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ベルゼルグ王国。
魔王軍と国境が重なる唯一の国であり、要するにこの世界における前線基地である。
経済面においては弱いのだが、魔王軍と戦う為の軍事力を重視しており、王家の人間は魔王を倒した歴代の勇者を婿として迎え、その強力な能力や装備を継承している。
またその他にも、どうやらベルゼルグ王国の王族は各分野で最高レベルの教育を受けているらしく、大量の経験値を得られる高級食材を惜しみなく食する事でレベルを上げているとの事だ。
首都である王都を代表とする王族たるアイリスやジャティスもまた、例外ではない。まだ子供の少女であるアイリスですら、高い戦闘能力を有している。
流石は、魔王軍と最も戦闘している国と言うべきだろうか。
まぁ、
長い旅路の果て、神父を含めたカズマ達は王都の門前まで辿り着いた。
「おー…でっか。これが王都か」
「いつ見てもデカイですね。アクセルの街も中々に広い筈だったのですが」
「何よ、アルカンレティアだって凄いんだからね!」
「不安だ……。頼むから何も起きないでくれろ……」
「いい加減に諦めろ、御令嬢。どう足掻いてもトラブルは避けられん」
「それを貴方に止めていただきたいのだが!?」
切実に願うダクネスだが、神父は知った事じゃないなと、無視して呑気にスキットルに入れた酒を呷る。
王都。神父が生まれ育ち、かつての教え子達と共に過ごし、滅亡から救った場所。神父にとっての故郷と言える場所。
だが、神父は特別何かを想ってはいなかった。ただ帰ってきた、それぐらいの感想しか抱いてはいなかった。
懐かしいとは思う。教え子達が今どうしているのかも気になる。だが―――それだけだ。
それだけで、それ以上の想いは何も無かったのだ。
「止まれ、通行証を確認する」
「はい。どうぞ」
「……運びか。冒険者か?」
「えぇ、どうやらパーティの招待状を貰ったとの事でして。あぁ、もう一人の方は冒険者ではないのですが」
「神父? 冒険者と神父が一緒なのか……それはまた、妙な組み合わせだな」
「妙な組み合わせで悪かったな、衛兵殿」
「あっ、いや。すまない、気に障る様な事を言ってしまった」
「なんだ。立派な衛兵にでもなったかと思えば、今も何か言われたら『あっ』って言う癖治ってねぇのか。兵士として如何なもんかと思うぞ、リーガス」
積荷から掛けられた声に、えっ……と声を漏らして、リーガスと呼ばれた衛兵が目を見開く。
聞き覚えのある声だ。何度も聞いた指摘だ。
兵士となる事を志してから、何度も何度も勉学と訓練で自分を叩き潰してきた、世界でただ一人の師匠の声だと彼が理解したのは、ほんの数秒の事だった。
積荷から降り、衛兵の方へと姿を表すのは、やはり―――呆れた様な顔を浮かべた神父だった。
「せ、先生…!?」
「数十年か。意外と経ったな、それもあってか見てくれは立派なもんだな。ガキの頃に比べればマシになったか?」
驚愕に包まれたリーガスを他所に、神父は珍しく笑った。
呆れが入り交じっていはいたが、それは紛れもなく己が教え子の成長を喜ぶ教師としての顔だった。
次第に、リーガスの兵士らしい凛とした顔は崩れていき、目頭に涙を……というか、もう既に滝の如き涙を流していた。
「あ、あぁ……!!! せんせえェェェェェェェェッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うるせぇよッ! たかだか数十年会ってないだけで号泣するな! もう大人だろうがテメェ!」
情けなく大声を上げる元教え子に、神父はわりと本気で怒鳴った。そりゃいきなり大声出されたら怒る。
「数十年、数十年ですッ!!! 先生が居なくなってから、もう数十年も経ってるんすよ!? いったい俺達がこの日を思いどれだけ涙で枕を濡らしたと!?」
「いらん説明をするな、気持ち悪い。お前等がどれだけ涙で枕を濡らしたかなんざ知りたくねぇよ」
「こうしてはいられない! 今すぐ皆に報告して来ますから! 少なくとも丸一日は逃げられませんからね!? 覚悟の準備をしておいてくださいね!?」
「おい巫山戯んな! こちとら王城に行かなきゃなんねぇんだぞッ! それ抜きにしても、丸一日も拘束されちゃ堪らんわ阿呆かテメェは!?」
神父の怒号を気にもせず、衛兵は仕事を放ったらかして王都の中へと消えて行った。
神父は天を仰ぎ、頭を抱えた。心の底からファッキンクライストと叫びたい気持ちでいっぱいだった。
「久々に会ったかと思えばこれか……先が思いやられる」
「取り敢えず神父さんがすげー慕われてる事だけは分かったわ」
「当たり前じゃない、あたしの信徒なのよ? こーんなに優秀な信徒が慕われなかったら世界が間違ってるわ、世界が!」
「間違ってるのはアンタの頭の中の常識だろ。頭沸いてんのか?」
「いつにも増して辛辣!?」
「私は分かります、これアルカンレティアの二の舞ですよね。まーたこの不真面目神父を知ってる人間が大量に湧いて来るんですよね、分かります」
「ぶっちゃけた話、来る奴の四割くらいは殴り掛かってくるだろうな。もしくは武器を構えて来る」
「んな事あんの? めっちゃ慕われてる感じだったのにそんな事あんの?」
カズマの疑問は実にご尤もである。
だが、神父の性格を考えてほしい。この男、態々自分の元教え子に近況報告などする様な柄の人間に見えるだろうか?
