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紅魔の里はよく壊される。壊され慣れている。
というのも、魔王軍の襲撃は紅魔族にとって別に珍しい事ではなく、よく襲撃されては撃退してすぐに里を建て直しているのだ。
なので、襲撃自体に何ら抵抗はない。
何も無いなら無いで退屈ではあるのだが、平和なら平和に越した事はない。しかし、向こうから来るというのであれば話は別である。
幸いにも高い魔力を生まれつき備える彼等ならば、即興の部隊であれば簡単に撃退出来る。それこそ作戦によっては殲滅すら可能だろう。
そんな彼等だが。
「流石にこれはやり過ぎじゃないですかねぇ!?」
まさか、こうも清々しい程に里を破壊されるとは思っていなかっただろう。
もはや里の原型など欠片もない。死者こそ出ていないが、里は完全に壊滅状態である。
だが、それもその筈だ。
何故なら―――この紅魔の里には、合計で十発もの爆裂魔法が間髪入れる事なく放たれ続けたのだ。
事前に予告して避難を完了させていたから良かったものの、もし神父が事前予告をしていなければ紅魔族は絶滅していたに違いない。
忘れるなかれ、この神父は別に善人ではないのだ。ただ、なんだかんだ言いながら人付き合いが良いのと理由さえあれば十二分以上の成果を出すというだけで。
彼もまた一人のアクシズ教徒なのだ。自分勝手な行動の一つや二つくらいする。まぁ、普通のアクシズ教徒でもここまではしないだろうが。
「ここまでする必要ありました!? もう里の原型無いですよ!?」
ゆんゆんの言い分はご尤もである。
ぶっちゃけオーバーキルだ。ここまでする必要は無かったとも神は思う。
だが、神父からしてみれば敵を確実に殺す為に徹底的にやっただけに過ぎぬのだ。
「徹底的にやった、それだけだ。それにそのまま放置するつもりはねぇよ、しっかり復旧させる。責任も費用も俺が持つし、必要なものがあれば用意させる」
「そ、そうなんですか。なら安心……出来ませんがっ!? それとこれとは話が違うんですよ! 私達の家も含めて跡形もないんですよ、精神的なダメージがあるんですよ!?」
「生きてるなら儲けもんだろ」
「もうヤダこの人! めぐみん、私初めて人の事を嫌いになりそう!」
悪びれる所か謝罪すら無し。ゆんゆんに目を掛ける事もなく、神父はただ前を向いたまま煙草を吸っている。
ゆんゆんは初めて人を嫌いになり掛けていた。なんかもう色々な意味で無茶苦茶だから。
「分からなくもありませんが落ち着いてください。ぶっちゃけ、私は神父が費用を持つので実家を裕福にして貰うつもり満々ですよ」
「教え子に貧乏貴族出身の奴が居てな。今じゃ王族の側近を勤めてるんだが、貧乏な奴を見るとソイツを思い出す」
「ぶふっ!?」
「どうしたの、ダクネス? いきなり吹き出して」
「い、いや! なんでもない、なんでもないぞ!」
(あー…そういやコイツちゃんと貴族だったな。そりゃレインとも面識あるわな)
ダクネス―――もとい、ララティーナはダスティネス家の令嬢である。ドMなクルセイダーだが、しっかり貴族である。
立派な貴族である彼女は、勿論の事ベルゼルグ王国の王女であるアイリスやその側近であるレインやクレアとも顔見知りだ。
そして、そのレインこそ、かつての神父の教え子なのである。
まぁ―――
神父はホルスターから愛銃のガバメントを取り出し、スライドを引いて弾丸を
あろう事か、敵は未だ存命だ。
伊達にあのラプラスの信者という訳ではないらしい。
聖女アリアドネは六発目辺りから銃弾の速度を見切ったのか、銃弾が着弾して爆裂する前に斬り捨てるという荒業をやってみせたのだ。
とは言えど、当然と言うべきかそれを見切る前はそうもいかなかった。事前告知無しの爆裂は確かに聖女とシルビアに傷を負わせていた。
「間違いない…コイツ本当にウィンチェスターの孫だわ。来るんじゃなかった、こんな里っ!」
「はぁ、はぁ……。本当に、卑怯なのですねっ……!!!」
もはや、満身創痍だ。
両者共に、生きているのが奇跡と言っても差し支えない。あの爆裂魔法の嵐からよく生き抜いたとも言えるだろう。
だが、重症である事に変わりはない。
そして、この神父がそれを気にする事もない。
「卑怯で結構。不意討ち上等。殺すべき敵を殺す為に最善を尽くす、それだけだ。誇りも矜恃もクソ喰らえだろ、敵は敵以外の何者でもない」
「もうこれどっちが悪役か分からねぇなこれ……なぁ、神父さん。本当にこの人達殺さないとダメか?」
「あ? 何抜かしてんだ、カズマ」
「確かに魔王軍の幹部だけど、ウィンチェスターの爺さんを知ってるって事は、多分この人かなり前からの魔王軍勤めの人だろ。情報源的な意味も含めて生かしても良いんじゃないかなー…って」
鋭い目で刺されるも、しかしカズマは怯まなかった。
いや、内心は凄まじくビビっている。
それはもう今すぐ失禁してしまうかもしれないくらいにはビビっているのだが、カズマとしては敵が哀れで仕方ないのだ。
美女二人がこうも惨殺されるというのは、彼の良心が痛む。それに加えて、何かと引っ掛かる部分もある。
「……ならもう一人のアマの方を生かす理由は?」
「そういう事が出来るのか分からないけど、操られてる可能性もあるんじゃないかなって」
「余計な事を言うな。私の信仰は嘘偽り無き本物です。私は自らの意思で我が主を信仰している」
「だとさ」
キッと睨みながら、聖女は助け舟をばっさり斬り捨てた。
えぇ……と困惑するカズマを他所に、そもそも説明されても見逃すつもりはないがな、と神父は
「なんでアンタ余計な事言うのよ!? あたしは違うわよ!? 話します話します、何でも話すから命だけはどうか勘弁を!」
「既にウィズとバニルが居るからな、正直お前も要らん」
「はぁ!? あの二人裏切ったな巫山戯んなっ! いや、バニルの方はそんなアレだったから納得か……」
「そうか。ならもう
「もうちょっと待って! ほら、見逃してくれたらあたしを好きにしても」
ドォンッッッ!!!!
