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ウィズ。
かつて、「氷の魔女」として名を馳せた凄腕のアークウィザードであり、当時の魔王軍に決して弱くない打撃を与えた冒険者の一人である。
彼女はまさしく天才であり、その攻撃的な性格から魔物すら彼女を恐れた。
魔王軍の幹部、その一人にして懸賞金三億の討伐対象たる
しかし、ベルディアは当時のウィズとそのパーティより一歩先の領域に立っていた。
或いは、それ程までに凄まじい実力を持っていたウィズとウィズに並んだパーティメンバーですら、勝つ事を許さぬ『魔王の加護』の効力と言うべきか。
どちらにせよ、ウィズ達は敗北した。そして、ベルディアに『死の宣告』という呪いを掛けられ、余命を定められた。
たった1週間の僅かな時間。そんな幾ばくも無い時間の中で、ウィズは必死だった。
ただ、仲間が為に。仲間を生かすが為に。
そして、ウィズは一体の悪魔と出会い、死闘を演じ、敗北し―――その果てにリッチーとなって仲間の命を救ったのだ。
仲間の為に人を辞め、孤独を得た魔法使いは、いつか帰ってくる仲間の為にアクセルの街に店を構えているのだ。
だが、神父はその全てを語る事はしなかった。
神父は断片的に、そして少し偽って語った。
彼女はかつて冒険者であり、魔王軍の幹部によって倒され、リッチーにならざるを得ない状況だったということ。
そして自分の祖父の知人であり、その事もあって稀に彼女が自主的に行う除霊の護衛をしていると。
「むむむ……貴方のお爺さんとも知り合いとなると……でも、リッチーなのよねぇ……けどこの子が無害って断言してるなら……」
女神アクアは頭を捻らせて悩んだ。誰がどう見ても悩んでいると分かる程に悩んでいた。
彼女としては、アンデッドを見逃す事はあまり宜しくない。だが、信徒が庇っているとなれば相当な理由があるのだろうと信じて話を聞いたのだ。
結果として、絶対に浄化してやる! という決意がかなり薄まっている。
何せ理由も理由だ。自らリッチーになったのはそうだが、しかしそれも契機は魔王軍の幹部相手の敗北。そして仲間の命を握られた状況だったとなれば、そうならざるを得ないのも理解出来る。
仲間の為に自分を投げ売る。その英雄が如き高尚な精神、そして我が信徒の身内の関係者という点も、女神アクアを悩ませた。
「リッチーだが、元の性格から極めて温厚な奴だ。端的に言えばくっそ腰が低い」
「それ悪口じゃないですか!?」
「事実だからな。お前は腰が低過ぎるんだよ、もう少し自我を出せ。ジジイが言ってた苛烈さは何処に行ったんだよ」
「あ、あれは…まだ若かったと言いますか、ヤンチャしてたと言いますか……」
「と、この様にリッチーとは思えない程の女らしさもある。ついでに魔道具店も営んでいる、センスは壊滅的だし高くはあるが、役立つものも幾つかある。俺個人としても、そしてお前達の利益的にも、コイツを生かす事は悪くない提案の筈だ」
「なぁ、アクア。この人がここまで言ってるんだし、別に良いんじゃないか?」
「うむむむ………」
カズマが言うが、しかしアクアは渋る。
だが、それも仕方ない。なんせ神様だ。そして、リッチーを庇っているのが自分の信徒なのだ。
複雑な心境にもなって無理はない。
が、この佐藤和真にとってはそんな事は知ったことではない。
「あー、ったく! いつまで悩んでんだよ! もう普通に見過ごすで良いだろうが!」
「良くないわよ! 全っ然良くないわよ! 相手はリッチーなのよ!? アンデッドの王なのよ!? そんな簡単に信用出来る訳ないじゃない!」
「何を今更女神みたいな事言ってんだよ! どうやってもお前は駄女神確定なんだよ! リッチー除霊したって何も変わらねぇの!」
「言ったわね!? アンタ言っちゃダメな事言ったわね!? 謝って! 女神のあたしを駄女神呼ばわりした事謝ってっ!」
「それには激しく同意する」
頼む立場に居た筈の神父が、うんうんと頷いた。
