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「お祭りですよね?」
「そうだな」
「神父さんも計画参加したんですよね?」
「一応な」
「じゃあなんで教会でいつも通りに過ごしてるんですかっっっ!?!?!?」
バンっ!!! と、机を勢いよく叩けば、灰皿の上にたんまりと溜まりに溜まった吸殻がふわりと宙を舞い、教会に張られた魔法に従って浄化される。
魔道具店のポンコツ店主「なんか罵られた気がする!?」であるウィズは、今日という日を心待ちにしていた。
今日は待ちに待ったエリス祭―――いや、正確に言うなれば、エリス&アクア祭だろうか。以前までは女神エリスだけを祀り、祝う祭りであった筈のそれは、しかし今日を以てして新たに女神アクアも奉る事となった訳だ。
ウィズはわりとアクアに酷い目に合わされているが、彼女は決してアクアの事を嫌っている訳ではない。
神父と同様に、リッチーである自分の事を見逃してくれているし、憂いが無くなれば浄化してあげるなんて気遣いまでしてくれる、とても優しい女神だと彼女は思っているくらいだ。
だからこそ、アクアの名が新たに加わった祭りというのは楽しみであった。話を聞けば、その祭りにはあの不真面目な神父が全面的に協力したというではないか。
何だかんだ言いながら、あの人もやっぱりアクア様を慕っているんだな―――そんな事を思っていたウィズだが、しかし案の定と言うべきか、現実は非情とでも言うべきか。
自分が仕える神が大々的に祀られる祭事であるというにも関わらず、この不真面目神父は「だからなんだよ」と言わんばかりに、自分の教会でいつもの様に酒と煙草を嗜むばかりだった。
「相変わらずうるせぇな。今日くらいゆっくり休ませろよ、折角の祭事なんだから」
「普通逆ですよね!? 祭事だからこそ頑張るべきですよね神父って!? なんで祭事なのにゆっくり休んでるんですか!?」
「俺はアクア祭の相談を請け負いこそしたが、別に参加するなんて一言も言ってねぇからな。普通に考えろよ、毎年の様に祭りサボってた俺だぞ。今年になって参加します、なんて行儀良い事する訳ねぇだろ」
「た、確かに…!?」
あまりにも正論過ぎて、つい先程までの勢いを忘れて納得しまうウィズ。
天に唾吐き、神を罵る不真面目神父。こと神への不敬であれば百戦錬磨のこの男、わざわざ主神の祭事になんて参加する訳もないのである。
確かに彼は情報や計画という点において、全面的に協力した。日程合わせや屋台の設置場所、祭事における絶対遵守の決め事などは全て神父が自ら率先して行ったものだ。
悪質教とか言われるアクシズ教徒達も、神父が行った悪辣なるルール設定によって暴徒にもならず、まるで普段の狂人っぷりが嘘であるかの様にマトモに働いているくらいである。
そこまでやってどうして、と思う人も居るだろうが、その逆だ。要するに、『ここまでやったから、後はもう良いだろ』の精神なのだ。
分かりやすい話、仕事を終えた後の長い休憩を取ったというだけの事である。
「つか、そういうお前も此処に居るじゃねぇか。なんで来たんだよ」
「神父さんを呼びに来たからですよ! 折角アクア様もやる気になってますし、他のアクシズ教の皆さんも居るんですよ? 楽しまないと損ですよ、損」
「アクシズ教徒が居るってだけで楽しめる気なんて全然しないがな。いや違うな。そもそもの話だ、神を祝う祭事というのがまず気に食わん」
「前提中の前提から崩しに来た!? それ否定しちゃうんですか!?」
「当たり前だろ。普段から神様だの主だのと持て囃されてる癖して、わざわざ祭りまで開くとかどんだけ強突く張りなんだよ。気色悪いわ」
相も変わらず、涼しい顔して鋭い罵倒が飛び交う男である。
