■ ■
「改めて、神父さんの家族ってどんな感じなんだ?」
時刻は夕方頃。
日も沈み始め、街が橙色に染まり始めた頃の事でたる。
神父はダクネス奪還の為の準備に協力するに当たって、作戦やら策やらの為にカズマパーティの屋敷に居座っていた。
夕食を作る為に材料を買い、まだそれなりに寒い事もあって鍋にでもしようと思い、カズマ達の屋敷で料理を進めていた神父に、カズマはそう尋ねた。
「今更何だ?」
「いや、神父さんの家族話ってあんま聞いた事ないなって思ってさ。だいたい凄い話とかばっかだけど、なんか家族との思い出とかそういうの無いのか?」
「思い出話ねぇ……」
「私も気になりますね。貴方の祖父やら母方の凄い話は聞き飽きたので。もっとこう、日常的なあれが聞きたいです」
「あたしも気になるわねー、それ。幼い頃の思い出とか!」
「……」
鍋の材料を切り揃えながら、神父は思考の海に身を浸す。
家族との思い出。人に話せる様な穏やかな日常など、果たして有っただろうか? と神父は自身の思い出に疑問を抱かざるを得なかった。
ぶっちゃけた話、自分の家系が普通であるか? と自問すれば当然の事『異常』であると答える。だって事実として異常だし。普通だったのは父くらいのものだ。
「お袋もジジイも基本的に鍛える事が多かったし、そうなる前は物心着く前だから殆ど覚えてねぇんだよな。ババアには甘やかされたのは覚えてるが……」
思い返せば思い返す程に、修行の日々が通り過ぎていく。
平和で穏やかな家族の日常を過ごした時間なんて、それこそ赤子の頃か年齢一桁になったばかりの頃くらいではないだろうか? と疑いたくなってしまう。
勿論、決してそれだけで過ごして来た訳ではない。毎日毎日が修行であった訳ではないし、家族の会話で笑う事も楽しむ事も何度もあった。
だが、それはあまりにも当たり前過ぎて、神父の脳にとっては大切な思い出とは言い難いものだった。
だからこそ、上手く思い出す事が出来ないのだ。
「あれ、お父さんとの思い出は?」
「親父は……あんまねぇな。強いて言えば、修行の後にいつもお袋と一緒に褒めてくれてた事ぐらいか」
祖父も祖母も母も属性が多過ぎるというか、濃厚過ぎるのだ。そんな家族の中、しかし父だけはどちらかと言えば普通だった。
感性も普通で、能力も普通。よくあのウィンチェスターの娘と結婚出来たなと思うくらいに、父親は平凡だった。
しかし、だからと言って父との普通の思い出があるのかと言われると、少し悩ましい。正直に言えば家族の属性が属性であった為、父の存在感は希薄であったと言っても過言ではない。
それに加えて、祖父と母の修行やら昔話やらが多過ぎて、邪魔になって思い出そうにも思い出せぬのだ。
「あぁ、そういや」
ふと、思い出す事があった。
父親の事ではなく、祖父の事だが。
「まだガキの頃、一回だけ修行とは関係なくジジイと山に行った事があるな」
「え、山? 日本とかならいざ知らず、この世界で山? 大丈夫だったの神父さん?」
「おう。『偶には爺ちゃんらしい事したいんだよ』みたいな事言って、山に連れて行かれてな。そこで釣りだったりとか、木登りだとか、川遊びだとか、昆虫探しだとか、色んな事をした。珍しいっつーか不気味なくらいモンスターが居なくてな。今思うと絶滅してたんじゃねぇかな、多分」
「絶滅!? 狩りまくられてたとかじゃなくて絶滅って何!? 何がどうなりゃ周辺のモンスターが絶滅すんだよ!?」
「知らん。ジジイがやったとも思えねぇし、理由は今も分からん。兎も角、ジジイと色々遊んで、山の頂上で景色を見ながら弁当を食った。弁当は基本的にババアかお袋が作ってたんだが、その日はなんか握り飯の形が微妙に崩れてたり、肉の味付けが濃かったりしてたな。多分、ジジイが作ってたんだろうな。わりと美味かったけど」
