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水の都アルカンレティア。
其処は悪名高きアクシズ教の総本山にして、世界有数のポーションの生産地である。
水の女神たるアクアを信仰し、その恩恵を承る水を用いた温泉はアルカンレティア唯一の観光名所であり、最も極楽なものであるとされている。
というか、アルカンレティア唯一の良い所は温泉だけだ。それ以外は特筆すべき事などないし、仮にあったとしてもそれは長所ではなく短所、短所ならぬ汚点である。
アクシズ教の総本山。それだけであまりにも近寄り難い。余程の温泉好きか身の程知らずくらいの者が訪れる様な場所に他ならない。
神父としても、別に来たかった訳ではない。断じてそんな事はないのだ。懐かしいと思う様な心すらない。
一応は信仰している女神の気遣いにありがたく乗っかって来たというだけであり、アルカンレティア自体には何ら思い出などないのだ。ついでに言えばめぐみんにセクハラをしたゼスタを殺す為だ。
言ってしまえば、ただそれだけでしかないのだ。
そもそも、よく考えてほしい。
面倒事を嫌う神父が、その存在自体が面倒の塊が如きアクシズ教徒が跋扈する魑魅魍魎の地に、理由無しで赴きたがるだろうか?
答えは勿論―――否である。
「来ちまったかぁ…本当に着いちまったかぁ……」
「これまで見たことないくらいにうんざりした表情をしてますね…いや、気持ちは分からなくもないんですが。というか理解出来るんですが」
「二人揃ってめっちゃ暗くなるじゃん…俺まで不安になってくるから止めてくれよ」
「覚悟しとけよ、カズマ。このアルカンレティアに訪れたなら、最初から最後まで身と心を引き締めろ。でなきゃ鬱になる」
「帰りたくなってきたなぁ…」
「最悪の場合は
「本当に帰りたくなってきたなぁ!」
アルカンレティアの門を前にして、カズマは心の底から帰りたくなってきた。
あの神父がここまで言うならば、それはきっと冗談ではない。何よりも、護身用として、モンスターを撃った時に貸し出されたジェリコ941を再び貸し出されている。
これだけで理解出来る。理解出来てしまった。
本当にヤバいのだ―――と。
「ちょっとー! そんな所で突っ立ってないで、早く行くわよー!」
「うむ。実際に見てみないと分からないのだ、行くぞ三人共」
「さっさとゼスタ殺って温泉入って帰るか…」
「そうですね…」
「不安だ…今とてつもなく不安だぞ、俺は…」
カズマパーティと神父が、アルカンレティアの門を叩き、いざ―――
「ようこそ、水の都アルカンレティアへ!」
「観光ですか? 入信ですか? 冒険ですか? 洗礼ですか?」
「おぉ、仕事探しに来たならば是非ともアクシズ教へ! 今なら他の街でアクシズ教の素晴らしさを説くだけでお金がもらえる仕事が―――」
「こういう事だ」
ドォンッ!
