SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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1050件のお気に入り登録者数を達成しました。作者冥利につき、とても嬉しく感じます。幸運にも暖かい読者様方に愛されているのだと一層自覚し、より精進していきたいと思います。


第81話 憎しみの連鎖(前編)

 西暦2024年4月23日、浮遊城第44層(最前線60層)。

 

 44層の異国的(エキゾチック)で陽気な雰囲気に反し、2メートルほどの高さにまで積まれた赤銅(しゃくどう)レンガの上に、暗い顔をしたまま俺は座っていた。

 ところで、天才は1パーセントのひらめきと99パーセントの努力のことである、という名言がある。誰でも知っているはずだ。誰が言ったのか覚えていないのは言わない約束。

 もっとも、1パーセント程度のひらめきなら俺を含む凡人にも備わってはいるだろう。しかし、例えば俺は残りの99パーセントの努力を怠ってきたことを認めざるを得ない。俺にとって人生で頑張った期間など、サバを読んで3割程度だろうか。

 ここで話題を戻そう。

 ようするに、反復してものを覚えること、目上の人間に素直に従うこと、そうした本来ガキの頃に当たり前にクリアしてきただろうハードルを飛ばずに(くぐ)り抜けてきた俺は、黙ってじっくり問題に取り組むといった我慢強さがなかったのだ。ハードルは上げすぎると潜りやすい、という皮肉もあながち的を射ている。

 頭がパンクしそうだった俺はがむしゃらに突っ走るのをやめ、行き詰まった情報をまとめることにしていた。

 

「(こうなると、どいつもこいつも怪しいもんだなぁ……)」

 

 まず49層で死んだカインズについて。

 これは個人の証言ではなくキリト、アスナ、エギルがそれぞれ確認していて確実性がある。彼が《黄金林檎(GA)》のリーダーであるグリセルダを殺していたのであれば、半年前の指輪事件についてはお手上げだが、ここはあえて彼ではない場合を前提にしよう。

 次はそのカインズと、直前まで一緒にいたというヨルコなる女性について。

 おそらく彼女は嘘をついている。

 どうやら『見慣れない街でカインズとはぐれ』、そのまま彼が亡き者になったらしいが、見失った原因とやらについても説得力がない。常識的に考えて、交際していた相手と食事に行き、そこで偶然にもはぐれるだろうか。万が一はぐれたとして、事件とのタイミングが示し合わせたかのようである。

 おまけに『到底食事に来たとは思えない服装』についても説明はない。シュミットがレストランを探している時に完全武装していた理由がないのだ。

 次に《ギルティソーン》の作成者であるグリムロックについて。

 妻の死に直面してなお淡白な反応と、貫通属性武器の作成。ただでさえ対プレイヤー用の武器といった常識に反し、彼は固有名《ギルティソーン》を鍛えた。そこに何の思惑があったのかは、やはり当人を捕まえて厳しく問いただすしかない。

 最後は聖龍連合(DDA)のタンク隊リーダー、シュミットについて。

 ジェミルは言っていた。《圏内事件》でルーティンを外れた人物を調べるべきだと。

 すると意外なことに、事件の反動で元GAのギルドメンバーで動きのあった人物こそ彼だったのだ。

 48層主街区(リンダース)の《転移門》付近でキリトにらしくもなく怒鳴ったことも、攻略を放棄した上でDDAの本部に籠城(ろうじょう)していたことも。《圏内事件》というエサによって陸に釣り上げられた魚とはシュミットその人。

 彼は明らかに怯えている。

 だからこそ、俺は最終的に『収穫あり』と判断したが、これは強がったのではない。彼は無意識のうちに2つの手がかりを落としていた。

 1つはグリセルダ殺害の件で問い詰めに来たのだと誤認していた時。彼は「グリセルダは殺していない。そこまではしていない」と慌てて弁解した。これは非常に考えさせられる言葉だ。

 もう1つは49層で死んだカインズ同様《指輪売却反対派》としての動機だろう。売却に肯定的だった側からすれば、反対派は厄介者にすぎない。同じく反対派だったシュミットには『肯定派によって凄惨に殺されたカインズ』が事実として刻まれ、このままでは彼と運命を共にすると考えたのだろう。

