SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第80話 《圏内》に潜む罠

 西暦2024年4月23日、浮遊城第60層。

 

 カラン、とグラスの氷が傾く。

 広々とした店内に客は数人。ギルドメンバーも各々昨日の事件について話しているが、俺としては現状お手上げだった。

 昨日、カインズやヨルコが所属していたらしきギルドの名前が《黄金林檎》、そのリーダーの名前が『グリセルダ』だということが新たに判明した。

 加えてグリセルダはすでに殺害され、この世にはいないらしい。それこそがGA解散の直接的な原因。

 これらリズとアリーシャから頂戴した、新しい情報の一部始終だった。

 

「(あとはキリトの報告待ちだなぁ〜)」

 

 一夜明けた本日、キリトとアスナは重要参考人のヨルコにもう1度会い、さらに踏み込んで質問するらしい。

 彼らの待ち合わせ時間は午前10時。時間潰しにメンバーの武器を新調すると、あとは消耗しつつあった必須アイテムを大手の雑貨屋で買い足して待機している。

 現在は10時35分。喫茶店などに寄ってゆっくり話していてもそろそろ一連の聴取は終わる頃だ。

 キリト、アスナに昨夜のことは共有していない。なぜなら、知らせる前にクリアな気持ちで当事者に会わせ、彼らが率直に疑問を問えるようにしたからだ。

 せめて狭窄(きょうさく)的になりつつある視野が改善されることを祈るばかりである。

 そんな折に、俺にメッセージの着信音が届いた。

 

「……ッ、来た。キリトからのメッセージだ。全員集まってくれ」

 

 好きなように座って時間を潰していたメンバー4人を、ウィンドウが見られる程度近くに寄せた。俺も姿勢を正して深く椅子に座る。

 メッセージタブをタップする。すると、キリトから簡潔に纏められたヨルコからの引き出し情報が書かれていた。

 そこにはこうある。

 『ヨルコさんは《黄金林檎》という総勢8人の小ギルドに所属していたらしい。リーダーは女性でメインアームは片手直剣。昨日会った聖龍連合(DDA)のシュミットや、ジェイドに見せた槍を作った『グリムロック』も《黄金林檎》のメンバーで、その目的はアインクラッドの攻略ではなく宿代と食事代の確保だったそうだ。また、グリムロックはかのリーダーと《結婚》をしていたらしい。

 ある日、彼らは図鑑でしか見ないほどのレアモンスターと遭遇し、敏捷値を20も上げる指輪をドロップさせた。個人で用途を決めることができず、売却して儲けを分配するか、特定の誰かが装備するかでかなり揉めることになる。

 仕方なく多数決を採った彼らは、結果的に指輪を売却することになった。反対したのはまさに殺害されたカインズと、これを話してくれたヨルコさん。あとは現在DDAにいるシュミット。他のメンバーは全員賛成だったらしい。

 そしてその日、オークショニアに話をつけるために最前線の宿に泊まったギルドのリーダーさんは、深夜1時頃に何者かによって亡き者にされた。場所は19層のフィールドで死因は貫通属性ダメージ。

 だからたぶん、アイテム絡みの恨みだと思う。

 ギルド内で殺人ができた、あるいは動機があった人間は多い。特に売却に反対していたカインズ、ヨルコさん、シュミットは阻止するために手をかけた可能性は否定できない。だが他のメンバーにもアリバイはないので、現段階では何とも言えない。

 以上のことから、今回圏内でカインズを殺したプレイヤーはギルド内にいると思われる。

 報告は終わり。ジェイド達も何か気づいたら意見をくれ』。

 

「だとさ。返信はヒスイに頼んでいいか?」

「え、なんで?」

「文書くのヘタだから」

「……まあいいけど。でも何て書こうかしら? 被ってる情報も結構あるよね」

「シュミットさんやグリムロックさんが同じギルメンだったことは知ってたし。知らなかったことと言えば指輪かな?」

 

 そのカズの確認に対してはジェミルが答えた。

 

「敏捷値プラス20ねぇ。ボクもそんなアクセサリアイテムは見たことないよぉ。……あ、それとぉ、槍を作ったグリムロックって人がぁ、リーダーさんと結婚してたって言うのも初めて聞いたよねぇ?」

