ゴジラVSクトゥルフ -The Call of Catastrophe- 作:江藤えそら
タイトルを考えるのが苦手です。
翌日、依諏間警察署に出勤した僕はまず鳴山さんに呼び出され、昨日の調査について会議室でヒアリングを受けることとなった。誰もいない会議室に二人きりというのは今に始まったことではないが、個別ヒアリングとなると面接のようで余計に緊張する。
「昨日君が訪れた場所だが……これまでに足を踏み入れたことはあったかな?」
まず鳴山さんは僕にそう問いかけた。
「いえ…崖になっていて危ないので行ってはいけないと先生から言われていましたので。確か僕が生まれるよりも前にあそこから転落して亡くなった人がいると聞いたことがあります」
僕が答えると、鳴山さんは手元のノートパソコンと僕の顔を交互に見ながら質問を続けた。
「そちらの方角に向かっていった人や集団を見たことは? 噂でもいい」
「う~ん…そんなに意識したことはありませんが…。子供の頃にこっそり行ったのがバレて怒られてる同級生がいたくらいですね…。眺めはいいみたいなのでたまに観光客とかでも行こうとする人はいるみたいです」
「そうか。では質問を変えるが……昨日発掘されたものを見て、なにか感じたことは?」
鳴山さんは紙に印刷された石板の写真を僕に突き出してきた。その中には昨日この目で見た不気味な図象の石板がそのまま映し出されていた。
「感じたこと、ですか…? まあ……不気味だな、と」
当たり障りのない返答を返すことしかできなかった。それは最近この身に起きている白昼夢や明晰夢を上手く言葉にする能力を持ち合わせていないことと、それを話すことでさらなる怪奇現象に見舞われるのではないかという漠然とした不安によるものだった。
「…”夢”でこういうものを見たりはしなかったか?」
しかし、鳴山さんの無感情な質問が僕の胸中をあっさりと射抜いた。今まさに僕が考えていたことそのものだったからだ。僕はひどく狼狽し、そして誤魔化すことはできないと観念し告げた。
「はい……日頃、変な夢を見ています。夢の中で、変な造形の中を歩いているんです。ですけど……昨日見たものとは少し、違うような気がします」
鳴山さんはパソコンに何かを打ち込みながら僕の話を黙って聞いていた。
「言葉にできないんですけど……人間のものではない、だけど昨日のものとは確かに違うような……。そうとしか言えません。ですが、何故夢のことを…?」
「知らない方が良い……と言いたいところだが、君は既に当事者だからな。我々も正確に分かっているわけではないのだがね……最近異常な夢を見るという者がこの島で急増していると聞いた」
「この島で…?」
「ああ。その夢は概ね君が話した通り、意味不明な図形に彩られた石の構造物の中を歩いているというものだと聞いている。中には、そこが”海底”だったと証言している人物もいた」
僕が夢を見ている間は、その空間がどんな場所であるか想像も及ばなかった。しかし、天が開けているのに非常に暗かったような記憶がある。単に夜間だっただけなのかもしれないが、もしそこが海底だったのだとしたら―――。
「我々もSNSの情報などを元にそう言った夢を見ているであろう人物を秘密裏にマークしていたのだが……先週、その一人がついに精神疾患で依諏間市総合病院に入院した」
「入院、ですか…」
その言葉には字面以上に重みがあった。僕と同じような夢を見たものが精神病を発したのなら、僕がいつかそうならないという保証はないからだ。そんな僕の不安を見抜いてか鳴山さんは続ける。
「君が直ちにそうなるというわけではないだろうが、今日は予定を変更し、その患者と面会してほしい。似たようなものを見ているのなら、証言などから何か感じ取れるものがあるかもしれない」
鳴山さんはパソコンを閉じて神妙な目で僕の方を見ながら告げた。僕も秒読み段階まで来てしまっているのだろうかという不安が胸の中に渦巻いて離れなかった。
「――少し話題は飛ぶが、先の街頭調査で捜索していた新興宗教組織があっただろう。彼らの教会に立ち入った人物の証言によると、そこにもその夢の中に出てくる造形に近いものがあったらしい」
「え……そうなんですか…?」
