人の心を持ってしまった魔族・IFストーリー   作:如月SQ

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固まったので投稿します。
一話完結。


「平和だった町」

 勇者ヒンメルの死から25年後―――。

 

 かつて世界を救った勇者ヒンメルと仲間達。

 その仲間の一人であった魔法使いフリーレンは、フェルンという少女を弟子にとり、魔法収集の旅を続けていた。

 そんな最中、立ち寄った村でとある老人にこんな話を聞く事となった。

 

「『平和な町』と呼ばれている町がここから少し離れた場所にある」

 

 と。

 老人は生まれてこのかた村から出た事がない為に、見たことはないが、その町に立ち寄った人間曰く、治安が驚く程良い、文字通り平和な町であり、かなり発展していた町だったという。

 

「もう数十年も前の話だが……今はどれだけ発展しているのかのぉ……」

 

 老人はそう言って、何処か楽しげに笑みを浮かべていた。

 

「次に向かう予定の町でしたよね、楽しみですね」

 

 フリーレンの気の向くままの気ままな旅、決まったルートはないが、ある程度の予定はある。

 老人が語った『平和な町』は向かう予定の先にある町だった。

 最近は野宿や小さな村での宿泊が多かったので、まともなベッドで寝れるかもしれないと、フェルンの顔は明るい。

 

「…………うーん」

 

 ところが、フリーレンの顔色は優れなかった。

 首を傾げ、何か歯に物が詰まったような、怪訝な表情を浮かべていた。

 

「……?フリーレン様、如何しましたか?」

 

「ん、いや、何か忘れてるような気がしただけ。

 思い出せないし、多分大した事じゃないよ」

 

「それなら宜しいのですが……」

 

 フリーレンは気にしない事にした。

 何か重要な事なら、自然と思い出せるだろうと。

 一先ずは、予定通りその町に行ってみる事に決めた。

 

「『平和な町』……か。やっぱ何処かで聞いた事あったような……数十年くらい前の事だったかなぁ……」

 

 頭に思い浮かぶのはその言葉だけ。

 関連する事項がもやもやとして、ハッキリと思い出せない。

 薄紫色のもやもやに、フリーレンは頭を悩ませていた。

 

 フェルンは、首を傾げて悩む姿に恩師であるハイターを重ねていた。

 まさに老人という見た目であったハイターは、時折物忘れに悩む時があった。

 フリーレンの今の姿はまさにその姿そのままだった。

 

(やはりフリーレン様も若く見えようとご老人……私がしっかりしなくてはいけませんね)

 

「むん」

 

「?」

 

 フェルンは言葉には出さず、そう心の中で強く思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「……うん、荒廃してる……完全に廃墟だね」

 

 二人が訪れた『平和な町』は、発展とは真逆、既に町としての形を成していない有り様だった。

 家屋は倒壊し、人の気配は希薄で、とてもではないがまともな場所とは言えなかった。

 

「フェルン、離れないでね」

 

 フリーレンは周囲に感じる人の気配、消そうとして消しきれていない、此方への敵意を感じていた。

 一人旅の途中、何度も出会った事のある、スリ、物盗り、盗賊……人に害を成す人間の気配だった。

 

「はい」

 

 フェルンも確信はないにしても、この場所の危うさを感じているようで、フリーレンのすぐそばで、服の裾を掴んでいた。

 

 フリーレンはそれを確かめ、ふっと上を見上げた。

 この町だった場所は、中央に大きな時計塔があった。

 その時計は既に時を刻む事をやめてしまっているが……その時計塔にフリーレンは既視感を覚えていた。

 

(上のほうに大穴のあいた、時計塔……何処で見たんだっけな)

 

 首を傾げて悩むも、やはり答えは出てこない。

 どうにももやもやとするなぁ、とフリーレンは口をへの字にして悩み続けていた。

 

 フェルンの視線の先にあるでは、砕け散った一面張りのガラスの向こうに、いくつかの壊れたバスケットが散らばっていた。

 恐らく、なんらかの店だったのだろう。

 砕け散った看板には、微かにパンのような意匠が施されていたように見えた。

 

