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月の光に微かに照らされる森の中を、幾数もの群が歩いていた。
ゴブリン、スケルトン、マジックキャスター……様々な者達が列を成して進む先頭には、人の形をしたモンスターと立派な人間が居た。
「で? アンタのお目当ては紅魔の里に居るって?」
「はい。そう御告がありましたから」
2mを超える身長、毛先に近付くに連れて深紅に染まっている黒い長髪、褐色の肌と実り豊かな胸を持つ体、露出の多いドレスを身に纏うその女の名はシルビア。
魔王軍幹部の一人であり、魔王軍の幹部の中でもわりと常識人で人格者であり、部下にも慕われている。
その隣を歩くは―――日本刀を持った聖女。
アルカンレティアにて神父の知人を斬り殺した張本人、神父が最も憎み嫌悪して止まない神ラプラスの信徒アリアドネ―――ギリシャ神話に登場する娘の名前。アリアドネの糸という言葉の元となった逸話の本人―――である。
「アクセルの不真面目神父ね。ハンスも其奴にやられたんでしょ?」
「えぇ。数分経たずに」
「デッドリーポインズンスライムのハンスを、そうも簡単に倒すなんて……やっぱ只者じゃないのね。名前と功績が合ってない様な気もするけど」
「あのウィンチェスターの孫ですからね」
「は? それ知らないんだけど。えっ、不真面目神父ってウィンチェスターの孫なの? 魔法陣の展開も魔力の奔流もなく遠距離から爆裂魔法を撃ち込み続けて一日経たずで魔王軍を後退させた、あのウィンチェスターの孫?」
「それは初めて知りましたが……えぇ、そのウィンチェスターの孫です」
「うわヤダ今すぐ帰りたい」
神父がウィンチェスターの孫であるという情報を聞いた瞬間、シルビアの表情は死んだ。目からもハイライトが完全に消えている。
魔王軍の中でも古株であるシルビアは、神父の祖父であるウィンチェスターの事は勿論知っている。というか、彼に痛手を被られた者の一人である。
群を成し、王都を襲撃しようとした魔王軍は、しかし3kmも離れた距離から間髪入れずに撃たれる爆裂魔法―――高速爆裂徹甲弾―――によってその王都襲撃の為に構成された群は壊滅。撤退を余儀なくされた。
そんな過去を持つ魔王軍にとって、ウィンチェスターという存在はまさしく禁忌。腫れ物、厄ネタそのものに他ならなかったのだ。
人間であるが故に年老いて戦線から離れた今だからこそ好き勝手しているというのに、その孫が今から襲撃する場所に居るなんて情報を聞けば、そりゃ帰りたくもなる。
「ねぇ、あたし帰っていい? 今すぐ帰っていい?」
「ダメですよ。命令違反です」
「命令違反云々より命が大事に決まってんだろ。大丈夫、魔王様もウィンチェスターに散々やられた被害者だからきっと分かってくれるわ」
「なりません。宿敵が居るのです、逃げる事なんて出来ませんよ」
「じゃあアンタだけ残りなさいよッ! あたしも部下も嫌だわ、あんなバケモノの孫を相手にするとか!」
「それだと囮が出来ないじゃないですか」
「もう隠すことなく囮っつったな!? よし決めた帰る今すぐ帰るそんでさっさと―――」
休む。そう言い切ろうとして、それを止めた。
――――――死だ。
今この瞬間、この場所に絶対的な死が訪れつつある。死の騎士が1959年型のキャデラックを駆り、らしくもなく爆走して此処まで近付いて来ている!
第六感、或いは危機察知。理由なんてなんでもない、兎に角彼女は此処に何か途轍もないモノが襲い掛かっている事を察知した。
シルビアは即座に踵を返した体を元に戻し、下半身を馬の形をしたモンスターのものに変化させて颯爽と駆け出した。
それに呼応する様に、聖女もまた全速力でシルビアに並んで疾走する。
時間にして僅か一秒。たったそれだけの時間で一気に1kmもの距離を離れた二人は、丁度良く紅魔の里の入口まで辿り着いて、
――――――――――――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
劈く轟音と爆裂する衝撃に、背中を突き刺された。
もはや無意識、表層よりもさらに奥深くの意識が働き掛けたそれによって動き出した身勝手の境地は姿を消し去り、二人を現実へと引き戻す。
「―――はっ、はぁ、はぁ……!!!!」
「爆裂魔法…!? そんなっ、魔法陣は展開されていなかったのに!」
「これよ、そうこれよっ! 忌まわしきウィンチェスター、魔王軍が最も畏怖した猟犬の狩り……!!!」
❖
入口から遠く離れた山の中。
怠惰と暴虐を司る邪神ウォルバクと復讐の女神レジーナが封印されていた、その山には。
細部全てがオリジナルであり最高品質だが、爆裂魔法がエンチャントされた専用の弾丸以外は装填する事が出来ない浪漫狙撃銃―――リー・エンフィールドのボルトハンドルを引き、舌を打つ神父が居た。
ついでにそれを見てドン引きするカズマ達―――アクアを除く―――も居た。
「チッ、思った以上に逃げ足が速いな。勘で気付かれたのか? いや、どっちかっつーとあれは本能の方か。生存本能ってのは厄介だな、クソが」
悪態をつきながら、神父は再びスコープを覗いて狙いを定める。
厄介になりそうな幹部と、知人を殺した女が目の前に来ている。この手で嬲り殺さないと気が済まない。この目で死に様を収めなければ。
―――なんてお約束事なぞ、この不真面目神父がする訳がない。
「うわぁ……マジ酷い。すんごい酷い。俺が魔王軍側なら即抜けして田舎で余生を過ごす」
「味方ながら、本当に有り得ませんねこの神父。戦い方が非常に。流石はアクシズ教徒と言いたい所ですが、普通のアクシズ教徒でも多分ここまでしませんよね」
「何処からともなく現れる爆裂……うん、良いな」
「良いわよ良いわよ、どんどんやっちゃって! うちの大切な大切な信徒の仇なんでしょ!? 遠慮なく撃ちまくっちゃいなさい!」
敵は敵だ。神父からしてみれば、それ以上でも以下でもない。
仇である事に変わりはない。憎悪も未だ冷め切っていない。
だが、だからと言って。そうであるからと言って。何故、態々馬鹿正直に敵と対面して戦わなければならないのか。
憎悪が何だ。仇だから何だ。確実に殺せる手段があるならば、それを徹底するに越した事はない。
神父はアクシズ教徒だ。魔王軍からも関わる事を避けられるアクシズ教徒だ。
「滅びの刻は満ちた。神の遣いは喇叭を吹く」
卑怯? 上等だ。それで敵を殺せるなら。
「精霊は竪琴を引き、涙を漏らす。人々は声を枯らして
不意討ち? 上等だ。呆気なく片がつく。
「されど我は歩みを止めぬ。故に我は命を捨て、
正々堂々などという誠実さなど、不真面目なこの男には存在しない。そういう真面目な事は
「道化と笑え。夢だと
魔力を高め、引き金へと指を掛ける。
「人とは神の模倣なり。神とは人の偶像なり。我ら無くして彼は無く、彼無くしても我ら有り」
口ずさむは復讐の歌。
眼前に在るもの全てを悉く焼き尽くす、終末の詩。
「終末を書き記し、貴様の全てを嘲笑おう。所詮、貴様も偶像でしかないのだと」
これで死ななければ、それでも良い。
どちらにせよ、瀕死にはなる。
「これにて幕は降ろされる――――――『エクスプロージョン』」