アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

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第十九話「扱い方」

 

■  ■

 夜が明け始め、日が昇りつつある早い朝の事。

 神父はそんな時間帯に起床した。

 

「……朝か」

 

 ベッドから体を起こし、背筋を思いっきり伸ばせばバキバキと大きく骨が鳴る。

 首を左右に傾げても、骨が鳴る。温泉に浸かりはしたものの、やはり一日程度では取れる疲れも取れないらしい。

 大きな溜め息を吐きながら、布団を退かしてベッドから降りる。

 隣のベッドを見れば、其処には静かに寝息を立てて布団を被るポンコツリッチー。まぁ、こんな時間帯なのだから眠っていて当たり前ではあるのだが。

 

「あァァァ…………」

 

 掠れた声が出る。喉が乾いた。

 酒が入っていた空っぽの水筒を持って部屋を出て、廊下を渡って宿の外へ。

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

 詠唱を口ずさむ事なく、水を生み出す低級魔法を使用して水筒を雪ぎ、乾いた喉へと流し込む。

 

「っぷは…あー、生き返る」

 

 喉が潤い、声がはっきりとする。眠た気だった意識が覚醒する。

 朝日が登る。日差しがアルカンレティアへと差し込まれ、神父の体を日光が照らす。

 神父の朝は早い。それは幼い頃から続く神父の習慣であり、銃を扱う者であるならば誰もがやっているであろう事だ。

 

「…さて」

 

 水筒を仕舞い、宿へと戻る。再び廊下を渡り、自室に戻って机へと向き直る。

 机の上には、いつも身に着けているホルスターと愛銃―――コルト・ガバメントとSAA。

 

「……」

 

 椅子に腰を降ろし、目を閉じて手を動かす。

 ストッパーまでスライドを引き、後ろから人差し指で押せばあっさりとストッパーが外れる。

 引いたスライドを今度は前に押せば、スライドが銃体から外れる。

 スライドを裏返し、中のリコイルを外して、さらにバレルを外してバラバラにする。

 

 早起きし、銃を分解・組立する。これが神父の日課である。

 銃の不調は、日々のメンテナンス不足が原因である事が殆どだ。撃鉄を起こせば火薬が撒き散らされ、薬室(チャンバー)にも銃身(バレル)にも銃口(マズル)にも汚れが広がる。

 それが弾丸の通り難さを生み出し、弾詰まり(ジャム)を引き起こす可能性が生み出されてしまう。

 実戦において、弾詰まり(ジャム)は致命的だ。戦場では、たったそれだけの隙で簡単に殺されてしまう場所なのだ。

 

 それを起こさない為にも、日々のメンテナンスは欠かせないのだが、神父の場合は精神統一の意味もある。

 目を瞑り、何も考える事もなく淡々と銃をバラし、組み立てる。心を落ち着かせ、雑念を振り払うある種の修行みたいなものでもある。

 

「コイツ等は…外でやるか」

 

 ガバメントとSAAを組み終え、胸と右腰にホルスターを巻き付けてそれぞれ収め、いつもの神父服を身に纏う。

 意識を切り替え、窓を開いて懐から取り出した煙草で喫煙する。

 

「はぁ…これがなきゃ始まらん」

 

 相変わらず神父らしからぬ発言である。

 早朝から意識の切り替えが喫煙によって行われるとはこれ如何に。

 ちなみに神父が吸うこの煙草の銘柄は『ヴィシャス』と言い、何十年も前にとある薬師が何の情報もなく一から創り出した現代の煙草に最も近い細葉巻であり、段ボール一箱分しか作られていない超絶希少な品物である。

 当時、ウィンチェスターがその薬師の知り合いであった事もあり半分を買い取っており、その半分の幾つかを神父に譲ったものだ。

 世界有数の貴族、或いは王族ですら数箱持っているかいないかだ。一本も吸っていない箱をオークションに出すだけで、1億エリスはくだらないだろう。

 

「『セイクリッド・フレイム』」

 

 左手の掌に現出した聖なる火で吸い殻を燃やし、握り締めて火を鎮火させる。

 壁に立て掛けたライフルバッグを背負い、再び廊下へと出ると、

 

「あ、神父さん。おはよう」

「カズマか。随分と早い起床だな」

 

 日本から持ってきた唯一の私物であるジャージ姿のカズマと邂逅した。

 

「なんか早起きしちゃって。そういう神父さんも早起き…てか、武装してんな。何、こんな朝っぱらから狩りにでも出掛けるのアンタ?」

「違ぇよ。整備も兼ねて、門前辺りに行くだけだ。ついでに試し撃ちもだが」

「ふーん…あ、じゃあ俺も付いて行っていいか? 折角神父さんからジェリコ渡されてるし」

「あー…そうだな。これを期に整備と構え方も教えとくか、その方が後々便利そうだ。ならさっさと着替えろ、場所は門前だ」

「うっす」

「ついでに装備も持って来い。組手してやる」

「えっ」

 

 銃が見れるぞー! と内心でテンションが上がったカズマだが、それはすぐにどん底へと落ちて行った。

 不真面目神父による組手である。ぶっちゃけ無事の保証はない。欠片もない。微塵もない。

 最悪の場合は四肢の骨が砕ける可能性もあるだろうが、そこは神父なのでご安心。しっかりと回復魔法を掛けて元通りである。

 

「先に行く。ある程度の準備運動はしてやるから安心しろ」

「何も安心出来ねぇんだけど!? イヤだぞ組手とか俺! 最弱職の冒険者なんだぞ!?」

「俺はそもそもの冒険者ですらないがな」

「そうだった…! この人ナチュラルやべぇ奴だった…!」

 

