SAOエクストラストーリー   作:ZHE

10 / 159
第10話 友との別れ

 西暦2022年12月21日、浮遊城第3層。

 

 本格的に猿系モンスターが跋扈(ばっこ)する第3層。の、迷宮区最上階。

 なんと驚いたことに、俺たち前線組はわずか1週間でプレイヤーはボス部屋までたどり着き、戦闘を行なっていた。

 隊列の前方では怒号と剣戟音が聞こえる。ローテの順番が回った小隊が声をかけあっているのだろう。

 とはいえ、危険なボス戦だというのに、俺は(いささ)か集中力を欠いていた。

 

「(今度こそ……これが終わったら、カズんところ行こう……)」

 

 そんなよそ事を考えていたのだ。

 ルガトリオ。SAOアバターでのプレイヤーネーム。

 俺は現実世界の彼を知っている。同じ中学に通い、同じゲームをして遊んだ仲である。しかし、俺は彼と行動を共にしていない。

 言い訳だけならいくつか浮かぶが、やはり見捨てたという事実は変わらない。

 会って謝罪なんて、第1層ボスの攻略時から考えていたことだ。1層の攻略を終え、2層攻略を経て、さらに3層攻略間際になっても決心がつかない。

 そして、どうせ4層以降まで持ち越す。むしろ時間がたったことで彼と会う恐怖は(つの)るばかりである。

 臭いものに蓋をするのは俺の悪癖(あくへき)。明日やる、来週やる、いつかやる、と。そうなるに決まっている。

 

「だめだなぁ俺……」

「おいアンタ、ボサッとすんなッ!」

「ッ……!?」

 

 呆けているところに喝を入れられ、回想から目覚めた。

 しかしそれでは遅かった。

 3メートルにも及ぶ毛むくじゃらがゴウッ!! と着弾。その姿はもはやビッグフットであり、「猿じゃねぇだろこれ……」なボスが、すぐ目の前に迫る。

 

「うわっ!!」

 

 咄嗟(とっさ)の危機に叫び、ビビってはいけないと思い直し、両手剣を振りながらもう1度叫び直す。するとそこには、へっぴり腰で剣を空振りさせながら奇声を発する人物が誕生した。

 ボス《モンキー・ザ・バーサークブレイン》は眼中にないと言わんばかりに、再びジャンプして遠くに行ってしまう。そのせいか、周りの連中から「なにやってんの、アレ」とか「あいつホントに前線プレイヤーか?」といった嘲笑を浴びる羽目になった。

 めちゃんこ恥ずかしいうえに、こうした評価を受けるのは非常に都合が悪い。

 俺は純ソロ状態を脱するために、攻略中にいいところを見せて、声をかけて貰うなりオファーを貰うなりしなければならない。

 早急な挽回が必要だ。そう考えた俺は、まずはその身に纏う空気を変え、上げたボリュームで用意していたセリフを放つ。

 

「いいぜクソザル。上等だ。身の程ってもんを……」

 

 俺は真顔になると、剣先を右下に構えて腰を落とす。そしてダッシュ準備が整うと、足をバネのように延ばし一喝。

 

「知りゃしぇ!」

 

 噛んだ。大事なところで噛んだ。

 ――う~わ恥ずかし。みんな見てるよ。でも俺もう走ってるよ。噛みながら走り出したよ。ギャグやってんじゃねぇんだぞコラ。

 

「~~ッ~!!」

 

 やってしまったものは仕方がない。顔を真っ赤にして歯を食いしばる俺は、それでも注意深く敵を瞠目(どうもく)した。

 天井の突起にぶら下がるボス。明らかに専用に作られたのだろうゴチャゴチャしたフロアだ。

 俺はボスとの距離とに分析する。助走は十分。そのままダンッ! と左足で地を蹴ると、配線に模した色とりどりの(つた)に片手でぶら下がるバーサークブレインへ向けて剣を大上段で構えた。

 さらに剣身はその色を赤へ。

 

「レヴォルドパクトォオオ!」

 

 1層でも使った例の空中回転隙だらけ斬撃を、わざわざ技名を叫びながら使用する。

 しかしボスは器用だった。回転する俺の足をむんずと掴み、ポーイと投げ捨てたのだ。

 投げられた俺は3秒後に落下。「ぐへっ」と出てから、四つん這いのまま何度か咳き込んでしまった。

 味方連中の中心に倒れる俺と、それを見下ろすプレイヤー。

 しばしそんなシュールな光景が広がるが、今回も同情でパーティに入れてくれたキリトやアスナも、さすがに俺の独断先行自滅ギャグについて援護をくれなかった。

 さらには見知らぬメンバーに、「ど、どんまい……」とだけ声をかけられた。同情のほうが苦しい。

 

