最も殺しやすい形である。
by神父
■ ■
僅かな月光が窓から差し込む暗闇の中を、無数の刃閃が切り裂く。
王城の廊下にて、2人の義賊はたった1人の人間に対して攻撃はおろか防御すらも許されず、ただ一方的に攻撃を受けていた。
「アァァァァァァァァァ、キツイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「それ本当っ!? カズマくんめちゃくちゃ対応出来てない!?」
「こんなのが対応出来てるとか言えるかァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
廊下に響き渡る絶叫……というか、どちらかと言えば八つ当たりの怒号か。
攻撃の殆どを回避し切れず、頬やら腹やら足やら腕やら様々な攻撃に刃が走り、傷だらけになっているクリス。
しかし、カズマはクリスとは対照的に、迫り来る神父のナイフ攻撃の殆どを、紙一重ではあるがどうにか回避し続けていた。
カズマはアルカンレティアでの一件から、偶に神父と手合わせを行うようになっていた(基本的に神父に逆らえないので、ほぼ強制と言っても過言ではない)。
カズマの実力が格段に上がった訳ではない。技術方面に関しては多少は上がったのだろうが、しかしそもそも職業が最弱職である為、そんなのは誤差の範囲内だ。
だが、そうであったとしても、カズマはかなりの時間を神父との手合わせに打ち込んできた。数ヶ月も手合わせを続ければ、流石のカズマにも対人戦への思考が身についていく。
「……」
「ヒィィィ!!!!!」
首を狙う一閃。手首を狙う一閃。心臓を狙う一閃。それら全てを、ひたすら大袈裟な後退と合間を縫う様な身のこなしで回避する。
人の何処を狙うのか。何処に当てれば動きが鈍るのか。それらを知識として理解していれば、後は予測で動くだけだ。
とは言え、それが簡単には出来ないからこそ戦いは難しい。しかし、カズマが神父と行っていたのは手合わせだ。死合ではない。
叩きのめせされながらも、何度も何度も神父の戦い方を見てきたカズマの肉体は、神父の攻撃方法を何となく覚えつつあった。
「―――」
「あっぶねぇ!? 今おでこ狙ったよな!? 俺知ってんだぞ、おでこ斬られると大量出血するし血の所為で視界塞がれんの!」
「よく勉強してんじゃねぇか」
「アンタの所為で嫌でも勝手に戦闘知識が身に付くんだよバーカ!」
故にこそ、カズマは紙一重で神父の攻撃を躱せる。他の冒険者よりも、神父に叩きのめせされてきたカズマだからこそ、回避が出来るのだ。
だが、しかし―――そんな事は、既に見抜かれている。
「よく躱すな。数ヶ月も叩きのめした甲斐があったと言うべきか。防戦一方なら、フィオとクレメアの二人掛りでもキツイかもな」
「どうしよう! 神父さんに褒められたのに、今だと全然喜べないっ!」
「そこまで躱せるなら、難易度変更だ。手合わせじゃなく――――――
「うっそだろマジで!?」
敢えて距離を取り、神父は再び腰を落としてナイフを構える。
刃が湾曲した、まるで獣の爪を思わせる特徴的な形をしたナイフ―――カランビットナイフ。
元は農業の稲刈りに使われていた農具でありながら、しかし相手を斬り裂く事に特化した形状のそれは立派な凶器であり、人殺しに向いている。
通常のナイフが『斬る』よりも『刺す』事に特化した形状になっているのに対して、カランビットは『斬る』事に特化した形状をしている。
現世においてはシラットといった武術で使われる事が多いが、最近では某リアルアクション俳優で有名になりつつあるそれを、神父は有していた。
これまた神父の祖父ウィンチェスターのお下がり―――ではなく、祖父の友人であり鍛冶師であった紅魔族の老人が拵えたものだ。
『
人間以外に使用しても刃が立たない設計になっており、確実に人間だけにしか刃を向かないという人間絶対殺すナイフである。
「死ぬのは一瞬だ。魂が逝く前に回復させるから安心しろ」