 そこで、ふと気付く。

 この町が今、町として機能していないのは勿論だが、荒廃の仕方が違うのだ。

 ある場所では家屋はほぼそのまま残り、ある場所では目の前のパン家であっただろう店のように、人為的に荒らされていたり、またある場所では倒壊していたり、燃え尽きていたり……。

 明らかに経年劣化だけでは説明のつかない荒廃の仕方をしていた。

 潜む人間の柄の悪さも加味して、ただ人が去って廃墟になった町……という訳ではなさそうだった。

 

「これが『平和な町』か」

 

 フリーレンは皮肉気に呟いた。

 朧気ながら、何故荒廃したのか、察しがついていたからだ。

 恐らくは人間同士の争い……理由まではわからないが、この荒廃の仕方はそれを想起させるものだった。

 

「フリーレン様、どうされますか?流石にこんな所に魔法は……」

 

「……そうだね、ただ……」

 

 ふと空を見上げれば既に夕暮れ。

 更には曇り空で、今にも雨が降りそうであった。

 

「このすぐ近くに町はないし……何処か雨風凌げる場所が欲しいね」

 

「……困りましたね」

 

 二人は顔を見合せて悩んでいた。

 それにこの辺りの治安の悪さを考えると、正直野宿もしたくはなかった。

 今も、此方の様子を伺うじっとりとした視線がある。

 どうするか二人が決めかねていた時、不意に声がかけられた。

 

「こんな所に若い女性が二人でいては、危ないですよ」

 

 静かな、優しい声だった。

 二人が振り向けば、髪が白く染まった老婆が、静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女性はモーナ、と名乗った。

 この廃墟となった町の外れで、孤児達の世話をしているのだという。

 

「毎日ギリギリですけどね……」

 

「いえ、凄くご立派だと思います」

 

 モーナは今日過ごす所がないという二人に、一つの提案をした。

 もてなしは出来ないが、屋根のある場所は提供出来る、と。

 二人はその言葉に甘える事にした。

 ぽつんと空から落ちてきた雨粒がフリーレンの鼻先で跳ねた事で、時間の余裕もないとわかってしまったからだ。

 

「急ぎましょう、体が冷えるとよくありません」

 

 三人は急ぎ足で、モーナが孤児を世話しているという家屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、この廃墟の中ではかなりまともな家屋だった。

 しかし勿論ボロボロで、傍目には人が住むような場所には見えなかった。

 しかしそこの庭では、小さな子供達が小さな畑をせっせせっせと世話している姿があり、どうにか生活しようという努力が見てとれた。

 

 そんな子供達が……三人程だろうか。

 ボロボロの衣服の、少年二人に少女一人の子供達は、フリーレン達の姿を見つけると、目を細め、警戒するようにその身を固くさせていた。

 

「この人達は大丈夫ですよ。それより、雨が降ってきましたから、中に入りましょう」

 

 子供達はモーナのその言葉にこくりと頷くと、静かに建物の中へと入っていく。

 とぼとぼ、とも言える力のない足取り。

 ……チラリと見えた子供達の瞳には、光がなかった。

 フェルンは、そんな子供達に既視感と……共感を感じていた。

 

「さぁ、ボロボロですが、雨風程度は凌げると思います」

 

 そう言って先導するモーナ。

 フリーレンとフェルンは眉をひそめて顔を見合せていた。

 なんと言えばいいのか……気まずい、だろうか。

 嫌な空気を感じながら、それでも二人は静かにモーナの後をついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を借りるので、せめて一食くらいは、と保存食の一部を提供する事にしたフリーレンとフェルン。

 硬いパンと干し肉を渡してやれば、モーナはとても喜んでくれた。

 

「一緒に煮込んでスープにしちゃいますね」

 

 子供達も久々のまともな食なのだろう、変わらず無感情で光のない瞳だったが、ほんの少しだけ輝いていた。

 先程出会った三人が5歳から10歳くらいの子供だったのだが、他にそれより幼い子供が二人もいた。

 食べ盛りの子供を五人も、こんな所で世話をしている……モーナの白い髪は、それらの苦労が滲み出たものなのだろう。

 

「大変、ですね」

 

