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ゴーン、ゴーン……と、教会の鐘がアクセルの街に鳴り響く。
白い無垢なるドレスを身に纏う花嫁と、それには到底見合わぬ男の結婚式は進んでいき、そしてそれを観る民草は皆等しく不満かつ憐憫を抱いていた。
あのララティーナが、アルダープなどという悪評絶えぬ貴族に嫁入りする事になってしまう。
それが彼女にとってあまりにも酷く、惨い事であると理解する者は数多かった。
そして、それを進行する役目を担う事となった神父は、いつもの不真面目さは何処へやらといった具合で真面目に進行を執り行っていた。
「―――今日この時より、新郎アルダープと新婦ララティーナは、夫婦となりました。大地を潤し、生命を生み出し、全てに恵みを与えし水を司る我らが女神アクア様の加護の下、貴方達の幸せは永遠に約束される事でしょう」
(不真面目神父が真面目に神父やってる……顔めっちゃ面倒臭そうだけど)
(何かあの神父が言うだけでめっちゃ印象変わるよな、女神アクア)
(実際に言ってる事が間違いじゃないから否定も出来ないし……)
(つかララティーナ様ってエリス教徒だよな? 別の女神の教会で結婚式上げるのって有りなのか? 天罰喰らわない?)
(ぶっちゃけ神父が真面目にやってる時って大抵碌な事ねぇよな)
(絶対に心の中で『なんだって俺が真面目にこんな面倒くせぇ事やらなくちゃなんねぇんだよ馬鹿らしいさっさと終わらせてぇ』って思ってる)
(そこん所どうなんですか乳部・タイラーエリス様)
『びっくりしたっ!? ナチュラルに話し掛けて来ないでくださいよ! というか、本当にその名前広まってるんですか!?』
虚ろなる乳房を持つ者への渾名は、どうやらかなり広まってるしまっているらしい。ドンマイ三司生徒会長。
エリスだけではなくその他の女性の心も抉ってしまったのは、何とも罪深い話である。
が、元を辿れば神父の祖父が原因なので文句はそちらに投げて頂きたい。大体神父の悪口のボキャブラリーは祖父によって拡大されたのだから。
まぁ、
ぽんぽんと進んでいく結婚式。遂に誓いの言葉も終盤へと行き着く頃の事。
「此処アクシズ教アクセル支部において、二人の愛の成就への天啓を授ける―――
訳ねぇだろが巫山戯てんのか」
結婚式崩壊の報せは、今この時を以て喇叭と共に舞い降りる。
ドォンッッッ!!!! と、アクセルの民達が聞き慣れた銃声が轟くと共に、神父の手にあった台本に大きな風穴が空き、同時に教壇が粉々に消し飛ばされる。
―――デザートイーグル。
自動式拳銃でありながら大口径マグナム弾を使用する大型の自動式拳銃として世界に知られるその銃は、聖書の様な分厚い本であろうと容易く貫通する。
鷲の声が鳴り響く教会で、全員が驚愕し悲鳴を上げた。
「なっ―――神父、貴様何をっ!?」
「アルダープ。この俺が何の事前調査もなくテメェからの頼みを受け入れるとでも思ったか? この式の依頼をテメェがする随分と前から、既に調査済みだ」
「なんだとっ!?」
「俺が最も忌み嫌う存在―――悪魔と契約した人間をどういう理屈で助けなきゃなんねぇんだ? 祝福しなきゃなんねぇんだ? 何処をどう見ようがそれをする理由が見付からねぇよ」
「貴様っ……!!!!」
激昂と恐怖が入り混じった複雑な感情を発露させながら、アルダープは神父の鋭い眼光に退く。
「貴様、このワシとの契約を破ると言うのか!? 『この結婚式を円滑に進め、仮に邪魔する者が居たならば排除する』と、その内容を認めた上で貴様は契約に同意した筈だ!」
アルダープは叫ぶ。
アルダープにとって、神父とは不確定要素かつ最も警戒しなければならない相手だった。
この男が居るというだけで、自分がこれまで念入りに立ててきた計画がその僅かな行動だけで瓦解してしまう―――そう警戒しても仕方ない程に、神父という存在はイレギュラーだった。
それ故に、アルダープは神父の教会で結婚式を開くという行動に出た。自分が暮らしているこの教会でなれば、神父とて好き勝手には動けまいと。
それだけでなく、アルダープは契約書まで用いた。
この結婚式において、神父はアルダープとララティーナの結婚を円滑に進め、尚且つもし仮にこの結婚式を邪魔する者が居るならばそれを排除する事。
対し、アルダープは神父のその進め方に一切の文句・邪魔を加えない。神父の独断にも目を瞑るという内容の契約書を作り上げ、神父にそれを同意させた。
だが―――たかが契約書如きで止まってやる程、神父は弱くもなければ馬鹿でもない。
「だからテメェは馬鹿なんだよ―――その『邪魔する者』に俺は入ってねぇ。何処の世界に邪魔者という区分に自分まで含める馬鹿が居るんだ?」
「なっ……!?」
「そんでもって、俺が仕出かしたお陰で『結婚式』っつー行為自体が既に瓦解してる。だから契約書の内容は全部無効になってんだよ。碌に使った事ねぇから内容の曲解にも気付けねぇんだよ、馬鹿が」
