アクシズ教の不真面目神父   作:全智一皆

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I know everything, so I can do anything.

―――魔神の筆跡。


第七話「魔剣の勇者」

 

■  ■

 魔王軍の幹部ベルディアが討伐された。

 その一報はすぐに王都まで行き渡り、魔王軍の戦力を削る事が出来たと全員が喜びに浸り、宴会を開いていた。

 それはアクセルの街も例外ではない。というか、アクセルの連中が王都の連中よりも最も宴会を楽しんでいたと言っても過言ではないだろう。

 当然、その中には例の不真面目神父の姿もあった。

 神父は冒険者ではない。冒険者登録をしていない者が討伐した所で、報酬を受け取る事は本来ならば出来る筈がない。

 が、しかし。何たる偶然か、彼と縁がある王都の王族が、手違いで三億の報酬金をアクセルに発行してしまったのだ。本当に、なんて偶然だろうか。

 決してわざとではない。偶然も偶然、あまりにも都合が良すぎて必然であると断じてしまいそうになるけれども偶然である。

 決して、かつての王都で魔王軍に寝返った勇者の一人が一体の悪魔を召喚した所為で王都が壊滅の危機に陥っていた所を、一人の神父が救ったという隠された事実を、当時の若き王族が目の当たりにしていたからではない。決して。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 神父は報酬を受け取る事が出来て、宴会を楽しんで、ついでに天に向かってロケットランチャーをぶっ放して、その日は神父も楽しく感じる事が出来る日となって終えたのだ。

 これは、それから数日が経った日の事である。

 

「すみません」

「あ?」

 

 ガチャ、と教会の扉が開かれる。

 今日もいつもの如く、酒を飲んで煙草を吸ってを繰り返していた神父の下に、新たな客人が訪れたのだ。

 紺色の鎧に身を包んだ青年と、それを取り巻く二人の少女達。アクセルでもよく耳に挟む、魔剣の勇者御一行様である。

 だが、その象徴たる魔剣は見当たらない。

 

「アクセルで困った事があればまず此処に行けば良い、と教えられたので来たのですが…」

「チッ」

「舌打ち!?」

 

 つい舌打ちが零れてしまった。

 一応、此処は教会である。ギルドではない、教会である。普通困った事があるなら冒険者に頼る筈ではなかろうか、実質何でも屋なのだし。

 それなのに、何故たかが一人の神父の下に訪れる様に言うのか。神父には理解不能である。

 

「彼奴等……教会を何だと思ってんだ。お悩み相談室じゃねぇんだぞ、教会は…。いや、そもそも俺は助言者でもねぇ。単なる不真面目神父だ」

「じ、自分で不真面目って言うんですね…」

「自覚してるからな。普通の神父は昼前から酒は飲まんし常日頃から煙草を吸わん。ついでに相談事で料金も取らん」

「あ、本当に金取られるんだ!? 佐藤和真も言ってたけど本当に金取られるんだ!?」

「そりゃな。タダで慈善活動が出来る程に現実は甘くねぇんだよ、現実見ろ」

「知りたくなかったそんな現実…!」

「内容によっては一万エリス取るからな」

「一万…!? ただ相談するだけでしょ!? ぼったくりじゃない、そんなの!」

「内容によっては、つったろ。話聞いてねぇのか? 俺の匙加減だが、別に面倒事でなけりゃ千エリスに収まるわ。ほら、さっさと話してみろ。酒飲みながら聞いてやる」

「じゃ、じゃあ…」

 

 そうして、魔剣の勇者―――御剣響夜は語った。

 女神アクアを賭けて、カズマと勝負したこと。

 その勝負に負けて自分の魔剣を取られたこと。

 取られた魔剣を質屋に出されて売り出されたこと。

 魔剣を買い戻したいが、魔剣がなき今は困難なクエストを達成出来ていないこと。

 

 はい、もう皆様お分かりだろう。

 この男―――

 

「………あ? 何嘗めた事抜かしてんだ、テメェ」

 