「いえ、私の先生はもっと沢山の子供達を世話していましたから」

 

 モーナはそう言って、寂しそうに笑った。

 フェルンはその表情にその『先生』が今はいないことを察してしまい、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モーナがフリーレン達から提供された保存食で作ったスープを、子供達は夢中で食べていった。

 食べ方はお世辞にも綺麗なものではなかったが、溢したら勿体無い、そういう意識があったようで、その汚さに反比例して、テーブルは綺麗なものだった。

 パン粥と呼べるだろうその料理には、申し訳程度に緑の葉野菜が投入されていて、子供達はいずれも、それだけは苦い顔をして咀嚼していた。

 

 流石にそれに手をつけるのは憚られ、フリーレン達はまだ残っているカチカチのパンをガリガリと噛み砕きながら、それらの様子を眺めていた。

 

「おいしー!」

 

「うん、おいしい」

 

「ありがとー!」

 

 特に美味しいものでもない筈のそれを、子供達は嬉しそうに頬張り、フリーレンとフェルンへと礼を伝えてくる。

 

「……どういたしまして」

 

 それが、ひどくいたたまれなかった。

 

 食事を終え、満腹でか眠そうにしている子供達を寝かしつけたモーナが、フリーレン達と同じテーブルにつく。

 その手にはコップ……ただし、中身はただの白湯だった。

 

「白湯ですが……」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 フェルンはペコリと頭を下げた。

 

ずず……

 

 味はないが、暖かな飲み物は心を落ち着かせてくれる。

 ほぅ、と小さく息を吐いて、フェルンは改めてモーナへと目礼を返した。

 

「ところで、私達はここが『平和な町』だと聞いて来たんですけど……」

 

「あら、懐かしい呼び名ですね……そう呼ばれていたのも、もう数十年も前になります」

 

 目を細めるモーナからは、遠い過去を懐かしむ、郷愁の念が感じられた。

 フェルンはそこに込められた、感情の全てを察する事は出来なかった。

 

「聞いても、宜しいですか?その、数十年前に何があったのですか……?」

 

 恐る恐ると言った様子で、フェルンはモーナへと問い掛けた。

 不躾な質問だとも思ったが、『平和な町』と呼ばれていたのが本当だったならば、一体何が起こればこれ程荒廃してしまうというのか、知りたくなったのだ。

 幸い、モーナはそれに対して特に思うところはないようで、穏やかな表情のまま口を開いた。

 

「そう……ですね。あの頃、かつてこの町が『平和な町』だと呼ばれていたいた頃……ここはとある魔族に支配されていたんです」

 

「なっ……」

 

 言葉を失うフェルン。

 魔族とは、人と似た姿をして、人の言葉を話すだけの猛獣。

 フェルンはそうフリーレンに教え込まれていた。

 人を食らう、食べなくても殺す、そんなどうしようもない、相容れない存在。

 

「魔族に支配された町が、『平和な町』と呼ばれていたのですか……?俄には信じがたいですね……」

 

 怪訝な表情のフェルンに、モーナはその言葉を全て否定する事なく頷いた。

 

「そう……ですね。そう思うのが自然です。けれど、確かにあの頃この町は、平和だったんですよ」

 

 そう言って微笑むモーナは、静かに語り出す。

 かつての自分の恩()の話を。

 

 そして……端から聞いていたフリーレンは、途中で何かに気付いたようだった。

 ああ、と何処か納得したように頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かつてこの町を支配していた魔族は、非常に変わり者でした。

 悪人を許さないという、曖昧な宣言と共に町の人々は魔族の支配下に置かれました。

 魔族の不思議な力……恐らくは魔法で、町の人々は常に監視されていました。

 その中で他人を傷付けるような存在は処理され、連れ去られ……結果的に町の中で犯罪行為は起きる事なかったのです」

 

「それは……」

 

 その内容に、フェルンは顔をしかめた。

 確かにそれは平和なのかもしれないが……。

 

「それが平和だとは思えませんか?

