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「本当にぶっ放すバカがありますかっ!?」
「うるせぇな…」
「誰の所為だと!?」
「因果応報だ、バーカ」
「むぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」
此処は天界。その中でも、この世界で死んだ者達を迎え、そして来世へと旅立たせる死者の間である。
本来ならば静寂に包まれているその場所で、声を荒げるのは他でもなく、この死者の間を担当する女神―――エリスである。
ちなみに現在時刻は午前の4時頃。既に就寝している神父の意識をこの天界まで繋げている状態なのだ。
「アンタが余計な事を言わなければ撃たれず済んだだろ」
「それはそうですけど! いや、そもそも貴方が日頃から私に対する雑な扱いをしなければ言わなかったんです!」
「馬鹿な神をおちょくって何が悪いってんだよ?」
妥当と言えば妥当な反論を前に、しかし神父は悪怯れる事はなかった。
それどころか、何が悪いのか全く理解していない表情をしていた。まぁ、神父はそもそもとして理解しようとすらしないのだが。
「ほらすぐにそういう事言う! しかもその顔は本当に分かってない顔ですね!? あぁもうっ、なんで先輩の信者はこうもおかしな人が多いだろう…!」
「アンタもわりと人の事言えない気がするけどな。神様のくせして器ちっせぇし」
「何処がですか!?」
「アンデッドの許容」
「アンデッド許すまじの何が悪いんですか!?」
「いや別に」
「本当に何なのこの人はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
女神エリスの絶叫が響き渡る。
神父は耳を指で塞いで顔を顰めている。お前、本当に喧しいなと言わんばかりの顔である。
恐るるなかれ、彼がある意味で一番アクシズ教徒である。こうして女神エリスと直接出会って躊躇なく馬鹿にしているのだ。
「うちもアンデッドやら悪魔やらは討つべし、みたいな感じだが、アンタ程じゃない。よく冷徹って言われないか? かつては人の子よとか言って導いたくせにいざ死んだら、アンデッドだなさっさと死ね!って、どういう精神構造してんだ?」
「うっ…! い、言い方が酷くありませんか!?」
「事実だろ。悪魔許さないなら兎も角として、如何なる理由があってもアンデッド許しませんとか…そんなアンデッド嫌いならそもそもアンデッドの設定消せよ、神様だろ」
「それは違うでしょう!? その、確かに私がこの世界の担当なのはそうですけど…」
「出来ないの? 神様なのに? 国教として祭り上げられている上に、自分の世界なのに? ハッ!」
見下す様にして鼻で笑う。相手が女神であろうと悪辣さは変化しない。煽りに煽っていくスタイルだ。
流石はアクシズ教の不真面目神父である。
「鼻で笑いましたね!? 良いでしょう、そろそろ本気で天罰を下して差し上げます…!」
「丁度ここに爺が創った蠍の毒を使った弾丸があってだな」
「そ、それがどうしましたか! 言っておきますが、私は毒程度では死にませんよ! 神ですから!」
「ヘラの毒蠍とか言うらしいぞ」
「大変申し訳ございませんでした」
綺麗なお辞儀だ。角度も大変美しい。
ヘラの毒蠍。或いは英雄殺し。
ギリシャの英雄の一人たるオリオンは、女神ヘラが遣わした一匹の大きな蠍の毒によって殺されたと云う。
日本人である神父の祖父は、蠍の毒を混ぜた弾丸を創った。その蠍の毒を触媒としてヘラの毒蠍の伝承を溶け込ませ、神殺しの弾丸を創り出したのだ。
ちなみにこの伝承を溶け込ませるという、我々で言う所の魔術的な要素だが、祖父の独学だ。
〇〇と言えば〇〇、という日本人のイメージがこの世界で精霊を創り出す法則を利用したものである。
神父も使っていたりする。
「安心しろ。流石に嫌いとは言え殺しまではしない」
「そ、それは良かった…。………………え、え!? 嫌い!? 嫌いなんですか私!?」
