当作品はフィクションであり、実在する出来事、人物、組織等は関係なく、またそれらを貶める意図は一切ありません。
当作品はフィクションであり、実在する出来事、人物、組織等は関係なく、またそれらを貶める意図は一切ありません。
砲煙の雲が切れる隙間から降りそそぐ、土砂降りの様な銃弾を掻い潜り、傘代わりに携えた、砥ぎに研いだ銃剣とシャベルを片手に闊歩した戦場から、ある者は勝者として王都へ凱旋し、またある者は敗者として荒廃した故郷へと帰って行く。
小説でも、活劇でも、舞台でも表現されるような、数ある戦場の、数あるありふれた一場面。
しかし、喜びにわく彼らが、嘆き悲しむ彼女らが、その全てが、五体満足で家へ戻る事が出来るなど、あり得なかった。
傷痍軍人。古来より戦場で傷ついた兵士と言うものは存在している。命のやり取りをしているのだから、死者負傷者が出るのは当たり前だ。
戦士の傷だと誇ることが出来るうちはまだ良い。手や足や、生きていくのに必要なものまで奪い去られた者たちが、そこには必ず存在していた。
有史以来、失われた手足を補うための方法は試行錯誤されてきた。デュートネ戦争よりも遥か昔には、戦場に義手を付けて馳せ参じた“鉄腕”との異名で呼ばれた騎士さえ存在したほどだ。しかしこのように記録に残っている者たちなど、ほんの少数にしか過ぎない。多くの者はそんな物を付けて再び戦場を踏むことなどできるはずもない。
やがて戦いも終わる。不具となり、故郷へと帰った者たち。その中には、働くことが出来る者も少なからずいた。片腕となった者は残った方で鋤を振るい、足をなくした者であれば笠を編み、皮を鞣すなどの内職で食いつなぐこともできた。
しかし、そうでない者もまた数多くいた。栄えある戦場から苦労して帰ってきたにもかかわらず、働けないばかりに穀つぶしとなじられ、奇異の見た目から差別の対象とさえなった者も数多くいた。
それが、当たり前の世界だった。
だが、こと近代戦の時代に至ると、その状況が大きく変わってくる事となる。
まずもって戦場へと動員された兵士の数が、跳ね上がった。それに比例し、一度の戦いで出る負傷者の数もそれまでの数を一桁、時には二桁と上回った。
そして火器の発達だ。以前から化膿した銃創による切断や、地面を転がる砲弾に足をもがれるなどとしていたが、近代では特に、小銃に使われている尖頭弾、どんぐりにも似た形状のそれは、かつての丸い形をした鉄砲玉の威力遥かに超え、手足を切断せねばならないほどの重傷をいともたやすく生み出した。
戦場医療の発達も忘れてはならない要因の一つだろう。それまでであれば見捨てられていたであろう重傷者も、何とか命をつなぎ留め、銃後へと後送されることが増えた。エリクシル剤をはじめとした医療品の発達や、国家の発展に付随して進化していった医術が、それらを可能とした。
それまでの時代であるならば、戦争とは騎士階級と傭兵、そして農村からとられた農奴や貧農たちで構成された軍隊のよっておこなわれるものであったが、こと近代以降においては細かく調査された戸籍の中から、ありとあらゆる階層の、ありとあらゆる職業から国民軍として、軍隊に兵士として送り込まれた。
かつては各々の国家の根幹をなしていた村社会による相互扶助は、工業化された、都市化された社会では通用しなかった。
むこう三軒両隣、種まきから収穫まで一切合切共同体として生きていた、大きな家族と言っても差し支えない農村部ならばまだしも、都市部から徴兵されていた腕を捥がれた溶接工や、足を失った新聞配達員は、その一人一人がもはや独立した家庭の持ち主であり、彼らの家族は不具となってしまった大黒柱の収入こそが生きていくための糧であった。
片手では、旋盤のハンドルを操作することはできない。足が無ければ、紡績機のペダルを踏むことが出来ない。今まで培っていた技術、稼ぎを得るための技術を使うことが出来なくなるということは、もはやこの世界を生き抜くことは難しいということだった。