「全然安心出来ませんけど!? 普通に殺される事が確定したんですけどぉ!?」
「そうだな――――――まぁ、死ぬ感覚は憶えておいて損はない」
―――鋭い殺意。
容赦も躊躇も、果ては一抹の感情すらも感じない、無の瞳。ただ目の前の相手を殺すという、それだけの意思だけが其処には在った。
時間にして僅か1秒。神父はその一瞬でカズマの眼前にまで距離を詰め、右腕部にのみ『漣』を使用し、隙もなく刃閃の嵐を叩き込んだ。
カランビットの爪が、左右の頸動脈を丁寧に引き裂く。
カランビットの峰にある突起が鼻腔を貫く。
人差し指を起点に回転した外側の刃が、眼球を一閃する。
拳と共に放たれた一撃が胸骨を粉砕し、刃を一気に心臓まで届ける。
一撃と共に倒れた体に追従するように前のめりの体勢となり、躊躇なく両手の橈骨動脈を斬り裂く。
斬り裂けば、傷付ければ、人間を死へと至らす部分―――人体の急所へと、一寸の狂いもない攻撃を神速で叩き込み、刹那の瞬きで死を掴ませる。
カズマもクリスも、その目でしっかりと彼の冷酷さを見届けた事はない。
人間を相手にした時、これがどれだけ躊躇がないのかを身を以て体験した事は一度もなかった。
それが―――これだ。
顔見知りの相手ですら、知人と呼べる間柄ですら、気に入っている相手ですら―――敵となったならば、それは敵だ。何ら変わりはない。敵だと認識した瞬間に、神父にとってソレは敵以外の何者でもありはしないのだ。
「『ヒール』」
「っっっっっぶねぇ!?」
傷が瞬時に回復し、後頭部が床にぶつかった衝撃で離れかけた意識が強制的に戻される。
佐藤和真はこの日、初めて友人に殺された。これまで何度も死んでいるから薄れつつあった死への恐怖が、此処で呼び起こされる。
そして、それこそが神父の狙いでもあった。
「お前にはアクア様が居る。何度死のうと、あの人のリザレクションで蘇る。それを否定はしねぇ。だがな、死ぬ事に慣れるのは止めておけ」
「うっ…。いや、まぁ、確かにそれは思う所もあったけど……」
カズマは既に数回の死を経験し、復活している。
神父もそれは知っている事だ。だが、知っているからこそカズマは危機感を持たねばならないのだと、神父は思っていた。
人に限らず、命とは死ねば其処で終わりだ。本来ならば蘇る事など有り得ない。この世界においては、たった一度だけ蘇生が叶うが、しかしそれも決して許された事ではない。
人も、動物も、モンスターも、神も悪魔も、皆等しく死は訪れる。
それを分かっているからこそ、人は生きる事に執着する。死を恐怖する。
死への慣れは、人の身には余る。それは慣れていい感覚などではないのだから。
「まぁ、だとしても殺すのはやり過ぎたかとも思うが」
「思うのかよッ!? せめてそこは無くあれよ! 清々しい方がこっちとしても楽だったんですけど!? 痛みは全然無かったからあれだったけどもさ!」
「まぁ最初はクリスを殺ろうと思ってたんだがな」
女? 神様?
知るか、そんな事。敵なら誰であれ殺すだけだ。例えそれが神であろうとも。
「唐突のカミングアウト!? え、私殺される所だったの!? 実の友人の手で!?」
「偶には刺激的な経験でも如何かな、と思ってな」
「要らないよ、そんな刺激!」
「馬に乗った王子様が来てくれるってのにな」
「それペイルライダーだよ!? 死の騎士だよ!?」
「ジジイ曰く、意外と茶目っ気があるとよ」
「マジで何なのアンタの爺さん……」
「バケモンだ、そういう認識で良い。おら、さっさと行け。俺はお前等を逃がした奴等の指導をしてくる」
「うわ可哀想……さっきみたいに殺さないでくださいよ? 私としても困りますので……」
「じゃ殺るわ」
「人の心無いんですか!?」
その後、アクセルの不真面目神父の実力を疑う者は、誰一人として居なかった。
ついでに、神父はカズマパーティ(主にめぐみん)から文句の嵐を受けたのであった。これには神父も反論しなかった。だが反省もしなかった。