アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

14 / 53
第十二話「ぼっち・ざ・まじっく」

 

■  ■

「た、たのもー!」

 

 暖かな陽射しに照らされるアクセルの街。

 其処にあるアクシズ教の教会の扉が、バンッ! と、音を轟かせて勢いよく開かれた。

 現在時刻、午前9時05分。カフェといったお店も開店していない様な時刻に、その少女は教会へと訪れた。

 肩まで届く長い髪を綺麗な赤いリボンで二つに結んで垂らし、胸元を大胆に晒した格好の少女―――紅魔族のアークウィザード、ゆんゆんである。

 彼女の格好は実に寒そうである。

 これが普通の人間であれば、優しい言葉と雰囲気、おもてなしの精神で接するのだろうが、

 

「おい…朝からうるせぇぞ」

「ひぃっ! す、すみません!」

 

 生憎と、この神父にはそういう気遣いが皆無なのでそんな事はないのである。

 バゴッ! と、自らの教会にある自室の扉を力強く蹴り破り、鋭い目付きで少女を射抜きながら愛銃のガバメントを構えてのご登場である。

 明らか見た目は犯罪者のそれである。だが、一応格好は神父服なのでセーフだろう。自室でも神父服なのは如何なものだろうという疑問は受け付けない。

 少女は先程までの勢いは何処へやら、びくりと肩を大きく震わせて涙目になって腰が引け始めた。完全にビビってしまっている様だ、無理もない。

 朝からそんな犯罪者同然の男から低い声色と鋭い目付きで銃を突き付けられたら誰だってビビるというものだ。

 

「ったく…朝っぱらから騒がしく来やがって。なんだ、道場破りってやつか? だとしたら丁度良かったな、俺は今非常に機嫌が悪いんだ。脳天撃ち抜いてやるよ、あぁ?」

「ひぃぃぃ!? す、すすすすすすみません! そうですよねこんな朝早くから迷惑でしたよねごめんなさい本当にごめんなさい」

「うるせぇ、早口で喋んな。人が聞き取れる様にゆっくり喋れ」

「いきなり正論を突き付けられた…!?」

「会話の常識だろ。早口で捲し立てられようが、その内容を相手が聞き取れてなかったら二度手間になるだろうが。だからゆっくり喋れ」

「は、はい」

「そんなんじゃ友達出来ねぇぞ」

「ぐはっ!?」

「あー…こりゃ図星だな」

 

 神父の発言がグサリと突き刺さり、膝から崩れ落ちるゆんゆん。悲壮感漂うその姿に、神父も僅かではあるが溜飲が下がった。 

 寂しい背中だ。さっきの反応から察するにかなり気が弱いのだろう。考察するまでもなく、彼女はコミュ障だと神父は断定した。

 

「お前友達居ねぇのか?」

「い、居ますよ! 友達の一人や二人くらい…い、居ます……よ?」

「にしては自信無さげじゃねぇか」

「うっ…」

「お前あれだろ、自分の誕生日に友達誘おうにも迷惑かもしれないとか考えて行動に移せないタイプの面倒くさい奴だ」

「なっ…!? な、なんで分かったんですか!?」

「Jesusマジかよ……」

 

 神父は久しく、悩み事に頭を抱えて天を仰いだ。

 これは面倒だ、本当に面倒なコミュ障だ。改善させるのが凄まじく難しい相手である。

 勇気を持つ、やら、行動力を身に付けろ、やらの相談は本当に面倒だ。なんせ助言で相手を完璧に自信を付けさせなければそもそも成立しないのだから。

 お前なら大丈夫、友達なら受け入れてくれる、そういった言葉を織り交ぜながら自信が付けられる様な助言を的確にしなければならない。これが神父には凄まじく面倒なのだ。

 ぶっちゃけて言うならば、「腰抜けが。自分で決めやがれ」と十三文字で片付けたい事この上ないのである。

 と、神父はここでふと気付く。この少女はいったい何の用で来たのかを言っていない、と。

 教会に訪れる者なら相談だろ、と思う人も居るだろう。それは実に妥当な判断だが、事この神父の居る教会に至ってはその限りではない。

 神父は非常に腕が立つ。故に、本当に極稀に、冒険者ではない筈の神父に依頼を頼む者が何人か現れる事があるのだ。

 