 しかし不思議である。

 であるのなら、気になる2つ目のセリフ「グリセルダの復讐だ」なる言葉がどこから発生したのかが謎になる。

 この場合は「売却肯定派全員の復讐だ」と言うべきところであるはず。

 彼が復讐を最も恐れているのは、グリセルダが殺害された原因の一端を担っているから、とは考えられないだろうか。だとすれば「そこまではしていない」というズレたセリフもきっちりと噛み合う。

 『オレはグリセルダ殺害への手助けをしたが、直接殺しまではしていない』。

 こんな言葉が生まれてもおかしくはない。

 

「(1人で宿に泊まりに行ったグリセルダを……殺すために、手を貸すことになっちまったとか……)」

 

 彼のセリフをリマインドすると、脳が糖分を得たように冴えだした。

 ギルドリーダーが殺されたのは深夜帯。場所までは聞きそびれたが、キリトのメッセージには「19層のフィールドで殺された」とあった。

 このことから、俺はてっきり公共(パブリック)スペースで寝ていたところを担架(ストレッチャー)などで運ばれたとばかり思い込んでいた。前線の宿代の高さ、勝手の違い、睡眠PKの流行前である時期、あらゆる方面から見た俺の客観性がそう訴えたのだ。

 だが違う。

 俺や、おそらくはキリトとアスナも下しただろう判断は、大きく間違っていた。

 内部から手を引いた人物がいたとしたら、『パブリックスペースで寝ていた』という、殺害されるのに必要な『都合のいい不注意』さえ必要なくなる。

 もしこれが真実なら、グリセルダが狙われた時にたまたまレアな指輪を所持していたのではなく、レアな指輪を所持していたからグリセルダが狙われたことになる。

 キリトは反対派であるシュミット、カインズ、ヨルコには動機があると言いつつ保留にしたが、こんなものは保留で済ますわけにはいかない。

 ギルドリーダーは《約定のスクロール》という、ギルドの運営機能全般を(たまわ)る特殊なウィンドウをいつでも開くことができる。

 そして俺はギルドのリーダーだからこそ、すぐに思いついた。

 ギルド名義で宿をとると、デフォルトで借用部屋が《ギルドメンバーのみ解錠可》設定になることを。

 寝る前にこれをオフにしなかったせいで、男女間の関係から仲良しギルドに亀裂が入った例すら聞いたことがある。昨日あった《リズベット武具店》でのいざこざも、元を辿ればこの機能が原因だ。

 1人で、宿に泊まりに行った。

 まさかギルドメンバーが追って来るはずもないので、開錠設定をオフにし忘れた。と言うより、自然とオフにしなかった可能性は十分に考えられる。

 もし、シュミットがグリセルダの寝ている部屋に入れたとしたら。

 

「(誰か連れ込んでそいつに殺させることができる。寝てさえいれば完全決着でデュエルを仕掛けりゃいいだけだ……)」

 

 とは言え、そこまですれば立派な犯罪。幇助(ほうじょ)ですらない、もはや当事者だ。『お前それ立派な殺しじゃん』と言われても仕方がない。

 それでも俺はシュミットを追い詰めなかった。その理由ももちろんある。

 

「(部屋の扉を開けて、その場でマジに殺させた可能性は低いからな~)」

 

 『そこまではしていない』。

 この言葉が邪魔をする。

 シュミットが扉を開けて、一緒に部屋に侵入した者に殺させるなどといった、直接的な犯行ではないと踏んでいる。

 彼は途中まで共犯していた自覚すらなかったのだろう。グリセルダを殺した犯人の顔や名前を知らないことは当然として、どうやって殺したのかも知らないはずだ。グリセルダが死んで初めて取り返しのつかないことをしてしまったのだと気づいた。

 何ができる?

 シュミットには何ができた?

 時間差でメリットを生むアイテムがあるとしたら辻褄(つじつま)は合う。例えば事前に……、

 

「(そうだ、コリドー! あのポータルの出口設定で……)……ああクッソ、マジでできるぞ。シュミットの奴……ッ」

 

 俺はなるべく小声でぶつぶつと吐き捨てた。

 可能性としては低くない。これなら宿で寝ていてもグリセルダを部屋から引きずり出すことができるだろう。

 回廊結晶(コリドー・クリスタル)の出口を設定するだけで、犯人の顔を見る必要もない。指定された場所にクリスタルを置けば受け取りなどいつでもいい。戦闘経過記録(コンバットログ)も攻略ヒストリもないSAOならではの共犯殺人だ。