「こりゃヨルコのウサン臭さは倍増だな。こいつにウソをつく事情があったのか。……ああそれと、『ギルドのリーダーさん』って言ってたから名前知らないんだろうな。キリトにそいつの名前が『グリセルダ』つーことも教えとこうぜ」

「わかったわ。んーと……よし、だいたい今の意見をまとめられたかな。他にメッセージに載せとくことはないかしら? ……じゃあ送るね」

 

 ヒスイがそう言うと、可視化されたメッセージ窓がありきたりなサウンドエフェクトと共に消滅する。すぐにでもアスナの元へ届くだろう。

 ちなみにキリトからのメッセージなのに、なぜ回りくどくアスナへ送り返すのかというと、俺はキリトと《フレンド登録》を済ませているのに対し、ヒスイはアスナとしか済ませていないからだ。全員フロアボス戦の時などで《パーティ登録》程度のことはしたものの、俺はアスナとフレンド関係にないしヒスイとキリトも然りである。少々面倒だが。

 とそこで、アリーシャが神妙に発言する。

 

「う~ん、たった1週間そこらだったけど、一緒にいたアタシから見てもやっぱりグリムロックさんって変よ。だってほら、奥さんの死因……《貫通属性武器》でしょう? なのにあのスピアを鍛えるものかな? あと指輪のことも。だって、レアアイテムを1人で最前線に持っていくなんて危ないじゃない!」

「武器については確かに。けど、売りに行かせたことについてはなあ……話し合いで決めたなら、着服しようがない。しかも行き先は《圏内》だったんだ。よもや殺されるとは思わないだろうさ」

「アリーシャの気持ちもわかるけどね。あ~あ、最近アインクラッドでいい話を聞かないなぁ。あたしも結婚してるのにジェイドはヘタレだし」

「おいコラ、ケンゼンと言ってほしいもんだ。それにこの前……あ、いや……何でもない。……そ、それより! リズん時の割引サギじゃねぇけど、これだってほっといたらヤバイんだ。ほらみんなもシンキングタイム!」

 

 ん~、と言って一様に唸るレジクレの皆さん。

 やはり簡単ではないのか、現に俺もほとんど脳みそが働いていない。それに中々どうして、案外複雑な事件である。

 そもそもグリセルダがリーダーで、グリムロックがその夫。しかもこの2人は結婚しているときた。俺の言えた義理ではないが、この世界では珍しい関係にまで進んでいることに……、

 

「(んん~……珍しいと言えば、グリムロックと、グリセルダってスペルまで似てるな。これもグーゼンかな……?)」

 

 ただ、グリムロックは元より指輪の売却に賛成だったのだ。とすれば、アイテム使いたさに殺人まで犯す動機はない。

 問題は指輪の売却に反対していたヨルコ、カインズ、シュミットか。カインズは死んでしまっているから、グリセルダを殺した可能性がもっとも高いのはヨルコか、現DDAタンク隊隊長のシュミット。ここまで絞られる。

 だがそれ以上に、俺は夫婦間にあったグリムロックとグリセルダについて思いを馳せていた。

 ギルドのトップ2を夫婦で担う珍しさだけではない。ゆえに、名前のイニシャルと3文字目のスペルまで被るものなのかという疑問が残る。

 しかし、そこでふと思った。

 

「いや待てよ、《ギルティソーン》を作ったのはグリムロックだったな? んで、カインズの殺害を街中で演出した者がいる……ってことは、グリムロックは共犯者、なのか……?」

「複数犯の可能性はあるけど、ちょっと単純じゃないかな。《鑑定(ジャッジ)》スキルで犯人なんてすぐバレちゃうよ」

「たぶん、たまたま鍛冶スキルを持っていただけでぇ、その仲間が当時の武器を所持してたってだけだと思うけどなぁ」

「まぁ奥さんが亡くなっててぇ、犯人を突き止めようと意固地になるのもわかるけどねぇ。でもまさか、それだけでカインズさんを殺したりはしないはずでしょぅ?」

「…………」

 

 俺はそればかりは即答できなかった。

 例えば、本当に例えばの話だ。

 レジクレメンバーの誰かがヒスイに手をかけたとしよう。その時俺は自分を自制できるだろうか。……わからない。この例え自体が成り立つものではないのだとしても、やはりそう仮定すると、俺は死ぬまで犯人を探し続けるはずだ。そして必ず報復するだろう。『殺し』でもって復讐と成すことすら、俺はいとわないかもしれない。

