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デストロイヤーを迎撃してから、かなりの日が経って季節も冬となり、遂に十二月に突入である。
雪も降り始め、寒さでぶるりと体を震わせる冷たい風が吹き始めた今日この頃。
冒険者でもないのにデストロイヤー迎撃戦に参加し、貰える筈ではなかった報酬がまたもや王族の手違いで手に入ってしまったお陰で、自分の部屋の半分がベルディアとデストロイヤーの報酬で埋まりつつある事に悩む者が居た。
そう、我らの不真面目神父である。
知っての通り、この神父は大変不真面目である。アクシズ教徒であるという点を認知していたとしても、かなり不真面目である。
神父であるにも関わらず飲酒も喫煙も日常茶飯事という時点で既にダメだ。
しかし腹が立つ事に、この神父は不真面目ではあるが無能でも無力でもなく、寧ろ有能かつ実力が有る男だ。
故に大金をがっぽがっぽと稼いだ訳なのだが、けれど神父は別にこれ程までの大金を欲していた訳ではない。
決して不要だった訳ではないが、かと言ってがめつい訳でもない。
そう、この不真面目神父、相談料として金は取るし飲酒も喫煙も日課なのだが、別に守銭奴な訳ではないのだ。
ちょっと豊かに暮らせる程度あれば十分。高望みはしないし、有り過ぎても逆に困るだけだと言って、実家や故郷に送っていたりする。
ちなみに、彼はアクシズ教徒だが故郷はアルカンレティアではなく王都である。彼がアルカンレティアに住み始めたのは、王都で魔神と呼ばれる悪魔を殺して直ぐの事だ。
「おや、これはこれは…へいらっしゃい!」
「あ?」
そんな彼は、普通のポーション欲しさにウィズの魔道具店に来たのだが。
そこで、思わぬ邂逅を果たした。
悪魔。デーモン。即ち敵である。
それは宗教の文化に必ずと言っていい程に存在する悪しき超常的存在。悪を象徴とする超越的存在の事である。
人を拐かし、誑かし、唆し、惑わす存在。神々に敵対する種族として、この世界には存在している。
人間の悪感情―――絶望や失意といった、そういった決して良いものではない感情を糧として生きており、彼らには寿命がない。悪感情という食事さえあれば、それだけで彼らは永遠に生きられるのだ。
下級のものは基本的に人を襲うが、彼らには上級のものが存在し、それらは等しく知能が高く、会話も可能だ。国の一つや二つくらい滅ぼすなら容易な程の強さを誇る者も居る。
例えば、最も悪魔らしい上級悪魔と言えばマクスウェルだろう。
異名を“辻褄合わせのマクスウェル”、“真実を捻じ曲げる者”、“真理を捻じ曲げる惡魔”など。地獄に存在する悪魔の中でも極めて高い実力を持ち、『地獄の公爵』と呼ばれる悪魔の一体。即ち大悪魔。
その異名の通り、このマクスウェルという悪魔は『人間の記憶や認識を改竄する能力』を有している。詳細は語られていないが、おそらく因果律に干渉して『これはこういう事』、『これは既にやった事』と記憶と認識を捻じ曲げているのだろう。
それはそれとして、そんなあまりにも逸脱した力を持つマクスウェルが糧とする悪感情は、『絶望や恐怖』である。
最もシンプルで、最も悪辣な代価だ。この悪魔と契約すれば、悪魔の能力を行使する度に代価として絶望と恐怖に類する悪感情を与え続けなけらばならないのだ。
悪魔の中でも、これ程までに悪魔らしい悪魔は居ないだろう。かなりえげつない悪感情を好むが、しかしそれこそ悪魔の由縁と言うやつである。
だが、悪魔が好む悪感情は決して同じではない。千差万別だ。個々の悪魔によって好む感情は異なるのだ。
それ故に、中には人間に実害を与える事なく悪感情を摂取する悪魔も存在しており、そしてそれこそが魔王軍の幹部の一人、“見通す悪魔”の異名を持つバニルである。
そして、そのバニルが、魔道具店の扉を開けて入店した神父の目の前に立つ仮面を付けた男なのだ。
「―――」
それは、まさしく刹那と呼ぶに相応しい速度だった。或いは、神速と称えても良いだろう。
邂逅して、僅か0.1秒。
神父は悪魔を目に映した瞬間に右腰に掛けたホルスターに納めた銃の柄を掴み、引く様にして抜いて顔面へと狙いを定めた。
「ちょ、神父様!?」
「ほう…吾輩の目にも止まらぬとは。やはりか」
「……『公爵』か。弱体化してるが、“七大悪魔”の第一席か二席辺りだろ」
「速い上に鋭いか。そして見通せぬ。フハハハ!!!! なるほど、これが名高きアクセルの不真面目神父か!」
高らかな笑い声を上げて、悪魔は礼をする。
にやりと笑って、人間に挨拶を。
