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今日は良い天気だ。
空は青く、雲は少なく、日は暖かい。
2月に入ったが雪は降らず、平和の気分のままピクニックにでも出掛けたくなる様な良い天気だ。
そんな日の下、舗装なんてされている訳もない野の道を、カズマ一行を乗せた馬車が走っていた。
「すみません、神父さん。席を譲っていただいて…」
「道中太陽の光で焼かれちゃ面倒だからな。それに、アンデッドのお前をアクア様の隣に座らせる訳にはいかん」
カズマ、めぐみん、ダクネス、ウィズ。この四人は馬車の椅子に腰を降ろしているが、神父とアクアは馬車の積み荷部分に腰を降ろしていた。
ついでに言えば、アクアは神父の膝の上に乗っていた。体勢的に不味いのではと考えるものもいるだろうが、ご安心なされよ。
これがゼスタやセシリーであればいざ知らず、この神父に限っては皆々様が考える様ないかがわしい事など何一つとして存在しない。
皆無であり絶無である。
世界に絶対はないと言うけれども、絶対はないという絶対もまたないのだ。
「ていうか、神父さんのそれは大丈夫なの? 体勢的に」
「ご心配なく。これでも私はアクア様の信仰者ですから、我が主を積み荷の席に座らせる無礼など出来ますまい」
「相変わらず気持ち悪いですね、その神父口調…作り笑いの筈なのに純粋な慈悲溢れる笑みにしか感じない笑顔が見えないだけマシですが」
「公私を分けられないガキにゃあ分からんだろうな」
「あぁ!?」
「ちょっとー、あんま揺らさないでよ。あたし落ちちゃうんですけどー」
身を乗り出しためぐみんの顔面を、神父は右手で容赦なく掴んで止める。
うぎぎと声が漏れながらバタバタと暴れるが、神父が指に力を込めた瞬間に悲鳴が上がり、暴動は収まった。
恐ろしきアイアンクローである。カズマは顔を青くし、ダクネスは恍惚として羨ましそうに見詰めていた。
足をぶらぶらとさせながら、振り向きもせずに苦言を呈すアクアだが、神父は知らん顔である。
「乗せてやってるだけ感謝してほしいもんだがね。突き落としてやろうか」
「ちょ、本当に突き落とさないでよ!? 反対、暴力はんたーい! あたし女神なんですけどー!」
「天使だけ堕ちて神が墜ちないなんて道理はない」
「不穏な発言止めて!? カズマさーん! めぐみんー! ダクネス! ウィズ! 助けてー、あたし落とされるー!」
「俺は一向に構わん」
「代わりに私を落としてくれ!」
「そもそもなんで乗せてるんですか」
「神父さん! 本当に落とさないでくださいよ!?」
片やどうぞ落としてくれと言い放ち、片や代わりに私をと身を乗り出し、片や今更なツッコミをし、片や本気で心配するアンデッド。
自分の神を落とそうとする神父と、自分の信者に落とされそうになっている女神。これもうわかんねぇな。
「積み荷の部分は狭いんだよ。俺とアクア様が並んだら確実にアクア様が落ちる。だから乗せてんだよ」
「わりと座り心地良いのよね」
「へ、へぇー…」
「カズマとウィズは論外、爆裂娘は堪え性がない」
「な、なにおう!?」
「まぁ、私はアンデッドですし…」
「おい、堪え性がないとはどういう事か説明してもらおうじゃないか」
「文字通りだ。とはいえ流石に積み荷に座り続けるのも乗せ続けるのも面倒だ、後で代われ」
「私は嫌です」
「安心しろ、お前の器が狭い事ぐらい知ってる」
「良いですよ、ええどうぞ! 私は器が広いので、とても広いので! 慈悲深く貴方に席を譲ってあげようじゃありませんか!」
(チョロいなコイツ…)
めぐみんのチョロさに、自分で言いながら少し困惑する神父。これではすぐに騙されそうだ、嫌な輩に詐欺られてしまうだろうと確信した。
カズマに目で訴える。コイツの手綱しっかり握っとけよ? と。
カズマもそれに答える。握れたら苦労してない、と。
先が思いやられる。こんなんで本当に大丈夫だろうか? と。
そう思った瞬間、遠くから多数の足音が重なった様な雑音を神父は拾った。
「アクア様、少し失礼をば」
「へ? いきなりどうし、」
言い切る前に、神父はアクアを抱えてダクネスの方へと追いやり、懐からスコープを取り出して足音がした方を目視する。
ドドドッッ!!!! と、大多数のモンスター達が全速力で道を疾走していた。
「チッ…モンスターの群れだな。しかもかなり速い、大勢来てやがる」
「なにあれ、鳥?」
「さてな。生憎、博識ではないもんでな」
「こ、このままでは追い付かれてしまいます!」
「慌てるな。お前は変わらずゆったり馬車を走らせてろ」
「し、しかし…」
馬車の主の男は言い淀む。
慌てるなと言われても、このままでは自分は勿論、此処に居る全員が危ういのだ。