 職業としての冒険者ではなく、単なる神父。自分のステータスカードすら持たない一般人。

 そうであるにも関わらず、その功績は世の勇者すら霞んで見える程のものばかりである。

 

 王都に出現した、魔神のラプラスの単独討伐。

 アクセル街を襲撃しに来た魔王軍幹部ベルディアの討伐。

 それまで破壊する事の叶わなかった、機動要塞デストロイヤーの破壊を決めつけたであろう援護射撃。

 

 冒険者でないにも関わらず、勇者でないにも関わらず、為した偉業はどれも世界の歴史に刻まれて仕方ない程のものばかりだ。

 

「お前から言い出したんだ、逃げるなよ」

「言わなきゃよかった…!」

 

 

 

 ―――水の都アルカンレティア、その門前。

 橋の上で、神父とカズマは並んでいた。

 

「お前が前衛に不向きなのは理解してる。だからお前に対する助言は基本的に知識や指示のやり方に絞ってる。だがな、体術ってのはそういうのを抜きにしても覚えておいて損はないものだ。特に銃を扱うならな」

「銃と体術って、何か関連があるのか?」

「大いにな。カズマ、銃の弱点はなんだ?」

「弱点か…えっと、接近戦には弱い事?」

「それも正解だ。だが、弱点はそれだけじゃない」

 

 接近戦に弱いのは確かな事だ。

 だが、銃の弱点は何もそれだけではない。人が思うよりも、銃にはしっかりと弱点がある。

 

「えぇ…他に弱点、弱点……あ、弾切れを起こすとかの手間があるとか?」

「良い捉え方だ。そうだ、銃は結局のところ遠距離武器。接近戦には弱いし、弾切れという手間が発生する上に、刀剣類と違ってメンテナンスがしっかりしていなければ暴発や弾詰まり(ジャム)が起こる。付け加えれば、威力の調整も出来なけりゃ、速度も変更する事が出来ねぇ」

 

 銃が抱える絶対的な弱点―――それは、持続能力の欠如。要するに弾切れなどの手間がある事だ。

 マガジンに込められた一定数の弾丸が無くなれば、それだけで銃はただの鉄塊だ。武器にならない事はないが、得物としてはあまりにも信用性がない。

 振るう速度や込める力によって威力や速度を調整する事が出来る近接武器とは異なり、銃には威力の調整も速度の増減もない。

 放たれた弾丸が威力を変える事はなく、その速度も物に当たらない限り減速はしない。加速なんて以ての他だ。

 メンテナンスを欠かさず行わなければ暴発が起き、最悪の場合はスライドもバレルも役に立たなくなる上に使用者にも被害が出る。

 銃は確かに便利だ。だが、それに伴う弱点も多々あるものだ。

 それを補う為に、体術は必要だと神父は説明する。

 

「弾切れ、或いは弾詰まり(ジャム)を起こし、相手に距離を詰められた場合。俺たちがどう動くかなんざ、相手と同じ土俵(接近戦)に入り込む他にねぇからな。そうなった時、必要なものはなんだ」

「体術、もしくは剣術」

「そうだ。だが、お前の場合は剣術よりも体術の方が扱いやすい。頭のキレ、それから出される作戦は俺も評価してるからな。冷静さがあれば、近接戦でも奇想天外な戦法を繰り出せる」

「そ、そうか? そう褒められるの慣れねぇんだけど…」

 

 ここまで直球に褒められる事がないのか、少し俯くカズマ。

 だが、神父が言う事は全て紛れもない本心だ。それだけ神父はカズマを評価しているという事なのだ。

 

「素直に受け取っとけ。俺が知る人間の中でも、低級魔法をあそこまで上手く使いこなす人間はそう多くない。だいたいの奴は、基本的に上級魔法ばっか使いたがるからな。『低コスト且つ使い方次第で日常生活から戦闘まで幅広く貢献出来る力』―――それが低級魔法だ」

「おぉ…! やっぱ、アンタが説明するとなんかめっちゃ格好良く聞こえるな」

「魔法もスキルも解釈次第だ。場合によっちゃ、俺にも追い付ける」

「え? いや、そりゃ過言だろ。俺と神父さんじゃ色々と違い過ぎるし…」

「目を凝らして考えろ。俺の武器が何なのか、その対策法は何なのか、そしてそれに自分の能力が当てはまるのか」

 

 神父を知る人間がそれを聞けば、カズマと同じく言い過ぎだろうと反応するだろう。

 だが、カズマの持つ能力を知った上で考えてみれば、それが決して妄言であると断言出来ない事だと分かる筈だ。

 高い幸運値により高確率で成功する《窃盗(スティール)》、同じく幸運値によって狙った場所への命中率を増加させる《狙撃》。

 奇想天外な策略や戦法を思案し、実行出来る頭のキレ。

 持ち得る全てをフルで活用すれば、カズマは神父の背中を追う事が出来る。それくらいのポテンシャルは秘めているのだ。

 

「マルチタスクだ。それを考えながら、俺の話を聞いとけ。今から分解を教えてやる」

「くそキッツい事言うんじゃねぇよッ! アンタ鬼か悪魔なのか!?」

「正真正銘、純粋な人間だ。嫌なら最初に組手からやるか? 言っとくが手加減はしてやらんぞ」

「嫌だァァァァァァ!!!!!! なんで一緒に休みに来た人から休み奪われんだよォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」

 

 朝日が昇り、鳥たちが囀るアルカンレティアに。

 一人の少年の慟哭が響き渡ったのだが、誰も起きる事はなかった。

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