アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

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第二十五話「獣狩りの朝を迎える」

 

■  ■

「イぃぃぃぃぃぃぃぃヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 澄み渡る空の下、カズマは絶叫を上げながら全力疾走していた。

 事の発端としては2日程前に遡る。

 アルカンレティアでの治湯を終え、神父から貰ったジェリコを日々整備しながら屋敷で過ごしていたある日の事である。

 

『カズマさんっ! 貴方の子供を産ませてください!』

 

 突如として屋敷に訪れてきたゆんゆんから、爆弾を落とされてしまった事が発端である。

 アクアだけに限らずダクネスまでもが絶句したのは勿論の事、この頃からカズマを意識し始めていためぐみんに関しては白目を向いて立ったままフリーズした。

 スケベなカズマは心動かされそうになったものの、何とか平静を装って話を詳しく聞く事にした。

 ゆんゆんが紅魔の里から手紙を貰った事。

 それには魔王が云々やら勇者の子供が云々やら書かれていた事。

 しかし、そもそもそれが「あるえ」という名前の紅魔族が執筆した小説である事。

 まぁ、それから色々とあって、めぐみんの里帰りの意味も含めてカズマ達は紅魔の里へ赴く事になったのだ。

 

 その結果がこれである。尋常ではないオークの軍勢に追い掛けられながら、草原を必死に駆け抜けて逃げ惑うカズマの図の完成だ。

 

「カズマー! もうこの世にオークの雄は居ません! 存在するオークは全て雌で、性欲が強過ぎるあまり交配した生物は皆朽ち果ててしまっているのです!」

 

 めぐみんが叫ぶが、カズマはそんな事を聞いている暇などない。

 オーク。皆が想像する様な同人誌には必ずと言って良い程に登場するモンスターだが、残念ながらこの世界にはオークの雄は存在しない。

 雌のオークの性欲があまりにも強過ぎるあまり、雄のオークは揃いも揃って絶滅してしまっているのだ。その所為で、雌オークは様々な生物の雄と見境なく交配し、様々な遺伝子を取り込んだバケモノとなってしまっている。

 

「待ってー!」

「天国に連れて行って上げるわよー!」

「ご遠慮しまーすッ! あぁ、初めて女性の頼みを断ってしまった……!」

 

 スケベ丸出しだが据え膳食わぬ男、カズマは涙を流した。

 生まれて初めて女性の誘いを断った。これが美人であったならば決して断る事はしなかったのだろうが、残念ながら相手は髪が生えただけのオークである。

 逃げて、逃げて、逃げ惑う。それはもう死に物狂いで逃げまくる。

 アルカンレティアで朝早くから神父に鍛えられたカズマは、ほんの少しだけ体力が上がっていた。具体的に言えば100mくらいなら息切れ無しで走り切れるくらいには体力がついていた。

 

「あっ、ちょっとカズマさん止まって!」

「はぁ!? お前何言ってんだ!? 止まらねぇよ止まれねぇよバカじゃねぇの!?」

「前、前見て前!」

 

 カズマが疾走するその前の道―――そこを、一台の馬車が通っていた。

 このままカズマが疾走を続ければ、オークの群れは馬車の通る道を通過する。そうなってしまえば、馬車に居る人間すら巻き込まれてしまう。

 

「お、オークの群れ!?」

「―――んぁ? なんだ、もうアクセルの街に着いたのか?」

 

 馬車の主が目を向いて恐怖に陥る中、荷台で眠りこけていた老人が目を覚ます。

 その男の格好は、何処か不気味さがあった。

 まさしく近代西洋に居る人間が着ているかの様な洋服の上に纏った黒いコートは裾がボロボロで、まるで死神の黒衣を彷彿とさせた。

 大きく欠伸をしながら、老人は荷台から外を見渡した。

 

「あれ、アクセルってこんな殺風景だったかな? オレが憶えてる限り、アクセルの街ってわりと大きかった気がするんだが」

「爺さん、オークだ! オークの群れが迫って来てるんだよ!」

「オークだぁ? そんな慌てるもんでもなかろうよ。ゴブリンの方が狡猾だって()()()()も言ってたぞ」

「オークの雌は見境なく襲うんだ! 淫魔なんかより性欲が強くて、根こそぎ吸い取られるぞ!」

「あーあー、聞こえない聞こえない。そういう話は勘弁してくれ、妻に理解(わから)せられた夜を思い出しちまう」

「ジジイの惚気話を聞いてる暇ねぇんだけどぉ!?」

 

 仕方ないねぇ……と、やれやれとした風に肩を竦めながら、老人はベルトの後ろに引っさげていた得物を引き抜いて荷台から飛び降りた。

 

「おい、爺さん!? どうするつもりだっ!?」

「止めなきゃいかんのだろ? オレとしちゃ早い所アクセルに行きたいのよ。なに、これでも猟師をやってるんだ。狩りには慣れとるよ」

「相手はオークだぞ!? 獣を狩るのとは訳が―――」

「何が違う?」

「え?」

 

「―――モンスター(怪物)と獣。本能に従って動く肉塊。そこに、一体どれ程の違いがあると言うのかね?」

 

 ―――雰囲気が豹変する。

 穏やかな顔付きをしていた老人の顔が、殺気入り交じる凶悪なものへと変貌を遂げる。

 風が吹いた訳でもないというのに、外套が揺れる。

 肩まで伸びた白髪が、獅子の鬣の様に逆立つ。

 

(な、なんだ…!? 殺気、狂気!? まるで別人みたいだ!)