 神父の嫌いな人間のラインを平気で乗り越える人種である。

 魔剣の勇者の噂は耳に挟む。まさしく英雄そのもの。誰もを助けて周り、信頼を築き、仲間と共に前線を行く勇者そのものであると。

 もうこの時点で神父が気持ち悪いと断言するに足りるというのに、ミツルギはさらに奥深くへと踏み込んでいる。

 魔剣が無ければ何も出来ない。魔王軍と最前線で戦う王都のクエストを達成することが出来ない、と。

 実力も思考も及ばない弱者が英雄の真似事をしている――――――ただそれだけが、神父の逆鱗に触れた。

 

「勝負を仕掛けて、負けて、その上で魔剣を返せ? だが大事な魔剣は売り払われて? そんで魔剣が無けりゃ碌なクエストも達成出来ないで? 困ったから此処に来たってのか?」

「……はい、そうなります」

「巫山戯んな。何のつもりだ、お前」

「ちょっと! 部外者のアンタがキョウヤに口出す権利は」

「黙れ」

 

 惚れている男が責められる事に我慢ならない、と声を荒げたフィオに、カチャ…と。銃口が向けられる。

 冷たい一言と鋭い眼光がフィアを穿く。まだ何もしていなかったクレメアすら、それを見て完全に萎縮し、開いた口を閉ざした。

 ミツルギは目を見開いた。この世界に無い筈の武器を見て。

 

「じゅ、銃…!? なんで、この世界に銃が…」

「あぁ、銃だ。だが残念ながら俺はニホンジンじゃない。ニホンジンのジジイはとっくに隠居してるんだ、会う事は叶わねぇよ。まぁ、今はそんな事はどうでもいいが……。はぁ…これが魔剣の勇者か、随分と無様なもんだな?」

「っ…!」

「フィオ、良いんだ。彼が言っている事は事実だから…」

「自分の不甲斐なさを自覚してんのか…なら、まだマシな部類か。もし言い訳振りかざしたならこのままお前を撃ち殺す所だった」

「過程はどうあれ、僕は彼に負けました。なのに魔剣を返してほしい、なんて虫がいい話です」

「それで?」

「え?」

「それを理解した上で、お前は何をした?」

「何をって…それは、新しい武器を買って、それでクエストを……」

「はぁ………不正解だ。お前みたいな奴はいつもそうだ、自分が把握すべき点を見間違える」

 

 失望した様に頭を振って、神父は椅子から立ち上がる。

 フィオから銃口を外し、懐へと愛銃を戻してミツルギの目の前で佇んだ。

 

「お前みたいな奴には実戦で現実を叩き付けるのが丁度いい。かかってこい」

「え…いや、でも…」

「どうした? 魔剣がないから怖気付いてるのか?」

「……言っておきますが、僕のレベルは37です。冒険者でもない貴方に負ける程、弱くはありません。貴方に怪我をさせる訳には…」

「お前が? 俺に怪我を? はっ、笑わせるな青二才。そんな見てくれの数字をよくも誇れるな?……来ないのか? なら―――こっちから行くぞ」

 

 神父は容赦なく、蹴りを抜いた。

 バキッ! と、振り抜かれた刃の如く鋭い蹴りがミツルギの顔面を呆気なく捉え、教会の扉まで吹き飛ばす。

まで吹き飛ばす。

 鈍い音が鳴る。ボタボタと、穿たれた蹴りで砕かれた鼻から血が溢れて止まない。

 何をされたのか、一瞬理解が出来なかった。思考が追い付いていなかった。

 一分。ミツルギが己の現状を把握するに至った時間、その隙に神父は既にミツルギとの間合いを詰めていた。

 

「早く剣を抜け。でなきゃ、本気で死ぬぞ」

「くっ…!」

 

 腰に掛けた鞘から剣を抜き、果敢に立ち向かう。

 ソードマスターという上級職に就いているだけあり、ミツルギの剣技の腕は決して悪くはなかった。王都で活躍しているのにも頷けはする。

 だが―――それだけだった。その程度の感想しか出でこないだけの腕前でしかなかった。

 はぁ、と小さな溜め息を漏らすと共に、神父は振り下ろされた剣を右に軽く動くだけで難なく躱し、ミツルギの側頭部へとストレートを叩き込む。

 

 ぐらりと脳が揺れる。意識が僅かに途切れた瞬間、腹を中心として身体全体に迸った激痛が再び意識を引き上げる。

 鎧は凹んでいない。鎧には傷こそあれ、破損した様なものはない。にも関わらず、まるで腹を貫かれたかの様な激痛が走った。

 