「(ああ……しばらくソロだなこりゃ……)」

 

 悲しいほど悟ってから、15分でボスは狩られることになる。

 行動解析に手間を取らせるのが強みだが、逆に言えば解析さえ済めば紙装甲の1層のフロアボス(コボルドロード)とも言える。取り巻きも湧出しなかったため、むしろフロアボスとしては歴代で1番戦いやすかったかもしれない。

 だが結果から見ると、今回はあまりボス戦に貢献(こうけん)できなかった。多少のダメージこそ与えたが、俺の基準で『格好いい活躍』にはまったく達していないのだ。

 

「う……やべぇよ俺。10層までしか知らねぇんだぞ……」

 

 つい小声でそうぼやいてしまった。

 10層。βテスターがゲーム開始時から持つ情報アドバンテージ。俺が仲間を増やすことのできる限界地点はここだ。ここまでに仲間の1人や2人は作っておかないと本当に、冗談抜きにマズいことになる。

 ルガトリオを除いた『知り合い』と言えばキリトやネズハがいるが、どうも後者はすでに前線組との合流を諦めているきらいがある。黒剣士(キリト)にも女が1人付きまとっているため、一緒に行動する未来予想図が浮かばない。

 しかし、1人で攻略は駄目だ。痛感した。精神的に辛いことを。

 

「(うぅ……俺クリアするまで友達増えねぇのかなぁ……)」

 

 往還階段を登り切った俺は、心の中でほんの少しだけ半泣きしながら、第4層のアクティベートが完了するのを見守る。これが済むと俺達は4層のフィールドを駆け巡れるわけだ。

 ちなみに、各層に備えられている《転移門》から次の層の《転移門》へ討伐隊以外のプレイヤーが出入りできるようになるのは、『ボス討伐から2時間後』である。

 と、そんなことを考えている間に作業も終わる。

 現在12月21日。14日に3層に到達したことを考えると、経過した時間はわずか1週間。

 

「(1層が1ヶ月かかったって考えると相当なペースだ。……つってもまあ、たんまり経験値稼いだ後はそんなもんか)」

 

 俺は列なす討伐隊の後ろに金魚の糞のように続きながら、そんなことを考えた。

 クローズドβテストの時も初めての挑戦、かつ参加者千人しかいなかったにも関わらず、プレイヤーはテスト開始から1ヶ月で10層まで進めたのだ。単純計算、3日で1層である。

 もっとも、あの頃はボス攻略の際の壊滅(ワイプ)に死のリスクが無く、無謀な挑戦と盛んな渉猟(しょうりょう)がされており、現状との比較に意味はないが。

 しかし時間をかけた分、前線プレイヤーはしっかりとしたレベル上げができた。控え目に安全マージンを見ても、やはり6、7層ぐらいまではあっという間に攻略されるかも知れない。

 

「(ま、とにかくフロアボス倒した報酬だ。手に入れたこの2時間でさっさと主街区回るか……)」

 

 ここでも早速ベータの知識だが、あるクエスト報酬を揃えることで、次層で両手剣を強力な物にグレードアップすることができる。……という情報を、俺はすでに知っている。

 次層の知識があるというのはやはり大きい。しかし、だからこそ他のライバルが集まる前にさっさとクエストを済ませなければならない。

 俺は周りに人がいないことを確認し、目的のNPCに早口で話しかけるのだった。

 

 

 

 しばらくクエストを淡々とこなした。無事に3回クエストを終えると、規定のアイテム量をゲットできたことで、俺はホクホクしながら再び主街区転移門広場に戻った。

 事件が起きたのはその時だ。

 いや、来るべき時が来た、と表現するべきかもしれない。

 いくら人数が多いとは言え、最前線はたかだか4層。アクティベート直後に最新主街区見たさに転移門をくぐるプレイヤーは多いはず。誰しも新しい街を見て回りたいに決まっているからだ。

 後悔してももう遅い。そもそも本来、『後悔』などしてはならない。

 そして、ついに俺達は再会した。

 

「あ……!」

「か、カズ……っ!?」

 