「へぇー、貴方のお爺さんも良い所あるのね。結構アレな人だと思ってたから意外だわ」
「何言ってんのお前? 神父さんのお爺さんめっちゃ良い人だったじゃねぇか」
アクアの言い方に、カズマは異議を唱える。
実際に会話していた限り、カズマには彼が結構アレな人間とは思わなかったのだろう。ラノベやらゲームやらで話も合うし、何より助けてくれたのもある。
だが、アクアはアンタこそ何言ってんのよと反論した。
「あのお爺さん、相当の気狂いよ。会話の節々から愉悦主義がちらちら顔出してたもの。もしくは娯楽主義って言った方が良いかしら? あれ、基本的に自分がやりたい事とか楽しいと思った事を第一として考えてる人間よ」
「実に的を得てるな。猟師なんざやっちゃいるが、ジジイはれっきとした遊び人だ。人類最悪とタメを張れるくらいの遊び人。ACで言うならV.Ⅰフロイトの性格を持ったナインボールか?」
「うわヤダ。理由なき強さの象徴の性格のナインボールとか害悪以外の何ものでもないじゃん」
「実際わりと、つーか普通に害悪だぞ、あのジジイ。あの圧倒的な強さで色々霞んでるだけで、人格的にはそこらの狂人と何ら変わらん」
やりたい事を最優先。自分が楽しいと思った事をやる事こそ至高。
ウィンチェスターはまさにそれを擬人化した様な性格であり、彼の行動原理には常にそれらが根付いている。
理由のない強さ。ただ楽しい、自分がやりたい、それらの感情だけであそこまでの高みまで至った人間―――それを狂人と言わぬのならば、何と言うのだろうか。
だが、神父曰く。
その一回だけ。たった一回だけは―――狂人ではなく。
■■■■という、一人の日本人。
一人の転生者。
一人の老人。
一人の祖父。
一人の孫を甘やかしたいと思った―――一人のおじいちゃんだった、と。
「お袋も、大した記憶は無いって話だ。基本的に甘やかしてたのはババアで、ジジイは教えるだけ教えて後は好きにしろって感じだったらしい」
「放任主義ってやつかぁ……じゃあ、神父さんのお母さんってお爺さん嫌いだったのかな」
「『好きでもなく……なくもなかったわ』だとさ」
「分かりにくっ! 何なの、アンタのお母さんはあれなの? 尾張幕府直轄内部監察所総監督を務める否定的なお姫様か何かなの?」
「流石にアレまでまどろっこしくはなかったわ。まぁ、俺も似た様なもんだがな。別に好きって事はねぇし、けど嫌いってもんでもねぇし。ジジイが何かやらかしても『まぁ、ジジイだしな』で納得出来るくらいには良し悪し含めて信頼してる」
「なんか、こう……貴方の家族関係は複雑ですね」
「いや、わりとこうじゃないか? 良くも悪くも『日本人の家族関係』って感じがする」
冷めているという訳ではないが、しかし家族愛が厚いという訳でもない。
好き嫌いなんて考えた事はなく、けれど信頼はしている。良い意味でも悪い意味でも、こうなるだろうな、こうするだろうなという考えが読み取れる。
近過ぎず遠過ぎず、そんな距離感の関係なのだ。
「でも、なんかそうやって聞くとお爺さんって複雑な人なんだな。さっきの話だけ聞けば、めっちゃ孫想いの良い人なのに」
「完全な悪人じゃねぇってだけだ。お袋も、親父も、俺も、悪いイメージばっか持ってる訳じゃねぇよ。出掛ける事以外でも、ジジイに甘やかされた事があるのは憶えてる。お袋も、ジジイが不器用ながらも愛そうとしてくれた事は分かってるつもりらしいが……まぁ、少なくともババアと結婚はして、お袋っつーガキも産んだ訳だし。
少なくとも、愛を知らない哀れな最強って質じゃねぇよ、あの老耄は。多少なりとも、愛ってもんはあった。それ以上の燻りがあったってだけで」
理解してやるつもりは、欠片もねぇけどな。
愛が分からぬ。
愛を分からぬ。
己が為、愛を探し、辿り着いた。
けれど―――この燻りは、未だ冷めぬまま。
■を知らぬ者たちは、理解が出来ぬであろう我が