 そして今回。

 最愛の人物を殺されたグリムロックによる制裁なのだとしても、さすがに動くのが遅すぎる。グリセルダが亡くなった日が去年の10月であることから、すでに半年もたったことになる。それに現場には、プレイヤーメイドの《ギルティソーン》を残してしまっている。ここまで露骨だと、『犯人は自分です』と明言しているようなものだ。カインズの死を人口密集地で派手に演出した意味も、その場にわざとらしく自分の作った武器を残した意図も見えない。

 それともグリムロックは自分への疑いを薄めるため、あえて時間をおいて殺人に踏み切ったのだろうか? 確かに半年も開ければ恨みとの動機付けは薄くなり、容疑者から外れやすくもなる。

 ……いや、それでもやはりカインズの死を見せしめにした意味がない。

 

「じゃあ昨日の事件でぇ、誰か普段のルーティンと違う行動した人がいないかぁ、調べるのはどうかなぁ」

「いいなそれ。昨日の夜から俺らがまさにそうだけど。……じゃあここからは二手に別れよう。ルガとジェミルとヒスイは中層に降りて、なるべくフリーの情報屋を当たってみてくれ。今のヨルコ達の攻略層……どこだっけ」

「44層」

「そう、44層辺りの主街区で聞き込みな。とりま指揮はヒスイ。俺はアリーシャと一緒にシュミットに当たってみるよ」

「え、ジェイドはアリーシャと行くの? ……ああそっか。シュミットさんがアリーシャのこと覚えているかもしれないのね」

「そういうこと。んじゃ、一旦解散!」

 

 明らかにダベるためだけに立ち寄った喫茶店モドキから出ると、一行は真っ先に《転移門》へと向かう。そこから俺とアリーシャは56層へ、残りの3人はヨルコが攻略中だった44層へそれぞれ別れた。

 それにしても、アリーシャと2人きりでの行動というのも久しぶりだ。相変わらず淡く発色しているかのような明るい髪と、すっぴんが隠れるほどのメイクには慣れなかったが、出るところの出た甲冑女が横を歩いているだけで高鳴るというものである。おまけに最近は露出多めのスタイルに戻りつつある。

 なんて、こんな邪念が顔に出るとヒスイの佩剣(はいけん)する武器が光の速さで首元に突き付けられるので、平常心を取り戻しておく。

 俺はアリーシャの方をちらりと(のぞ)くと、なるべく当たり障りのない話題を切り出した。

 

「シュミットに会うのさ……イヤならイヤって言ってくよ。強要はしたくない」

「んふふ~過保護ねジェイドって。アタシがギルドに入ってから遠慮してるんじゃない? それとも、可愛らしい女の子を守るナイト様になってくれるのかしら。あ~んアタシ嬉しい~」

「わかった、1人で行って来い。責任はアリーシャ持ちな」

「ちょっ、そこは遠慮したままでいいのよー!」

 

 涙目で笑いながら訴えてくるが、俺をからかおうとした罰だ。

 その後も「アタシ口下手だから~」や「体育会系の人って苦手なのよね~」などと言った抗議活動をあらかた無視し、ずんずん進むこと数分後にはDDAの本部前に到着した。

 ちなみに体育会系のくだりについては、単にシュミットのガッチリとした体格から想像しているだけだろう。もっとも、アリーシャは昔GAと短期間ながらも過ごしていたので、その時に真偽を確かめたかもしれないが。

 なんてことを話しているうちに、堅苦しい壁門が進路を塞いできた。

 

「さて到着はしたけど……お、あそこに門番が2人いるな。いかにもいかつい表情だけどアリーシャなら説得余裕っしょ」

「ちょっとさっきの引きずりすぎよ!」

「頼むって、後ろから援護するからさ。レッツゴー!」

「えぇえっ!?」

 

 背中押して暖かく見守っていると、どうやら順調に話は進んでいるようだ。元よりアリーシャはこの手の会話には手慣れているはずである。ラフコフ時代に培ったアドリブ会話力は、なにも犯罪だけに活かせるものではないし、直前まで嫌々と駄々をこねていた彼女からは単なる怠惰というニュアンスがひしひしと伝わってきていた。