「昨日見つかった石板と君や島民が見ている謎の夢。そしてこの島に根付く謎の新興宗教。謎の巨大生物の目撃証言。それらは恐らく無関係の事象ではなく、相互に結び付いた”何か”だ。そして、その中心にいるのが新興宗教が崇める”ご神体”だろうと推察している。恐らく”それ”は、我々が認知する遥か前からこの島において信仰対象として存在し続けていた。そして今、何らかの理由で彼らの活動は活発化されている」
公安の警視正が大真面目にオカルトなことを話している様子は他者から見るとひどく違和感のある姿なのかもしれないが、今の僕にはそれを唾棄する根拠はなかった。むしろ、それこそが僕とこの島に隠された恐るべき真実なのだと認識する方がよほど自然だった。
「病院には君が来ることも既に伝えてある。件の精神疾患者を調べてもらう名目で統合調査団のメンバーに最近医者を加えた。その人物が君と患者とのやり取りの立ち合いを行う。君はその人の指示に従ってくれ」
病院はこの警察署からさほど遠くない場所にあるため、車両を用意してもらうまでもなく自分で向かうこととした。鳴山さんの説明では、その病院に事情を知っている医者がいるという。
「その人物は本来依諏間市の病院の所属ではなく…隣島の大戸島出身の人でね。まだ若いが本土の医大を首席に近い成績で卒業した生粋の秀才だ。厳密にはまだ研修医だが、いろいろあって既に実務レベルの能力と経験は積んでいる。少し変わりものではあるが君なら上手くやれるだろう。
「はあ……分かりました。由良さんですね」
大戸島はこの依諏間島から数㎞離れたところにある属島で、依諏間島を除いて唯一人が定住している依諏間諸島の島だ。とはいえ依諏間島より相当規模の小さい村があるだけで、僕も訪れたことはない。依諏間島付近に住んでいる人物を敢えて選んだのか、単に優秀な医者を選出したらたまたま大戸島の人だったのかは分からない。
◆◆◆
1時間後、僕は依諏間市で一番大きい病院である依諏間市総合病院にいた。目的はもちろん先ほど鳴山さんに指示された患者へのヒアリングだ。付き添い警官もおらず一人きりの来訪となったことに一抹の不安を抱きつつも、外来で事情を伝えると一人の女性が出迎えに来た。白衣姿から察するに医者のようだ。
「……水元君?」
気だるそうな目でそう問いかけてきた若い女医はぼさぼさの髪をかきあげながら僕の名を呼んだ。僕がそうです、と返事をすると彼女は少し視線を泳がせた後、独り言を呟くかのようにぶつぶつとこう言った。
「一応、調査団所属の…
その個性的な見た目と態度は医者というよりも偏屈な研究者のようにも見えるが、鳴山さんから告げられた名前と一致している以上、彼女も依諏間島統合調査団の一員で間違いない。調査初日の顔合わせの時にはいなかったことを加味すると、鳴山さんが言っていた通り後から増員されたメンバーなのだろう。
「宜しくお願いします…。早速なんですけど、例の精神病とかで」
「ここで言うな!」
突然彼女は僕の両肩をがっしりと掴み、大きな声で僕の言葉を遮った。思わぬ豹変ぶりに僕は身を縮めることしかできなかった。僕は腕を彼女に掴まれたまま、誰もいない診察室へと連れて行かれた。
「人いるところでああいう話しないで、鳴山さんから言われなかった?」
彼女は苛立たし気にそう吐き捨てながら椅子に座った。確かに気が抜けていたのは僕の方だ。僕は気まずさに耐えながら謝罪の言葉を呟く。
「その通りです。すみませんでした」
「で、鳴山さんから聞いた夢の話。どんな夢見たか教えて」
由良さんは先ほどの怒りなどなかったかのようにそう尋ねる。切り替わりの速さに戸惑いつつ、僕は答える。
「えっと、それは…」
そのまま夢の内容について根掘り葉掘り聞かれた。先ほどの鳴山さんの質問より早口で圧のある話し方に気圧されながらも、僕は先ほど鳴山さんに答えたような内容をそのまま話した。由良さんは机に寝そべるように上半身を乗せ、手帳と僕の顔を交互に見つめながらメモ書きしていった。その様子を見ても、由良さんは堂本さんとはまた違う方向性の変わり者という雰囲気を感じる。変なことをしたら先ほどのように突然激怒してくるのではないかという不安が付きまとう。
「その夢はいつから見てるの?」
「…大体1ヶ月前ですかね。調査団の活動を始めたあたりです」