ちなみにその罵倒はしっかりと女神の(虚しい)胸に突き刺さっており、天界でうぐっと呻いていたそうな。
「屋台なんぞに金使うくらいなら、酒と煙草に金を費やすぞ俺は」
「いつ聞いても神父らしからぬ発言です…で、でも、でもですよ神父さん! 今回のアクセルでのエリス&アクア祭には、王都からも人が来てるんですよ! もしかしたら、教え子の皆さんが来てるかもしれないじゃないですか!」
「だからなんだっつーんだよ」
「流石に冷た過ぎませんか!?」
これなら! と思って言ったのに、それは虚しいくらいバッサリと切り捨てられて終わった。
酒が入ったスキットルを呷り、神父は煙草を吹かしながら言い切った。
「もうガキじゃねぇんだぞ、アイツら。俺が居ようが居まいが勝手に楽しむ」
まぁ、来る奴等は何となく想像付くけどな―――とも付け足して。
「来るとしたらヴェルス、エリン、エルザ、アイネか? ワイズも来そうだが、彼奴は足が弱くなったからな。ウィズダムとエレンは新しい
(やっぱり教え子さんの事になると、いつもより楽しそうにしますね…素直じゃない人ですね、本当に。言ったら撃たれそうなので言いませんけど)
「聴こえてんぞ。お望み通り撃ち殺してやろうか?」
「なんで分かるんですか!? あと、お望み通りなら撃たないでください! まるで撃たれるの望んでるみたいじゃないですか!!!」
ひぃぃぃ!!! と、額にガバメントの銃口を突き付けられながら涙目になるウィズを、神父は愉快愉快と笑う。
傍から見たら普通にヤバい光景だが、残念ながら神父相手ならばこれくらい日常茶飯事である。寧ろこの男が相手に銃口を突き付けない事自体が、全く以て珍しいとすら言えるだろう。
本当に物騒な男である。
まぁ、
「本当に行かないんですか…?」
「俺としては、何故そこまで俺を連れて行こうとするのかが不思議なんだがな。なんか見せたいもんでもあるのか?」
「そういう訳ではないですけど……さっきも言った通り、折角のお祭りですから。神父さん、あまり催し事には参加しませんし、これを機会に楽しんでくれたらな、と」
ここ最近、神父には労働ばかりが降り掛かっていた。
ダクネスの結婚の件やら何やら、何だかんだと言いながら彼はそれらに協力していた。別にこの程度でへこたれる様な人ではないと知ってはいるが、それでもやはり彼も人間だ。リッチーである自分とは違って、疲れは溜まるだろう。
だからこそ、こういった祭りを楽しんで、少しでも休めたらな、とウィズは思ったのだ。彼女にしてみれば、この不真面目神父だって大切な友人なのだから。
「……お前は俺の母親か何かか? 世話焼きが過ぎるぞ、ポンコツ店主」
「ぽ、ポンコツ店主は酷いじゃないですか! バニルさんからも散々言われてるのに…」
「だからポンコツ店主なんだよ、バカかお前。はぁ……なんでこうも、俺の周りにはしつこい奴ばっか集まるんだ? 癪だがマジでエリス教で『ブレッシング』掛けてもらうか…? ったく」
くしゃっ、と灰皿に吸い切った煙草を押し付けて、神父は面倒臭そうに立ち上がった。
新しい煙草を一本取り出し、指先からぽっと小さく噴き出す炎―――『セイクリッド・フレイム』で煙草に火を付け、それを口に咥えながら、
「面倒があればすぐ帰る。さっさと道案内しろ、ポンコツ店主」
いつもの様に折れて、人からの頼みを断り切れなかった。
一瞬だけぽかんとして、その言葉の意味を理解したウィズはすぐに笑顔を浮かべて立ち上がった。
「はい! えっとですね、大通りの所に面白そうな屋台が」
あるんです―――と言い切ろうとして、しかしそれがすぐに途切れた。
急に立ち上がり、足元を見なかったのが災いしてしまったのだろう。或いは、彼女の生来のポンコツ気質の所為だろうか?