「…何の用で此処に来たんだ、お前?」

「あ、そ、そうでした! えっと…こ、こほん! 我が名はゆんゆん! 爆裂魔法の使い手めぐみんのライバルにして、いつか紅魔族の長となる者!」

「水の都アルカンレティアを総本山とし、あらゆる生命(いのち)の根源たる水を司りし大いなる女神アクア様を御神体とするアクシズ教徒が一人、洗礼の名をインベルと言う。右手には黒鉄を握り締め、悪なるモノに断罪を。左手には聖書を携え、あらゆる者に救済を与える役目を担う者である。……これで満足か?」

「あ、ありがとうございます…! すみません、わざわざ付き合っていただいて……。正直、冷たい反応されるかと思いました…」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ゆんゆんはぺこりと頭を下げた。

 ゆんゆんは紅魔族の中でも非常に珍しい、というか唯一の常識人である。紅魔族特有の挨拶や言い回しを恥ずかしいと感じる事の出来る一般的な感性の持ち主なのだ。

 なので、彼女にしてみれば紅魔族の中では当たり前の挨拶も大変恥ずかしくおかしいものであり、事実としてだいたいこの挨拶をすると冷やかしに思われてしまう。

 

「紅魔族の挨拶は既に経験済みだからな。お前もよく知る爆裂魔法の小娘だ」

「めぐみんがすみません…ハッ! そ、そうじゃなくて! えっと、その…けっ、決闘を貴方に申し込みます!」

「そうか。そりゃ手っ取り早い、さっさと終わらせてやるよ」

 

 下ろした銃口を再び向ける。その行動に至るまでに要した時間、僅か1秒である。恐ろしく速い判断だ、即断即決の権化と言えるだろう。

 何度も言うが、彼は神父である。悩みを聞き、助言を与え、天啓を賜り動く役職である。が、この神父にはそういう一般的なアレは存在しない。

 楽が好きなのだ。故に、手っ取り早く終わるのであればそれに越した事はないので、大人げなく平気で不意打ちもやってくる。

 

「あっ、いえっ、その、ぼ、暴力はいけないとおまいましゅ!」

「決闘申し込んだのお前だろ」

「た、確かに決闘は申し込みましたけど! で、でも、殺し合いがしたい訳じゃありませんっ!」

「じゃあ何がしてぇんだよ…。競争でもしてぇのか?」

「そ、そうです! 競争、競争です! 丁度冬ですし、雪精の数で!」

「じゃ嫌だわ。外寒いし」

「そ、そんなぁ!?」

「つかよ、そんな格好で行くつもりなのか? 寒いだろ」

 

 胸元を大胆に曝け出し、艷やかで肉付いた太腿を輝かせるミニスカート。冬にする格好でないのは確かだ。

 改めてそれを指摘されると、ゆんゆんは再び顔を真っ赤にし、すぐにガタガタと震え始めた。今になって寒く感じたらしい。

 そこまで真剣だったのか、と神父は呆れ果てた。

 

「…はぁ。さっさと扉閉めろ、俺も寒くなってきた。因縁付けて来た理由も含めて色々聞いてやる」

「えっ…い、いいんですか?」

「2回も言わねぇぞ。早くしろ」

「は、はいっ!」

 

 言われるがまま、ガチャンッ! と、大きな音を立てて扉を閉める。ついてこいと言われたゆんゆんは、大人しく神父の背中を追って付いて行った。

 ぱちぱち…と、薪が焼ける音が響く暖炉が其処にはあった。御神体の像が建てられている土台の下には、暖炉が設計されていたのだ。

 傍から見れば神を火炙りにしている様にしか見えないのは御愛嬌である。

 いつもの机と椅子がある場所は、丁度暖炉が当たる様になっている。こういう冬の時の為の位置なのだ。

 その椅子に座る様に促すと、神父はゆんゆんを置いて自室へと入って行った。

 そこから、一分、二分、三分……と、時間は過ぎていく。

 薪が燃える音が静かに鳴る場所に独り座り続けるゆんゆんは非常に気不味く、そして大変不安になっていた。

 