 だからシュミットは「そこまではしていない」と言った。

 しかしなぜ、わざわざそんな不可解なことをしたのだろうか。

 無理なく推測すると、殺害班からメモなりメッセージなりを送りつけられたあとということになる。簡単なことだ。レアな指輪をこっそり盗んで売り払い、殺人者とシュミットで分ければ半々。本来8分の1になることを考えればそれだけで実に4倍の儲け。この金をちらつかされれば、「指輪を独占したい気持ちがあった」と告白したシュミットの我執(がしゅう)から、軽犯罪を助長させることぐらいできたかもしれない。小さなエゴを風船のように膨らませることができたかもしれない。

 だが、またしても時間軸的矛盾が起きる。

 先にギルメンから漏れない限り、殺人グループに『グリセルダがレアな指輪を持っている』という事実自体が伝わらないはずだからだ。シュミットが犯罪者を特定し、その人物に指輪のことを知らせたとしよう。だがこれでは彼が殺人者の顔や名前を知っていることになってしまう。

 俺はまたしても首をひねる。

 

「(他の反対派の仕業か? ……いや待て、ヨルコがグリセルダを殺ったなら、キリトに洗いざらい話すか普通?)」

 

 いかようなメリットも存在しない。考えれば考えるほどあり得ない。

 

「(しかもカインズは《圏内事件》の被害者になってやがる。……んがぁ、どうなってんだこりゃ。マジでグリセルダの亡霊でも出たってのか……?)」

 

 ダメだ、今度こそ手詰まりである。

 惜しいところまで迫ったつもりだが、やはり俺はいつも決定打がない。探偵漫画、推理小説などでは必ず主人公は『証拠』という必殺技を用意するが俺にはそれがないのだ。

 あるのは願望、そして希望的観測。推理が合っていたら格好いいという憧れ。

 そもそも、誰の証言かは知らないが、カインズの殺された現場では『人影を見た』と言われていたではないか。その人影とやらはクリスタルも使わず、《ボックス》状態の塔から何らかの手段で脱出して今ものうのうと生きている。指輪事件は無視するとして、このトリックが明かされない限り進展もない。

 

「(と、それよりも合流が先か……)」

 

 聞き込みが終わったらしきヒスイ達と合流するべく、俺は考えるのをやめつつ合流ポイントへ足を運ぶのだった。

 

 

 

 ヒスイ達と合流できた俺は、早速お互いの収穫を聞き出しあっていた。

 

「……ってな感じだ。なんかピンとくるとこあったか?」

「へぇー、すっごい詳しいことまで聞いてきたのね。昨日の怒ってた態度から、シュミットさんも話す気ないと思ってたのに」

「ま、幸運ありきの話術だな。俺も口がうまくなったもんだよ」

 

 などと冗談を言い合ってはいるが、やはりヒスイらもこれといった有力情報を確保していたわけではないようだ。

 現在時刻は午後2時前。

 44層の主街区全体に鳴り響くNPCによる明るい演奏を聞きながら、俺はレジクレのみんなと住宅街を歩いていた。日本人特有の外国コンプレックスがそう思わせるのか、『らぐじゅありー』な感じの民家が統一された高さのまま見渡す限りに並列している。

 しかし彼女らからも、せいぜい判明したことと言えば同じく残りのGAメンバーの名前がクレイヴ、チェーザル、ヤマトであること。そして彼ら全員が生存していて、今もアインクラッドのどこかで攻略に励んでいるということだけだった。

 どれも《圏内事件》解決、ひいてはその手口の判明に近づいたとは言い難い。

 

「でもどうするぅ? この調子だとぉ、夜が明けるまで頑張っても結果は変わらないんじゃないかなぁ。GAの人にも会えないしぃ……」

「僕も今の調査は非効率だと思うよ。せめて倍の人数がいればいいんだけど」

「う~ん……こうなるとやっぱヨルコに会いたいな~。どんな娘なのかな〜」

「その表現変えて」

 

 途端、ヒスイが耳を引っ張ってきた。

 「痛いっすヒスイさん!」と、どうにか慈悲はもらえたが最近彼女の愛が重い。

 まあ、痛いと言いつつ痛覚調節機器(ペインアブソーバ)がレベル最大に固定されているので、俺は強引に次の目標を定めて早速行動に移った。具体的にはヨルコの所在と、人と会える精神状態にあるかの確認をキリトにとることだが。

