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アクシズ教会アクセル支部。
受付嬢であるルナからその存在を聞いた新人冒険者―――もとい、実際にトラックに跳ねられた訳ではないのにトラックに撥ねられたという妄想によるショック死(包み隠さずに言えば大変哀れな死に方)で異世界へと転生してきた日本人、佐藤和真とその佐藤和真によって異世界に転移する羽目になった女神アクアは、現在進行形でその教会へと向かっていた。
「ほら早く行くわよカズマ! あたしの可愛い信者が待ってるわ!」
「分かったから引っ張るな! つーか、話聞く限り可愛い信者じゃなかったよな!? 神父なのに酒は飲むし煙草は吸うってお前としてどうなんだよ!」
「別に良いわよ、アクシズ教は飲酒も喫煙も禁止してないもの。まぁ、あの子の場合はちょっと遠慮なさ過ぎっていうか、教義を言い訳にしてるっていうか…」
「教義を言い訳に飲酒喫煙するって…本当に不真面目神父じゃん。マジで行くの? 俺めっちゃ不安なんだけど大丈夫? 二日酔いで機嫌悪くて殺されたりしない?」
奇跡と言うか、或いは勘が良いと言うか。カズマの発言は実に的を射ていた、だって実際にその通りだから。
本日、あの不真面目神父は二日酔いに苦しんでいる。別に珍しい事でもないというのが、やはり不真面目の証である。本当になんで神父をやれているのかという疑問を持たれても仕方ない。
二日酔いで機嫌の悪いという点もその通り。相手がクリス、もとい女神エリスだったから出来る限り普段の態度でいただけで、相手が単なる友人知人赤の他人であれば容赦なく
女神としてほぼ全ての信者を把握しているアクアは、歩みを止めて明後日の方向を見ながら、
「……そ、そんな事しないわよ! あたしの信徒なんだもの!」
自信なさげに、なってないフォローをした。
「おい、結構な間があったぞ。マジか? マジなのか? もしかしなくても本当にそういう事する人なのか?」
「だってだって! あの子基本的に御祈りしてくれないんだもん! 一年に一回ぐらいしか御祈りしてくれないのよ!?」
「なんでそれで神父やれてんだよ! どうなってんだよアクシズ教!」
「アクシズ教を悪く言わないで! 謝って! 何も悪くないアクシズ教を悪く言った事を謝って!」
「うるせぇよ!! だいたい、そんな人に助け求めてどうにかなんのかよ。ルナさんが言うには、神なんぞクソ喰らえとか天罰上等な人らしいけど」
「ちょっと素直じゃないだけなのよ。天に向かって唾吐いた事はあるし、あたし含めて色んな神様を罵倒したりするけど、根は良い子なの」
「いやそれ聞いても根が良いなんて全っ然思えないんだけど。寧ろイメージがさらに悪くなってるんだけど」
「神様が嫌いな訳じゃないの。あたしの事もしっかり敬ってはくれてるし、他の信徒達とも仲良いのよ。良く言えば、教義に忠実なだけなのよ」
彼女の発言は、言いえて妙である。的を射ているという訳ではないのだが、まぁそうも見える。
神を罵倒する事こそあれ、別に嫌悪はしていない。大きな信仰心を持っている訳ではないが、敬っていない訳ではない。
教義に忠実というのも、教義が教義なので別に間違っている訳ではない。本人は単なる言い訳として教義を使っているだけと言うが、客観的に見れば言い訳であろうと忠実なのは忠実なのだ。
同じアクシズ教徒から見れば、どうやら彼はツンデレ判定らしい。本人は顔を顰めて気持ち悪いと吐き捨てていたが。
「あの子はきっと分かってくれる筈だわ!」
(あまり当てにはしないでおこうかな…)
再び歩を進め、元気に前進するアクアを他所に、カズマはその不真面目神父への期待感を底辺寸前まで下げた。
だが問題ない、彼以外の誰もが話を聞けば彼と同じ様に期待を下げるのは普通の事であり仕方のない事なのだから。
まぁ、そんなこんなで教会の前へとたどり着いた二人。
アクアは期待に胸を膨らませながら、カズマは不安を胸に募らせながら、その大きな木製の扉を開いた。
「こんにちは! 貴方の主神アクア様が降臨したわよ!」
「挨拶のあとに言うのがそ」
ドォンッ!!!