鼻腔を弾丸が通り抜け、脳を貫く。ぽっかりと空いた小さな穴から、蛇口から出る水の様な鮮血が流れ出る。
鼻腔に一発。文字通りの即死である。
だが、それと同時に聖女は駆け出した。
地面を蹴り瞬速で距離を詰め、鞘を走らせる様に抜刀する。
ガキィンッッ!!! と、鋼が激突する。火花を散らし、鍔迫り合う様に両者の距離が縮まった。
「くっ…!」
「速いな。警戒してなきゃ殺られてたかもな」
「それは嫌味ですかっ…!」
「安心しろよ、素直な感想だ。ありがたく頂戴しとけ」
「嘗めるな!」
「なら技術を揃えるんだな」
ゴッ! と、神父の蹴りがアリアドネの腹にめり込み、一気に距離を離す。
視界が一瞬だけ暗闇に染まり、すぐに意識を取り戻す。だがそうして瞼を開いた時には、既に神父は眼前にまで迫っていた。
「っ!」
「意外と重てぇな」
咄嗟に鞘を薙ぐ。
が、それは神父に届く寸前の所で手首を抑えられ、呆気なく防がれる。
だが、神父は少なからず驚いていた。アリアドネの身体能力の高さ、確かな剣技の腕に。
言っておくが、決して彼女は弱くなどない。
彼女の抜刀は確かに神速だった。対応する事が出来たのは、ひとえに神父が彼女の行動全てに目を光らせていたが故だ。
もし神父が油断していたならば、確実に神父は斬られていた。
それが致命傷となる場所に当たるか当たらないかは定かではないが、しかし斬られていたのは確かなのだ。
女性でありながら、その身体能力は凄まじい。受け止めたにも関わらず少なからず衝撃が走ったのは、この聖女の身体能力が異常である証拠だ。
(魔法の力か、それともアイツの加護か…。とは言え、技量は確かだな。馬鹿には出来ん。しかし重症でこれ程か、真正面から対峙しなかったのは正解だったな)
(止められた…! 顔色一つ変えず、あっさりと! やはりこの男、ただ卑怯なだけの男ではない!)
あまりにも差が開けた攻防は、ただ片方だけを苦しめる。
振り下ろされ、身を翻す太刀筋。
アリアドネの太刀筋は、まさしく我流のそれだが、しかし最も刀という武器を理解したものだった。
技と速さでモノを斬り捨てる武器―――それが刀だ。速さに身を任せながらも振り回されず、的確に急所とそうでない部分を幾度も逸らしながら振り抜く。
並大抵の努力では決して至れぬ境地。
加護などというものに甘える事なく、叩き込まれた剣を地道に振り続けた者こそ至る世界だ。
そうであると言うにも関わらず―――神父はそれをいとも簡単に捌いている。
神父は距離を離さない。近距離を維持したまま、正確に攻撃を捌いて急所へと打撃を叩き込む。
剣士にとって、
それらの二択が、剣士と剣士の戦いを決めると言っても過言ではない。
だが、そもそもの話。
武器を振るい、攻撃を当てる事が出来る距離を潰されてしまえば―――間合いもクソもありはしないのだ。
近距離であればある程に振るい辛い刀。
近距離であればある程に命中率が上がる銃。
接近戦用の武器である筈の刀は、しかし遠距離用の武器である銃に距離を詰められ過ぎれば、手も足も出ない木の棒と化す。
「……」
「がっ……!!」
ドォンッ!
糸に針を通す様に、剣閃の合間を通って銃弾がアリアドネの腹を穿つ。
戦いは互角の様に見えて、しかし実際は一方的だ。
何度も何度も繰り返すが、神父の得意分野は対人戦である。
人の形をしているのであれば、例えドラゴンであろうと有利に立つ事が出来る程に、人間という存在との戦い方を心得ている。
こと対人戦においては、ウィンチェスターの娘である自らの母親すら凌駕する。
そんな神父にとって、彼女は剣技だけが超一流の二流戦士でしかなかった。経験があまりにも足らなさ過ぎたのだ。
言葉を強くするのなら―――彼女では、神父を相手取るにはあまりにも力不足だった。
「かっ……。っは、がっ…………」
「あの世でてめぇが殺した爺さんに宜しく言っとけよ。あれで甘い奴だからな」
膝をつき、太刀を手放して瞳から光を失いつつある聖女の頭に銃口を突き付ける。
感情はない。もう成すべき事は成したも同然だから。
「あばよ」
引き金に指を掛け、力を込めて引けば。
「……彼奴マジで殺してやる」
其処には誰も居なかった。
「残念、余との会話は次回だぞ。あと、実は既に本編の後で神父と喋ってたりしてたんだけど気付いた人は居るかな?」