何も無いというのにも関わらず、自分の足に引っ掛かって顔面から地面へとキスしてしまった。
「…………」
「………………お前マジか」
流石の神父も、これには普通にドン引きだった。
常日頃からポンコツだポンコツだとは思っていたが、まさかこれ程までにポンコツだとは予想外だったのだ。
だって何も無い所で転ぶなんてそうある事じゃないんだもの。
「……………………しにたい……」
「良かったな、もうとっくに死んでるから願いは叶ってる」
「あのですねっ、優しい慰めの言葉が欲しいんですっ!!! 追い討ちは要らないんですぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「ガキみたいに喚くな、みっともない」
「むぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!」
「マジでガキだな……つかさっさと顔上げろや。お前の呼吸で床が汚れる」
「私よりも床の事心配するんですか!?」
◆
ワイワイにガヤガヤと―――アクセルの街は、いつも以上の喧騒に包まれ、それでいて誰もが愉快にはしゃいでいた。
大人達も、普段の労働から解放されているのだろう。朝だというのにも関わらず、男達は酒を酌み交わしてはくだらない事で大笑いし、女達は美味い料理に頬を綻ばせている。
それは子供も同様で、皆が色々な屋台を巡りながら、喜色満面に染まっていた。
そんな中、普段なら顔を出す事もない人間が現れれば、彼等の視線は全てそちらへと注がれる。
「お、神父だ! 不真面目神父が教会から出てきたぞ!」
「マジか!? あの不真面目神父が教会から出てきたのか!?」
「人を引きこもりみたいに言うんじゃねぇよ。撃ち殺すぞテメェら」
「おーい神父! お前もこっち来い! 今なら奢ってやるぞー!」
「暇があったらな。悪いが先客が居る」
「神父さーん! うちの屋台の買っていってー! あとついでに宣伝してくれると嬉しいんだけどー!」
「がめつく頼んできやがって……何売ってんだ? それ次第で買ってやる。あと宣伝は自分でしろ」
次から次へと、アクセルの住民達が神父へと集り出す。出て早々に面倒になった……と、神父は心底からウンザリとした表情を浮かべ、今すぐにでも帰りたいと思い始めていた。
だがまぁ、こればっかりは神父の自業自得と言うべきだ。なんせ、このアクセルに来てからエリス祭に一切参加してこなかったのだから。そんな人間が姿を見せたら、そりゃ物珍しいと人が集るに決まっている。
「ふふっ。人気者ですね、神父さん」
「全く以て不本意かつ不愉快だがな」
「そうですかね? 少なくともさっきよりは、表情が柔らかくなった様な気がしますけど」
「お前の目が節穴なだけだろ」
「ふ、節穴じゃないですよ! 目利きですから私!」
「目利きな奴がクソみたいな商品並べる訳ねぇだろ何言ってんだお前」
「いつも以上に辛辣っ!?」
普段から酷い言われようだが、今日はいつも以上にボロクソに言われるウィズ。
やはり連れ出されたのが嫌だったのだろう。不機嫌な神父程、このアクセルで怖いものはない。鋭い罵倒と鉛玉が交互に飛んでくるとか、おっかないにも程がある。
「むー……あ、神父さん! 射的ですよ、射的!」
不貞腐れた顔をすぐに明るいものに戻して、ウィズは屋台の方を指さした。
それなりに人が群がっているその屋台は、射的だった。
ライフルめいた銃はコルクの様なものを弾として、その景品に狙いを定め、その景品を落とす事が出来れば、タダでそれを手に入れる事が出来る―――というものだ。
特別大した思い入れがある訳ではないが、射的は神父も幼少期に経験がある。まだ幼い子供の頃、家族で王都に遊びに来た時にたまたま祭りがあったのだ。
その頃はまだ銃に慣れていないのもあって、ろくに取る事は出来なかったが。というか神父の祖父が無双しまくった所為で出禁になったが。
まぁ、
「やりたいのか?」
「折角ですし、やりましょう! 最近はお金も貯まってますから!」
「そうか。じゃあ行ってこい」
「神父さんもやるんですよ!? 何を自然にやらない体で話進めてるんですか!?」
「なんでわざわざ射的なんぞに金掛けにゃならねぇんだよ、面倒くさい。あの手の景品なんざ興味ねぇぞ俺は」
「こういうのは楽しむものですよ! ほら行きますよ!」
「クソが」
「本当に今日いつも以上に口悪いですねっ!?」
そうは言いつつも、掴まれた手を振り払おうとはしない辺り、神父も本気で彼女を無碍にはしていないのだろう。
勿論、それはそれとして悪態は尽きない訳だが。
「お、神父さんに魔道店の店長さんじゃないか。射的、やってくかい?」
「はい!」
「じゃあ500エリスな。最大で5発射てるから、それで景品を落としてくれ」
「分かりました。では……いきます!」
片手で構え、一先ず目に付いたぬいぐるみを狙って撃ってみる。
1発。ハズレ。
「難しいですね…これ」
「いやお前のエイムがゴミ過ぎるだけだろ今の。反動ねぇぞコレ」
「ま、まだ一発目ですから! 次こそ…」
2発。ハズレ。
3発。ハズレ。
4発。ハズレ。
最後の5発―――ハズレ。
結果、全発ハズレ。獲得商品無し。
かつては氷の魔女と謳われた元冒険者にして、現在リッチーのウィズ―――射的に完敗である!