カズマが言葉を言い切る前に、轟音が教会の中で響き渡った。明かりがついていない教会で、小さな火花が散った後に―――小さな鉄塊がアクアの頭の真上を通り過ぎた。
チリっ、と髪が少し焦げた。掠って散った。
時間を停められたのではないかと疑ってしまう程に綺麗に、二人は硬直した。
「うるせぇな…こちとら二日酔いで機嫌悪りぃんだよ。静かにしろ」
神父は椅子に腰掛けたまま、二人の方を見る事もなく背凭れに我が身を預けていた。
右手は伸びている。真っ直ぐ、水平に。そしてその手中には、手のひらに収まらないサイズをした鋼鉄の弓が握られていた。
本来ならば、この世界には存在しない筈の武器。現代において誰もが慣れ親しんだ、人類が最も扱う武器。
弓矢よりも弾が速く、効率が良く、装填も楽、弦の調達も必要ない。ただマガジンを込めて、銃身をスライドして、引き金に指を掛け、狙いを定めるだけで簡単に熊の様な動物すら殺し切れるモノ。
銃。
(想像以上にヤバい奴じゃねぇかァァァァァァ!!!!!!! 二日酔いで機嫌悪いとは言え平気で銃撃ってきたぞ! てかなんで銃持ってんだよ!? ここファンタジーじゃないの!? なんで銃あんの!? もしかして転生者なのか!? いや、それより速く逃げよう! こいつマジで危険人物はい確定!)
カズマは確信した。この男は本当の危険人物であると。別に間違いではないのが本当にアレなのだ。
別のベクトルでアクシズ教徒。例え異端であったとしても、結局のところアクシズ教徒はアクシズ教徒であるという現実の再認識の完了だ。
「ハッ! ご、ごめんなさい。二日酔いだとは聞いたんだけど、まさかそこまでとは思ってなかったの! 大丈夫? 『セイクリッド・ハイネス・ヒール』要る?」
「……………………マジか」
飛んだ気を取り戻し、低い姿勢で謝りながらヒール系の最上位魔法を使おうかと提案するアクア。
そんな言葉と彼女の雰囲気にようやく気を向け、アクアとカズマの方に視線を移した神父は、小さく口を開けて愕然とした。
本人だ。本人というか本神が目の前に居る。アクシズ教の御神体たる水の女神アクア―――生命の母とすら揶揄される『海』を構築する概念『水』を司る女神が、目の前に何故か居る。
彼は不真面目だが神父であり、異端ながらも信徒である。目の前の相手が神か否かなど容易く分かるのだ、他の信徒と違って。
そもそも女神としてではなく人の姿で外界に降臨している女神エリスの正体を、彼は人でありながら看破している。その時点でお察しである。
気付かなかったとは言え、自分の女神に銃を向けた。その事実を認識した彼は―――
「面倒くさがりのアンタが下界に降臨するとか、明日は天使七体が喇叭でも吹くのか?」
黙示録を予感した。不敬も不敬、天罰を通り越して極刑である。
「なんでよォォォォ!!!!! あたし女神なのに! 主神なのに! なんで降りてきただけで黙示録を疑われなきゃいけないの!?」
「そりゃアンタの性格が性格だからだろ。基本的に面倒くさがりで、仕事の殆ど女神エリスにぶん投げるくらいだし。それはそれとしてエリスざまぁ」
『なんでここで私が嘲笑われなきゃいけないんですか!? 普通そこは可哀想とか言う場面じゃないんですか!?』
理不尽な矛先がエリスを襲う。哀れなり、エリス様。
まぁ、
大きなため息を吐きながら、アンタのお陰で酔い覚めましたと言って銃を降ろす。
腰掛けていた椅子から立ち上がり、懐に銃を忍ばせると同時に煙草とマッチを取り出して、神父は佇んだ。
「どうかこの無礼をお赦しください、我が主アクア様。そして、我が身の前にその御身で以て降臨していただいたこの奇跡に、大いなる感謝を捧げます」
こんなんでも見てくれは神父だ。一応、神父なのだ。
口調の変化、そして雰囲気の切り替えが終われば、例え煙草を吸っていたとしてもその姿は紛うことなき一人の神父である。
不意の真面目モードかつ、神父の格好に煙草という日本人の男子高校生であれば殆どがぶっ刺さるその姿に、逃げようとしていたカズマも不覚にも格好良いと思ってしまった。
「ようこそ、アクシズ教の教会、そのアクセル支部へ。半人前ながら、この教会の神父を一人務めさせていただいております。洗礼の名を
先程までの姿はもはや跡形もなく。
其処には、外面ではあるが神アクアを敬う神父が一人立っていた。
インベル。ラテン語で雨、特に大雨などの激しい雨を意味する。
本名ではなく、あくまでも洗礼の名である。