アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

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第三十話「しばいて殴って蹴り穿つ」

 

■  ■

 紅魔の里での一件を終えてから随分と経った。

 神父はカズマ達と共にアクセルの街に戻り、久しぶりの教会で今日も相変わらず酒と煙草を味わっていた。

 アクセルの街は、特に変わらない。相変わらずと言うべきか、ギルドの冒険者達は喧しい奴等が多かった。

 やれ居ない間に溜まった愚痴を聞けだの、相談事が山程あるだの、金を貸してくれだの、巫山戯た事を抜かす連中ばかりだ。

 だが、そういう巫山戯た連中だからこそ神父としても気楽にやっていけるのだ。そういう連中なら、何の容赦もなく叩きのめせるから。

 そういう訳で、ラプラスの事やアリアドネを仕留め損ねた事もあって存分に八つ当たりをさせてもらった神父の機嫌は、結構良好である。

 

 あぁ、いや。

 より正確に言うのであれば―――良好だった、と言うべきだろう。

 そう、過去形である。今はそれも崩れてかなり機嫌が悪い。

 何故ならば―――

 

「どうも。ご無沙汰してます」

「……どうも」

「なんで来るんだよ、テメェ等」

 

 かつて神父が自らの手でフルボッコにした、魔剣の勇者ミツルギ一行―――その内の二人、クレメアとフィオである。

 神父はあからさまに顔を顰めた。

 

「ちょ、何よその顔!」

「顰めてんだよバーカ。面倒事が落ち着いて来て休んでた最中だってのに何しに来やがった、また甘えた事でも抜かしに来たか?」

「あはは……」

「ほんっとに口悪いなコイツ…!!! ねぇフィオ、本当にコイツに師事しなきゃいけないの? もう嫌になって来たんだけど……」

「仕方ないじゃん。私達が知る限り、一番強いのこの人だし」

「おいテメェ今なんつった?」

 

 冗談であってほしい言葉が聞こえ、神父は呷ろうとしたグラスを降ろす。

 師事。そんな単語が聞こえてきたのだ。

 師として仕える事。ある人を先生とし、その教えを受ける事を指す言葉、それが師事である。

 嫌な予感は的中していた。フィオとクレメアは、揃って頭を下げてこう言い放つ。

 

「お願いします! どうか、私達を師事させてください!」

「お願いします!」

「Jesus……」

 

 久しぶりに神父は天を仰いだ。Jesus crisis、なんてこったクソッタレが。

 師事。それなら、神父は腐るほどやってきた。というか、紅魔の里に行く度にそれをやっているのだ。

 何なら今だとカズマなどを偶に鍛えているのが、紛れもない神父である。

 だが、面倒事を嫌う神父としては別に気に入っている訳でもない相手の師事など御免被るのだ。

 紅魔の里は偶にしか行かないから良いのだ、だがこれは話が別である。

 

「…取り敢えず話は聞いてやる。まず、なんで俺に頼む? 俺は冒険者じゃねぇぞ」

「えっ、嘘でしょ!?」

「てっきり凄腕の冒険者なのだとばかり……」

「違ぇよ。こちとら単なる一般神父だわ」

「それは違うでしょ」

「一般人はあんな事出来ないわよ」

「思った以上に図々しいな。……まぁ良い。で、理由はなんだ?」

 

 促されるまま、二人は理由を語り始めた。

 あの時、神父に言われたように自分達がミツルギに頼り切っている荷物でしかない事を自覚し、特訓を始めた事。

 基礎を見直し、初心に帰って共に訓練を続けた事。

 しかし、途中からミツルギの手元に魔剣が帰ってきた事で、自分達の成長が分からなくなってきた事。

 このままではまた荷物になってしまう。それは何よりも嫌だから、助言の本人である神父に直接師事すると決めた事。

 

「あの時、アンタは言ったわ。一から学び直すか、師事をするか。選ぶのは私達次第だって」

「だから、貴方を頼りに来た。私達が知る中で、誰よりも強い貴方を」

「……チッ。自分で墓穴を掘ったか、過去を改変したい気分だ。クソッ」

 

 乱雑に頭を掻きながら、神父は一気に酒を呷って立ち上がる。

 煙草を取り出し、火を付けながら神父は二人の間を通り過ぎて教会の扉を開く。

 

「しっかり金は払ってもらうからな。先に言うが、身の安全は保証してやらねぇぞ。それくらいの覚悟はしとけ」

「…! 言われなくとも、もうとっくに出来てるわよッ!」

「今日からお願いします!」

「言ったのは俺だからな、それにストレス発散の代わりにもなる」

「堂々とサンドバッグ宣言!?」

「俺の八つ当たりに付き合ってもらうぞ」

「隠す気無さ過ぎでしょ!?……でも、良いわ。こっちも手加減抜きで殺しに行くから」

「はっ、言ってろ」

 

 鼻で笑いながらも、神父の機嫌はどこか良くなっていた。

 意思がある。決意がある。

 断固とした意思、決して折れ曲がる事はしないという決意。それらを感じさせる目を、あの二人はしていた。

 ただ、想う人を支えたい。お荷物になんてなりたくない。此処にミツルギを連れて来ていない事が、彼女達が本気である事の証明だ。

 願いの為に、手段を選ばず堂々と頼み込む姿勢には神父も思う所があったのだろう。

 そういう目も出来るんだな、と神父は少しだけ彼女達を見直したのだ。

 

 そうして二人を引き連れて向かった場所は、街の外に広がる草原。

 其処で、神父は実戦訓練を開始するつもりだったのだが……

 