 そして話を聞く限りでは、どうもシュミットは本日の攻略はお休み状態で、いつでも本部内で会える状況にあるという。しかし本人は現在プレイヤーと会うことに消極的なようだ。ここへ訪れた用件も先に聞きたいらしい。

 その段階でようやく、俺は物陰から身を隠すのをやめて彼らに近づいた。

 

「あー悪いねお2人さん、それ俺が頼んでるんだわ」

「あ、レジクレんとこの! なんすか、来てたんすか。じゃあ名前だしときます?」

 

 ヘルメットのバイザーを上げながら、男性がにこやかに答える。

 しかし、ギルドの名前を出しても目標は釣れないだろう。

 

「いや、俺の名前は伏せて、代わりにこう言ってくれ。『アリーシャから、グリセルダの指輪について聞きたいことがある』ってな」

 

 案外、個人ぐるみな会話では親しみやすく協力的なところもDDAらしい。

 そして手の内から有力なカードを2枚ほど切ったものの、幸いなことにその影響はすぐに現れた。

 指輪の話を持ち出した途端、巣篭(すご)もり中のシュミットがギルド本部でなら話に応じると言ってきたのだ。

 俺とアリーシャは早速、要塞のような本部の廊下へと案内され、やがて気怠そうなシュミットが現れると、険しい顔をされたまま彼の部屋へ招かれた。

 そこは広い部屋だった。壁掛けの調度品はもちろん、武器の収納ケース、ソファとテーブルの一式、その他の調度品に関しても高級な質感がある。さすがはDDAのタンク隊リーダーといったところか。

 しかし障害もなく重要参考人に謁見(えっけん)できてしまったわけだが、予想していた通り当の本人はソワソワしていた。

 同時に彼が「大事な話がある。席をはずしてくれ」と言うと、随伴(ずいはん)していたメンバー2人が部屋から退出した。これで場は整った。

 入り口で預かられて武装もしていないのに、お互いピリピリとした緊張感のなか、眉間にシワを寄せたシュミットは声色(こわいろ)も低く切り出した。

 

「あんたらどこまで知ってる。特にアリーシャ……」

 

 深く沈む上質なソファーに座り、暖かい紅茶まで出しておいてなお、やはり開口一番は強い口調から始まった。どうやら、あくまでも会話の主導権を握りたいらしい。

 しかしどうだろう。そこには警戒というよりも恐怖心が先だって見える。

 どこまで知っているのか、と彼は問うた。つまりヨルコを経由して、俺達がどこまで事件について知り得ているかを知らないということだ。連携が取れていないのか連携していないのか。いずれにせよ、カマかけにしては質問が浅い。これでは無知に見えてしまう。ヨルコとカインズは、現時点で利害関係はないのかもしれない。

 

「どこまで知ってるか、ねえ……てか俺への言及はなしか?」

「ふん、あんたはリーダーだから付いてき。だろう? 同室は許可してやっているんだ。部外者と自覚するなら、せめて黙ってくれ」

「ゴールデンアップル。つまりあんたらが言うところの《GA》は、半年前まで8人ギルドだった。しかし敏捷値を20も上げる激レアな指輪でモメて……その日の夜、リーダーのグリセルダが何者かによって殺された。おかげでお互いを疑ったまま、ギルドは解散しましたとさ。……違うか?」

「な、ん……どうし、て……それ……っ」

 

 いきなり正解を語りだしたからか、シュミットはテーブルを挟んで対面に座ったまま、微妙に腰を浮かしてあからさまに動揺していた。

 アリーシャからも「いきなりそこまで打ち明けていいの?」と不安な表情を寄越されたが、ここの判断に委ねたようだ。

 と言いつつ、俺も内心賭けで喋ったようなものである。第一印象で豊富な情報力を見せつけ、ペースを掴んでから相手側の情報を抜き取る。古典的な交渉術だ。

 だが効果は覿面(てきめん)を大きく通り越し、怖いほどにドハマりした。

 

「な、なんでそれを! それとも、オレが殺したって言いたいのかッ!? 違うぞ、そこまでしてない! そもそもお前達はなんでこんな探偵ごっこを!!」

「落ち着けよシュミット、犯人は誰それだと言いに来たんじゃない。ていうか、俺らってば別にグリセルダの件についてはあんまり興味もないしな。……ただ事実確認がしたい。俺が言ったこと、間違いはないな?」

「……く……ああ、ない。オレは確かに売却に反対した。どうにかして指輪を使いたいとも……思った」

「…………」

 

