■ ■
遂にこの日が来てしまったか……と、相変わらず自分の教会の祭壇―――机と椅子があるだけで祭壇なんて何処にも見当たらない―――で酒と煙草に浸っていた神父は、心底から面倒臭そうに顔を歪めた。
女神アクアを帰らせてから一日が経った。つまりは、アルダープからダクネスを救い出すというクソ面倒な仕事を手伝ってから間もなくして、またもや面倒事を持ち込まれる事が確定している訳で。
神父にして珍しく、自分から言った以上は逃げようにも逃げられないという、自分から袋小路を創り出すというらしくないミスをした訳だ。
「来たわよ! さぁ、さっそく話し合いましょう!」
「ども、神父さん」
「うわっ、相変わらず面倒臭そうな顔してますね」
「マジで来やがったか……はぁ」
自分の発言をここまで恨む事になるとは、神父も予想していなかった。
腹立たしい事この上ない。しかもそれが相談に乗る事を自分から言ってしまったからなのが余計に腹立たしい。
「なんで私まで連れ出されたのでしょう……カズマとアクアだけで良いじゃないですか。神父とも話合いますし」
「お前どうせ暇だろ?」
「失礼な! 私には日々爆裂魔法を極めるという大切な修行がですね…」
「いつでも出来るから良いだろ。というか、俺だって参加したくはなかったんだよ。わざわざ面倒事に首突っ込みたくないし」
ダクネスの件もあって、カズマも当分は働くつもりなどなかった。だというのに、自分の家の駄女神があーだこーだ騒ぎ立てるから休もうにも休めない。
しかもまたもや神父を巻き込む始末。あれだけ協力してもらった後なのに、なんと厚顔無恥な事だろうか。カズマは心からそう思った。
そういう訳で、神父への罪悪感からカズマは話に乗らざるを得なくなったのだ。めぐみんはあぐでもついでである。
「あー、面倒臭い。政とかマジで面倒臭い。カズマ、しっかり手網を握っとけ。飼い主だろ」
「俺こんな駄犬飼った覚えないよ、神父さん。何だったらすぐに捨てたいくらいだよ」
「駄犬っ!? 駄女神だの散々言った末に遂にあたしの事を駄犬呼ばわりした!? 謝ってよ! 女神の事を駄犬呼ばわりしたの謝って!」
「勝手に一人で動いてはトラブル持ってくるわ、あーだこーだ喚いてうるせぇわ、長く住み始めたのに未だこの街で迷子になるわ……これが駄犬でないならアンタいよいよ害獣だぞ」
「流石に酷くない!?」
酷い言われ様だが、悲しいかな。神父が言った事は全て事実なので否定出来ない。
トラブルメーカー気質なのはそうだが、そもそもの性格がどうにも女神のそれとは言えないのが何とも。しかも、アクセルに住み始めてから既に1年以上になるのに未だ迷子になるのだ。住民達からも心配されている始末。
駄犬と言われるだけマシである。
「再教育した方が良いんじゃね?」
「いやもうファクトリーだろ。もしくは強化人間手術。最悪リンクスにでもすればいい。女神だしAMSから光が逆流しても問題ねぇだろ」
「物騒な単語がどんどん出てくるんですけど!?」
「知るか。つか、政ならご令嬢連れて来いよ。アクセルの貴族だろ、アイツ」
エリス祭はアクセルの街全体で行われている行事だ。それに女神アクアを追加するという事自体が、まず政を大きく変える。
それまで一柱の神を奉り、感謝するというものだったものにまた一柱の神を追加するのだ。それはつまり、エリス教の教徒だけではなく、アクシズ教の教徒達を交えた仕事の増加を意味する。
そこら辺に関しては、このアクセルの街を取り仕切る上の人間達と貴族達の役目だ。だからこそ、この場にダクネスが居れば話は円滑に進むというのが、神父の意見だった。