 返事は少し遅れていて、俺達が住宅街を越えて《転移門》へ返ってきた頃にようやく来た。

 

「ちょっと時間くったな。どれどれ……」

 

 俺はキリトから返ってきたメッセージを可視状態にさせると、それを3人にも見えるようにスクロールした。

 そこにはこうある。

 ――まずは返すのが遅れて悪かった。こっちこれから、元GAメンバーのところに寄ってみようと思う。彼らから事件を聞いた方が効率的だし信憑性もあるからな。

 ――そこで本題に戻るが、ヨルコさんに会いたいんだな? 彼女は事件のあった57層のマーテンで背の高い宿に泊まってもらっている。カインズが殺されたショックで怯えているから、時間稼ぎのつもりでとった処置だけど、やっぱりアポなしで初対面のプレイヤーが訪ねると余計な刺激を与えかねない。なるべく人数は厳選してほしい。

 ――情報増えたらいつでもくれ。返信待ってるぞ。

 

「ふーむ、4人の大所帯じゃ驚かせかねないと……なるほどな。じゃあヨルコんところにはヒスイ1人で聞きに行くか?」

「そりゃあ同性なら馴染みやすいかもだけど……そこはあなたが質問するべきじゃないかしら? やれと言われたらやるけどね」

「やっぱそうだよなぁ。よし、んじゃあ俺とヒスイの2人で聞きに行こう。ルガとジェミルは、話が終わるまでしばらく付近で待っててくれ」

「了解~」

 

 という流れから、それらしい旨をメッセージで伝えると、キリトからもゴーサインが出た。どうやらなかなか首を縦に降らないヨルコに、キリトが何度か説得してくれたらしい。

 

「ともあれ前進したな。じゃあ行ってくる。転移……ん?」

 

 転移直前の絶妙なタイミングで、大きめな着信音と共にメッセージタブが明滅し、俺は発言を中止した。

 3人には「ちょっと待ってて」と断ってから、メインウィンドウを起動。そのまま受信ボックスをタップして本文を表示した。

 差出人はアリーシャで、そこにはこう書いてあった。

 ――42層主街区で元GAメンバーのチェーザル君に会えたわ。単刀直入に《圏内事件》のことを聞いたけど、どうやら彼は知らなかったみたい。カインズ君が死んだことを伝えたら酷く驚いていたし、まず間違いないと思う。こっちから話すことだらけだったけど、それなりに使えそうな情報も聞けたの。

 ――その最たるものがグリムロックさんの現在位置。

 ――今は27層の酒場と46層のフィールドを行ったり来たりしてるみたい。46層の方は彼の主戦場で、27層の方は彼のホームタウンがあるらしいわ。中には行きつけの店もあるらしくて、名前は《サントニオ・ドリンク》っていう暗い感じのバーね。27層では唯一の酒場みたいだから、道を尋ねればNPCでも場所はわかるらしいわ。

 ――しかもチェーザル君からはクレイヴの主戦場層も聞けたから、今からそこに向かうつもりよ。何かあったらまた教えてちょうだい。

 

「へぇ、やるなアリーシャ。俺らがモタついてる間にこんなことまで」

「僕達の役割がただのお留守番だけじゃなくなったね。僕達は27層に向かうよ。もしバーにいなかったら、一応46層のフィールドにも出てみようかな」

「そうしてくれると助かるよ。じゃあ二手に別れよう。けど、くれぐれも聞き込み以上のことはすんなよ」

 

 俺はダメ押しをしつつ、アリーシャに返信メッセージを書き始めた。

 無論、これから俺とヒスイだけでヨルコに会いに行くことについて。そして、ルガ達はグリムロックを探しに行くことも。

 最後に、アリーシャに対する忠告だ。

 というのも、DDA本部でシュミットとの話を聞く限りだと、クレイヴという男はGAにいた頃のアリーシャに惚れていた可能性が高い。再開の瞬間に無礼をはたらくとは思えないが、それでも無理に誘いがあった場合は遠慮なく《ハラスメントコード》を使用するように、と勧告しておいたのだ。

 彼女も自分の身は自分で守る女である。俺のお節介がなくとも、危機は回避できるものと信じてはいるが。

 それにしても、メッセージのやり取りがこうも頻繁(ひんぱん)だと、着信音を消音(ミュート)設定にしていては効率が悪い。俺はメインウィンドウを閉じる前にセッティングボタンから音設定へ移動し、音量やメロディはデフォルトのままで着信音だけが鳴るように設定を変えておいた。

