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此処は始まりの街アクセル。或いはアクセルの街。地理的に魔王城から最も遠い上に周囲のモンスターも弱い、正真正銘の駆け出し冒険者たちの街である。
国の中でもかなり治安の良い場所でもあるこのアクセルには、なんとあの悪名高きアクシズ教の教会が一つだけある。
そう、あのアクシズ教である。水の女神であるアクアを御神体とする宗教、水の都アルカンレティアを総本山として活動や勧誘を行うカルト集団だ。
そもそもの教義が欲望のままに生きろなどいい加減だったり、主神たるアクアの性格も相まって、幸運を司る女神エリスを御神体とする宗教にして国教―――『エリス教』と比べて人気も信者も非常に少ない。
その上、信者達は皆揃いも揃って奇人変人ばかりであり、基本的に独善的かつ自己中心的な者な為に煙たがられ、魔王軍ですら関わろうとしてない。
世界の脅威として知られ、侵略を続ける魔王軍ですら関わろうとしないという時点で既に危険極まりない。恐ろしい限りである。
話を戻して。そんなアクシズ教の教会が、此処アクセルには一つだけ建てられているのだ。
…建てられているのだが。
結論を言ってしまうと、煙たがられるだとか、無視されるだとか、人っ子一人訪れることがないだとか、そんな事が実は無かったりするのである。
何故なのか? と理由を問われれば、誰もが『不真面目神父だから』と口を揃えて言うだろう。一言一句違わず、イントネーションやらタイミングやら含めて完璧に。
異端のアクシズ教徒。そう呼ばれる神父だ。本人は教義に従っているだけであると述べているが、その後に神父としての単なる言い訳だとしっかり公言している正真正銘の不真面目神父である。
しかし、そんな神父が居るのであれば尚更、人が訪れる事はないのでは? と考えるのが殆どだろうが、その不真面目さこそが故なのだ。
神父なのに酒は飲むし煙草は吸う、そんな不真面目さこそアクセルの冒険者達の興味を惹き、そして共に飲んで吸っての仲を構築したのだ。
ついでに言うと、戦えたりするのも理由の一つである。
「あー…頭痛ぇ」
さて、そんな不真面目神父が住まう教会の中では、その当の本人が机に頭を突伏していた。
机の上には酒瓶とコップ。ついでに多くの煙草が捨てられている灰皿。これだけで、何をしていたのか理解が及ぶというものだ。
簡単な話、二日酔いである。頭痛も気怠さも吐き気も全てそれが原因である。
まぁ、気怠さに関しては、本人がもうずっと前から抱えている自らのやる気の無さな気もしないでもないが。
「そりゃあ、あんなにお酒飲んだんだから頭も痛くなるよ」
「ほんっと、人間の体ってのは不便だわ。二日酔いとか消え去れよマジで…」
二日酔いに苦しむ彼に呆れながら声を掛けるのは、スレンダーな体型と短い銀髪が特徴的な女性。
このアクセルの街で活動している冒険者の一人であり、盗賊の職業に就く冒険者のクリスと言う。彼の友人の一人であり、この教会で愚痴をこぼす人間の一人でもある。
というかバラしてしまえば、人としての女神エリスである。その人というかその神である。
机に置かれた酒と煙草を一瞥して、クリスは大きく溜息を吐いた。
「本当、こんな不摂生な生活してて良いの? せんぱ…じゃなくて、アクア様から天罰下るよ?」
「アクシズ教の教義が一つ、『汝、我慢をする事なかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだから』。アクシズ教の教義が二つ、『汝、何かの事で悩むなら、今を楽しく生きなさい。楽な方へ流されなさい。水のように流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい』」