(ぜ、全然来ない…もしかして、逃げられちゃった? でも、そうだよね……やっぱり、こんな変な私なんかの相手、してくれないよね…)

 

 不安に駆られ過ぎて、もはや自己嫌悪に陥り始めていた。早すぎる、まだ数分しか経っていないというのに。

 ぶつぶつ、ぶつぶつと項垂れて言い始めたゆんゆんだが、

 

「本当に面倒くせぇな、お前」

「あたっ!?」

 

 ストンっ、と脳天に降ろされた手刀によってそれは止まった。

 驚いて顔を上げると、右手に湯気が漂うマグカップを持った神父が居た。左手は刀を象っていた。

 椅子に腰を降ろし、右手に持ったコップをゆんゆんの方へと差し出す。

 

「あの、これは…?」

「お前のだ。ガキでも飲める様にココアにしてやったんだ、感謝しろ」

「あ、ありがとうございます。でも、それじゃあ貴方の分が…」

「俺は煙草を吸うから良い。これだけで十分に暖まる」

 

 懐から取り出した箱から一本を取り出して咥え、マッチで火を点ける。

 はぁ―――と、真上に向かって吐き出される濁った白煙。しかし不快な臭いは一切なく、それどころか吐き出された煙は忽ち浄化されて無くなった。

 

「す、すごい…! どうやったんですか!?」

「浄化作用の結界が張ってあるからな。そのお陰で、この教会は新鮮な空気を保ち続けられる」

「そんな魔法があるんですか? 初めて知りました」

「うちの駄女神は浄化に関しては超一流だからな。上げ底エリスよりも役に立つ」

「駄女神って言った!? 自分が信仰する神様の事を駄女神って言いましたよね!?」

「事実だからな。酒飲んで酔っぱらうわ、カエルに食べられて泣くわ、借金を抱えるわ…もはや女神の威厳なんざ何処にもありゃしねぇ」

「ほ、本当にアクシズ教の人なんですか? 私が知ってるアクシズ教の人達は似ても似つかないというか…」

「異端のアクシズ教徒とか言われてるからな、俺は。アクシズ教に入ったのは教義が楽なのと入信勧誘の断りが面倒だったからだ」

「そんな理由でアクシズ教に入ったんですか!? アクシズ教っていうだけで色んな人から腫れ物扱いされるのに!?」

「腫れ物扱いぐらいが丁度良かったんだよ。まぁ、結果としちゃアクセルの住民の殆どに利用される教会の神父になっちまったけどな。俺はただ酒と煙草を味わえればそれで良かったんだが…お陰で面倒事によく巻き込まれる」

 

 溜め息が止まらない神父に、はぁ…とゆんゆんは若干困惑していた。

 彼女が知るアクシズ教の人間は、揃いも揃って狂人ばかりだ。独善的な面が目立つ者たちばかりだった筈なのだが、しかし目の前の男はそうではない。

 酷く冷静で、落ち着いている。入信勧誘もしなければ、石鹸を売る事もない。神父であるにも関わらず煙草を吸い、酒も飲んでいると聞いてはいたが、まさしくその通りだ。

 アクシズの不真面目神父―――その名は王都にまで広がっており、かつて王都に訪れた際にもちょくちょくその名前は聞いていた。

 不真面目だがとても有能で、アクセルに住む殆どが彼の助言を受けた身であると。そして、彼の助言を受けた冒険者はその殆どが素晴らしい結果を残している、と。

 

「ふぅ…。それで、なんで因縁を付けてきた? 理由に依っては撃ち抜くが」

「ひぃ…」

 

 拝啓、お父さん、お母さん。

 私はもしかしたら、今日死ぬかもしれません。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。