由良さんはあの石板のことを知っているのだろうか。堂本さんはこの調査団のメンバーには話しても問題ないと言っていたが、自分1人の判断で重要な情報を共有するのは気が引ける。
「ふぅん、じゃあ私もいつかそれ見たりするのかな?」
「…さぁ、どうなんでしょう?」
そう答えるほかはない。僕だってその夢のことは何も分かっていないのだ。彼女がそれを見るかどうかなんて、それこそ神のみぞ知る、といったところだろう。
「来て」
唐突に由良さんは僕の腕を引いて小さな診察室を出た。
「鳴山さんから言われてるでしょ? 精神疾患の人。今から会うから」
「えっ、もう会うんですか?」
唐突な宣言に僕は慌てるが、抵抗する間もないまま腕を引かれて連れていかれるばかりだった。精神疾患の人物と聞くと、良くない偏見だと分かっていても正常に会話できるのかどうかなど余計な心配をしてしまう。それこそ由良さんよりも突然に怒鳴り散らされたりしないか…。話すなら話すで心の準備をしたかった、というのが正直な感情だった。だが、由良さんはそんなこともお構いなしに僕を引っ張る。
気まぐれで強引な彼女に辟易しながら着いていくと、辿り着いたのは患者のベッドが置いてある病室だった。おそらく元々はもっと多くのベッドが置いてあったのだろう、その部屋はやけに広く感じた。部屋の中央に鎮座する唯一のベッドと、その奥にある窓。ベッドを覆うように位置している白いカーテン。この部屋にあるのはただそれだけだった。
「こんにちは」
半分開いた白カーテンからは、ベッドから上半身を起こし優しげな瞳でこちらに挨拶する初老の男性の姿が見えた。彼が件の精神病患者だというのか。その表情は知性に溢れ、とても正気を失っているようには見えない。
「こん…にちは」
「若先生、今日もお話しましょうか」
「今日の相手は私ではありません。彼と話してあげてください」
若先生と呼ばれた由良さんはそう言って僕を患者さんの前に突き出した。
「彼も”イハ=ンスレイの石板”を見たそうですよ、夢の中で」
由良さんがそう言うと俄かに患者さんの目つきが変わった…ように見える。彼女が発した謎の単語は一体なんなのだろうか?
「イハ……なんですか、それ?」
「私も知らない。患者さんが呟いてた固有名詞を転記しただけ」
「おお、ついに私以外にも”それ”を目にした方が現れましたか。これは忌むべきことです。邪神の干渉がこの島の中に広がりつつある」
早口で何かを語る彼の身体に目をやると、ベッドの布団の中から手首に付けられた拘束具が覗き見えた。まさか、ベッドに身体を固定されているというのか? 僕は驚いて由良さんの方を振り向いたが、彼女は知らん顔で手帳にペンを走らせていた。
「石板を見たのでしたら間もなく”深きものども”とも遭遇することになりましょう。奴らと口をきいてはいけません、ただじっと目を伏せて通り過ぎるのを待つのです。あのエラの張った醜い魚人どもは我々の精神を邪神の餌として捧げようとあの手この手で篭絡を試みます」
しかし患者さんはそんな非人道的な拘束具には一切触れず、ひどく興奮した様子で理解できないことを語り続けていた。―――いや、本当に理解できないのだろうか? 彼の言うことを覚えていれば、いずれ夢で全く同じものを見ることになるのかもしれないのだ。
「しかしながらただ時を過ごすのみでは座して死を待つことと同義です。星辰は刻一刻と正されつつある。忌まわしき大理石の森―――ル・リェー――またの名をルルイエ――が浮上の時を迎えれば、我々は一時代の終焉をその身をもって体現することとなります」
ルルイエ―――人生で一度も聞いたことのない文字の羅列を耳にした瞬間、背中を撫でられるようなゾワリとした感覚を覚えた。そして、夢で見たあの
「あなた、私の言っていることが分かるのなら若先生にもお伝えください。我々は備えなければならない。この島は既に奴らに侵食されている。邪神を呼び醒ます前ならまだ間に合う。我々の方から攻勢に出なくてはなりません」
「どう、何か感じる?」
「分からない…です。…が、何かは…感じます。恐らく…僕が見た夢と彼の言っている内容は同じもの…もしくは似ているものだと思います」