 想像していた通り……いや、それよりもスムーズに進んでいる。

 シュミットは焦りからか、聞いてもいないことを次々と吐露(とろ)してくれた。自分が売却に対し反対派であったことと、その動機まで。

 なかなかどうして、小動物のような姿になってしまった大男を見ると少々良心が痛むが、遠慮していても始まらない。押さえるところは押さえ、伏せるところは伏せなければならないからだ。

 俺はもっと踏み込んだ質問をするべく再び頭をはたらかせた。

 

「情報源つうとギョーギョーしいけど、まあ人づて……昨日のキリトから聞いたんだ。でも確かに、俺よりアリーシャから話を聞いた方が早いかもな。半年と少し前だったか? ちょっとだけ一緒に行動してたらしいじゃないか」

「……ええ。アタシは指輪の件が起きる直前にパーティから外れたけど、解散したことは知ってるわ。……ねぇシュミット君、クレイヴが今どこにいるか知らないかしら?」

「ク、クレイヴの奴がどうかしたのか? 知らんぞオレは。生きてるかどうかも知らなかったんだ!」

「おーちつけって。ていうか誰よ、そのクレイヴって」

 

 聴取のマストは山積みされているというのに、彼の気分が高揚してしまっていることにややげんなりしつつ、俺はめげずに話に割って入った。

 

「元GAのメンバーだ。メイン武器は短剣。軽装でサポートによくまわっていたから、あんたらのギルドでいう、ジェミルって男と役割が似ている」

「や、そういうんじゃなくてさ。もっとこう、事件との関わりとか」

「関わっているかどうかはアタシもわからないの。けど……その……」

 

 あごに手を当ててアリーシャが口ごもった瞬間、シュミットは食い込むように口を開いた。

 

「じゃあ何で聞いたんだアリーシャ。……お前、もしかしてなにか知ってるんだな!?」

「し、知らないわよ! アタシは指輪の件より前にギルドを抜けたんだから!!」

「いいや怪しいぞ、元ラフコフのくせに! そう言えば思い出したぞ。お前確かクレイヴに言い寄られてたよな? その時に何か……」

「それも関係ないわ! あれは彼の勘違いもあって……し、質問してるのはこっちなんだから話を逸らさないで!」

「なんだその言いぐさは!? それが人にものを頼む態度か! だいたい、お前が来てからギルドはおかしくなったんだ!」

「アタシのせいだって言うの!?」

「…………」

 

 ギャアギャアと喚き合う2人。これが一抹の寂しさというものだろうか。友達の友達と友達が俺をよそに話している疎外感と言えば伝わるかもしれない。話に混ざれている感が薄れてきた。

 ともかく、俺を置いてきぼりにして遥か遠くに行きかけた男女2人をひとまず呼び戻す必要がある。

 

「ちょいちょいお2人さん、昔の恋バナにふけってるとこ悪いんだけどさ。クレイヴがホレたハレたとかはたぶん事件とは関係ないだろ。それよか、メンバーの全体像を教えてくれよ。じゃないと話についていけない」

「あ、その……ごめんなさいジェイド。……クレイヴの他には……グリセルダ、グリムロック、カインズ、ヨルコはもういいわよね? 残りはチェーザル君、ヤマト君……」

「んで、最後がここにいるシュミットか。それで8人」

 

 指を折りたたみながら数えてみる。

 個性的な名前は喜ばしいことである。ここで没個性的な名前が列挙されたところで、吸収力の剥落(はくらく)したスポンジ頭しか所持していない俺は、面倒なことにメモを取らざるを得なくなってしまうからだ。

 新登場したのはクレイヴ、チェーザル、ヤマト。よし、きっと覚えた。

 

「オッケー。じゃあシュミットってさ、昔のリーダーたちが結婚してたことは知ってるんだよな?」

「当然だろう。全員知っていたぞ」

「問題はそこからなんだけど、当時のグリムロックは妻が死んだ時、どんなリアクションしてたよ? なるべく具体的に頼む」

「どんな……と言われても困る。放心状態だったというのがしっくりくるとしか……」

「犯人を特定しようとヤッキになったりは?」

「しな……かったはずた。そんなことはしてなかった。ただ静かにうなだれていたよ」

「そっか……」

 