 そしてようやく準備が整って、俺が57層の主街区名を口にするとヒスイもそれに習う。

 そこからは特に雑談することもなく、早足に宿に到着した。

 

「ここね、ヨルコさんが泊まってるって場所」

「みたいだな。確か5階だっけ? ま、見晴らしはよくなるけど、こういう宿ってエレベーターないから下の階の方が楽なんだけどな」

 

 俺達は階段を歩きながらそんなことをぼやいていた。

 立ち止まるとヒスイが軽くノックする。すぐに「は~い」という平均女性よりワンオクターブ高い声が返ってきて、すぐさま思い出したのか「ど、どちら様ですか?」というこれまたたどたどしい質問が来た。

 俺とヒスイは一瞬だけ目を会わせ、対話の出だしをヒスイに譲る。

 そしてヒスイが自分の名前を名乗り、キリトの許可を得て訪問してきたことを伝える。すると案外すんなりとヨルコは納得し、アンロックされたドアが内側から開かれた。

 姿を見せたのは小柄な女性。物腰から決して弱々しくない覇気(はき)が流れていて、幼く見える外見より実年齢が高いことが(うかが)える。見たところ俺と同じぐらいだろうか。ほんの少しだけウェーブのかかった濃紺色の髪は腰辺りまで伸びており、眉をハの字にしたそばかす付きの顔からは保護欲が()き立てられる。

 この女性が、キリトとアスナが最初に会った情報提供者。

 俺が疑いを向ける女性。

 

「あ、あの……」

「あっごめんなさい、ヨルコさんよね? あたしはヒスイ」

「はい。前線での噂はかねがね聞いています。最近はギルドに入ったんですよね?」

「ええそうよ、これがギルドの紋章(シギル)。で、こっちがそのリーダー」

「とりあえずはじめまして。レジスト・クレストのジェイドだ」

「はじめまして、よろしくお願いします。話は聞いていますので中へどうぞ」

 

 導かれるままに部屋の中へ案内され、リビング中央に備え付けられた座標固定型――つまり室外に持ち出すことができない――ソファに腰を下ろした。

 疑ってはいるものの、しかし俺はなるべく客観性を重んじるために、まずは正午過ぎにあった会話を意図的に忘れながら最初の言葉を選んだ。

 

「気の進まないだろうに、悪かった。わがままに付き合ってくれて礼を言うよ。でもだからこそ、こんな事件は早く解決したい」

「はい、そうですね……」

「そんなおびえんなって。俺には敬語もいらない。じゃあ端的に聞くけど、俺らは指輪(・・)のことを知ってる。それを踏まえた上で、今回の事件……本当に犯人に心当たりはないのか?」

「ッ……!?」

 

 ヨルコは喉に食べ物をつまらせたような表情をした。

 だがすぐに悟ったのか、気を取り直して聞き返してきた。

 

「キリトさんから聞いたんですね。……でも、その通りなんです。動機があるプレイヤーは間違いなく指輪事件の時、ギルドにいたメンバー。……しかも、指輪の売上金の恩恵に預かっている人です」

 

 優しい声色だったが、しかし敬語で話すのは彼女の素のようだ。わざわざ強要しても仕方がないので俺は無視して続ける。

 

「そこまではみんな察してる。俺だって指輪のことをここまで詳しく調べたのは、今回のとコレと無関係と思ってないからだ。どっちかの事件だけ解決しました、ってのはないだろうさ。……だから正直な意見が欲しい。《圏内事件》は誰が何のために発生させたと思う?」

「私の……意見ですか? それは……やっぱり、グリセルダさんを殺して指輪を奪った疑いが強い、つまり私を含む《売却反対派》を……」

「違う、建前じゃない。俺は本音を聞いている」

「…………」

 

 俺は聞き飽きた一般論を話し始めたヨルコを一括して黙らせ、強い口調で続きを催促した。

 俺の豹変(ひょうへん)した態度に驚いたのか、ヨルコはまたも言葉をつまらせる。目付きの悪い不良が女性を脅しているとこんな構図が生まれるのかもしれないが、俺は彼女を追い詰めることをやめる気にはなれなかった。それをしてしまったらキリトやアスナ同様、所詮そこまでの情報しか得られないからだ。