つまるところ、手足を失い、なおかつ社会に復帰をしなければならない数が圧倒的に増えたのだ。
この事象は、ベレリアンド戦争、つまりオルクセン王国にとっても該当することとなった。
もちろん、国王グスタフ・ファルケンハインは抜かりなく手配をしていた。隣国グロワールに設立されている
また、退院した彼らを雇用することで、企業が助成金を得ることの出来る仕組みを整え、働けなくなった者についても、その家族を国営の組織へと優先的に採用することで、餓える様な立場になることを防ごうとした。状況は改善の兆しを見せた。
続くように、王は彼らに対する支援を行った。義肢の下賜である。
戦での誉れ傷と言われることがあろうとも、それを表に出したい者ばかりではない。かつての様な体を取り戻すことは出来なくとも、せめてその代わりになるものでも……。そういった声を王は拾い上げ、傷痍軍人たちに対する支援法の一つに、義肢の支給を示した。
オークたちの体重にも耐えられるように楢や樫の木を使い、残された方の手や足をモデルに削り、失われる前の体の一部に似せて作られた。かつての様な有り合わせの物では無く、一つ一つが木工職人の手によって丁寧にだ。
だが、ただの木型を装着しただけでは、近代はあまりに不便であり、その不便を甘受するには、彼ら彼女ら長命種の人生は余りにも、長すぎた。
転機は、王がある工房を視察に訪れた時の事であった。
ある金属加工工場でのことだった。設備を一通り見て回った王の目に、一人の工員が止まった。その右腕には、使い込まれ、ところどころ油で汚れてしまっている義手が見えたのだ。
砲にやられてしまったのです。王から貰ったものをこんなに汚してしまって申し訳ない。本当は昔のように旋盤を扱いたくて、何度も練習したのですが、どうしても上手くできなくて……。
悲しそうな眼をして笑うその工員の話を聞いて、視察から戻った王はすぐさま幾人もの専門家を呼び出すこととなった。医学、工学の高名な教授たち、そして義肢を取り扱う企業からも多くの技術者たちが招かれた。
見た目だけではいけない。ただ長い時間を不意に過ごさせるだけではいけない。かつてのように動けるという誇りを取り戻させなければならない。
王自身、なんとか執務の間や寝る時間を削って資料を読み込み、解決案を出そうとしていた。
それは、彼自身が下した決断の責任を取ろうとしていたのだろうと、後年に王妃は回想している。
そして、多くの専門家たちが頭を悩ませた末に、一つの結論が出された。五指を持つ生物が作業を行う上で最も重要な動きを再現すれば良い。つまり、掴むこと。
まず作られたのは、蟹のハサミを模した物だった。ハサミの開閉機構に取り付けたワイヤーを肩にまで回したベルトに引っ掛け、腕を曲げ伸ばしすることで連動させて、閉じたり開いたりと言った動作が出来るようになった。
開発はそれだけにとどまらない。その義手でさえ使ってみれば不便な点が見えてきた。道具の保持が難しかったのだ。どのようにすれば負担なくハンマーや鎌を持ち続けることが出来るだろうか。
その答えは至極簡単なものだった。掴むためのハサミの部分を、パーツごと道具用に変えてしまえば良い。
それまでハサミのままの形で何とかしよう考えていた者たちにとって、目から鱗が出るほど単純な、しかし的を射た意見だった。健常な者が、使う道具によって持ち方を変えるように、義肢の者たちも道具によって掴むためのパーツを付けかえれば、どんなものにでも対応できるようになった。
足も、同じように開発が行われた。それまでの義足と言えばただ一本の木が付きだしているだけの、切断面から杖が飛び出しているだけと形容していいものだった。それもベレリアンド戦争時には改良がくわえられ、かつての形に似せるように木から削り出して作られていた。こちらで問題になったのは、重量、そして関節だった。