「お前……マジ?」
「な、なんでぇ……」
「悪いな店長さん。正直ここまで下手な人アンタが初めてだよ」
「ふぐぅ…!」
あまりにもゴミ過ぎるエイム力に、さしもの神父も咥えていた煙草を落としてしまう始末である。
ポンコツだポンコツだとは思っていたが、流石に元冒険者でウィンチェスターと交戦した経験があるのだから、武器の扱いもそれなりだと思っていたが、どうやら現実は全く異なるものだったらしい。
流石にこれは哀れ過ぎる。そう思った神父は、せめてもの情けで一つくらいは取ってやるかという、珍しい優しさを持ち出した。
「はぁ……次は俺がやる。弾補充しろ」
「あいよ。あ、でも神父さんがやるなら弾3発な」
「は?」
「だってアンタ、普段からこういうの撃ち慣れてんじゃん。商売あがったりにでもされたら堪らんわ」
「ほう……なるほどなぁ。テメェ、良い度胸してんじゃねぇか。いいぜ、3発で終わらせてやるよ」
(あれ、もしかして焚き付けたかコレ??? もしかしかしなくても地雷踏んだかコレ???)
宗教関連の人間が絶対に浮かべちゃいけないタイプの凶悪極まりない笑顔を浮かべながら、不真面目神父はストックを右肩に、そして頬を近付ける、完全な狙撃体勢を取って引き金を引いた。
パンッ! と、軽い音と共に放たれた木製の弾丸は的確にぬいぐるみの額を弾き、それを棚から地面へと落とした。
「まず一つ―――こっから全部ぶち抜いてやる」
(あ、オワタ)
残弾は2発。だが、残っている景品は6個。どう考えても、ここから全てを落とすというのは無茶というものだろう。
だが―――神父の射撃技術があれば、それすらも大した問題ではない。
要は景品を落とす事が出来ればそれで良いのだ。つまり、
そして射的のルールに―――
放たれた二射は、景品ではなく地面へと飛んで行った。地を跳ね、壁を跳ね、本来ならば失われる筈の慣性が跳弾によって次々と力を増していき、景品を一気に2個も叩き落とす。
「えキモっ。どういう撃ち方すればそうなんの? つかルール違反だろそれ!?」
「射的のルールに『跳弾禁止』とは書かれてねぇだろ? だからルール違反じゃねぇよバカが。恨むならルール設定を徹底しなかった自分を恨め」
「くっそ余計な事言った自分が恨めしい…!」
「おら、これで終わりだボケ」
パンッ! と放たれた三射は、もはやそれが木製の弾丸であるのかどうかすら目視出来ない程の軌道を描き出した。
まるで弾丸そのものに意志を宿したかの様に、物理的には些か不可解な軌道。いっそ恐怖すら湧いて出るその弾丸は、呆気なく3個の景品を叩き落とした。
「じゃ、全部貰っていくぞ」
「赤字だぁ……もうダメだ、おしまいだぁ…………」
「無駄な挑発をした報いだ。地面に這いつくばって能無しの女神にでも祈っておけ」
「神父さんの発言じゃないですよ!? しかも現在進行形でその女神様のお祭りの真っ最中ですよっ!?」
「マジなんでコイツ神父やってんの……?」
今更過ぎる問に、神父はさぁなと、再び煙草を吸いながら笑った。