答えは否である。
十数年もの間、手紙などの近況報告など無かったのだ。してこなかったのだ。
神父を慕っているからこそ、拳やら足やらが出てしまうのだ。おかえりなさいだけどテメェ近況報告ぐらいしろや! と。
「まぁ、あのクソ野郎を殺ってからすぐ王都を出たからな。そっから音沙汰一つ無かった奴が帰ってきたんだ、殴りたくもなるだろ」
「それを分かってる上で報告しない神父さんもどうかと、カズマさん思う」
「セナに任せたから問題無ぇだろ。彼奴が仕事をサボるとは思えしな。それとも何だ、お前は両手じゃ収まらん数の教え子全員分の手紙を書けるのか? 文句の一つなく。事ある毎に」
「すいませんでした」
自分がやったらと考えた瞬間、カズマはすぐに謝った。どうやっても取り組む姿が見えなかったのだ。
両手では収まり切らない数の手紙を書かなければならない。もはや書類仕事と何ら変わらないそれを、カズマが取り組む姿など誰が想像出来るだろうか。
面倒事が嫌いな神父としても、それは御免被る。非常に面倒で仕方ない事をする訳もないのだ。
そんなこんなで、王都を歩いていけば―――
かつての教え子と再会していく。
「やっと帰ってきたか、このバカ教師め! アンタが居ない間、こっちは大工になっちまったぞ!」
「セナから聞いてる。名のある大工になったんだろ? パン屋のお袋さんをどう説得したんだ、ロイド」
「お久しぶりです、先生! わたしの事、覚えてますか?」
「勉強放ったらかして、いつも引っぱたかれて泣いてたエルザだろ。おい蹴んな、お前が悪いんだろうが」
「ボクは最初から気付いてましたよ? アクシズ教で名を上げる人なんて貴方くらいだと……」
「ならその察知能力を将来に活かせ、バカエリン。ナルシストの教師とか嫌われんぞ。つかお前ボクっ娘キャラだったか?」
「セナから色々聞いてるぜ、先生! 魔王軍の幹部やったんだろ!?」
「悪いな、ヴェルス。冒険者のお前の出番は奪っちまったよ。適度にクエストでもこなしとけ」
「おかえり、先生! いつでもうちの店来てねー!」
「酒場の看板娘か? お前らしいな、アイネ。時間があったら飲みに来てやる」
「こんな
「無理して立つな、ワイズ。ヒョロヒョロだったお前が騎士団入りとはな、リーガスにも見習ってほしいもんだ」
ロイド。エルザ。エリン。ヴェルス。アイネ。ワイズ。
その他の多く、計30名。それら全員が、かつて神父が教えていた子供達であった。
そして―――最後に。
「先生、お久しぶりです」
「やっほ、せんせ」
「……セナから聞いてはいたが、本当に結婚してたんだな。ウィズダム、エレン」
ウィズダムとエレン。
神父が王都で家庭教師として働いていた頃、最初に仕事に請け負った二人の男女。
当時から仲が良く、神父の教え子達が増えていく中でも先輩として様々な事を教えていた、皆にとっての兄貴・姉貴分だった二人だ。
そんな二人は、かなり前に結婚して、子供まで授かっていた。
「おめでとさん。ま、いつかはくっつくだろうとは思ってたがな」
「実はわりと最初から付き合ってんだよ、せんせ」
「マジか、それは気付かなかった。……で? その子の名前は?」
「あ、それ聞きます? いやー、先生もやっぱり子供の名前とか気になるんですね!」
「うるせぇ、ウィズダム。いいからさっさと教えろ、こっちも用事がある」
「長女はイリスです」
「次女はカティだよ」
「――――――」
神父は目を開いて、そうか……と、俯いた。
イリス、カティ。
神父の元教え子であり、今や亡くなってしまった、当時まだ10歳になったばかりの二人の子供であり姉妹だった少女達だ。
教え子達の中でも特に幼く、皆に可愛がられていたのは神父もよく覚えている。
言い方を変えてしまえば―――神父が救う事が出来なかった、教え子達の中の二人でもあるのだが。
そんな二人の名前を、自分の子供に授けていた。
「でね、実は長男も身篭ってます」
「……久々に、お前らの甘ったるい空気を味わった気分だ」
「幸せでーす、ぶい」
「そうか。なら、長男の名前は―――」
神父が口を開こうとして、ウィズダムがそれを遮った。
「実は、まだ考えてないんです」
「それでね、せんせに名付けてもらおうかなって」
「俺が名付け親か? それこそ性に合わん」
「でも、神父様なんでしょー?」
「お前は神父を何だと思ってんだ」
「良いじゃないですか、先生。俺もエレンも、先生に決めてほしいんですよ」
穏やかに。幸せそうに。そんな風に笑う二人を見て、神父は小さな溜め息を吐いた。
あいも変わらずの二人だ。ずっと前から―――まったく、変わっていない。
「そうだな……なら、ゼノンだ。お前達の子供なら、それが良い」
ゼノン。
「ゼノンかー」
「不満か?」
「いや? 男の子らしくて、カッコイイなって。それに先生の事だし、意味があるんでしょ?」
「贈り物。そういう意味がある」
「贈り物……先生らしいネーミングですね。やっぱり先生、ロマンチストなんじゃないですか?」
「さぁな。ジジイの悪い所でも継いだかね」
穏やかに。
神父らしい笑みを浮かべていた彼をカズマ達が見たのは、それが初めての事だった。