
「化け物、か。まさにそれが理由だよ。公安などという仕事をしているとね、この国やこの世界の腐ったところを否が応にも見せられる。―――人類はあまりに愚かすぎるのだ。同じ人間同士でさえ差別や戦争が絶えないのだから、ましてや我々と価値観を分かち合えるはずもない。君が我々を化け物と呼ぶことがその最たる例だ」
戸村さんは淡々と自らの意見を述べる。その口調に動揺や高揚は無く、本当に淡々としていた。
「彼ら――”深きもの”の祖先は遥か昔に地球に降り立った異星人だが、人類と違って資源を浪費し、地球を壊しなどしない。ただありのままの深海を生きるだけだ。地球人たる我々と異星人たる彼ら、一体どちらが地球を大事にしているのか―――それは皮肉に満ちた問いだ。ゆえに世界を神の元に同一化する。差別も争いも無く、環境も侵さぬ理想郷がそこにはある。そうならなければいけないのだよ」
戸村さんは一縷の迷いも無くそう言い切った。その瞳からはその考えを彼が心から信じ切っていることが伝わってきた。私には反論できる余裕も無く、背後へ振り返って不格好に走り始めた。
「誰か!! 誰か助けて!!」
しかし、必死に踏み出した足はすぐにぬかるみに取られ、私はうつ伏せに地面に倒れ込んだ。口に入り込んだ泥を咳込みながら吐き出すや否や、私の首根っこを大きな手が掴んだ。それが戸村さんのものだとすぐに分かった。
「やめて、やめて!! 助けて!!」
「もう一度”門”を開けろ。この子が最後の供物だ」
戸村さんは背後にいる魚人間にそう告げると、私を持ち上げて立ち上がった。必死に抵抗しようと手足をバタつかせる私に対し、戸村さんは容易く頸動脈を圧迫してきた。私の視界はすぐに真っ白になり、再び意識は現実世界から離れた。
◆◆◆
意識の朦朧とした中で開けた視界。私はすぐに実感した。また、夢の世界だ。
深淵に足を踏み入れた時点でこの悪夢は永遠に続くのだろうと予感し、私は頭を抱えて泣きじゃくっていた。これからずっと、眠りに就くたびに謎の世界に連れていかれるのだろうか。いや、そんなことを考えても無駄だろう。私はもう死ぬのだ。戸村さんがまさか邪神の僕だったなんて。
「まさか戸村さんが僕達の側だったとは驚きですね」
聞き慣れた声に思わず顔を上げると、そこには水元君がいた。悍ましい魚人間の姿ではなく、慣れ親しんだ人間の姿だった。
「まあ、堂本さんから石板を見せてもらった時に全く動揺していなかったので、おかしいなとは思ってたんですよ。そうなると僕の正体も知っていて統合調査団に加えたのかなあ」
「黙って」
私は一度上げた顔を再び伏せてそう言った。
「あなたも神がどうとか言うんでしょ? 戸村さんと同じようなことを言うんでしょ。聞きたくない!」
あれだけ純真無垢だった水元君も、昨日の夢では邪神を信奉するようなことを言っていた。それに、最後の最後で魚人間になった。この世界に私の味方などいない。私は孤独に死ぬだけなのだ。
「―――戸村さんはああ言ってましたが、拒みたくなる気持ちは理解できますよ。僕だって、最初は自分が化け物だと信じたくはなかった。けれど、自分自身が混血だと知ることで、僕なら”懸け橋”になれる気がしたんです」
「”懸け橋”!? ふざけないでよ!! 何綺麗事みたいに言ってんの!? あんた達がやろうとしてんのは侵略なのよ!! 人間を愚か愚かって言って、あんた達だって同じじゃないの!!」
私は思わず水元君の胸ぐらに掴みかかり、怒鳴った。そんなことをしても何の解決にもならないと分かっていても、感情が理性を上回っていた。
「ええ、同じですよ。我々の中にだって人間を下等生物呼ばわりし、差別する個体もいます。結局、”愚か”などという言葉は善悪を区別する言葉ではない。勝者が敗者を差して言うものなのです。
水元君の目は、”結局のところ勝者が歴史と秩序を作るのだ”と言わんばかりだった。我々人類にあるものは一体何なのか。人類の文明も技術も、異星からやって来れるだけの能力を持った彼らからすれば鼻で笑うようなものだろう。私達には何があるのか。その答えにはなっていないが、私は水元君の胸ぐらから手を放しつつ、こう言った。
「こんなこと―――絶対に許されない。”
地球を独善的に支配しようとするものが現れれば、大地の化身たるゴジラが必ずや目を覚まし、地上の全てを滅ぼす。先日お爺さんから聞いた言葉が私の脳裏をよぎったのだった。邪神の元に地球を支配しようと目論むなら、その怒りの対象となってもおかしくはない。
「ゴジラ―――”黒き邪神”ですか。まさかそれがあなた達の切り札と言いたいのですか? あんなものはあなた達の味方でも何でもない」
私がその名を出すと、水元君は呆れたように鼻で笑った。自分たちの神を戴く彼らからすれば、ゴジラこそが邪神であるという事実が、”黒き邪神”という呼び名から窺えた。
「それは分かってるけど―――」
私が何かを言う前に、矢継ぎ早に水元君は言葉を発する。
「そもそもあなた達は何故あれが70年前に唐突に活動を開始したのか、ご存じないのでしょう。きっかけは米国がビキニ環礁で行った核実験です。黒き邪神の目覚めの要因を生み出したのはあなた達人類ですよ。黒き邪神は愚かにもその高エネルギーを我らが神の復活と思い、依諏間島まで足を運んで滅ぼした。いずれ目覚める運命だったとはいえ、我々からすればいい迷惑です」