神父は、契約書の内容の一部を『曲解』して『解釈』した。
『邪魔する者』とは即ち外部から結婚式を害そうとする、もしくは壊そうとする輩の事を示すものであり、それは邪魔する者を排除する『自分』は含まれたものではない。
内容通りであれば『結婚式が終わるまで』この契約は有効になるが、しかしそもそもの前提である『結婚式』が成立している状況でなくなったならば、契約書に書かれてある内容の全てが消去されたも同然である―――と。
「契約書も悪魔の力を借りたんだろ? 彼奴らの『契約』なら、どちらにせよ強制力が働くもんな―――巫山戯てなよ。嘗めてんのか? 俺に悪魔の力を使って勝とうなんざ、自殺行為にも程があるぞ、アルダープ」
最強にして最古の悪魔を討伐し、しかしその悪魔によって大切な教え子達を奪われた悲しき英雄。その悪魔に対する嫌悪は、もはや神のソレとは比較にもなるまい。
一目しただけで体が無意識に殺害という罪深き行為へと手を伸ばす程の嫌悪、憎悪を悪魔に抱く神父にとって、悪魔と契約した人間を助ける理由など何処にもありはしない。
例えそれが知人であったとしても、そうなったならば見捨てる他にない。
つまりは―――命の保証など何処にもありはしない。
「だが、命拾いしたな。今回は俺が手を下す訳じゃねぇ。そもそも、今回のコレに至ってはそこのマゾバカを助け出す事が目的だ」
「し、神父……私は、」
「うるせぇ黙って其処に居ろ」
「はぅっ…! くっ、人妻である私に罵倒を投げ掛けるとは……流石は神父!」
「ぶち壊されたから未遂だろうが。あぁ、でも書類は届けてあるから成立はしてんのか。はっ、バツイチで処女で令嬢とは随分と属性が盛られたな」
「ばっ、バツイチ処女令嬢とか言うなぁ!? なんだその巫山戯た渾名は!?」
結婚式はぶち壊されたものの、しかし既に書類は提出済みなので夫婦である事に変わりはない。
結果的に離婚する事が確定してしまっている為、ララティーナ―――ダクネスはバツイチになる訳で、しかし初夜は迎えていないので処女のままという、何とも訳が分からん状態になった訳だ。
神父は鼻で笑った。バツイチで処女で令嬢で、さらにはマゾとか訳分からねぇな、と。
「そら―――お待ちかねの主役がご登場だぜ」
バンッ!!! と、教会の扉が開かれる。
そうして―――彼女の大切な仲間が、彼女を奪還しに来たのである。
「その結婚式、ちょっと待ったァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「あの、カズマ。なんかもう既にだいぶ大荒れしてるのですが。私達がやってきて『花嫁は貰っていく!』ムーブをかます筈が、なんか既に神父が暴れてるのですが」
「ぷーくすくす! ねぇカズマさん、今貴方すっごい恥ずかしいわよ? 『その結婚式、ちょっと待ったァ!』とか言ったのに、もうその結婚式ぶち壊されちゃってるわよ?」
「我、矮小なる人の身に在りながら、今此処で神を撃つ―――」
「わーっ!? 待って待って撃たないで! ごめんなさい、謝りますからジェリコの銃口向けないでー!!!!」
さぁ、愉快な花火をぶち上げろ。悪魔と交渉した成果をさらけ出せ。
この結婚式をさらに無茶苦茶にして―――仲間を救い出せ。
「くそっ、くそっ…くそくそくそくそォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
薄暗い地下で、アルダープは怒号を叫ぶ。
全てはあの神父の所為だ。あの神父の所為で、欲してやまなかったララティーナを手に入れる事が出来なかったのだ!
妬ましい。憎たらしい。今すぐにでも、あの男を殺したくて仕方がない!
そう叫んで、叫んで、叫んで―――ふと、違和感に気が付く。
「マクス! 何処だ、何処に居るマクスッ!!!」
自分が召喚した悪魔―――マクスウェルの姿が見えない。
いや、まず―――此処は、何処だ?
地下室なのは分かる。それは知っている。だが、しかしこの場所は果たして本当に自分が知る地下室なのだろうな? アルダープはそんな疑問を抱いた。
あまりにも、場違いと言うか。自分は今此処に居るというのに、何度も来ているというのに、しかし何故だか此処がまったく別の場所に思えて仕方がないと言うか。
違和感がある。違和感しかない。
まるで、この空間が別の世界であるかの様な―――
「事実、その通りだ」
「 !? !? !?」
「口を開くな、気色悪い。君は彼に手を出した。かつての余の部下の力を使い、彼に悪魔の力が籠った契約をさせた―――あぁ、実に不愉快だとも」
「とは言え、君はマクスウェルの餌だ。余が殺してしまうよりも、彼に与えた方が良いのも事実―――だから、四肢を磨り潰し、今のまま意識を固定してからマクスウェルに届ける事にしよう」
狂う事も出来ないまま、無限の苦痛と絶望と恐怖を感じながら地獄に墜ちると良い。