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時間は数十日も前に遡る。
場所はアクセルの街。その街にある一つの魔道具店の前に、一人の老人が立っていた。
老人にしては背筋がぴったりとしており、年老いて皺もある筈の肉体は何故か若々しさを醸し出していた。
しかし、足腰が悪いのか、老人は右手に杖を持っていた。黒く、杖にしては少し短く太い物だった。
老人は不敵な笑みを浮かべながら、空いた左手でノブを押して魔道具店の扉を開く。
そうすれば―――
「へいらっしゃい! 本日は何をお求めですかな、お客様!」
タキシード服に似合わぬエプロンを着た、仮面の悪魔がお出迎えをしてくれる。
地獄の公爵、七大悪魔の第一席―――バニル。『見通す悪魔』の異名を持つ、魔王より強いとも(自)称されるバニルである。
相変わらずの良い接客スマイルを浮かべて、今日も今日とて珍品しか揃っていない様な魔道具店に足を運んだお客様に、バニルは買い物をさせるのだ。
いや―――そのつもりだった、と言うべきか。
その老人を
「相変わらず元気が良いな、見通す悪魔」
「ふっ、この元気の良さも、我が近所の奥方に親しみを持たれている理由故な。そういう貴様は老いたな、吾輩が
バニルの見通す力は、格上の相手には通用しない。
だが、バニルは悪魔である。それも地獄の公爵と呼ばれる、悪魔達の中でも上位に位置する存在。七大悪魔の第一席だ。
そんなバニルを以てしても見通す事が出来ない相手など、それこそ神くらいのものだ。だが―――この世界には、人間でありながらバニルが一切見通せない人間が二人居た。
だが……今や、一人となった。
この目の前の老人が、かつてはバニルですら見通す事が出来なかった人間だったのだ。
「オレも人だからな、時間には勝てんさ。老いちゃいるが、これでも鍛えてるんだぜ?」
「杖を立てている癖によく言うわ。吾輩は親切だ、椅子を持ってきてやる。店主も呼んでくるから、待っていろ」
「悪魔の癖によく言うわ。だが、その親切心は素直に受け取っておくよ。ありがとな」
「まさか、貴様から礼を言われる日が来ようとはな――――――ウィンチェスター」
そう。
この御仁こそ、ウィンチェスター。
あの不真面目神父の祖父にして、師を務めていた伝説の男である。
それから暫くすると、店の奥でドタバタやらパリンバタンッ! と、騒がしい音が鳴り響いた。
かつての鋭さは影も形もないらしいな。と、ウィンチェスターは穏やかに笑った。
椅子に腰掛け、店主と悪魔を待つ事数分が経って、ようやく二人が店の奥から顔を出して来た。
「ウィンさんっ! お久しぶりです!」
「久しぶりだな、ウィズ。元気そうで何よりだよ」
ウィズは歓喜極まるといった表情だった。
それもその筈だ。何せウィンチェスターとウィズは共に戦場を駆ける事もあった友人であり、『氷の魔女』と呼ばれていた頃の彼女をして傷一つ付けられなかった人間だ。
良きライバルにして良き戦友。そんな彼が訪れて来てくれたのだ、喜ばない方が無理だと言う話だ。
「随分と落ち着いたなぁ、ウィズ。一瞬誰か分からなかったぞ」
「あはは……そんなに変わりましたかね?」
「雰囲気がな。豹変したみたいだ」
「豹変!? ちょっと言い方酷くないですか!?」
「ハッハッハ、残念ながら事実だ! 昔の様な切れ味がまったく感じられんからな!」
豪快に笑う老人。だが、ウィズが豹変した様に人が変わっているというのは紛れもない事実ではある。
氷の魔女なんて異名を持っていた当時の彼女は、今とは比べ物にもならないくらい苛烈で攻撃的な性格をしていたのだ。
そんな彼女を知っている彼からしてみれば、豹変したなんて表現を使うのも無理はない。
「当時は私も若かったと言うか…あ、今でも若いんですけどね!? 20歳のままですからね!?」
「言わんでも分かっとるわ。なんせリッチーだからな。まったく、今思い返しても腹が立つぞ。オレに相談もせず何をしとるんだか、お前は」
「変なプライドと言いますか、ライバルを頼りたくなかったと言いますか……あれは、私と私の仲間達のダンジョン攻略でしたし…」