「俺もそうしたかったんだけど、親父さんから本格的に家督を継いだのもあって忙しくてさ。今日はどうしても予定が取れなかったんだよ」
「あー……そうか、あのご令嬢も本格的にそうなる訳か。まぁ、私的な事が関わりさえしなければ頭の硬い真面目な貴族だ。問題はねぇか……まぁいい。今日の話は帰ってからしっかり教えとけ。使い勝手が良いからな」
「言い方よ…。じゃあ、取り敢えず色々と整理するか」
カズマと神父を中心として―――提唱者であるアクアは頭が悪いのでお控えである―――、話は始まる。
まず、アクア祭というものが如何なるものであるのかという事。
これに関してはエリス祭のそれと何ら変わりはない。水の女神アクアを奉り、感謝し、派手に騒ぐという至って単純な祭り事だ。
「で、本題はここから。それをどうやって容認させるのかなんだ。神父さん、もしもアンタがこの話を提案された受けるか?」
「受ける訳ねぇだろ」
即答である。仮にも自分の宗教なのに、神父は正々堂々と真っ向から自分が信じる神を奉る政を拒絶した。
だよなぁ……と言うカズマに、めぐみんもうんうんと首を縦に振った。
「ですよねぇ」
「なんでよー!? あたしの祭りよ!? 主神の祭りなのよ!? なんで受けないのよ!?」
「メリットがあまりにも無さ過ぎるからに決まってんだろバカかアンタ」
「初っ端から獲得利益ゼロ判定された!?」
仮に神父が政の責任者であるならば、こんな提案をされたら即刻断って部屋から追い出す。それくらいには馬鹿げた話なのだ。
そもそもの評判が全くよくないアクシズ教だ。なんせエリス教を目の
こんな不利益のオンパレードしかもたらさない連中が集まる祭りの開催を認める? 答えはNo。圧倒的かつ絶対的にNoである。
「ぶっちゃけた話、ただ崇め奉られたいだけならアルカンレティアに行けばすぐに話がつく。なんせアクシズ教の総本山だからな。『エリス祭があるんだからアクア祭があっても良いじゃないか、だから皆で祭りを起こそう』とか言えば、人の話も聞かずに勝手に話進めるぞ、アイツら」
「俺もそれは思ったんだけど、なんかそういう訳じゃないみたいんだよ」
「そう! 勿論、あたしを信じてくれる子達が祝ってくれるのは嬉しいわよ? けど、これを通してあたしの本当の凄さを知って欲しいのよ! もうこの街で長い事過ごしてるし、この街の人達にもそろそろあたしが凄い事を理解してほしい!」
信仰無くして神は失く、神無くして信仰失し。だが、アクアの場合はどうにも利己的なものばかりではない。
水を司る女神という彼女の在り方は、確かに凄まじい。前提として世界的の宗教観が広くなく、ほぼ一神教のこの世界において、アクシズ教はエリス教に次ぐ派閥だ。
今の信仰で十分という訳ではない。だが、ただ単純に信仰が欲しいという訳でもない。彼女は神にしては随分と子供っぽい性格で、だが、それ故にどんな神よりも人間らしい神でもある。
自分の事を誰かに知ってもらいたい。凄いと褒められたい。認められたい。そんな子供の様な純粋な承認欲求には、この街の人達に自分の事をもっと知ってほしいという真摯な想いがあった。
そういう所があるから―――神であるのに、どうにも人間臭い所があるから、神父もアクアに対して心底から無関心ではいられないのだろう。
「…仮に容認させるとしたら、確定事項は最低でも二つだ。まず一つ、アクシズ教徒によるエリス教徒への妨害・悪態の禁止。次に二つ、獲得した利益を決して持ち逃げせず、数割は献上する事。これは絶対だ。これが無きゃ、容認なんざ絶対にされん」
神父が提案したそれは、必要最低限の確定事項だった。
まず前提として、アクシズ教は『やらせてもらう側』だ。アクシズ教が足を運んだのではなく、足を運んで商売を『やらせてもらう』立場にある事を理解させなければならない。