「初めまして、アクセルの不真面目神父よ! 慧眼の通り、吾輩はバニル! 元魔王軍の幹部にして地獄の公爵、七大悪魔の第一席! 今はこのポンコツ店主の店のアルバイトである!」
「あの、これは違うんです! いえ、悪魔なのはそうなんですけど、バニルさんは決して悪い悪魔ではなくて…!」
「かなり悪魔を見てきたが、俺は今の今まで良い悪魔を見てきた事はない。そもそも人間の悪感情を好む存在に良い要素が存在するか」
「実に御尤もであるな。吾輩にとって人間は美味しいご飯製造機でしかない故」
「なんでバニルさんがそっちに同調しちゃうんですか!? 私必死で庇ってるのに!」
「はぁー、これだから汝はポンコツ店主なのだ。そもそも此奴は最初から吾輩を撃つ気などない」
「え?」
呆れた様に首を振る悪魔に、チッと舌打ちをする神父。
ウィズの本当ですか? という問いに、神父はあぁ、残念ながら間違ってねぇよ。と粗暴に返した。
「カズマ達から事前に聞いてたからな。特にアクア様がぶつくさ言ってたし。会話が出来る時点で上級くらいなのは理解してたが、まさか公爵だとは思ってなかった」
「な、なるほど…それで咄嗟に銃を抜いてしまったんですね?」
「いや悪魔を見ると無意識で殺っちまいそうになるだけだ」
「無意識レベルで染み付いてる!?」
「必然である。何せ初めて対峙した悪魔がアレなのだからな」
「あぁ、アレだ。やっぱ知ってるのか」
無論だ、とバニルは頷く。
王都に召喚された一体の悪魔。“魔神”と呼ばれた最古にして最凶の悪魔であり、ただ一人の人間に敗れた者。
「アレは―――あの御方は、かつて地獄を統べた王。我ら“七大悪魔”をたった一人で統率した唯一無二の存在だ。吾輩もすぐに諦めた、強さの次元が全く異なるのでな」
「地獄の王だったのかよ。なのに一人の冒険者に喚び出されたのか? 暇かよ」
「実際問題、暇だったのだろうよ。もう何億年もの間、神々と争い続けては終わらぬ戦いに身を置いていたからな。しかも途中からは己と寸分違わぬ分身を戦わせて、自分一人でのんびり読書にティータイムだ」
「適当だな。いや、それが出来るくらいヤバかったと言うべきか…」
「後者の方が正しい意見だ、不真面目神父よ。あの御方は悪魔でありながら神格を持っていたのだ。悪魔のままで敵わぬならば、並んでしまえば良いとな」
「バカだろ。普通なら悪魔のまま神になりますなんざ考えねぇだろ」
「というか、悪魔なのに神になるなんて出来るんですか?」
「あの御方は為した、ならば出来るのだろう。我々はそれを知らんがな。そもそも、あの御方は何もかもが異次元なのだ。全知の力しか持たぬ筈なのに全能を為すなど、常識外れも良い所だ」
「全知の力で、全能…?」
思い出して頭痛がしてきた…と頭を抱えたバニル。ウィズはバニルの言葉の意味をよく理解出来ず、こてんと首を傾げた。
神父もそれは知らなかった。知る由もなかった。なんせ、その力の一端すら見させずに撃ち抜いたのだから。
バニルは頭を抱えたまま語り出す。
「『この世界に存在する、ありとあらゆる全てを認識する』―――それがあの御方の能力だった。あの御方は生を受けたその瞬間から、世界の真理を認識していたのだ」
「なっ…!」
「へぇ、そりゃスゲェや」
「存在しないものは認識出来ないという弱点はあったが、こんなものは弱点にもならん。世界に在るというそれだけで、あの御方の認識の範囲内だ。あの御方は常に誕生する全ての存在を認識していた。生物も、事象も、一切の例外はない」
「で、では、それがどう全能に繋がるんです?」
「I know everything, so I can do anything―――全てを識っているが故に全てを為す。あの御方がよく口ずさんでいた」
全知。それは文字通り、全てを知っている事。
かの悪魔は、生まれ落ちた瞬間から、当時の世界に存在する全てを認識していた。神々の事も悪魔の事も、それら全ての隅から隅までを認識し、理解していた。
全てを識っている。それは即ち、自分が何をすれば何が起こるのか、自分がどう動けば何がどうなるのか、それさらも識っているという事だ。
こう動けばこんな動きが出来る、こう工夫すればこんな成果を出す、そういった行動の探求すら悪魔には不要だった。
故に、全能だった。あらゆる全てを識っているが故に、あらゆる全てを達成する事が出来た。
知識も技も、何もかもが悪魔の手中にあったのだから。それを全知と言わず、全能と言わずに何と言う。
「凄まじいですね…でも、神父様はそんな悪魔を倒したんですよね? とても凄いじゃないですか!」
「さぁな。話を聞けば聞く程、なんで殺せたのか分からん」
「その通りである。