 自分の目を疑った。

 彼のアバターがあまりに本人に似ていたから、ではない。心の準備の問題である。

 あいつが、和義(かずよし)が目の前にいる。俺より15センチほど背が低く、アバターのカスタマイズなのか、ほんの少し髪を茶に染めていたが、間違いなく本人だ。

 防具は地味な濃緑色の革製。軽装なのは技術系(たの)みではなく、腰の棍棒を見るに意外にもスピードアタッカーだろうか。だとしたら、確実に個人行動用のビルドではない。

 いや、そんなことを分析している場合か。再会したときに俺は何するべきだったか。

 そうだ、謝らなければならない。

 謝って許されることではないが、俺は1ヶ月半も故意に逃げ続けた。薄情極まる男が、リスクの果てに放逐(ほうちく)してしまった友人から。

 だが、何と言って懺悔すればいいのだろうか。

 終わりのない葛藤が頭の中でぐるぐる回ると、耐えきれなくなり、考えが纏まる前に口が強制的に動いた。

 

「ハ、ハハ。カズか……(なつ)いな。……ああ、その……ワリ。混乱してて、なんつったらいいか……」

 

 そこから先が出てこない。どころか、恐ろしいことに頭の中は言い訳に走ろうとさえしていた。

 しかし俺が言い(よど)んでいると、そこに2人のプレイヤーが近づいてきた。

 

「ルガァ、どしたぁ? ……ん、誰ぇこの人ぉ?」

 

 間延びする特徴的な喋り方。頬にそばかすのある男は、カズとほとんど背の変わらないプレイヤーだった。腰に収まる短剣から想像するに《短剣(ダガー)》使いだろう。顔は幼く背も低いが、年のほどはおそらく16から17。カズにタメ口というとは17歳の線が強い。

 そしてもう1人はデカかった。俺と同じかそれ以上の身長だ。体はがっちりとしており、それに伴い背負う(ランス)も様になる。しかし残念なことに顔がよろしくないほど濃い。本人にはそのつもりはないだろうが、こう、怖いのだ。デフォルトで人を威圧しているイメージだろうか。

 しかしそんな細かいところを確認する前に、俺はまず戸惑いと共に疑問を持った。

 カズの周りを彷徨(うろつ)くこいつらはいったい誰なのか、と。

 俺が口ごもっていると、今度はランサーの大男が口を開いた。

 

「あの~。どちら様でしょうか?」

 

 その声調はギャップが酷かった。非常に音質の高いソプラノのような声である。

 攻撃武器の他に盾を装備するこのランサーも俺と同じく筋力値を重点的に上げているはずだが、この声からはそんな力強さが微塵も感じられない。

 

「あ、あ~その……友達だよ。僕の!」

 

 そこへルガトリオことカズがフォローのために割って入る。

 

「えぇ~ルガのぉ? ルガ友達いたんだぁ」

「あっ、それ酷い!」

 

 こんなやりとりで笑い合う3人を俺は呆然と眺めていた。そしてある事実を悟らざるを得なかった。

 俺はゆっくりと3人の顔を見渡し、最後にルガトリオを見る。今は和義(かずよし)本人となっているその顔を。

 2年前と本当に変わらない。立ち方、話し方、雰囲気。それらすべてが中学3年の思い出を彷彿(ほうふつ)させる。

 学年で屈指のゲーマーだったカズは当時から数々のゲームを(たしな)んでおり、小さな格闘ゲーム大会で見事優勝を果たしたのも記憶に新しい。

 そんな彼がSAOを手に入れると、自分の知る限りの友人へ片っ端から電話をかけたらしい。俺にもかかってきて、入手したことを伝えた時はすごく喜んでいた。オンラインにログインした時はまた一緒に遊ぼう、とも言ってくれたのだ。

 高校に上がる際に大分から千葉へ引っ越してきた俺は、もう誰とも連絡を取っていなかったが、カズの声を聞いた時は久しぶりに胸が躍ったものだ。それは本心である。

 そして勉強を疎かにし、英語のスペルを読み慣れていない俺は、決して『Lugatrio』という文字を見てこの男をカズだと思ったわけではない。

 だが、あの頃から比べ変わったことは1つある。

 

「ハハハ……ああ……。ジェイド? ほ、ほらここじゃリアルの話は御法度でしょう? だからさ、僕のこともルガって呼んでよ」

「そうそう。それにぃせっかくの縁なんだしぃ、僕達のギルドと合流するっていうのはぁ?」

「あっそれいいねっ。ジェイドもいいよね?」

「…………」

 

 変わったこと。それは『カズの隣を歩く者』だ。それはすでに……俺ではない。

 カズは無垢にも「ジェイド……?」と首をかしげていた。人を疑うことが嫌いなこいつのことだ。まさか俺が元テスターだとは考えていないのだろう。電話でもその事実を伏せていた。

 そしてその人懐っこさが、ひいては生きようと頑張った結果が、今のこの2人を引き寄せている。

 

「あの~。ちょっといいですか」

 

 大男が俺を訝しむ様に2人の声を遮る。声調に少しだけトゲトゲしいものが混じっていたことを考えると、きっと彼は気づいたのだろう。

 