アクセルの街で暴れれば、その分だけアクシズ教にも被害がいく。エリス祭というアクセルでも一大的なイベントを台無しにされれば、向こうも黙ってはいない。
つまりは―――自分達の神を崇め奉る祭りを成功させなければならない、という責任を負わせる事こそが成功の鍵となる。根も葉もない事を言うなら、アクシズ教徒を攻略しろという事だ。
「アイツらは根本からの人格破綻者だ。自分勝手で自己中心的で独善的な奴等だからな。
「話を聞けば聞く程にクソとしか思えないんですが……」
「安心しろ爆裂娘、ちゃんと事実だ」
「うーん……最低限の二つとも、だいぶ難しい気がするんだよなぁ…」
「2択として迫らせりゃ良いんだよ、印を押したのがアクア様なら確実になる。主神の為に私情を殺して宣伝と商売を出来なければ、自分達はわざわざ主神が欲求を飲んでまで開催してくれたその祭りで主神の顔に泥を塗る事になる―――そうやって選択を絞らせれば、必然的に契約内容を呑む。呑まざるを得ない。なんせ、呑まなかったら自分達が信じる神を裏切る事になるんだからな」
「うわぁ……」
悪辣で嫌らしい事この上ない。コイツ本当に神父か? めぐみんはもう何度もしたであろう顰めっ面を今日も浮かべた。
同じ教徒なのに容赦が欠片もない。いや、同じ教徒だからこそ、ここまで容赦がなく、それでいて手の内を分かった様に動く事が出来るのか。
どちらにせよ悪辣過ぎる。教徒達にとって、自分が信じる神を裏切るなんて行為は、それこそ荒縄で首を吊るかの如き愚行であり蛮行だ。
敵宗教にちょっかいを掛ける事こそアクシズ教。だが、それをすれば自分達の為に動いてくれた神の厚意を台無しにしてましう―――そんな究極の選択を迫られてしまえば、後は言うまでもない。
「嫌らしい、本当に嫌らしいですねこの男は! 悪い事を思いついたカズマよりも数段嫌らしいです!」
「おいこら。なんで比較対象に俺を出したお前。やるぞ? 久々にスティールで剥ぎ取るぞお前?」
「本当に久々ですねその脅し。いっそ懐かしく…ちょ、止めてください! 構えないでください! 懐かしいと思っただけでOKを出した訳じゃないですからね!? そういうのはですね、もっとこうムードというものが……」
「いやムードもクソもねぇだろ何言ってんだテメェ。遂にイカれた……ん? あぁ、そういう事か。へぇ、そうかそうか。お前そうなのか?」
神父は勘がよかった。ついでに人を見る目もあった。
前までなら全力で止める様に言っているだけだった彼女だが、それには別の恥ずかしさが混ざっていた。
揶揄う様に言いながら、神父はグラスの酒を呷いだ。美味いな、これは美味い。煙草もスパスパと吸える。
「なっ、ななな、なんのことでひゅかっ!?」
「くくくっ、あの爆裂娘がカズマにか。あぁ、そういやお前、おぶられてる時からわりと傾向あったな? 切っ掛けはそれか。確か紅魔の里で泊まった時は同じ部屋だったか……随分とマセたガキだなお前」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! 絶対に、ぜぇぇぇぇったいにこの神父にだけはバレたくなかったのに! カズマ、撃っていいですかっ!? 今この場所で爆裂魔法をこの神父に撃ち込んでもいいですか良いですね!?」
「勝手に自己完結すんな!? いきなり何言い出してんのお前っ!?」
「思った以上に飲めるな、これ。意外な肴じゃねぇか」
人の恋路を揶揄う事を肴にしやがったこの男。馬に蹴られて死んでしまえ。
まぁ、この男なら蹴られる前に馬を撃ち殺してしまうのだろうけれども。