「そんなのでダンジョン攻略が出来るなら、冒険者は協力とかせんだろ。皆お陀仏になったら攻略の意味も無いだろうよ。プライドはプライドでも、それは無駄なプライドと言うんだぞ、お前」
「あぐぅ…!」
神父の容赦のない手痛い指摘は、どうやら祖父譲りらしい。
神父に負けず劣らず、女性が相手でも容赦なく現実的な指摘をするウィンチェスターに、苦しい顔を浮かべるウィズ。
非常の手痛い指摘である。まったく以てその通り、言い訳のしようもない。
「お前はどう思う? 見通す悪魔殿」
「そんなの貴様に頼るが吉であったに決まっておろうが。まぁ、このポンコツ店主の判断は吾輩にとっては英断とも言えるがな。貴様が出張っていたなら、吾輩は呆気なく敗北していたであろうしな」
「ほら見た事か。戦った本人に言われとるぞ、お前」
「なんで二人揃って私を虐めるんですかぁ!?」
「オレも人だぞ。友人が勝手にリッチーになった、なぞ巫山戯た報告を聞かされた時の気持ち考えろ」
「うぅ…大変申し訳ございませんでした……」
一緒に戦場を駆け抜けた友人が、いきなりリッチーになったと聞かされた時の感想を述べよ。
解答、巫山戯んな何で相談しねぇんだよ理由によっちゃぶん殴るぞテメェこら。である。
「最初は討伐しようと思ってたんだぞ」
「数十年越しのカミングアウト!?」
「いや、闇堕ちした友人を討つのもカッコイイじゃん?」
殺人動機はめちゃくちゃだった。
まぁ、祖父らしいと言えばらしいのだが。
これにはウィズも流石にショックである。
「全然変わってませんね!? 介錯とかじゃなくて、そんな理由で私を倒すつもりだったんですか!?」
「何を言う! 闇堕ちした友人を討って膝から崩れ落ちるなんざ、最高のシュチュエーションだろうが! 個人的には雨なんかが降っていると尚良い! 雨で涙と見分けがつかないまま天を仰ぐのも……素晴らしいな」
「どうしましょうバニルさん! ウィンさん歳を取っても全然変わってませんっ!」
「吾輩に言うな! 吾輩を実験体にして、シチュエーション再現なんざ巫山戯た事を仕掛けて来たのを思い出すではないか! あぁ、実に忌々しい…!」
「楽しかったぞ☆」
「喧しいわッ! 貴様の所為でどれだけ残機が減ったと思っているのだ!」
「お詫びに1upキノコ何個かやったろ?」
「それには感謝している」
某配管工兄弟に登場する、残機を増やす特殊なキノコ。どうやら、この男は当時から伝承魔法を確立させていたらしい。
『へぇ、悪魔って残機があるのか。じゃあ満足するまでシチュエーション再現出来るな!』
『は?』
『取り敢えず仮面着けてるし、攻撃受けて仮面が剥がれ落ちるやつやるか』
『は?』
こんな感じで、バニルはウィンチェスターのシチュエーション再現ごっこ(死を伴う暴力も当然あり)に巻き込まれたのである。
ご愁傷さまと言う他ない。
「まぁ、今ではそれも出来なくなったがな。オレも
「ウィンさん…」
「ふっ、そうだな。貴様の様なバケモノが生き長らえては、世界の均衡が崩れかけん」
「バニルさんっ!」
「良いさ、ウィズ」
怒るウィズを手で制す。
ウィンチェスターは穏やかだった。バケモノという言葉を聞いても、穏やかで、寧ろ嬉しそうだった。
「だが、間違えるなよ、バニル。オレは人間さ。何処まで行っても、一人の人間だ。バケモノだと
「ふっ……貴様は決まってそれを言うな。最期まで人間で在ろうとする意志というやつか? それが折れた時の悪感情を食べるのも一興ではあるが、吾輩が好む悪感情ではないな」
「では見通してみるか? 今なら色々と見れるんだろ?」
「ふむ、それもそうだな。これまで見れなかった分、試しに視てみるとするか」
両手でカメラを象り、その空間からバニルはウィンチェスターを見通そうとして―――
何も見えなかった。
「どうだ? 何か見えるか? 見通すあ・く・ま・ど・の?」
「―――――――――」
ニヤニヤと、老人は笑っていた。
「や―――――――喧しいわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
バニルの絶叫が、店内を通り越してアクセルの街全体に響き渡ったのであった。
めっちゃ簡単に説明すると、自分の実力(魂の強度込み)を操作して敢えて見通す力が通用する様にしていました。以上です。