アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

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第二十話「魔の手が忍び寄る」

 

■  ■

「あの、もし」

「あ?」

 

 カズマを丁寧かつ迅速に扱き倒してから数時間が経過し、昼辺り。

 昼食はどうしたものだろうかと、煙草を咥えながら噴水の壁に腰を下ろして頭を悩ませていた神父に、一人の女性が声を掛けた。

 

 腰まで下ろしたプラチナブロンドの長髪、まるで日に照らされる大海の様な碧眼。

 左側にスリットを入れ、ガーターが僅かに食い込んだ生脚が大胆に曝け出される修道服に、黒いブーツ。背中には何か長いものを包んだ布を背負っている。

 まさしく聖女と形容するに相応しい女性が、尋ねる様に不真面目神父へと声を掛けてきたのだ。

 

「此処アルカンレティアは、温泉が有名だとお聞きしたのですが…何分、旅行など初めてでして。宜しければ、何処かオススメの場所を教えていただきたく…」

「初旅行でアルカンレティアか? 初対面で悪いが、アンタ、良いセンスしてるとは言い難いな。此処は魔の都だぜ」

「魔? アルカンレティアは水の都だと聞いたのですが…」

「あー…喩えだよ、喩え。アンタ、よく天然って言われるだろ」

「な、何故それを…!?」

 

 本気で驚愕してみせるシスターに、神父は分かりやすいな、とけらけら笑う。

 

「シスターなのは一目瞭然だが…何処のだ? エリス教なら、悪い事は言わんから王都に行く事をオススメするぞ。此処でのエリス教の扱いは最悪だ、好き勝手やられる」

「心配してくださるのですか? 見た目に反して、お優しいのですね。正直かなり迷ったのですが…」

「胆座り過ぎだろ。一応初対面だよな?」

「ふふ、分かりやすいだなんて言った仕返しです。それと、ご心配には及びません。私、これでも強いんですよ?」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら、背負った布を下ろして僅かに中身を晒す。

 黒く輝く柄、純白の巻き布、漆黒を基調に側が金で塗られた大きな鍔。

 紛れもない日本刀である。彼女の体格には適していないであろう大きさである事が、布越しでも理解出来る。

 しかし、それを持っているという事は―――それに振り回されるのではなく、それを律して振るう事が出来る力量があるという証明なのだろう。

 

「そうかい。なら安心だ、存分に蹴散らすといいさ。向こうから仕掛けてくるなら、遠慮する必要はない。…で、オススメだったか」

「そこから本題に戻るんですね…。まぁ、はい。何かありますでしょうか?」

「そうだな…そこの坂を登って、とにかく左に進んでいくと小さい宿がある。そこの爺が管理してる温泉はオススメだ、行ってやってくれ」

「なるほど…。親切にありがとう御座います、不真面目な神父様」

「……よく神父だと分かったな」

「若輩ながら、これでもシスターですので。それに、御話もよく聞いております―――()()()()()を撃ち殺した、不真面目な英雄と」

「嬉しくねぇ御話だな、そりゃ」

「ふふ…それでは、私はこれで。短い間でしたが、御話出来て楽しかったですよ」

「そりゃなによりだ。どうか、この街が貴方の心に残ります様に」

 

 くすりと笑って坂へと歩いて行くシスターを、神父は先程まで浮かべていたけらけらとした表情を消して見詰める。

 厭な気配だ。憎い感覚だ。人間である事に変わりはない、信仰する神からの加護にも何ら誤りはない。悪意はない。

 だが、何か異なる感覚だ。加護に何かがあるのではなく―――これは、自分の内なる感情から掻き立てられるモノだ。

 初対面である筈の彼女に、何故この様な感覚を憶えるのかは神父にも理解出来ない。だが、確実に良からぬ事があるのだと直感が理解した。

 

「……警戒はしておくか」

 

 服の内に隠されたガバメントを撫でながら、警戒の意を強める。

 神父は悪人ではないが、しかし同時に決して善人ではない。思考の隅には打算や合理が必ず残っているし、情に厚い訳でもない。

 冷酷さと残酷さを有した中庸だ。そう簡単に誰でも何でも信用・信頼が出来る程に甘ったれた人間ではないのだ。

 

 濁った白煙が空に上がる。十分にあった煙草が、気が付けばもう吸えない程に小さくなってしまっていた。

 

「休まるものも休まんか。苦労人気質と言うべきか、或いは単に不幸体質なのか…どちらにせよ巫山戯んなよ、くそったれが」

 

 溜め息と共に毒を吐き捨て、吸い殻を燃やし尽くして塵と為して捨て去る。

 名目としては湯治で来たというのに、疲れが取れるどころか疲れてしまいそうな厄介事が起きる予感がして堪らない。

 ここまで来るとカズマが原因なのではなく、自身にトラブル体質があるのではないだろうか、と疑いたくもなる。

 

「はー…昼食どうすっかな」

「あ、居た居た! おーい!」

「タイミング良いな、おい」

 

 思考を切り替え、再び昼食について悩み始めた途端に見慣れた女神の一向が現れた。

 

「今からお昼食べに行くんだけど、一緒にどう?」

「丁度悩んでた所だ。特に食いたいものもないし、同行させてもらうとするわ。朝から動いて腹が減った」

「なんで腹が減る程度なんだよ…俺全身が痛いんだけど…」

「カズマが貧弱なだけでしょう。癪ではありますが、この神父の身体能力は異常ですし」

「そうよそうよ。アンタとこの子じゃ天と地程の差があるのよ、当たり前でしょ」

「正論過ぎてぐうの根も出ない。くそが」

 

