5月のある日。ミストルティン・獣刻・ドリュアスは同居しているピサール・聖鎖・サマエルに対して、ピザを焼いて提案する。

『外で一緒に食事しましょう』と。

何気ない日常の中、ふたりが些細な会話を繰り返しながら、明日を見つめる。
そんな静かで明るい物語。

※ミストルティン・獣刻・ドリュアスとピサール・聖縛・サマエルが同居している設定の小説となっています。マスターは登場しません。予めご了承ください。

1 / 1
『楽園』にただひとつの『祈り』を

「突然、自分からピザを作るなんて……ミストルティン、どういう心境?」

 

 ある日のお昼。私はピサールにピザを食べさせようと考える。

 理由は……

 

「深い理由はないですよ。ただ、余った具材を使い切りたかったので」

 

 特にはない。強いて言うのならば、日を跨いで使ってなかった具材をいくつか同時に使いたかっただけだ。

 

「そうは言ってるけど、ピザ生地とかそういうのは買ってたような?」

「作るなら本格的に作りたいので」

「ミストルティンらしい~」

 

 ピザ生地にしっかりとしたトマトソース、玉ねぎやペパロニといった具材、そしてチーズを乗せてしっかりとしたピザオーブンで焼いていく。

 このピザオーブンは、ピサールに言われて導入したものだ。

 

「よく使ってるよね、そのオーブン」

「用意するきっかけを作ったのはピサールですが」

「焼きたてのピザを食べた~いって言った時だっけ?」

「そうですね、ピサールは自分から設備を用意しようとはしなかったので、大変でした」

 

 昔の、ピザオーブンを買う前の環境。

 ピサールはよく具材を帰り道でぶらつきながら買っていたものの、本格的なトースターがなかったからまんべんなく焼くのが大変だった思い出がある。

 

 

「まぁ、こうやって使ってるのならちゃらってことじゃない~?」

「……そういうことにしておきましょう」

 

 しばらくの時間が経過して、ピザが完成したのでオーブンから取り出す。

 焼き色も問題ない。

 

「わぁ、美味しそう~」

 

 

 ピサールが目を輝かせる。

 香ばしい匂いが食欲を誘う。

 しかし、まだ食べるつもりはない。

 

「ピサール」

「なぁに?」

 

 外は快晴。透き通っている青空が広がっている。

 開放感を感じる、心地よい風が窓から感じられた。

 

「……ピザ、一緒に外で食べませんか?」

 

 私の発言に改めてピサールがきょとんとする。

 

「いいけど、やっぱり珍しいね?」

「何が珍しいんですか」

「ん~、ミストルティンが自分から誘うこと?」

「心地よく過ごせそうな場所を見つけたので、そこでのんびりしたいとなと思ったので」

 

 どちらかというと気分転換という部分が強い。

 それに、ピサールを誘うくらいならば、他の人を誘うよりも気を楽にできる。

 

「動くのめんどくさい~って返されると思わないの?」

「着いてくるならば、葡萄酒をサービスします」

「飴の使い方が上手~」

 

 葡萄酒を見せた瞬間に立ち上がるピサール。

 そそくさと準備を整えているあたり、しっかりしている。

 

「誉め言葉として受け取っておきます」

 

 ピザをそれ用の容器に包み、私も外出の用意を行う。

 必要最低限の荷物の中にはピクニックシートもある。

 

「じゃあ、出発する~?」

「はい、行きましょう」

 

 家に鍵をかけたのち、私たちは外に出る。

 家からそこまで遠くない距離にある場所を目指しているので、ピザが冷めてしまう心配は薄い。

 

「どこに誘う予定なの?」

「花畑です」

「なんだか本格的~」

 

 穏やかな風に吹かれながら、私たちは目的地に向けて歩き続ける。

 何気ない日常会話を繰り返し、些細な一言に呆れたりしながら、行動していくと、彼女との距離が気が付いたころに近くになっていた事実を感じられた。

 そうした時間を過ごしている間に、私たちは花畑まで到着した。

 

「へぇ、ここがミストルティンが言っていた花畑……」

 

 その花畑はタンポポ畑となっている。

 黄色のタンポポ、白いタンポポ、ピンクのタンポポ、それぞれのタンポポが異なる場所で咲き誇っていて、視線を向ける先を変えると別の景色が見えてくる。

 私たちはタンポポ畑の中央まで移動して、ピクニックシートを広げていく。

 中央には花が存在せず、しっかりとシートを広げられるスペースが存在しているのだ。

 

「5月に満開になっていたので、見せておきたかったんです」

「なるほどね、綺麗でいいと思う~」

 

 ふたりで一緒にシートの上に座り、ピザを取り出していく。

 焼きたての状態ではなくなっているものの、しっかりとした熱は残っている。

 

「いただきま~す」

「いただきます」

 

 一口、自分のペースで食べていく。

 具材をしっかり用意して作られたピザなのもあってしっかりと美味しい。

 ふと、ピサールの方を見つめていると、美味しそうに微笑んでいた。

 

「最近、ピザ作るの上手になってきたね?」

「ピサールに注文されることが多くなっていたので、自然に覚えたのかもしれませんね」

「上手になったのはミストルティンの実力でもあるから、誇っていいんじゃない~?」

「……誇ることはないですが、嬉しい一言ですね」

 

 自分にできることが増える。

 評価されるのはやっぱり嬉しいことだ。それはきっと、限界のような精神状態じゃなくても、言えることではある。

 頑張ったことを褒めてもらうことだって、大切なことなのだから。

 