 確かにその通り。住んでいた人々は魔族に日々怯え、目をつけられないようにと慎重に暮らしていました。

 そんな日々が平和だなどとは……普通は思えませんよね」

 

 モーナは穏やかに言葉を続ける。

 

「けれど、私達のような孤児にとっては、暴力に怯えないで済む日々は……素晴らしいものだったんです。

 きっと、力のない人々の一部も、そう思っていました。

 貴女達のように女二人で旅が出来るような、そんな力を持つ人間というのは、そう多くないのですよ」

 

「……わかりますよ。私も……両親を紛争で失いましたから」

 

「……失礼しました。少し嫌味のようになってしまいましたね」

 

 曇ったフェルンの表情に悲痛なものを感じて、モーナは気まずそうに視線を反らした。

 突然自分達では抗えない力に晒され、奪われる痛み、それをフェルンは知っている。

 だからこそ、それがないと断言出来るのならば……それは確かに『平和』と呼べるのかもしれない。

 実情は、置いておいて。

 

「……兎に角、形は歪でしたが、町は平穏なまま、時は流れて行きました。

 そんな時、とある旅人によって……魔族の支配は終わりを告げたのです。

 一人の、エルフの少女によって」

 

 ちら、とモーナの視線が黙って話を聞いていたフリーレンに移った。

 フェルンも思わずそちらに目を向ければ、コップをテーブルに置いたフリーレンが、小さく頷くところだった。

 

「そうだね、思い出したよ。

 私がここを支配していた魔族を始末したんだ。

 ……随分と、変わり者な魔族だった事を覚えているよ」

 

「なんで言ってくれなかったんですか?」

 

「忘れてたんだって……魔族なんて数え切れないくらい倒してきたもん。

 ……まぁ、あの魔族は珍しい魔法も使っていたし、変わり者だったから思い出せたけど。

 始末した後はすぐに町を後にしたから、その後の事もまったく知らなかったんだよ」

 

 フリーレンは歴史上最も魔族を倒したと言われる、魔族退治のスペシャリスト。

 ある程度強ければ記憶には強く残るが、既に始末を終えた、そこまで強くなかった魔族はあまり覚えていない。

 

(けど……)

 

 不意に、フリーレンの脳裏には時計塔から落下する、薄紫の魔族の姿が過った。

 薄紫の瞳が、此方を見据えて……見間違いじゃなければ、あれは――。

 

「そう……そうして町を支配していた悪い魔族は討伐され、町の人々は自由になった……」

 

 そこでフリーレンは現実に引き戻される。

 モーナの語りはまだ、終わっていない。

 

「なら、何故今このような……」

 

 フェルンの疑問は最もだった。

 フェルンにしてみれば、魔族に支配されてるのが異常で、平和とはとても呼べない状況。

 そんな魔族の支配から解放された事と町が廃墟になってる事が、フェルンの中では繋がらなかった。

 

「……その魔族が支配していた事で、得をしていた人、その魔族の意思に同調した人、その魔族を……崇拝していた人……。

 そんな人と、その魔族のせいで割りを食っていた人、酷い目に合わされた人……そして、魔族を憎んでいた人。

 その全てが、突然統率を失い、解放された……。

 意見や思いの食い違う人間達が、同じ町で自由に生きるなんて、出来る筈がなかったのです」

 

「あっ……」

 

 フェルンはそこまで言われて、漸く答えに思い至り、思わず声を漏らした。

 歪だろうと、その魔族の統治を良いものだと思っていた人間がいたという事を、フェルンは否定出来ない。

 そして、そんな魔族の統治を受け入れた人間に対して、人が反発してしまうのも……わかってしまった。

 

「町は、大きく二つに分かれ……互いが互いを憎みあう、人間同士の争いが始まったのです」

 

 モーナはそっと自分の腹部に手を添えた。

 悲しげに、視線を下に向けてふぅ、と息を吐く。

 

「魔族と関わりの深かった孤児院を渦中に、二つの勢力は血みどろの争いを繰り広げました。

 『平和な町』と呼ばれていた時の面影などどこにもない、その日を生きるのにも必死な日々でした。

 特に、私達のような、魔族の庇護下にいた孤児は、とてもよく狙われました。

 安全な場所で、安全な立ち位置で、ぬくぬくと生きてるように見えたらしいです。

 子供で、力もなく、身寄りもなく、守ってくれる存在もいない私達は、格好の獲物で、丁度良い相手だったのだと思います。

 一度捕まれば、ろくな目にはあいません。

 ……売られるのが、一番マシだと断言出来るくらいに」

 

