アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

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第三十三話「無礼上等神父様」

 

■  ■

 ベルゼルグ王国の王女アイリスは、幼い頃から耳が腐る程にたかが一人の人間の話を聞いてきた。

 自らの父である国王から、自らの兄であるジャティスから、アイリスは何度も何度も一人の英雄の話をされてきた。

 

 王国を救った英雄だと、父は語った。

 王国を滅亡寸前まで追い詰めた最古にして最強の悪魔―――悪魔でありながら神と恐れられた悪魔『全知全能のラプラス』を打ち倒し、若き自分を救った英雄であると。

 王子である自分を導いた師匠だと、兄は語った。

 まだ王子としての自覚も碌になく、傲慢だった自分を容赦なく殴って教えを説き、王国で名のある者達を育てた尊敬すべき偉大なる師であると。

 

 英雄、恩人、師。それらの単語を何度も、何度も、何度も……何度も何度も何度も何度も聞かされてきた。

 はっきり言ってしまえば、アイリス王女はかなりうんざりしていたのだ。

 いつもいつもその人の事ばかりを話し、雑談など数える程度。

 会える日も数少ないというのに、何故わざわざそんな顔も知らぬ他人の話を、そう何度も聞かされなければならないのか。

 アイリスにはそれが理解出来なかったし、理解するつもりもなかった。要するに、嫉妬していたのだ。

 父と兄の心を独り占めする男―――王国を救った英雄に。

 嫉妬による嫌悪。嫌悪による忌避。顔を合わせた事もない他人だが、しかしアイリスにとっては決して会いたい人物などではなかった。

 にも関わらず―――

 

「お初にお目に掛かります、アイリス様。アクシズ教アクセル支部で未熟ながら神父を務めております、洗礼の名をインベルと申します」

 

 まさかの邂逅である。

 これには、さしものアイリスと言えども顔を歪める他なかった。

 パーティの後日、謁見の場を過ぎて食事会の場。側近とカズマ達しか居ないとは言え、ダクネスとしては驚愕である。

 あのアイリスが顔を歪めるなど、これまで1度足りとも見た事がなかったのだ。しかもそれが、まさかの神父に対するものなど誰が思うだろう。

 

「……」

「…ようこそ、インベル様。父と兄から貴方の話はよく伺っていました。お会い出来て光栄です、と仰っておられる」

 

 アイリスは基本的に、側近であるレインを伝って会話をする。

 それは彼女が内気であるが故のものであり、そして周りの貴族達も皆それを理解しているのか、誰も口を出そうとはしない。

 それ以前に、相手はそもそも王族。たかが一貴族程度が口を出すなど烏滸がましいにも程があるというものだ。

 だが―――敢えて言おう。

 もう結果など皆様分かり切っているだろうし、これから何が起こるかなど十分察せられるだろうが、敢えて言おう!

 

 この神父が。

 王子だけでなく、王子の態度や育て方に腹が立ち国王までぶん殴った過去を持つこの男が、

 

「いや自分で喋れよ。一応王女だろうが、お前」

 

 口を出さない訳がないのである。

 

「本当に申し訳ございませんアイリス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「先生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

「2人揃って叫ぶな。うるせぇ」

 

 ダクネスとレインの二人が声を揃えて叫んでしまうが、当の神父は二人の煩さに顔を歪めるばかりで謝罪など一言も発さない。

 突如の指摘、タメ口にアイリスとクレアも固まってしまっている。流石は神父、王族の子供相手だというのに一切の容赦も遠慮もない。

 だが、ダクネスを除いたカズマ達はだろうなと分かり切った反応をしていた。

 

「うん、まぁ知ってたよ。神父さんなら絶対言うわな」

「そりゃ言うでしょう。寧ろ指摘しない予測が出来ません」

「ウチの子は良い子だもの、これくらい当然じゃない。王族でも関係ないのよ」

「私も分かってはいたのだ! だが、きっと彼なら抑えてくれると…!」

「神父様になっても先生は先生だった……」

「ジャティスから内気だとは聞いちゃいたが、こりゃあんまりだろ。これならゆんゆんの方がマシだぞ」

 

 ゆんゆんも確かに内気だ。だが、彼女には行動力があった。

 ボッチでコミュ障ながらも、口数少ないながらも、しかし必死にギルドで声を掛け、パーティーを集って一緒にクエストなどに出向いていた。

 それは、ひとえに彼女に行動力があったからだ。

 そんなゆんゆんと比べれば、アイリスはかなり酷い。結構酷い。王族である事を除いても、目に余るレベルである。

 