発砲した。何の躊躇もなく、神父はアクシズ教徒へと発砲した。
SAA―――シングル・アクション・アーミー。またの名を『ピースメーカー』と呼ばれるその
ちなみに発射された弾丸は特製のゴム弾なので、死ぬ事はない。死んだ方がマシだと思える様な激痛が走るだけだ。
カズマとめぐみんはドン引きしたし、ダクネスは羨ましがってるし、アクアはでしょうねと平然としていた。
「おぉん! この痛み、憶えがある…!」
「おぉ、神父だ! アクシズ教の異端野郎が帰ってきたぞ!」
「うっせ。異端で悪かったな、この狂人共」
「よく来やがったな、このエセ神父! てっきり野垂れ死んだのかと思ったぜ! それはそれとして、ちょっと女関係で相談があるんだが…」
「くだらん相談を俺にするな、そういうのはセシリー辺りにでもやっとけ。つか、お前まだ浮気癖治ってねぇのか」
「神父様ー! そろそろ娘が残されそうなんだけど、貰ってくれなーい!?」
「誰が貰ってやるか、バーカ。それならゼスタの野郎にでもやれよ、すぐに済まして幸せな家庭が築けるぞ。100%孫はゼスタ似だろうがな」
「久しぶり、神父様ー!」
「ねーねー、また銃見せてよ!」
「お兄ちゃんがうざったいの、銃貸してー!」
「うるせぇ、寄るな。おいっ、コルト抜こうとすんな! SAAもダメだ! ったく、いい加減にしねぇとぶん殴るぞ!」
わいわい、がやがやと。
神父が来た瞬間に、アルカンレティアの皆々が続々と集まり始めたのだ。
神父はアルカンレティアにおいても、アクセルや王都と同じ様に慕われているらしい。
まぁこの場合、アクセルや王都とは違い神父は彼らに対して嫌悪感が上限に達しているという部分があるのだが、それはそれでこれはこれだ。
神父は何処にいようと神父のまま。結論はそれだけだ。何処にいようと、誰が相手でも、神父が変わることはないといつ、それだけのことだ。
神父は子供を薙ぎ払い、タバコを取り出しながら、
「はぁ…俺はゼスタの野郎をぶっ殺しに来ただけだっつの」
本来の来訪の目的とは全く別の目的を、本来の目的であるかの様に普通に断言した。
「目的が入れ替わってる!? 違うからな!? 全っ然違うからな!? 湯治だよ湯治! 俺も含めて疲れを癒しに来たんだからね!? そんな物騒な事しに来てないからね!?」
「おぉ、漸くゼスタ様のご退場か!」
「わりと長かったわねー。てことは次は神父様が司祭?」
「勘弁してくれよ、神父。お前が司祭になったら皆揃って異端になっちまう」
「えっ、誰も否定しないの!? 自分達の司祭が死ぬ事に一切の感情なし!?」
「まぁ、ゼスタ様だし」
「神父なら殺るだろうなーって」
「どういう信頼の寄せ方!?」
「ね、言ったでしょ? あの子はあれでも信頼されてるのよ。根は良い子だもの」
「果たしてあの性格を根は良いと言えるものでしょうか…? というか、神父への信頼が些か歪な様な……」
「うむ、何だかんだ言って、神父は優しい御人だからな。そういう所は、なんとなくカズマに似ている様な気もするな」
「はぁ? 正気ですか、ダクネス? あんな神父よりもカズマの方がマシですよ。神父とカズマなら私はカズマを選びます」
キテル…
カズメグキテル…
「……なんか、変な声が聞こえた様な…」
「気の所為だろ。おら、さっさと宿に行くぞ。此処はひたすらに喧しい」
「ちょっと! まだあたしの紹介が済んでないんですけどー!」
「アクア様、お楽しみは最後に取っておくものですよ。旅の疲れもありますし、一先ずは宿で休みましょう」
「むむ…確かに、それもそうね。旅で疲れたのは本当だし……仕方ないわね、取り敢えずは宿で休みましょう」
「チョロいな」
「ん? カズマ、なんか言った?」
「別に。はぁ…俺もさっさと休みてー」
「じゃあなー、エセ神父。俺の店にも寄れよー!」
「うちも特別に安くしといてやるよー!」
「お仲間さんにも入信書渡しといてねー!
「わーったからさっさと持ち場に戻れ」
「ツンデレキター!」
「やっぱ全員殺すか」
ガバメントを取り出し、装填していたカートリッジを抜き出して懐から新しいカートリッジ―――実弾が込められたカートリッジを取り出す神父。
目を据わらせながらバレルを引き、ゴム弾の薬莢を排出して実弾を装填するも、主神が必死にそれを引き止めた。
「待って待って!!! 落ち着いて、深呼吸しましょっ! 皆良い子だから、悪気ないから! だからそのカートリッジ仕舞って!?」
「神父がキレた、神父がキレたぞー!」
「逃げろ逃げろー!」
「エリス信者の下着上げるから許してくれー!」
「おい今の話詳しく聴かせろ!」
「なっ、アンタね、この下着泥棒! 絶対に許さないわよ!」
「エリス教なのが悪いんだよバーカ!」
「しね! ほんっとにしね!」
そんなドタバタが出迎えとなり、カズマ一向は遂にアルカンレティアへと到着した。
どうやら神父の言う通り、気を引き締めた方が良さそうだ。カズマはジェリコを撫でながらそう改めて思った。