見通せぬので聞くが、どう殺ったのだ? まさかその銃とやらだけで殺った訳ではあるまい?」
「まぁな。ジジイ―――俺の祖父が使ってたエンチャントの理論を使ったエンチャントを愛銃に掛けてたんだよ」
『
彼の祖父が独学で創り上げた、〇〇と言えば〇〇という日本人のイメージがこの世界で精霊を創り出す法則を利用した、特定のものを触媒に伝承を溶け込ませる技術による神父オリジナルのエンチャント。
愛銃であるM1911に付与されているそれは、祖父から聞かされた『コルトが造ったリボルバーは悪魔に特攻を持つ』という話を触媒とし、神父が『コルトに連なる武器全てがその逸話の影響を受ける』と無理矢理に曲解した、悪魔への絶対的殺害権である。
悪魔に連なる邪悪な存在であれば、問答無用で悪魔の存在そのものに干渉して撃ち抜く絶技だ。
「独自の伝承魔法!? す、凄いです! そんなの、歴史を見ても未だ出来ていない神秘じゃないですか! 神話として語り継がれても良いくらいです!」
「それは御免だな。祭り上げられるのも讃えられるのも性に合わん、俺は俺の自由に生きるだけだ」
面倒くさそうに溜め息を吐く。
讃えられる名誉など不要。
そもそも神父は英雄など真っ平御免なのだ。そもそも英雄も聖人も嫌いなのだから、そんなものになるなど言語道断である。
自分の意思で、自分の思うがままに生きて、自分のやり方で動き、くたばる。それが神父の在り方だ。
アクシズ教徒らしく、自分のやりたい事をやるだけだ。
ふっ、とバニルは嗤った。
「さて! 話が長くなったが御客様、今回は何をお買い求めで?」
「普通のポーションを買いに来たんだ。あるか?」
「ありますよ。丁度新しく仕入れたんです!」
「じゃ全部くれ」
「はい! 全部ですね!って―――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「偶に怪我人が運ばれてくんだけどよ、一々ヒールすんの面倒なんだわ。だからポーションやって帰らせたい」
澄ました顔でなんつー事を言い放つんだ。
不真面目にも磨きが掛かっている。
「神父様なのにそれで良いんですか!?」
「不真面目なんでな。で、どうなんだバイト悪魔」
「合点承知! ほら早く動けポンコツ店主! 御客様のお陰で大きな稼ぎが手に入ったぞ! ところで御客様、こちら『どんな傷も癒やす代わりに回復した傷の分だけ痛みが走る』ポーションなのだが、如何かな?」
「おぉ、そりゃ良いな。ダスト辺りに渡してやるか。それも全部くれ、知り合いに運ぶ様に連絡しておく」
「お買い上げありがとうございます! 今日だけで9000万エリスの利益が手に入ったぞ! フハハハ!!!!!」
「結構高いな。払えるけど」
「例のポーションは大量生産したポーションに別の鎮痛薬の材料が事故で入ってしまった結果の産物でな。にも関わらず品質は良いまま保たれ、流れ流れてポンコツ店主が買い取ったのだ。お陰で赤字が出た」
「もはや天才だろアイツ」
「吾輩もあそこまで商才が無いのは初めてである」
ウィズが品物を揃えるまで、神父とバニルはウィズの商才の無さや新商品について色々と話し合ったのだった。
それから十数分くらいが経った後、品物を揃い終えたウィズは戻ってきてボロクソ言われた。
神父に後で業者を寄越すと伝えて、帰宅する事にした。
「改めて、お買い上げありがとうございました! これからも是非ともご愛顧よろしくお願い致します!」
「さらばだ、不真面目神父! どうぞ次のご来店を心待ちにしております!」
「はいはい。じゃあな」
ひらひらと手を振って、扉を開こうとした直後、
「おぉ、そうだったそうだった。御客様に伝え忘れていた事があった」
バニルから声が掛かった。
神父は振り返らず「なんだ?」と言った。
バニルは笑った。嗤った。嗤っていた。
悪辣に、邪悪に、凶悪に、嗤っていた。
「あの御方は―――“全知全能のラプラス”は、姿を変えて生きているぞ。悪魔としてではなく―――
一分、二分、三分、四分、五分。
時間が経過していく。けれど、まるで時が止まったかの様に神父は動かなかった。
やがて――――――
「……………………………そうかよ」
それだけ言って、神父は去って行った。
掌から、まるでナイフで切られたかの様な量の血を流しながら。
おやおや、八話のラストと後書きから『人畜無害なバニルさんが神父を良い具合に煽り散らかすんだろうなー』と思っていた読者様ではないか!
だが残念、衝撃の事実を伝えただけで吾輩煽りませんでした! まぁ殆ど煽ったも同然ではあるがな!
フハハハ!!!! 良い、実に良い悪感情、大変ご馳走である!