「貴様ッ! アイリス様に向かって何と無礼な口を!」

「あー…この場合ダメなのはお前か。これで王女の側近か、聞いて呆れる」

「何だと!?」

 

 腰に差した剣の柄に手を伸ばし、前に躍り出たのは、アイリスの側近の一人にして護衛の女騎士クレアだった。

 だが、神父はそれを見るや否や堂々とダメ出しをしてきたのだ。

 

「お前がそうやって甘やかし続けるから、今みたいに人前でも喋らずお前に頼りっぱなしなんだろうが。側近ならそれくらい指摘しろよ」

(申し訳ございません、アイリス様、クレア……これは先生の言い分が正しいです……)

 

 同じく側近であるレインは、神父のあまりの正論にどうにも言えず申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 それが事実。全く以て、その通りだからである。

 貴族シンフォニア家の出身であり、アイリスの護衛を務める女騎士クレアは、包み隠さず言うならば過保護な側近だ。

 仕える主であるアイリスを、彼女は強く慕っている。それはもう忠誠以上の感情を抱いてしまっている程だ。

 だが、それこそがアイリスの人見知りと大人しい性格を直されずにいる原因でもあると、神父は断言した。

 

「側近ってのは、ただ守るだけか? ただ甘やかし、守り続けるだけが側近か?」

「くっ、それは…」

「さっきの反応を見りゃ誰でも分かる、お前は随分と王女様を大事にしてるらしい。だが、それだけだ。大事にするだけ、守るだけ。守るだけ守って導こうとしてねぇよな。よくそれで側近が務まるな?」

「ちょ、神父さん! ストップ、ストップ!! 言葉が強過ぎるって!」

「レインと違ってしっかりとした貴族様と王族様だからな、こんくらい強く言わねぇと分かるもんも分からん」

「なんでこの流れで私が罵倒されるんです!?」

 

 言葉が強過ぎる。そして鋭い。あまりにも容赦が無さ過ぎる。

 心当たりがある所為で反論が出来ず、ボロクソに言われた所為でクレアも少し涙目である。

 無礼を働きながらも、言ってることが何も間違っていない事と、自分でもそう思う節がある事からくる情けなさが、彼女の心にぐさりと刺さってしまったのだ。

 

「程度が知れるな。お前がそんなんだと、お前が忠誠を誓う王女様が低く見られる事くらい分からねぇのか?」

「う、うぅ……!!!」

「態々ジャティスから手紙が来てんだぞ、王族の責務が何やらってな。お前とレインがしっかりしときゃ、俺が出向く事はなかったんじゃねぇのか?」

「私まで説教なんですかぁ!?」

「テメェも側近の一人だろうが。俺の教え子ならはっきり言えよ」

 

「ふっ、二人を馬鹿にしないでくださいッッッ!!!!!」

 

 声が響き渡り、僅かな静寂が訪れる。

 アイリスの大きな声が、その場を包み込み、神父を除く全員を固まらせた。

 暫くして、アイリスはハッとした。

 自分が何をしたのかを理解し、そして神父は遅せぇよ……と呆れていた。

 

「声出すのが遅せぇんだよ」

「あ、え……」

「そんだけ大きな声が出せたんだ、取り敢えず緊張は無くなったろ。此処の連中とは喋れる。折角の食事会だ、カズマの冒険譚でも聞いとけ」

「えっ、俺!?」

「お前の方が聞いてて面白みがある。カスマエピソードもしっかり話せよ、スティールでクリスの下着取った事とか色々含めてな」

 

 俺は帰る。

 神父はそう言って、出口の方へと歩き出した。

 アイリスが自分を嫌っている事など、歪んだ顔を見ればすぐに理解出来た。だからこそ、神父はそれを利用して自ら嫌われ役を買ったのだ。

 人間が最も協力する瞬間とは、共通の敵を見付けた時だ。アイリスだけでなく、クレアからもヘイトを買った。

 だが、それだけではなく言葉が強いながらも助言は残した。

 そもそもの話。神父は自身がアイリスの相談役になれる等と、は微塵も思っていなかった。

 ああいう相手は、それこそカズマの様な人間こそが最適であると、神父が理解していたからだ。

 

「はぁ……取り敢えず、ジャティスと国王はぶん殴るか。ただでさえ少ない家族の会話に、赤の他人である俺を挟むなんざ、愚行も良い所だろうが。娘の気持ちを考えろってんだ」

 

 そう言い残して、神父は出て行った。

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