水元君から発せられた情報は私が予想だにしないものだった。言われても見れば、70年前よりも以前にゴジラの目撃情報は無いし、不自然に特定の場所が焼かれたといった話も聞いたことが無い。つまり70年前までゴジラはただ眠っていた。しかし70年前、彼の言葉が正しければ核実験によって”それ”は目覚め、依諏間島を焼いたというのだ。
「なんであなたがそんなことを知っているの? あなたが生まれるよりも遥かに前の出来事を」
「我らが神の寵愛によるものですよ。神の力が強まったことで僕は死した後も精神体となり、他の深きもの達が見てきたものも記憶として共有できるのです。神が健在である限り、その信奉者は疑似的に不死の精神を手に入れられるということです」
水元君が穏やかな、しかし底知れぬ不気味さを帯びた笑顔でそう告げた。これがつい数日前まで無垢な顔で私の研究内容を聞いていたあの青年なのか。
「―――同胞の知らせによると、黒き邪神も今、ルルイエに向かっているようです。どうやら奴も我らが神の力を直接感じ始めたようです。結果的には丁度いいですがね。復活した直後の最も魔力に溢れた状態の神であれば、黒き邪神と言えど一網打尽にできる」
「一網打尽……? まさか……神と神が戦おうとしてるの……? この地球上で……?」
由良さんが言っていた、”神話のただ中にいる”という言葉。それが比喩でも何でもなく実現しようとしている。この小さな惑星で、人知を超えた二つの巨大な力が衝突しようとしているのだ。
「ええ、その通りです。黒き邪神は我らが神とは相容れない存在ですから。―――さて、それが分かったところであなた達人類はどうするのですか? 黒き邪神はあなた達の味方などではない。仮に我らが神を倒したとところで、次はあなた達に牙を剥きますよ。そしてこの惑星の全ては奴に焼き尽くされる。あなた達にあれを止めることができますか?」
私の記憶の中にあるゴジラの姿が浮かび上がる。はっきりとした姿は見えなかったが、シルエットだけでも途轍もない大きさだった。あんなものを人類がどうにかできるとは到底思えなかった。
「ですから僕は、あなた達人類に救われてほしいからこそ我らが神に伏してほしいと言っているのです。あなた達が助かるには、我らが神の力を乞うしかないんです。僕は深きものですが、人間の血も引いている。だから人間にも幸せであってほしいんです。ここで人類に滅びてほしくはない」
「…………」
ほんの少し、ほんの少しだけ私の心に揺らぎが生じ始めているのを感じた。確かにゴジラという神は「地上の全てを焼き尽くす」とお爺さんは言っていたし、実際に依諏間島の人々は残らずほぼ全て焼き尽くされた。少なくともゴジラは絶対に人類の味方ではないのだ。そう思うと、水元君の言葉もあながち侵略の正当化と唾棄することもできなかった。何が正解なのか、私にはさっぱり分からない。
「水元君、もし―――」
私がそう言いかけた瞬間、突然頭を殴られたかのように視界と意識が強く歪んだ。目前で私を心配そうに見つめる水元君の姿は見る見るうちに暗闇に去り―――。
◆◆◆
短時間の間に夢と現実を行ったり来たりした私には、最早今見ているものがどちらなのかも理解しがたい。ただ一つ分かるのは、私は寝っ転がった状態で誰かに強く揺さぶられているということだ。目を開けてすぐ目に入ったのはパトリックさんの顔だった。
「(大きい声を出すな)」
私の意識が戻ったことを確認したパトリックさんはすぐに小声でそう告げた。彼の顔は辛うじて見えるものの、この場所が極めて暗いことも分かった。元々痛みを抱えていた背中だけでなく、手首と足首にも鈍い痛みがある。
「(縄は切った。起きてるのは俺とアンタだけだ)」
パトリックさんは小声でそう続けた。彼は右手に握った小さい折り畳み式ナイフを私に見せ、左手で自身のズボンの裾を軽くめくった。どうやら裾の裏にこれを隠していたらしい。包帯を巻いていたはずの彼の右腕は既に直ったのか、包帯を失っていた。暗闇に独りぼっちでないことは嬉しい誤算だったが、それにしても自らが置かれた状況が私には全く理解できなかった。ここはどこで、私達はどうなったのだろうか。
音を立てないように静かに上体を持ち上げると、その場に積み上げられた人間の山が自身のすぐ背後に存在することを知り、恐怖に身を竦ませた。広い空間に何百人もの人間が、まるで土嚢のように乱暴に積み上げられていた。上の方にいる人間からは微かに寝息のようなものも聞こえるが、下の方に押しつぶされた人間は恐らく―――。
「(全員を起こしてる余裕は無い。奴らにも勘付かれる恐れがある)」
「(……奴ら?)」
パトリックさんはその空間の中で微かに光が差し込んでいる方へと身をかがめたまま向かった。私は身の毛もよだつ恐怖の中で必死に彼の背中を追うことしかできなかった。
光の先は屋外だった。扉のない出口から外を見ると、霧に覆われた石造りの都市が広がっていた。それは地球上のどんな芸術家でも作り得ないものだと即座に判断できるほどに私達人間の感性を逸脱しているように思えた。全てが歪な局面と鈍角で形成された非ユークリッド幾何学的な建造物の数々には、既存文明の面影すら思い至れぬ独自の象形文字が刻まれていた。そう、今私とパトリックさんがしゃがみ込んでいるこの床にすらも。
「(ここは……何処なの……?)」
「(バケモノの
震える声で呟いた私の言葉に、パトリックさんは吐き捨てるように答えた。