安心した後に、今度はいよいよ涙目となった。
嫌い。相手からはっきりとそう断言されたのだ。人生、或いは神生で初めての経験である。
しかもクリスとしてわりと付き合いがある人間からだ。
「好きか嫌いかで言えば嫌いな部類に入るな。話しやすいと言えば話しやすいが。アンタの場合は平気で俺の知人を殺そうとする上に、話聞かないし、わりと大雑把な所があるからな。そこら辺がめっちゃ神様で好かん」
「なっ…! そんな事ありましたか!? 私、貴方の知人を殺そうとした事なんて一度も」
「ウィズ」
「アンデッドじゃないですか!」
「はいクソ。本当そういう所だよ、アンタ。神様なのにそういう気遣い出来ないのもどうなんだよ? 人として降臨してるのに人の心分からんの?」
「うぐっ…!」
「嗚呼、何と慈悲無き事でしょう。国教と名高きかのエリス様は、己が友ダクネスと関わりのある友人すらも、亡霊と勝手に断じて滅そうというのですか?」
「ふぐぅぅぅ………!!!」
「ついでに言えば、異常であると世間から認知されているアクシズ教徒である私の方が、国教たるエリス教をそっちのけで相談役になっているのもまた貴方とアクア様の格の違いなのでは?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「えぇ…泣き出したよ、神なのに。だっさ」
「なんで追い打ちを掛けるんですか!? いいですよ、どうぞどうぞ嫌いでいいですよ! どうせ私は融通効かない神様ですよー!」
「面倒くさいなぁ…」
残念ながら神父の辞書に『慰め』などというものは乗っていない。神に対してはとことん辛辣なのが神父の取り柄である。
だが、神父はまぁ、あくまで好き嫌いの観点で取ればの話だ、と続けた。
「それで言うなら俺はアクア様の事だって嫌いになるだろ。あの人はアンタ以上にいい加減でだらしがない、それでいてトラブルばっか起こすマッチポンプの天才だからな」
「本当に酷い言われようです…」
「そもそも、俺は神を好き嫌いで見た事はない。俺にとって、神っていうのは無駄なものを自分達で創ったのにそれを云々言う馬鹿ってだけだ。それだけだ。だから好悪は関係ない」
「本当に酷い言われようです! 私達は揃いも揃って貴方を讃えているのに!」
「えぇ…アレ、まだブームなのか? もう十年くらい前だろ」
それは、神父が世界に刻んだ伝説。
王都に召喚された、たった一体の悪魔。それは一夜も時間を掛ける事なく、たった一分という短い時間で王都を陥落寸前まで追い詰めた。
“全てを識る者”、“全てを為す者”、“魔神”などの異名を持ったその悪魔は、永き歴史に渡って神々と争い続けた最古の悪魔であった。
神ですら倒すに至らなかったその悪魔を、ただ一人の人間が討ち倒したのだ。
「十年、たった十年ですよ。あの魔神と神々が最前線で戦争を勃発させていた何億年という時間に比べれば、1週間経った程度のものです!」
「馬鹿じゃねぇの」
「それだけ、貴方が為した事は素晴らしい事なんです! 私の様な若輩者は勿論の事、私達が生まれる以前から生きる神ですら倒せなかった憎き宿敵なのですから!」
「ふーん……一人の人間に倒される程度の悪魔を倒せないって神弱くね?」
「わーわーわー!!! なんで貴方はすぐにそういう不敬な事を言うんですか!? 天罰上等でも上等し過ぎじゃないですか!?」
「最高神とか引っ張ってこいよ。唯一神様は何してんの?」
「あの御方は強過ぎて肉体を持ちませんので……肉体を持たぬが故に倒されず、精神だけで存在して万物と万象を操る御方ですし。というか、畏れ多すぎて引っ張ってこれる訳ないですよ」
「腰抜けめ」
「貴方が異常なんですっ!」
そんなこんなで、神父は女神エリスを煽り倒して、今日を迎えるのだった。
後に。
神父は、魔王軍幹部の悪魔によって、絶品であると言わしめる程の悪感情を献上する事になるとは、女神エリスも神父本人も思いはしなかった。
ふはははは!!!!