患者さんの言葉の合間に挟まれた由良さんの問いかけに、僕は要領を得た答えを返すことができなかった。この夢の光景を核心めいた言語で抽象化する術がありそうなものだが、それを導出する術を持たないことが悔しい。
「早く! 首相と自衛隊統合幕僚部にも話をさせなさい。これは世界の存亡に関わる事態なんですよ、若先生」
「あー、始まっちゃったか…」
由良さんはため息をつくと一瞬白カーテンの向こう側へ消えた。一分もしないうちにゴム手袋を嵌め、注射器を携えて戻ってきた。
「由良さん……何を」
「君は離れて。もう慣れてるから」
彼女はそう言うと、拘束具でがっちりと固められた患者さんの腕に注射針を刺した。
「ああ、若先生。また眠らせようとする。なぜ分かってくれない。あなたじゃ話にならない。院長を呼びなさい! 君、ここを出なさい! ここを出て政府機関に連絡をするんだ! もう時間はないぞ」
由良さんが話を聞いてくれないと悟ったのか、患者さんは僕に向かって鬼気迫る声で喚いた。さっきまでの優しく知性溢れる表情からは想像もつかないほど顔は怒りと焦燥に歪み、声は怒気を超えて悲哀すら籠っていた。しかし、由良さんが注射器の中身を打ち終えると次第に声を弱め、うわごとのように何かを訴えていた頭はがっくりと垂れて自分の腹に向かって落ち込んだ。
「ふうん。君の夢と患者の言動上の光景が一致、ね。やっぱりただの幻覚じゃないみたい」
患者さんを正しい姿勢で寝かしつけると、由良さんは先ほどメモした手帳を興味深そうに呟く。
「あの……拘束具に鎮静剤って……やり過ぎじゃないですか…?」
僕が第一に抱いた感想はそれだった。仮にも国家の機関が行っている調査活動とは思えないほど乱暴なやり方だ。しかもこの様子も、調査団外に漏らせば僕が規定違反として拘束されてしまう。堂本さんが「この調査はヤバい」と言っていた意味がようやく分かった気がした。
「そうね。でもそれくらいのことしないとヤバい段階まで来てるんじゃない? 知らないけど」
由良さんはどこか他人事のような態度のまま器具の片付けなどを行っていた。なりふり構っていられない状況にまで陥っている……言われてみればそんな気もするし、本当にそうなのだろうかという疑問も浮かび上がる。仮にそうだったとしても、このような扱いが許されるということにはならないと思うが…。
「…由良さんはどうしてこの調査団に加わったんですか? その、僕はお金に釣られてって感じなんですけど…」
何故こんな非人道的とも取れる行為に手を染めてまで調査団に入ったのか。僕が由良さんの立場なら、流石に金が良くても断っていただろう。それだけ彼女を突き動かす何かがあるのなら、それが何か知りたかった。
「んー…まあ……お金もいいけど、いろいろと融通利かせてくれるって言うから」
「融通、ですか…?」
「私ってこの島からちょっとボート飛ばしたとこにある大戸島っていうなんもないトコの出でさ。村唯一の医者の娘なわけ。子供の頃から父さんの手伝いしてたから、ほんとはダメなんだけど手術の補助みたいな経験もあって。んで医者にはなれたんだけど…やっぱりなんもない島とはいえ地元好きだからさー。ちっちゃくてもいいから、ちゃんとした病院作ってくれ~って国ゆすったらOK出たから、んじゃ手伝いますよって」
身の上話を交えて彼女はフランクな口調で動機を語った。さっきまでは調査のために非人道的な行為も平気で行う人という印象だったのに、今度は一転して実に人間らしい一面が垣間見えた。どちらかというわけではなく、どちらも素直な彼女の姿なのだろう。
「まあ、ほんとにやってくれるかはすごい微妙だけどね。約束だけして反故なんて普通にありそうだし。ま、それでもいいよ。どっちかって言うと、本当の動機はね―――」
そう告げながら、由良さんは僕の顔をじろりと見た。彼女と僕の視線が数秒間逸れることなくぶつかり合い、僕は妙な緊張感に苛まれた。
「神様っていうのが本当にいるなら、見てみたいんだよ」
「…はあ?」
また一つ、由良さんのおかしな側面が見えた。先ほどの患者さんへの態度を加味しても、そんなスピリチュアルなものを信仰するタイプには見えなかったのだが。
「その神様が、
由良さんははぐらかすようにそう言うと、今日初めてとなる笑顔を見せた。
◆◆◆