 カズマは外見こそ何ともないが、しかしその肉体の疲労は想像以上のものだ。

 常人ならば歩く事すら出来ない程の筋肉痛だが、それでもカズマが歩く事が出来ているのは神父の回復魔法によって多少緩和されているからに過ぎない。

 それはそれとして、神父はカズマよりもダクネスを注視していた。

 何故だかボロボロなのだ、何をされたかは簡単に想像がついたが。

 

「はぁ、はぁ…良いな…気に入ったぞ、アルカンレティア…! 皆が私をゴミを見る様な目で見ながら、石を投げてくれるなんて!」

「だったらその服ひん剥いて裸のまま知り合いの男に引き渡してやろうか」

「カズマ、助けてくれ! 神父に傷物にされてしまう!」

「いや無理だろ。おい、俺を盾にすんなッ! 朝から神父さんに馬鹿みたいに投げ飛ばされて筋肉痛なんだぞ!? 何なら何度か骨折れてんだからな!?」

「それは初耳なんですが!? おいコラこの不真面目神父! うちのカズマに何をしたんですか! 返答によっては爆裂しますよ!」

「別にそう大した事はしてねぇよ。単に手加減無しで組手しただけだ。まぁ、骨折というよりは骨砕だがな」

「もっと酷いじゃないですか!?」

 

 悪怯れもなく、肩を竦める神父。

 早朝の組手によって、カズマは言わずもがな神父によってフルボッコにされた。言い訳の仕様など無い程に完膚なきまでボコボコにされた。

 顔面に蹴りを叩き込まれ鼻血は滝の様に出るわ、腹に膝蹴りを食らって虹を吐き出すわ、肩を極められ脱臼させられるわ、踵で膝蹴りを止められて骨が砕けるわ、散々な結果である。

 それでも回復魔法によって何事も無かったかの様に怪我が治るのだから、全く以て理不尽極まりない。

 手加減はしないと事前に言ってはいたものの、まさか本当に手加減なぞ皆無などと誰が思うだろうか。

 それも容赦なく攻撃する上に骨が折られるどころか砕かれるなど、カズマが想像出来る訳もない。

 

「正直、思った以上に格闘戦が弱くて驚いた。奇想天外な戦法にはかなり振り回されたが、純粋な格闘戦なら最弱だな」

「謝罪しないどころかダメ出し!? どこまで図太いんですか、貴方は!?」

「生憎と褒めるよりもダメな点を指摘するのが俺だ。褒めて伸びるタイプだ何だ言うやつの心を何度へし折ってきたと思ってる」

「あれ? わりと褒められた俺凄くね?」

「評価出来る点は評価して当然だ。まぁ、それ込みでもお前は弱かったがな」

「結局ダメ出しかよ!」

「だが、弱いなりに頑張ったのも事実だ。店で食べるなら好きに頼め、奢ってやる」

「マジ!? 神父さんあざっす! やっぱ最高だわ、この人!」

 

 コイツ等、全員漏れなくチョロいな。

 神父はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「おい、コイツ本当に死んでんだろうな?」

「何度も言っていますよ、死んでいます。いい加減しつこいですよ、()()()さん」

 

 ―――そこは、一見して何ら変わりのない風景だった。

 内蔵が撒き散らされている訳でも、物言わぬ死体が無残に惨憺となって散りばめられている訳でもない。

 そこには、ただ静かな死体のみが横たわっている。血の溜まり場に、死体だけが斃れ伏している。

 そして、それを見下ろす―――男と女が居る。

 

「死んでるにしちゃ無傷だからな。ここまで傷無く殺せる奴を見たのは、お前が初めてだ」

「それはどうも。それより、まだこの死体を食べないでくださいね。彼らが此処に来た時にしてください」

「へいへい」

 

 男の名はハンス。

 魔王軍幹部の一人、デッドリーポイズンスライムのハンスである。

 この世界において、スライムは強力極まりないモンスターだ。小さいスライムですら、顔に飛び付かれてしまえば為す術なく相手を溺死させる。

 大きく成長したスライムには物理攻撃は効かず、さらには暴食だ。

 そのスライムの中でも極めて凶暴なのが、デッドリーポイズンスライムである。

 

「で、どうだったよ?」

「何がです?」

「アクセルの不真面目神父だよ。会ったんだろ? 何か感じたとかねぇのか?」

「……そうですね、やはり簡単に殺れる様な方ではありませんでしたよ。生半可な相手ではありません、途中からは警戒されかけました」

「マジか」

「何から見破られたのかは分かりませんが、会話の何処からか不信感を持たれていたのは確かです。それに、何処から攻撃しても対応されるイメージしか沸きませんでしたから」

「そりゃ大変そうだな。だが、それでもお前はその神父を殺すんだろ?」

「勿論です」

 

 

「――――――私は、()()()()()()()ラプラス様を御神体とするラプラス教のシスター。生まれ落ちる前の我が主を撃ち殺した下種を、生かす理由などありません」

 

 自らの目的の為に魔王軍に身を寄せ、ただ神父を殺す為だけに剣を振るう武装シスター。

 悪魔として朽ち果て、代わりに女神として今尚も生き長らえる超越的存在―――ラプラスを御神体とするラプラス教唯一のシスター。

 名をアリアドネ。シスター・アリアドネである。

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