 お腹を押さえて、悲痛な顔で俯くモーナに、フェルンはかける言葉が見つからなかった。

 何があったのか、言葉にされずとも察してしまったからだ。

 

「今私が世話している子達の中にも、かつて魔族の庇護下にいた孤児達の血を継いでる子が三人程います。

 他にも何人も、何人もいましたが……みんな……。

 ……結局、力が、人の意思がぶつかりあった時、最も被害を受けるのは、最も弱い者達でした。

 私は今まで、それを何度も何度も見てきました。

 私はどうにか子供達を守ろうと、先生の遺志を継いで、ずっと必死に守り続けて……」

 

 モーナは痛みを堪えるように目を瞑る。

 そのまま一度大きく息を吸い、静かに吐き出して……ゆっくりと目を開きながら顔をあげた。

 

「気付けば、町は滅んでいました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を聞いたフェルンとフリーレンは、暫く口を開く事が出来なかった。

 特に、フリーレンは。

 あの魔族を、薄紫色の魔族を始末した事は、フリーレンにとって間違ってはいない行動だった。

 今同じ状況になっても必ず倒すと、断言出来た。

 

 けれど、何か、言葉に出来ない感情が胸を埋め尽くしていた。

 思い返すのは、先程思い出しきれなかった、あの魔族の最期の表情。

 

(……笑顔……)

 

 晴れやかな、花が咲いたような笑顔。

 『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』に貫かれ殺される、その瞬間に浮かべた笑顔。

 フリーレンにとって、まったく理解の出来ない笑顔……。

 

 二人が何も言えないでいると、モーナが格好を崩して、小さく笑みを浮かべた。

 

「ふぅ……すみません、長話を。

 年寄りのこんな暗いだけの話なんて、聞かせるべきじゃなかったですね」

 

「……いえ、私が、聞いた事ですから」

 

 フェルンは、気まずそうに俯いた。

 想像以上に重い話で、気軽に聞いてしまった事に後悔していた。

 モーナという女性の積み重ねた年月の重さに、押し潰されそうだった。

 

 そんなフェルンの様子に、モーナは苦笑を浮かべた。

 既に終わった話に、そこまで悲しんでくれている若さに、内心で頭を下げる。

 そして、話は終わりだと、流れを断ち切るように、パン、と手を合わせた。

 

「さぁ、つまらないお話はおしまいです。

 私の恩()である先生のお話は、これで終わり。

 今日のところは寝てしまいましょう。

 貴女達も、こんな所に長居するべきではありません。

 朝になればすぐにでも……」

 

「……ねぇ」

 

 笑みを浮かべたモーナにフリーレンが口を挟んだ。

 いつもの凪いだ表情のフリーレンに、フェルンは少しだけ眉をひそめる。

 

「どうしました?」

 

 けれど、モーナは何も気にした様子もなく、首を傾げた。

 

「私に復讐しようとか、思わないの?」

 

「貴女を殺せばアリウム先生は帰ってきますか?」

 

 即座に返された言葉に、フリーレンは目をわずかに見開いて、口を閉じた。

 その言葉に対して、返す言葉が何も見つからなかった。

 モーナの瞳は、フリーレンを静かに静かに見つめていた。

 凪いだ、感情の乗らない光のない瞳で。

 

「……それに、アリウム先生は悪人が嫌いでした。

 そして……常々、言っていました。

 自分も悪人であると。いずれ報いを受ける時がくると。

 それを下したのが、貴女だったというだけなんですよ。

 ……恨んでいないと言えば、嘘になりますよ?

