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その日、神父の教会は重苦しい雰囲気に包まれていた。
入って来たら躊躇なく撃ち殺される―――そんな物騒で物々しい雰囲気に包まれた教会には、誰一人として訪れていない。それどころか、近付いてすらいない。
それも当然だ。何故なら殺したと思っていた相手が―――魔神と呼ばれる悪魔ラプラスが、姿を変えて生きていると悪魔に伝えられたのだから。
神父が悪魔にここまで感情を乱されたのは、これが初めてだろう。
“全知全能のラプラス”の生存報告。悪魔としてのラプラスは神父の手によって殺害されたが、けれど神としてラプラスは
神格の保有。そんな事実を聞かされた時から、神父の胸の内には既に嫌な予感があった。神父にしては珍しく、信じたくはないと思った現実だった。
けれど、現実は非常であり、悪魔とは無情である。見通す悪魔は喜々としながら現実を突き付けた。
明らかラプラスは死んでいる前提で話し、神父にしっかり死んでいるんだなという認識を与えてからの生存報告。
ある意味で、バニルに完全に騙された彼の悔しさや怒りの悪感情はさぞかし美味だったことだろう。
「あぁぁぁぁぁぁ―――――――――ほんっとクソ」
悔しさ。憤り。そういったものがごちゃごちゃに混ざった、文字通り複雑な内心の神父は天を仰いでそう言った。
騙された悔しさもあるが、それ以上に仕留め切れていたと思い込んでいた自分への詰めの甘さへの憤りが何よりも大きい。
さらに腹立たしいのは、その事実がスンと入ってきて、簡単に納得する事が出来てしまったという事だ。
なるほどなぁ、そりゃそうだわ。生きてるよなー。こんな感じで、納得してしまったのだ。
バニルから話を聞けば聞く程に、何故殺す事が出来たのかが疑問で仕方なかった。だが、その疑問をバニル自身が告げた事実によって解決する事が出来た。
確証はない。けれど、長い時を生きた悪魔であるバニルが破滅願望を望む様に、ラプラスにも何かしらの望みがあった筈だ。
考え得る限り、あり得るのは―――全知の拒絶。
生まれ落ちた瞬間から、この世界のあらゆる全ての存在を認識する事が出来る悪魔は、自らに枷られた『未知を未知のままにする事が出来ない』という現実に嫌気を差した、或いは全知全能自体に鬱を感じていたのかもしれない。
故に、わざと討たれたのではないか。神父はそう考え、そして腹立たしく思う。
要するに、最初から全て掌の上で踊らされてただけじゃねぇか巫山戯んな―――と。
「ここまで気が悪いのは生まれて初めてかもだ。悪魔の癖して神になるとか巫山戯んなよ……あー、本当に腹が立つ。酒を幾ら飲もうが治まる気がしねぇ…」
全く以てその通りである。
何せ、既に床には十本もの空いた酒瓶が転がっているのだ。机の上は灰皿から完全に溢れている煙草の吸い殻で形容し難い程に汚れ切っている。
にも関わらず、結界のお陰で教会の中は清潔を保たれているし、空気も澱んでいない。神父の服も体も澄んだ匂いだ。
今となっては、この一時的な現実逃避すら出来ない教会を忌々しくすら思ってしまう。
「……思えば、王都に居た時もアクセルに来てからも、俺って一度も休んだ事ねぇんだよな。面倒事が嫌いな癖して、律儀に仕事をしてきた訳か。いつから俺は
思い返して、嘲笑する。
神父は今の今まで、一度も休んだ事はない。神父をする前も、神父になった後も、今も、一度足りとも休んだ事がないのだ。
何の言い訳もしようがないオーバーワークだ。オーバーワーク以外の何ものでもありはしない。
にも関わらず、神父の精神は決して削れていないというのはもはやある意味で恐怖すら感じてしまう。どうなってるんだコイツは。
どうしたものかと、神父は頭を抱えた。
「休む事に抵抗はないが…休んだとして、何すりゃ良いんだ?」
休む事など分からない神父にとって、休日の過ごし方など分からなかった。考えようもなかったのだ。
酒に溺れるか、煙草を吸いまくるか。思い付くのはこれらだけで、それ以外の事はどうにも考えつかなかった。
ワーカーホリックにも程がある。これは完璧に休ませなければならないだろう。
ワーカーホリックに苦しむ、そんな信徒の状況を察知したのか――――――
「ならあたしの屋敷に来ると良いわ! 貴方、基本的に人の家上がらないでしょ? 偶には良いと思うの!」
「名案だと俺も思うんだけど、別にお前の屋敷じゃないからな? 買ったの俺だからな?」
「いいえ、ここは私と一緒に爆裂魔法の探究に行きましょう! 同じ爆裂魔法使いとして負ける訳にはいきません! 別に、美味しい所をデストロイヤーで持っていかれたとか気にしてる訳ではありませんよ!?」
「ストレスが溜まっているなら、わ、私にアレを撃ち込むのはどうだろう!? 天高く飛び上がるあの鉄塊が私に……あぁ、想像しただけで顔が綻んでしまう…!」
主神とその連れが、重苦しい雰囲気を破壊して教会へと訪れた。
少し呆気に取られて、はぁ…と溜め息を吐いた。だが、その溜め息はどこか軽い様に見えた。
「一難去ってまた一難、か。ブレッシングは掛けた筈だったんだが…ったく。だが、ありがたい申し出だ。喜んで受けさせてもらうとしようかね」
苦笑して、神父は立ち上がった。
どこか空気が軽くなって、和らいだ。重りが取り除かれた様に、体と心が軽くなる。
こりゃ凄いな、と神父は内心で感心した。一種の才能だな、ここまで人の心を和らげるか。
二つ返事の言葉に、主神アクアは満面の笑顔で答えた。
「決まりね! じゃ、早速行きましょ! 今日は宴よー!」
「ちょっと前に騒いだばっかだろうが! そもそも食材だって…」
「なら行く前に買い足しましょう。私達の屋敷に知人を招くのってわりと初めてですし、パーティーをするのは悪くない考えだと思いますよ」
「私もそう思うぞ。この神父にはよく世話になっているからな、恩返しも含めてパーティーをするのは良い提案だ」
「うーん…そう言われると、確かにそうだな。……神父さんに助けてもらった数と神父さんにお返しした数が、あまりにも割に合ってない」
「別に恩返ししてほしくて助言してる訳じゃねぇんだ、深く考えるな。適当に買って適当にパーっとやりゃ良いんだよ。俺が作っても良いがな」
「神父さん自炊してんの?」
「おう。極偶に俺の飯食う為だけに来る奴も居るぞ、鉛玉食わせて帰らしてるが」
「怖すぎんだろ…」
そんなこんなで、神父の休日はカズマ達のパーティと過ごす事になるのだった。
休日を過ごすならば、彼ら以上に相応しい存在はないだろう。