「ぐっ、かはっ…!」

「対人戦には自信があってな。と言っても、俺の対人戦は即ち人の形をしているモンスターも含まれる訳だが」

「キョウヤっ! アンタ、そろそろいい加減に!」

「丁度いい、ならお前等も来い。直に言われる事がないだろうから教えてやる―――勇者の御荷物コンビ」

「っ、はぁぁぁぁ!!!!」

 

 クレメアは戦士であり、フィオは盗賊だ。

 だが、その実力は決して高くなく、平凡の域を出ない。ドラゴンを倒した事があるという実績を持つミツルギと比較すれば、彼女達はあまりにも弱過ぎる。

 クレメアの槍が勢いよく突き出される。けれど、それはあまりに遅く、力がなく、神父は避ける事もせずに槍を蹴り上げてクレメアを叩き伏せた。

 盗賊のスキル『潜伏』を用いて隠れ、奇襲せんと背後から襲い掛かった。だが、奇襲であるにも関わらず声を上げて掛かってきた。

 馬鹿か、と漏らした心の声と共に、左を軸に体を回転させ、女性相手にも容赦なく蹴りを入れ込んだ。

 

「遅せぇ上に自分の武器の使い方もまだまだじゃねぇか……本当にこれが勇者のパーティか? ほぼ勇者のワンマンだろ」

「フィオ…クレメア…!」

「正直に言うがな、こいつ等は足手纏いだ。明らか実力不足だろ。はぁ……何なんだ、アクセルの冒険者は揃いも揃って自分に合うパーティを作る事が出来ない呪いにでも掛かってんのか?」

「二人を…馬鹿にするなッ! 彼女達は僕の大切な仲間だ、それを侮辱するなら誰であろうと許さない!」

「大きく吠えるな? だが―――これが現実だ。お前にあの二人は見合わない。そして、あの二人はお前の死因になる。皮肉なもんだ、このまま旅をすればする程に、惚れた男に苦しめられる。自分達は弱いままだからな」

 

 懐から再び取り出された愛銃M1911が、今度はミツルギの鼻腔を捉える。

 人の急所。鼻の中心点。頭や心臓を穿つよりも早く人を死に至らせる場所を銃口が捉えた。

 

(グラムが、魔剣グラムさえあれば…!)

「魔剣があれば、なんて思ってるな?」

「…!」

「なら聞くが、魔剣があればお前は弾丸を斬れるか?」

「それは―――」

「お前は、それを為せる程の実力を持っているのか?」

「――――――あ」

 

 それを聞いて、ようやくミツルギは理解した。

 自分は魔剣を使っていない。魔剣を使う事が出来た事なんてたったの一度もない。

 御剣響夜は、これまでずっと―――魔剣グラムに使われていたのだ、と。

 自分が扱う事で、何でも斬る事が出来る魔剣グラム。その能力を駆使して、ミツルギは数多の敵を葬ってきた。

 そう―――ただの一度も、御剣響夜という一人の人間の実力だけで敵を葬った事などないのだ。

 

「そうだ…。僕は、グラムに使われていたんだ…ただの一度だって、僕は僕を強くする為の研鑽を積まなかった…」

「………はぁ。気付くのが遅せぇんだよ、だがよかったな。本当の戦場じゃそれに気付く前に死んでる」

「……はい」

「三万は貰うぞ。だがまぁ、それに気付くまでにそこまで時間を掛けなかったのは褒めてやる。『ヒール』」

 

 乱雑に髪をかきながら、神父はヒールを唱えた。ミツルギ、クレメア、フィア、その全てに。

 柄じゃない事をした…とぼやきながら、椅子へと腰掛けて酒を入れ直す。

 神父は、ただ言い放つ。ミツルギではなく、クレメアとフィオの二人に。

 

「自分を見つめ直せ。其奴の隣を歩みたいなら、お前達が行く道は過酷となる。一から学び直すか、師事をするか、選ぶのはお前達次第だ。好きにしろ」

 

 そうして、魔剣の勇者一行は新たな気付きの下、その活動を以前よりも活発なものとした。

 一人は自らの弱さを自覚し、強さへと変える為に。

 二人は、愛する者の隣に並んで戦う為に。




全てを識っているが故に全てを為す。

全知とは即ち全能の証明である。
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