哀れなり、女神アクア。だが残念、駄女神なのは事実なので受け入れてもらう他ないのだ。
「なんでよー!? なんで自分の信徒にまで言われなきゃいけないのー!?」
「うるせぇ! 俺はさっさとこの薄気味悪い場所から帰って寝たいんだよ! この人がこんだけ言ってんなら大丈夫だろ、御神体のお前が信徒を信用しなくてどうすんだ!」
「それは…そうだけど…」
「はぁ…。なぁ、神父さん。一応聞くんだけどさ」
「なんだ」
「もし、その人が住民に手を出そうとしたらどうする?」
「……はぁ。カズマ、答えを知っている上での質問は野暮ってやつだぞ」
「だから一応ってつけたんだよ。わりと長くアンタに世話になってるし、そろそろ分かってくるって」
「はっ、たかが一ヶ月程度で人を知れたなら苦労はしない。肝に銘じとけ、若人」
懐から新しい煙草を取り出し、マッチで火を付けて煙を吐き出す。
呆れた様な口調だが、その顔は決してそんな柔らかなものではなかった。
―――冷たいもの。慈悲の欠片も感じない、しかし殺意も敵意も感じない。ただの無と表現されるべき感情が、そこにはあった。
ひゅ、と息を呑む音がした。
めぐみんだ。今まで出会ってきた人間の中でも、見たことのない感情だ。その絶対零度が如き感情に、恐怖を抱くも無理はない。
敵対者への冷徹さと冷酷さ。それこそ神父の武器の一つであり、神父を強者足らしめるものだ。
「ウィズが人に手を出そうとしたら、或いはしたら、か。答えは分かり切っている―――無論の事、殺す。『人に危害を加えない』、それが俺がコイツを見過ごしている条件だ。それを破ったなら殺す以外の選択肢はない」
「やっぱりなぁ…えっと、ウィズさんも認めてるんだよな?」
「は、はい。元より危害を加えるつもりはありませんが…こうする事で、ちょっとでも信用を得られるなら。それに、私としてもそんな事をしたら死にたくなっちゃいますし…」
「どうせ何時かは死ぬ。人であろうが、アンデッドであろうが、そして神であろうが、だ。少なくとも、お前が死ぬべきは今じゃない。せめて救った仲間の顔を見てから死ね、リッチーになった上で怨念でも残されたら堪らん」
真顔を引っ込め、面倒臭そうにする。
いつもの神父の顔だ。酒は飲むし煙草も吸う、不真面目神父の表情だ。
どっと疲れが肩に降りる。ふぅぅぅ……と、カズマは大きく安堵の息を吐いた。
やはり慣れない、このキツさ。いつもの表情になってくれた事で雰囲気の疲労が一気に伝ってきた。
「ふふ…やっぱり優しいですね」
「まだ言うか。その無駄な贅肉ごと撃ち抜くぞ」
「ぜ、贅肉って何ですかっ!? 前から思ってましたが、女性に対するデリカシーが無さ過ぎます! 神父さんなんですから、もっとそこをですね」
「じゃ、帰るぞ。アクア様が『サンクチュアリ』を発動したなら俺達は用済みだ、カズマ達の仕事を奪う訳にもいかん」
「あ、まだ話はって疾い! 疾いですって! ま、待ってくださーい!」
スタスタと早足で帰っていく神父を追い駆ける様に、急いで駆け出すウィズ。
嵐の様な出来事であった。まぁ実際、嵐が吹き荒れる直前ではあったのだけれども。
「はぁ…これでよし。さっさと除霊終わらせて帰るぞ」
「むー…」
「お前は不貞腐れんな。信徒を信用する、女神として当然だろ? 別にウィズさんを信用しろって言ってる訳じゃないんだぞ」
「……そうね。取り敢えずは、あの子を信じましょう。あの子ならリッチーにだって負けないでしょうし」
「それは流石に言い過ぎではないか? 確かに、あの神父の強さは何となく分かるが、それでもリッチーを倒すとまでは…」
「大丈夫よ。あの子、本当に強いもの。不意打ち込みな上に一回だけだけど、悪魔を殺した事だってあるのよ!」
「へー。やっぱ結構強いんだな、あの人」
自分の信徒の自慢話をしながら、その日のクエストは終わったのだった。
―――たった一回。されど、一回。
その悪魔を斃す事がどれ程凄まじく、そしてどれ程辛く苦しいものであったのか。
それを彼らが識る事は、永遠にないだろう。
異名は“全てを識る者”