そんな状況に陥っているのに、慌てるなというのは酷というものだろう。
だが、神父にはそんな言い訳は通用しない。目と雰囲気で、神父は再び慌てるなと聞かせる。
「カズマ、手伝え。リー・エンフィールドを使う訳にはいかん、普通の狙撃で仕留める」
「えぇ…? 神父さんがやるなら、俺出番なくない?」
「人手は多いに越した事はない。それにお前、『狙撃』スキル取ったんだろ? 銃でもそれが通用するか、試したくないか?」
「やります」
銃を使わせてもらえる。そういう流れになった瞬間、キメ顔でカズマは即決した。
ライフルバッグを開き、バレルと本体を分解した、どこかアサルトライフルを彷彿とさせる形をしたスナイパーライフル―――M40A6を取り出した。
M40A6。
レミントンM700という銃をベースに開発したスナイパーライフルM40の改良モデルであり、一見すれば完全にアサルトライフルにしか見えない造形が特徴だ。
M40シリーズの中ではかなりの古参であり、これにはフレームやストックに神父の体にあった改良が施されている。
マガジンに弾丸を装填し、本体へと差し込んでボルトハンドルを引けば、ガチャンッ! と鈍くも気持ちの良い音が鳴り響く。
戻したボルトハンドルをまた僅かに引き、薬室に弾丸が装填されているかの確認―――チャンバーチェック―――を済ませ、肩に掛ける。
「神父さん、俺の! 俺の銃は何ですか!」
「ジェリコ941」
「…なにそれ?」
バックの中にあったもう一丁の銃を取り出し、マガジンを装填してカズマへと投げ渡す。
ジェリコ941。通称をベビーイーグル。
Cz75を元に開発したTA90の技術提供の元、開発に成功した
マズルフェイスからスライド前半の台形形状、グリップのテクスチャー、ハンマー形状、グリップフレームのテール部分形状などに、かの有名なデザートイーグルシリーズのラインを取り入れている。
知る人は知っている。
某児童虐待の専門家にして吸血鬼もどきの物語を描く作者の前作――――――ただ其処に居るだけで周囲を無意識に引っ掻き回す、無意識ならぬ《無為式》の人類最弱の請負人が、
中々に渋いセンスだ。
「通称『ベビーイーグル』。デザートイーグルの兄弟だと思っとけ」
「おぉ、あのデザートイーグルの兄弟! すげぇ、めっちゃテンション上がってきた!」
「はしゃぐのは後からにしろ。すぐに撃つぞ」
「オッケー任せろ! カズマさんの狙撃の腕、見せてやらぁ!」
「カズマ、凄い楽しそうですね…いえ、決して銃というものを使えているのが羨ましい訳ではないのですが」
「野営する時に触らせてやるから大人しくしてろ」
「言いましたね!? 言質取りましたよ!? 絶対忘れませんからね!」
「分かったから黙っとけ。もう始める」
スコープを通し、標的を探す。
敵は何十体と居るのだ、ちまちま倒していればすぐに弾が消え失せる。
無駄な消耗は避けたい。出来るならば、筆頭となっている様なリーダーを真っ先に落とせばそれだけでこちらの勝利だ。
だが……
(多過ぎだろ…)
想像以上に数が多いに加え、その所為で発生する砂煙。
こうなってしまっては、どうしてもちまちま倒す以外に道はない。神父は思いっ切り舌を打った。
ついでに言えば、カズマは銃の扱いに関しては素人だ。
アサルトライフルやスナイパーライフルとは違い、ストックがついておらず反動の制御が難しいハンドガンを任せたのは間違いである。
さらには常に動き続ける馬車だ、狙いを定めるのはさらに困難を極める所だろう。
どうするか…と悩んだ次の瞬間、
「我、生涯無敗の天運を授かりし者」
静かに、されど確かに、誰かが詠唱を口ずさんだ。
「岩を包み、神を切り、刃を砕く三種の神器を以て幾千数多の戦場を駆け抜けた者」
「ちょっと、今すっごい不穏な言葉が聞こえたですけど!? ていうかそれじゃんけんよね!? めっちゃじゃんけんよね!?」
「我が天運は女神を超え、あらゆる偶然は我が天運で以て必然たる奇跡へと生まれ変わる」
「スキルに詠唱を付与するだと!? 可能なのか、ウィズ!」
「魔法ならば兎も角、スキルに詠唱…? いや、私も実践した事はありませんし、もしかしたら…」
「此度為すは狙撃の御業。
バンッ! と、乾いた銃声が鳴り響く。
ドサァッ! と、音を立てて鳥型のモンスターが足から崩れ落ちて速度を殺せないまま後方へと転がりゆく。
脳天だ。しっかりと、脳天に弾丸が通り、貫通してみせた。
―――片手で。
「……」
「よしっ、効果あり! どうよ神父さん、俺の詠唱! 結構考えたんだぜこれ!」
「…よくやった。パーフェクトだ、カズマ」
「感謝の極み…」
それから、僅か3分という僅かな時間を以て―――モンスターは、悉くが討ち取られた。