「こうやって外でピザを食べるのもいいね。なんだか特別な感じがある」

「どこか、非日常な気持ちになれますね」

「ん~、というか気が楽になる? 色んなことを考えなくていいみたいな」

「……具体的には?」

「ここにいる時だけ、洗い物とかそういうこと考えなくて済む! みたいな」

「家帰ったら、用意したものの片付けをするつもりですが」

「そういうのから、この瞬間だけは解放されてる感を感じたいのよ~」

「……まぁ、そうですね。外にいる時くらいは、なにも考えない方がいいかもです」

 

 ふたりで用意したピザを食べ終わったのち、片づける。

 次は約束通り用意していた葡萄酒を注いでいく。

 

「嬉しい一品~」

「それなりに年代物を用意しました」

「気が利くね、ミストルティン」

「たまにはこうした贅沢も悪くはないと思ったので」

 

 葡萄酒を開けて、それぞれのグラスに注いでいく。

 熟成された香りが年代物の重みを感じさせる。

 

「乾杯する?」

「悪くないですね」

「じゃあ、かんぱ~い」

「乾杯」

 

 小さく音を奏で、グラスを乾杯しあう。

 そうしたのち、葡萄酒を口に運んだ。

 葡萄の味わいがアルコールと共に届いていく感覚は、あまりお酒を嗜まない私からすると独特な感覚になるものの、嫌いな感覚ではない。

 心が静かに落ち着くような気持ちにさせてくれる。

 年代物の葡萄酒を味わいながら、タンポポ畑を見つめる時間。

 夜でもないのに、お酒を飲んでいるという状態に少し、頬が緩む。

 たまにはこういう時間も悪くはないだろう。

 ゆったりとお酒の味を楽しんでいた時、ふとした瞬間にピサールが話しかけてきた。

 

「少し、変なこと言ってもいい?」

 

 お酒によって紅潮している彼女の表情はどこか寂しそうなものになっていた。

 

「構いませんよ」

「……ミストルティンは年代物の最期ってどう見届ける?」

「年代物、ですか」

 

 残りが少なくなってきた葡萄酒を見つめるピサール。

 いつもより、高いものを用意しているからか、真剣に悩んでいる様子だった。

 

「もっと呑みたい、味わいたいって思う葡萄酒だって、いつかはなくなっちゃうし、この年代物のワインだって空っぽになっちゃう。そう考えるとなんだか寂しいなぁ~って」

「……そうですね、難しい問題です」

 

 いつまでも同じものがあるとは限らない。

 季節は巡るもの、そして食べ物は食べればなくなる。年代を重ねたお酒だって、飲んでしまえばなくなってしまう。

 最後に待つのはなくなってしまうという事実だけかもしれない。

 それでも、それだけがきっと全てではないとは思う。

 だからこそ、私はピサールに対して、言葉を返した。

 

「残った感覚を大切にするべき、だと私は思います」

「それって……どういうこと?」

「味わった時の感覚、自分の感情、その時存在していたこと……全部、覚えていくんです」

「どうして?」

「そうじゃないと、寂しいじゃないですか」

 

 自分がいたということも、楽しかったということも、思い出も、全てがなくなってしまうのならば、それはあまりにも悲しい。

 

「私たちがいた、という居場所や記憶は覚えておきたいです。それはどんな些細なことでも、大事でもいいんです。ピザを食べたとか、花畑を見に行ったみたいな思い出でも、年代物の葡萄酒を一緒に味わったみたいな出来事も、それも、大切な思い出ですから」

 

 少し酔っているのかもしれない。いつもより言葉が出てくる。

 そんな私を見て、ピサールは小さく笑っていた。

 

「『死を忘れること勿れ』ってやつかも?」

「前向きな死の捉え方です」

「そうそう、いつか死んじゃうからこそ、人生楽しんじゃおう的な、ね」

「……後ろ向きに考えるよりは、ずっと良さそうです」

「きっとそうかもね」

 

 そう言葉にしたピサールは私と自身のグラスに年代物の葡萄酒を全て注いだ。

 

「こういう時間だって思い出になるからね」

「そうですね、きっと、ずっと忘れないはずです」

 

 グラスを合わせて、もう一度味わう。

 穏やかな時間、それは小さな幸せを感じさせる瞬間だった。

 

「この花畑も季節変わると別の姿を見せることになります」

「タンポポだってずっと咲いてるわけじゃないもんね」

「季節が変わると、植物は枯れ、新しく芽生えて、どんどん巡っていきます」

「同じ景色は見られないかも?」

「そうかもしれません。ですが、私はピサールと一緒に……」

 

 少しだけ考え、そして言葉にする。

 私なりの本心。

 

「……私は、ピサールと一緒にこれからの日常を楽しみたいです」

 

 その一言を聞いたピサールは大きく笑った。

 

「日常を楽しむ宣言なのに大真面目~」

「い、いけないですか……?」

「ううん、ミストルティンらしいなぁって思った」

 

 私の言葉に対して、彼女は返答する。

 

「いいよ、一緒に付き合うからね。今のミストルティンには、素敵な『果実』があるから」

「果実……?」

「ふふっ、私の興味を惹きだしてくれる、素敵なもの」

「はぐらかしましたね」

「答えは言ったつもりなんだけど~」

 

 何気ない雑談に心が安らぎ、ふと笑みがこぼれる。

 そんな些細なタンポポ畑の時間。

 私を見つけたピサールと温かみの心を抱いて、幸せを願う時間はこれからも続いていく。

 青空の下、優しい風が吹き抜けていった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。