「きみ、仲間は?」

 

 決定的な疑問が言葉となって投げかけられた。2人もそう言えば、というように辺りを見渡す。そしてカズも、今さらながら自分がデスゲーム開始直後から一言たりとも声をかけられなかったもう1つの理由について考えている。

 声の高い大男は頭の巡りがいいのか、早々に疑問を持ったわけだ。友達を置いてこいつは何をやっていたのだ、と。

 もう隠し通せない。いや、隠そうと考えること自体が冒涜(ぼうとく)である。

 だとしたら、俺は……

 

「ジェイド……?」

「……す、まん。ルガ……俺は」

 

 わずかに言いよどみ。

 

「俺は、前線組で……ず、ずっとソロだった……」

 

 かろうじてそんな言葉が喉を通った。次いで、カズの目が驚愕に見開かれた。彼のことだ。『信じたくなかった』のだろう。

 4層まで前線を走り、羽振りのいい武器と防具を揃え、そして未だにソロ。これは最早そいつが『βテスター』だったと公言しているに等しい。

 《クローズド・βテスト》の知識がなければ、前線のソロプレイヤーというスタイルは成り立たないのだから。

 

「そ、それ……本当なの? じゃあ、僕はあの時……見捨てられた、ってこと……?」

 

 その弱々しい声を聴いて、俺はまたしても都合のいい言い訳を考えた。それを言いたくなる。嫌われないために、『1人でいる理由』をカズに提示したくなる。

 発言しかけた俺は1歩前に出るが、両脇の2人がその進路を阻むように俺達の間に入った。

 彼らの目から、すでに友好的なものは感じない。

 

「あの~。わかってると思うけど、オレ達を捨てたテスターを、ギルドに入れるわけにはいかないよ?」

「恨みはないけどぉ、わかってよねぇ」

「く……この……ッ」

 

 彼らの、カズを一方的に庇うような行動に対し、俺は頭に血が上るのを自覚した。

 こいつはカズの何を知っている? そう、何も知らないのだ。それこそ、こいつらはカズの名前すら知らない。だのに、知った被ったように友達面をして。何様のつもりだろうか。カズは俺の……、

 

 ――俺の、なんだ?

 

「ッ……くっ……俺は……」

 

 そうだ、俺が見捨てた人間だ。費用対効果などと言って切り捨てて。何のことはない、俺がこの状況を作り出していた。

 

「……ルガぁ。もう行こう……」

「ッ! あっま、待ってくれッ。まだっ……」

 

 カズに向けて伸ばされた俺の手はしかし、間違いなく彼自身によって躱された。とうとうカズが俺の手を拒んだのだ。それでも彼は俺への攻撃を止めずに、なおも突き刺さる言葉を浴びせ続けた。

 

「よくわかったよ。ジェイドは……僕を置き去りにしたんだね? ……ずっと……パニックから立ち直るのが早くて……色んなプレイヤーと協力して生き延びようと必死だって思っていたのに。こんなの、ないよ……」

 

 それは恐怖する者の目だった。カズが、俺を恐怖の対象として捉えたのだ。

 立ちすくむ俺を横目で見ながら大男が話す。

 

「もういいですよね……? ……はぁ、まあ友人なら仕方ないです。オレはロムライルっていいます。こっちのダガー使いがジェミル」

「ちょっ、ロムゥ」

「最低限のマナーだ。……それでジェイドさん、でした? もう話すことはないかもしれませんが、どうぞよろしく。では、オレ達はこれで失礼します」

 

 似合わない高い声でそれだけ言うと、3人は4層主街区《ロービア》にいる人混みの中へ消えていった。

 後には俺だけが残された。

 

「う……あ、ぁ……」

 

 俺の心の中で幾度も反芻(はんすう)されるのは、最後に吐いた別れの言葉などではない。彼らのプレイヤーネームもどうだっていい。俺の中にあるのは、カズの声だ。

 ――違うんだカズ。

 ――他に手段がなかった。

 ――俺も必死だった! 見捨てたわけじゃない!

 聞こえのいい、都合のいい言い訳ばかりが脳内で反響した。こんな浅ましい声は彼らには届かないだろう。

 俺には、あるいはビギナーを見捨てたすべてのテスターは、ソロでしか生きられないのかも知れない。

 

「……カズ……」

 

 俺は何時間もその場で立ちつくした。

 視線は空虚を漂う。行き交う人々は不審者を見るよう目線を遠慮もなく浴びせ続けた。

 俺に生まれた感情は、ただただ虚しい、そして悲しい喪失感だけだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。