 でも……貴女に何かをする気は欠片もありません」

 

 モーナは胸を張って、真っ直ぐフリーレンを見返した。

 フリーレンはその言葉に、変に納得してしまった。

 引っ掛かっていた、魔族の最期の笑顔の理由に。

 けれど同時に……そんな考えに魔族が何故行き着いたのか、そんな疑問が浮かんだ。

 魔族を始末した時の、事前のやり取りが頭に浮かぶ。

 魔族とは思えない程に激情を浮かべた、薄紫の魔族の姿を思い出して……フリーレンは胸の奥がモヤモヤする感覚に襲われていた。

 

「私はこのまま、この命尽きるその時まで、先生の遺志を継いで、子供達が健やかに生きて行けるように尽力していきます。

 アリウム先生に貰ったこの命、先生に恥ずかしくないように、生き抜くつもりです」

 

 堂々としたその態度に、フリーレンは何も言う事が出来ずに俯くしか出来なかった。

 間違いなく、目の前の老婆はフリーレンが魔族を殺した事で苦労していた。

 言葉にした内容だけでも、その元凶に対しての恨み言の一つや二つ、溢してもいいくらいだった。

 しかもこんな廃墟同然な場所で、子供達を五人、老体で世話をするなんて、その苦労は想像仕切れるものではない。

 それでも、モーナは微笑んで、真っ直ぐ生きていくという。

 フリーレンの胸のモヤモヤは、暫く自身を苛み続けていく。

 

「アリウム先生の生きていた証として、私は生き抜きます。

 そして未来へと、アリウム先生の事を連れていくんです。

 それがきっと、私が今も生きている理由なんですよ」

 

 雨音の中、暖かな明かりに照らされ、ただ一人残されたかつての少女は、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝、雨があがっていた事を確認したフリーレンとフェルンの二人は、足早に旅立つ事にした。

 どうしても、居たたまれなかった。

 少しでも早く、ここから離れたかった。

 雨風を凌げた事に感謝を告げ、残る保存食の全てを置いていく形で礼とする事にした。

 せめて、そのくらいしたいという、珍しいフリーレンからの施しであった。

 

「…………ありがとうございます」

 

 困ったように笑って、モーナはそれを受け取った。

 フリーレンの思いを察したのか、子供達を起こす事もなく、モーナは静かに手を振った。

 

「周辺はかなり治安が悪いので、お気をつけて」

 

「モーナ様こそ……どうかお元気で」

 

「じゃあ、ね……」

 

 簡単な挨拶を交わして、フリーレンとフェルンの二人は踵を返した。

 何処か消沈した背中に、モーナは苦笑を溢す。

 

「なんとも、優しい子達でしたね。

 ……どうかその旅路に、幸、多からん事を」

 

 静かに祈りを捧げてから、モーナもまた踵を返す。

 子供達がもうすぐ目を覚ます。

 昨日の残りのパン粥を温め直して……雨水の溜まり具合も確認して……。

 今日これからする事を頭の中で整理しながら、モーナは歩き始める。

 そして、またいつもの日常へと戻っていく。

 辛く、厳しい……穏やかで、平和であって欲しい、そんな日常へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ねぇ、フェルン」

 

「なんですか?フリーレン様」

 

「私は……どうすれば良かったのかな」

 

「そうですね……フリーレン様のした事が間違いだったとは思いませんが……何か、別のやり方が……こうはならなかったやり方が、あったのかもしれませんね」

 

「……そっか…………そう、かもね」

 

 二人は、壊れた時計塔を中心に広がる、荒廃した町を静かに眺めていた。

 フリーレンはかつて訪れた時の賑わいを思い出して、目を細めた。

 変な空気ではあったけど……幾人もの人が行き交っていて、賑わっていた。

 そんな光景が、見る影もない。

 

「これが……私の行動の結果……か」

 

 小さく呟いて、フリーレンは踵を返す。

 胸に巣食う違和感は、モヤモヤは、暫く取れそうになかった。

 

 フリーレンとフェルンは旅を続ける。

 胸に一抹の違和感を、痛みを抱えて。

 蒼月草の花冠を被ったかつての仲間、勇者ヒンメルの銅像を見上げて、フリーレンは口を開いた。

 

「ヒンメルだったら……どうしたんだろう……」

 

 物言わぬ銅像でしかないそれは、何も答える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

IFストーリー「人間と魔族」後日談

 

「平和だった町」―終―

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