「街頭調査に学術調査に、おまけに病院にまで出張る羽目になるとは。全く、公安は便利屋じゃないんだぞ…」
署の会議室に戻るや否や、開口一番に戸村さんから浴びせられたのはそんな愚痴だった。
「おっと。それは調査団指揮官の鳴山警視正殿への不平かな?」
それを茶化すように堂本さんが口を挟む。戸村さんは額に手を当ててため息をつくばかりだった。
「公安が調査団の主体である以上、いろいろと動く形になるのは仕方ないと思いますけど。で、私のメモ読みました?」
公安の出迎えで僕達と共に共に署にやってきた由良さんは、髪をくるくると指でいじりながら戸村さんに問いかけた。戸村さんは由良さんの手帳と睨めっこをしながらため息とともに答えた。
「君、言っちゃ悪いが字が汚すぎるぞ。かろうじて読んだが、内容だってほとんど進展がないではないか」
「進展がない? そんなことないでしょう。彼の見ている夢と大林さんの妄言に一部合致が見られたのは大きな進展ですよ」
由良さんは僕の方を指差しながらそう告げる。大林さん…というのは先ほどの精神疾患者の名のようだ。
「大林さんと彼の間にある共通点は”この島に住んでいる”ということだけ。そうだよね、水元君?」
「…はい、そうですね」
由良さんの言うとおり、僕はあの患者さんと会ったこともないし、名前を聞いたこともない。決して広くはない島だが、それでも数万人の島民全員と顔を合わせることはないだろう。僕と彼の間には何の接点もない。それなのに、何故僕と彼は同じような光景を同時に思い浮かべているのか。それこそが今この場において最大の謎だった。
「今日病院で居合わせる前には会ったことすらない二人が同じ集団幻覚のようなものを見ている。現実世界における共通の知覚認識が一切存在しない二人が…。この事象に対する医学的な説明は困難ですが、それ自体が貴重な情報だと思いますよ。大林さんは邪神の干渉だと主張してましたけど」
「分からないということが分かっただけではないか。巨大生物の捜索も一向に成果がないし…これ以上自衛隊を動かすことも困難だ。既にSNS上では依諏間島沖での調査艦の目撃情報も飛び交っているらしい。これ以上活動を継続すると国民にも我々の存在がバレかねない」
「そりゃ分かりやすく街頭調査とかしてたらバレるだろ。焦ってんのか知らねえがお粗末だよなホント」
そう言って堂本さんは立ち上がり、席を外した。何か別件でもあるのだろうか。
「私…夢や精神病の件は気になりますが、巨大生物の存在ってのはイマイチ信じられません。そっちはデマなんじゃないですか?」
「私だってそう思うさ。だが、夢やら新興宗教やらご神体やら、いろんなものが不自然に繋がってしまっている以上おざなりにもできない。上層部が何をどこまで認知し、危険視しているかは分からんがな…。少なくとも自衛隊を秘密裏に派遣する程度には重要視しているのは事実だ。中途半端な成果報告では本土に帰れないぞ…」
由良さんの言葉に戸村さんは頭を抱えながらそう返した。彼も相当疲労が溜まってるようだ。
「一体我々は何をやっているんだろうな。こんなわけの分からない調査を…。…私は少し休む。由良君は1時間後に行われる有識者会議までにカルテと調査結果の整理を。水元君は…定時前だが本日は上がって構わん。鳴山さんには私から報告しておく」
結局、胸の内につかえる違和感は全く解消されないままこの日の調査は終了した。果たしてこれが調査と呼べるのか。あまりにも手探りで、漸進的な活動の日々。僕は今、何に足を踏み入れようとしているのだろう。
今日も早く休もう、と帰り際に購入した弁当を温めようとした時、不意に自宅のチャイムが鳴った。宅配を注文した記憶もないのに、こんな夕方に誰が?と不思議がりながら、僕はドアの覗き穴から外にいる相手を覗き見た。
それは、一度見たら一生忘れられない顔だった。目の位置は左右に開き、鮫肌で吹き出物にまみれ、目は膨らんでいて常にこちらを睨みつけているような―――。
性別:女性
年齢:25
ぼさぼさの長髪が特徴的な女性。依諏間島統合調査団に中途加入したメンバー。大戸島唯一の医者の娘であり、幼少期から父の手伝いをしていたため若年ながら既に実務経験を有する。本土の医大を優秀な成績で卒業した秀才だが、感情の起伏が激しく一癖ある人物。