こちらは手ほど難しくはなかった。基礎となるパーツをできるだけ軽く、そして重量に耐えうる剛性が必要だったため、当時生産量が増えていたモリム鋼に白羽の矢が立った。関節部にはヒンジを使うことによって、膝や足首の曲がりを再現することに努めた。
すぐさま、新しくできた義肢は希望した傷痍軍人たちへ支給され始めた。皮肉なことに、素早くそれらが生産できたのも戦争によってだった。金属パーツは、銃身を加工していた熟練工が、切断部に密着させて固定したり、外装部分にあたる木部は、銃底を削っていた木工職人が、戦争が終わり余剰となり始めた設備が、人員が、そのまま流用される場面さえあった。
そして、その恩恵はオーク、コボルド、ドワーフにとどまらず、今や同じ国家の国民となったエルフたちにも同じように与えられた。オークほどの体重や骨格もない彼女たちにはモリム鋼よりも軽く加工のしやすいアルミニウムの部材が多く使われることとなった。
需要は国内だけに留まらなかった。エルフ族と人間族の体型が酷似していることが幸いした為、センチュリースターやロヴァルナ、オルクセン王国と同じように、戦争によって傷ついた者たちが多くいる国に輸出するまでとなる。
その後も王は多くの対策を取った。ただ義肢を作ればすぐに社会復帰できるものでもない。自分の体の一部のように扱うために、動かし方を習熟するのにも時間がかかる。そのための訓練場所も、病院に併設した。今日でいうところのリハビリテーションの走りと言っても過言ではなかった。
このような専門病院は、兵士たちが社会に復帰した後も存続した。手足を失うのは何も戦争だけではない。工場や鉄道などで発生した事故によっても生み出されていた者たちの受け皿として、それまでのノウハウを蓄積していたことが大いに役立つこととなった。
やがて時代は流れ、優しき王は虹の橋を渡った。彼の代わりに王妃ディネルース・アンダリエルは、行事に主賓として参列することが多くなった。
事故や病気、そして戦争によって肢体不自由となった者達が参加する運動競技会。その開幕の舞台にも彼女の姿はあった。
彼女の夫たる王が、机に広げた義手の設計図を見ながらウンウン唸っていた頃から時は経ち、かつて鉄でできていた手足は、今では樹脂や炭素繊維へと素材を変え、人間工学に基づいて設計されたそれは、実際の肉体を凌駕する性能すら持ち始めるほどに発展していた。
更には筋電と呼ばれる、体内を流れる微弱な電流を感知して、電算装置によって滑らかに動かすことの出来る義肢さえ開発が行われているという。
王妃は一通りの挨拶を終え、壇上から降り、来賓席の者たちと一人一人会話を重ねていく。
その中に一人、年老いたオークの姿があった。この運動競技会のスポンサーとなっている金属会社の会長に当たる人物だ。一介の旋盤工から叩き上げられたと言われ、老いてなお職人然とした威風のあるオークの牡だ。
その右手には、古い、それは古い義手が付けられていた。何度も修理をした跡が見えた。蟹のハサミの様にも見える指先は何度も溶接で繋ぎ直され、ひび割れた外装をパテで埋め、綺麗にニスで塗りなおしてさえいた。
彼女にはそれに見覚えがあった。かつて王の執務室で見たことがある、あの悲しそうな眼をした者を救わねばならぬと、難しい顔で王が眺めていた設計図そのままの形をした義手。
王のおかげで、私は私の人生を満足に歩むことが出来ました。老いたオークは皴いっぱいの顔に満面の笑みを浮かべ、王妃にそう述べた。
王妃は、嬉しそうに、そしてどこかほっとした様子でその義手へと手を伸ばす。
グスタフ。あの日のあなたの苦悩が、これで少しは和らいでいれば、私にとってこれに勝る幸福はないわ。
王妃はいつまでも、その鉄の腕を慈しむ様に撫でていた。