「答えは否。変わらんよ、何一つとして変わらん。獣の狩りも、モンスターの狩りも、悪魔の狩りも、果ては神狩りすらも。狩りという行為に何ら変わりはない。敵は狩られるもの、そしてオレは常に獲物を狩る者だ」

 

 好戦的で凶悪な笑みを浮かべる老人には、先程までの穏やかな雰囲気は欠片もない。

 右手に持った黒い得物、奇抜な格好から分かる通り―――この男は、この世界の人間ではない。

 

 その昔、モンスターも悪魔も、果ては神すらも見境無く殺しまくった事で結果的に魔王軍に大打撃を与え、国から伝説として謳われた男。

 

「あ、あんた……、一体何者だ…?」

「名乗る程の者でもない。ただの隠居した老耄(生き残り)だ」

 

 触れてはならぬ禁忌(アンタッチャブル)、ウィンチェスターの猟犬の異名で知られる隠居した生ける伝説。

 そんな男は―――嬉しさに悶えながら笑った。

 

「…………くーっ! いやぁ、やっぱ良いな! 『名乗る程の者でもない』、人生で一度は言ってみたかったんだ!」

「アンタ本当に何なんだ!?」

「ハハハハ!!!! なぁに、すぐ戻る! 年老いても鍛錬は続けとるからな!」

 

 一触即発の様な空気が、一気に霧散する。

 まるで子供の様な明るい笑みを浮かべながら、老人は颯爽と草原を駆け出した。

 引き抜いた得物を構えた老人の姿は、瞬きをした次の瞬間に消え去った。

 もはや音速と言っても差し支えない速度だ。強化の魔法を使わない生身の人間が叩き出せる速度の限界を、明らかに越えている。

 不可能を可能にする武装探偵の少年が使用する、「桜花」と呼ばれる技術を参考にした技。

 骨格、筋肉、関節。肉体を動かす上で必要な細かい部位の全てを同時に稼働させる事で、最高速度を叩き出すという離れ業である。

 

「えっ、誰!? つか速ぇ!」

「そのまま止まるなよ、坊主! でなきゃその頭が吹き飛ぶぞ!」

 

 右手に持った黒塗りの長い鉄塊。それは、紛れもなく銃だった。

 ―――ウィンチェスターライフル。M1894。レバーアクション式ライフルの代表者、SAAと共に『西部を征服した銃』の称号を持つ銃。

 これは、そのウィンチェスターライフルのカスタムバージョンだ。

 Tactical(戦術的) Assault(特攻) Customization(改造)の頭文字から取って、TACと呼ばれるオリジナルカスタムである。

 

「獣狩りだ。派手に行こう」

 

 黒鉄の槍を構え、引き金に掛けた指を引く。

 ドォンッッッ!!!!

 幾つもの銃声が、重なって吼える。

 血潮が舞う。命が途切れる。

 解き放たれた幾つもの銃弾は、頭蓋を穿いて尚も勢いを弱める事なく、次々と列を成すオーク達を殺して進む。

 

 豆腐を切る様に肉を裂き、紙に穴を開けるように骨を穿つその銃弾こそ、法儀式済み聖水銀弾。

 これは伝承魔法の応用。即ち、()()()()()()()である。

 オークという怪物の定義は、今でこそ緑色の肌を持った人型の巨大な豚というイメージとして定められているが、しかしそれが絶対ではない。

 そもそものオークの語源が、古英語単語としてラテン語のオルクスという言葉―――冥界の神プルートーと同化されたもの―――から借用されたものであるという推察がある。

 しかし当時の英国においては邪神というよりは地獄の悪魔としての解釈があり、さらには古代の英雄詩ベーオウルフでは悪霊として解釈もされていた。

 

 その解釈、伝承を弾丸に付与する事で押し付け効果を覿面とする応用の技である。

 

「な、なんという速さだ…! 動きが全く見えないぞ!」

「もう何となく察せてしまったんですけど。これ私だけですかね」

「大丈夫よ、めぐみん。多分あたしも貴方と同じ事を考えているわ」

 

 既に付与した伝承を上書きする事なく、それに重なる様に伝承を付与する。

 言うは易く行うは難し。それは同じく伝承魔法を扱うあの不真面目ながらに高い実力を有する神父ですら、未だ到達する事の出来ない領域だ。

 彼女達はそれを見抜いている訳ではない。

 だが、見た目だけで言えばかなり年老いているというにも関わらず、それを一切として感じさせない身のこなし。そして、撃ち続けるその銃を見れば、それだけで察しがつく。

 

 ―――時間にして、僅か一分。

 たったそれだけの時間で、オークの群れは一匹の例外なく殲滅された。

 その悉くは脳天を撃ち抜かれ、勇気を持って反撃する様に突撃した者は、容赦なく腹に腕を突き立てられ、その臓物を引き抜かれた(モツ抜き)

 

「はぁ…モンスターとの戦闘なんざ何年振りかな。しかしなぁ、いくら鍛錬を続けているとは言っても衰えて無さすぎだろ。これでは『オレも歳かな』って言えねぇな」

 

 神父の祖父にして師匠。

 魔王軍から最も恐れられた伝説の銃使い(ガンマン)――――――ウィンチェスター。

 年老いて尚、その実力は全盛期から脱していない。

 

「立てるかい、坊主」

 

 佐藤和真は、この時初めて。

 本当の怪物と邂逅を果たした。

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