 俺はここで押し黙った。

 その場の繋ぎとして出された紅茶を口に運びつつ、そしてゆっくりと考える。

 シュミットには知るよしもないが、俺にはヒスイというかけがえのない恋人がいる。互いに死線を(くぐ)り、背中を預ける仲となった大事な女性。その笑顔を、関係を、命を守るためなら、惜しみ無い誠意を尽くすことができる相手。

 そんな彼女が、殺されたと仮定しよう。

 これは先ほどもシミュレートした、ある種のまったく想像したくもない世界の話だ。しかし、やはり何度その状況に出くわしたことを考えても、黙って引き下がれるようには思えなかった。むしろその瞬間から、ヒスイを殺した人物を殺そうと激昂するだろう。

 しかしグリムロックはそうしなかった。

 俺と彼の間に、何の違いがあるのか。

 格好つけて、感情に身を任せず自制した行動をとったとでも言いたいのだろうか。……いや、そんなことはあり得ない。

 今さら『仮にもゲーム』で結婚、なんて曖昧な関係ではないはずだ。俺の予想が正しければ、グリセルダとグリムロックは俺とヒスイ以上にもっと深い間柄だったはず。だとするなら、ますますグリムロックが半年も事件を放置していた理由が見えない。なぜ死んだ妻に対し、そこまで落ち着き払った『死の受け入れ』ができたのかがわからない。

 たった1人の愛する女が、粗末な方法でこの世を去った無念。その怨念がどうしても薄っぺらく感じてしまう理由。

 と、そこまでの俺の黙考をどう受け取ったのかは定かではないが、沈黙に耐えかねたようにアリーシャが質問を続けた。

 

「じゃあグリムロックさんが今どこにいるのかは? 普段滞在しているのがどのホームタウンかさえわかれば、こっちでも調べようがあるわ」

「すまないがそれもわからない。どころか、今も生きているのか、すでに死んでいるのか。……それすら知らないんだ。あいつはギルドが解散してから、1人でひっそり暮らしたいと言った。仕方ないだろう? そんな人間と無理に攻略を続けようなんて無理だ」

「そう、よね……彼も辛かったでしょうから……」

「…………」

 

 俺はそれを聞いた上で、どうしても傾いた視点が頭を離れなかった。

 グリムロックが生死すら不明なほど元GAメンバーから距離を置いているのは、本人が故意に隠れているからではないのか、と。

 アインクラッドには本格的な捜査機関がない。1度連絡が途絶えれば、プレイヤーの居場所の特定など、基本手当たり次第な手作業となる。それを見越しての隠蔽ではないのだろうか。

 もちろん、これは憶測だ。

 キリトは指輪の売却に賛成した、あらゆる容疑者の居場所が特定不能だと言っていた。であるならば、やはりグリムロックと連絡がとれないことも、彼だけがわざと身を隠していることにはならない。

 これはいけない流れだ。思考が凝り固まって先入観だけが渦を巻いている。

 二次情報に振り回されるのも嫌になり、俺はかぶりを降ってから立ち上がった。

 

「もういいよシュミット、ジャマして悪かったな。……でも最後に聞かせてくれ」

「……ふん、探偵ごっこが好きな男だ」

「違うっての。……なあ、お互い人の上に立つとさ、決断迫られるときあるじゃん? もし戦場での判断ミスで、その……部下が死んじまったら、あんたはどうする?」

「そ、それは……どういうカマかけだ……」

「ただのキョーミ本意だよ。もしもの話……ほら、あんたもタンク隊リーダーだろ? 指揮権持ってると、自分の命令で人が死んだりもする。お互い似た立場だ、意見だけでも聞きたいんだよ」

「…………」

 

 そこでシュミットは深く(こうべ)を垂れ、浮わついた表情のまま周りをキョロキョロと見渡した。そしてしばらくして落ち着いてから次のことを口にする。

 

「フザけた尋問だ。こッ……これは、復讐なんだよ。グリセルダが……殺した人間に報復しているんだ。でないと説明がつかない! 《圏内》で人が殺されたんだぞ!」

「オイオイ、売却に反対した人間全員を殺しに来るとでも?」

「あァっ? 売却ッ……ああ売却か。そう、それに反対した奴らもそうだ! けど、それだけじゃない! 殺した犯人もっ、みんな殺すつもりなんだよ!」

「……トラウマだったら、思い出させてすまん」

「クソ……だから嫌だったんだ、こんな話……ちくしょう……」

「ああ、そうだな。過ぎたことはともかく、これから起きる殺しについては、俺も全力で止めようと思う。あんたもなるべくここから出ないように。あと、他にも何か思い出したことがあったら教えてくれ。……行こうアリーシャ」