「なんで観客が居んだよ」

「いや見逃す訳ないじゃん、神父さんの戦闘シーン」

「あのいけ好かない魔剣野郎のお供がボコされると聞いて来た」

「同じく」

「マジで有り得ないわ、アンタ等。ごめんなさい、神父さん! 後でキツく言っておくから」

 

 何故だか知らないが観客が居た。

 神父の発言の次から順で、カズマ・ダスト・キース・リーンの四人である。

 アクセルの街でもかなりの頻度で神父の世話になっている者達が、観戦を始めていたのだ。

 

「後でポーション渡してやるからタマの一つくらい潰してやれ」

「おっけー!」

「何もおっけーじゃねぇよ!? おい止めろ、リーン落ち着け!」

「何で俺もなんだよ関係ないだろ!?」

「うーん……雰囲気?」

「捨てちまえ、そんな空気読みっ!」

 

「……騒がしくなったが、まぁ良い。おら、さっさと来い。勝利条件は単純、俺に一撃でも食らわせる事だ。服に一発でも掠れば良い」

「嘗め…てないわね。私達の実力はまだその程度だって事よね」

「悔しいけど、その通り。なら―――」

「倒すんじゃなく―――殺すつもりで」

 

「話が早くて楽だ。なら殺しに来い」

 

 先陣を切ったのはクレメアだった。

 雄叫びを上げる事無く、静かに地を蹴って神父との距離を詰める。

 

 クレメアの武器は槍だ。

 直剣や短剣とはリーチが大きく異なり、大して距離を詰めずとも敵に攻撃する事が可能な武器―――それが槍だ。

 あらゆる武器に通じるものとして、リーチ(距離)がある。剣も槍も、果ては弓などの遠距離用の武器にすらリーチという概念は存在する。

 銃もまた例外ではない。銃弾が何処まで届くのかは、あらゆる銃において重要視される。

 近接武器において最もリーチがあるのは槍だ。ただ相手を突く事にのみ特化した、遥か古の時代から存在する武器。

 対して、今の神父は素手だ。

 銃も剣も持っていない、完全に無防備の状態だざ―――しかし、神父にとって武器の有無は大した問題ではない。

 

「まず踏み込みの力が軽い。もう少し力を入れろ、軽く地面を蹴ったぐらいじゃ距離は縮まらん」

 

 クレメアの踏み込みは、決して早いものではなかった。

 それこそ、神父の組手に散々付き合わされたとは言え最弱職である事に変わりないカズマですら、攻撃する隙があるなと思ってしまう程だった。

 神父は体を逸らすでもなく、立ったままクレメアの槍を手で簡単に払うだけで狙いを逸らす。

 こと対人戦において、今の神父以上に強い者などそれこそ神父の祖父くらいのものだ。

 そんな神父にしてみれば、人の形をしたモンスターではなくただの人間が相手ならば、武器の有無など気にする必要も無い。

 

「槍の扱いも軽いな。本当に基礎から見直したのか? 近接武器を扱うのなら、身体操作の一つや二つくらい出来て当然だろ」

「くっ…!」

「貸せ。手本を見せてやる(叩き込む)

 

 ふっ、と。棒立ちしていた筈の神父の姿が、クレメアの視界から消え失せる。

 

「え!? 何処……後ろッ!?」

「真正面だ、馬鹿が」

 

 左右に姿はない。ならば後ろかと踏んで振り返り槍を薙ぐが、空振りで終わる。

 一気にクレメアとの距離を潰し、姿勢を低くした神父はそのままクレメアの足を払い体勢を崩した瞬間、体が宙で横になった彼女の腹部へと容赦なく拳を叩き込む。

 ゴッッッ!!! と、腹から背を貫通して発生する衝撃。腹から全身の骨まで伝播した衝撃は、まるで身体そのものを踏み潰されたかの様な激痛となって彼女を吹き飛ばした。

 これまで感じた事がない激痛に意識が飛びかけた瞬間、暖かな光と共に一気にそれが消失する。

 ヒール―――回復魔法だ。

 腹に拳を叩き込むと同時にヒールを発動する事で、神父はクレメアの意識が飛ばない様に調整を施したのだ。

 ぶっちゃけ、拷問と何ら変わらない恐怖である。

 

「モンスターと違って、人間の視界ってのは然程広くないからな。姿が見えない状態で距離を潰せば、隙なんざ幾らでも作れる」

 

 手放された槍を掴み、まるで使い慣れたようにくるりくるりと巧みに振り回す。

 人間の視界は、その肉体によって半分が埋まってしまっていると某武器商人と旅をする作品に登場する殺し屋が言っていた。

 人間の有効視野は基本的に真正面から35度。左右の最大視野は60度で、そこから40度以上は肉体によって見る事は叶わないらしい。

 だが、目では見えずとも気配で理解(わか)る。いつの時代も、強者とはそれで敵を察知するのだ。

 

「こんな草原じゃ隠密スキルも意味ねぇだろ」

「こっ!?」

 

 盗賊であるフィオは、隠密スキルを使用して神父の隙を伺っていた。

 だが―――こんな平原では、隠密なぞ有ってない様なものである。

 気配だけを頼りにし、神父はほぼ感覚でフィオが居る場所まで接近し、石突で喉を穿つ。

 動き出して僅か20秒。たったそれだけの時間で、二人は既に倒れていた。

 

「さっさと立て。休ませる暇を与えた覚えはねぇぞ」

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