「深いようで深くない…! 自分の教義の所為で想定していない方向で信者が不真面目になってますよ先輩……!!!」
がくりと肩を落として、此処には居ない自分の先輩―――女神(笑)アクア―――へと女神エリスことクリスは慨嘆の意を込めた。主にその教義と性格に。
今までそれなりにアクシズ教徒を見てきたが、彼はそれまでのアクシズ教徒とは全く異なるというか、一線を画して異端である。
身も蓋もない言い方をすれば、バチクソに不真面目で不敬極まっている。挙げ句の果てには神の悪口まで謂う始末である。
「御神体がこんな教義掲げてるんだ、俺のやってる事に罰は当たらん。つか本当、なんで宗教として成り立ってんだろうな? こんな性格に仕立て上げた生みの神様マジでバカじゃねぇの?」
「わーわー! 本人(神様である)なら兎も角として親(神様である)まで悪く言っちゃダメ! 本当に天罰下っちゃうよ!?」
「天罰下ったら神様の癖して器が小さいですねって煽ってやるよ。ほら、子が子なら親も親ってやつだ」
「いっそ清々しいまでの信仰心の無さ! ねぇ、君なんで教徒になったの!? そんな欠片もない信仰心でどうやって神父務められるの!?」
「教義が教義だし。まぁ単純に入信勧誘が鬱陶しかったからってのもある」
「理由が…いやでも勧誘が酷いのは確かだし、それに腹が立ってるなら仕方ないのかな…?」
「楽が出来るのは良いぞ、周りが頭のネジ二、三本ぐらいぶっ飛んで脳漿撒き散らしてるけど。エリス教に比べればめっちゃ居心地の良いこと。真面目過ぎて退屈だわエリス教」
「人の宗教を学校みたいに言わないでくれます!? 違いますからね!? 宗教っていうのは総じてこういうもので、先輩の宗教がひと際異質なだけですからね!?」
「どっちにしたって、俺からすれば神様らしく都合の良い事しか言ってない集団に変わりねぇけど」
「罵倒の矛先が遂に神様全体に向き始めたっ!」
この男、別のベクトルでやはりアクシズ教徒である。
一応言っておくと、彼は別にアクシズ教徒らしくエリス教を忌み嫌っている訳ではない。嫌がらせをしているつもりもない。
彼は単に神様という存在や概念が自分勝手かつ無駄であると思っているし口にも出しているというだけで、神様に対してヘイトが若干高いだけで、別に憎んでいたりとか嫌っている訳ではないのだ。
本当に、ただ純粋に、馬鹿にしているだけである。
「はぁぁぁぁぁぁ……あー、頭痛え」
「最初に戻ったね…」
「ヒールで酔いって覚めないのかね」
「さぁ、どうなんだろうね? どっちかと言えば状態異常な気がするけど」
「女神のくせして知らねぇのかよ。アンタ本当に国教の主神か? 国教の女神(笑)なのか?」
「そろそろ不敬で本気の天罰下しますよ!?」
「女神エリスともあろう御方が何と慈悲無き事でしょう。嗚呼、この事を信者に告げてしまえば彼らの美しく清き心はどうなってしまうのか…」
「女神を相手に脅しをするとかどれだけ図太いんですか、貴方!?」
「アクシズ教徒だから、で納得しとけ。酒飲む?」
「……の、飲みません! こんな朝からお酒を飲むなんて不摂生ですから!」
「ちょっと迷ったなアンタ」
とまぁ、こんな感じで。
この神父は中々に不敬で不真面目で。
「…腹も減ったし何か作るか。奉納するのでそれで許してもらえません?」
「……今回だけですよ。決して、貴方の料理が美味しいから許すのではありませんよ、不真面目な貴方が奉納するなんて珍しいから仕方なくですね…」
「はいはい不真面目不真面目。なんかリクエストあります?」
「では、卵は甘めで」
「女神エリスの御心の侭に」
「不真面目でも、浮気はいけませんからね! 改宗するなら、話は別ですけど」
「浮気も改宗もせんわ。一途なロマンチストだっつーの笑ってみろ」
「どういう反論!?」
そしてなんだかんだ、人付き合いが良くて信頼されている。そんな神父なのである。