「う、うん……」

 

 見送りはなかった。だが、目頭を抑え、深くうなだれる男にそれは強要できまい。

 俺は(きびす)を返すと部屋の出口に向かった。

 結局のところ、自分の判断ミスで仲間を見殺しにしてしまった時の対応を彼がどうするのかは聞けずじまいだった。

 呵責(かしゃく)に押し潰されて自暴自棄になるのか、はたまた頑丈なポジティブ精神に則って後ろを振り返らないのか、あるいは……ミスを無為に知られないよう、なるべく隠そうとするのか。それは本人だけが知るところだ。

 しかし回答が聞けなくてなお、収穫はあった。

 彼はきっと、清廉潔白ではない。しかし同時に、無慈悲な男でもない。事件をほじくって本音が聞けたのも大きい。

 俺がこれで身を引いたのは、これ以上の質問は必要ないと判断したからだ。事件に関わりの無さそうなクレイヴ、チェーザル、ヤマトはともかく、グリムロックの所在を突き止めて本当の話が聞ければほぼチェックメイト。この段階まで来た以上、グリムロックの生死すら把握していなかったシュミットが用済みになったのも道理と言える。

 そんなことを思いながら、扉のドアノブまで手をかけたところで彼が呼び止めた。

 

「なぁジェイド、あんた……」

「ん……?」

 

 攻撃的な声色ではなく、そこには若干の羨望(せんぼう)が見え隠れしていた。

 

「あんた、そんなに堂々としている奴だったか? おかしいだろ……この2、3ヶ月で何があったんだ。リーダーと言っても、最初のうちは……」

「ああ……」

 

 そういうことか、という相づちを飲み込んで、俺は言葉を選んでからその問いに返す。

 

「仲間に恵まれたからな。けど1番デカいのはさ……やっぱ、失うまいと必死になれたからだと思うぜ。レジクレに参加したいっつー野郎がいくらいても、結成当初から俺らのギルメンって数が変わってないだろ? それな、俺が全部断ってるからなんだ。互いが仲間と認めるに足る経験、みたいな。……まあメッチャ独断だけど、そういうプレイヤーに厳選してるんだよ」

「仲間と認めるに、足る……?」

「難しいこと言ってんじゃねぇぜ? 『助けて』って言われた時、ツベコベ言わず命懸けられるかって話さ。それができりゃ晴れて《レジスト・クレスト》だ。……つまり、そんな仲間のためにエンリョなく全力尽くせたから今の俺がいるってこった」

「…………」

 

 これがシュミットにとって満足のいく答えだったのかは定かではないが、俺はついでとばかりに思い出したことを彼に伝えるため振り向いた。

 

「そうそう、キリトも機会があったら話したいって言ってたぞ。その時は今のをそのまま話してやれや。……じゃあ昼時に悪かったな、紅茶うまかったよ。これが済んだら、今度は攻略で会おうぜ」

 

 その言葉を最後に要塞のようなDDA本部をあとにする。

 ここからは低層に降りてグリムロックについての聞き込みである。今のところ誰からも連絡がないことから、ヒスイ達も満足のいく情報は得られていないのだろう。

 しかし彼女らに進捗を連絡しようというところで、隣を歩くアリーシャが目を合わせずこんなことを言った。

 

「ねぇジェイド、せっかくだからアタシも昔のGAメンバーとコンタクト取れるか試していいかしら?」

「なんだ、アテがあるのか。なら俺も……」

「あっ、1人でいいわよ。彼らも知らない人が同行してると警戒するだろうし」

「……そっか……わかった。その辺はアリーシャにしかできそうにないしな。じゃあ何か判明したらそのつど教えてくれ。《転移門》着いたら別行動で行こう」

 

 何だかんだと首を突っ込んでいる俺。そして文句を言わず積極的に調査しようとするアリーシャ。この時は、まったくと言っていいほど疑問を持たなかった。むしろ進ん協力してくれることに感謝すらしていただろう。

 それが、のちに新たな事件の引き金になるとも知らずに。

 

 

 

 


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