 俺は人がよくない。性格や第一印象も基本は「悪い」と言われる。同情も滅多にしないし、だからこそ嫌われもする。

 しかし俺は、人を見た目で判断しない。気弱で内気な男が腹グロ野郎である可能性も、暴力的で乱暴な女が人一倍仲間思いである可能性も捨てない。

 俺は彼女が指輪事件か圏内事件の、少なくともそのどちらかの共犯者であった可能性が捨てきれない。いや、むしろ確信に近いものさえ感じていた。

 正直に話すならよし、ここに来てシラを切るなら対応を変える。同情しに来たのではなく、あくまで事実を探りに来たという目的を忘れてはならないからだ。

 ここが勝負どころ。

 

「私、は……いえ、わかりました。素直に話します。……カインズさんを圏内で殺して、それを衆目に晒したのは……『見せしめ』だと、思います……」

「(食いついた。いいぞ、その調子だ)」

「グリセルダさんを殺した犯人を、その……誘いだすために用意したショー。……はっきり言って、カインズさんをあんな風に死に追いやった理由は、それしかないと思っています」

「……ま、だろうな。と言うことはつまり、《圏内事件》を起こした奴はシュミットだとにらんでるわけだ? DDAタンカーの隊長まで一気に出世したもんな」

「そう……思います。昨日から、彼はとても珍しい行動をしているとキリトさんから聞きました。迷宮区に行って攻略することをやめるだけじゃなく、ギルドの本部に籠って怯えているとか……」

「自覚がなきゃそんなにビビることない、か。じゃあさ、話変えるんだけど昨日57層にシュミットとメシ食いに来てたってホント?」

「へっ? ああ、はい……本当です……」

「そっか……でもよ、となり歩いてたわけでしょ? はぐれるもんかね~。あとカインズのことなんだけど、レストラン探しに全身武装してたらしいじゃねぇか。そこんところフシギだよ。最初に事件を発見して悲鳴あげたのって、聞いた話だとヨルコらしいじゃん。ずいぶん近くにいたよな? あんたもしかして……」

「ちょっとジェイド!」

 

 鋭い反駁(はんぱく)

 ヒスイは隣でベラベラと喋っていた俺を責めるような目付きで睨んでいた。そこにはヨルコを庇おうとする意思が感じ取れる。もし彼女がカインズを失っただけの、どこにでもいる善良なプレイヤーだったとしたらどうするのか。証拠もなしにあることないこと憶測だけで指摘し続け、挙げ句の果てに被害者を怖がらせてしまっている。

 無理に押し掛けておいて酷い仕打ちだ。見知らぬ男がヒスイに同じことをしたら、俺はそいつを心を込めてブン殴っていたかもしれない。

 しかし、それは足枷ではなかった。

 

「な……何が言いたいんです、ジェイドさん。わ、私の証言を疑っているんですか?」

「いいや、疑っちゃいない。ウソをついていると確信してるだけだ」

「ジェイドいい加減にして。……ああもう、強気になればいいっわけじゃないの。そんな聞き方だと可哀想じゃない!」

「そうです! ヒスイさんの言う通りです! 私は被害者なのに……それなのに私は、事件を解決したいと思う一心でっ!」

「へェ、そうかい! じゃあ聞かせろよ。あんたは塔の中に『人影があった』とキリトに証言したなっ? 《ボックス》状態で逃げ場もないのに、その人影とやらはあっさり消えたぞ!? クリスタルの発光すらなかった!」

「その方法がわかれば事件が解決するんでしょうっ!!」

 

 俺達はヒートアップした感情をぶつけ合ううちに、お互いに立ち上がって口論をしていた。

 つい、ぽろっと。感情的に口を滑らす(・・・・・)こともあるだろう。

 そして、俺は賭けに勝った。

 

「……出ていってください。……早くここから出てって!」

「わかった、もう2度と来ないよ。話は聞けてよかった」

 

 俺はソファに立て掛けておいた大剣《ガイアパージ》を掴んで背負うと、ヨルコに平謝りするヒスイを強引に連れて部屋を出た。

 来た道を戻る。ヒスイがこの上なく腹をたてているからか、俺達は57層の《転移門》に到着する直前まで無言が続いた。

 そして息苦しい時間を経て、俺はようやく話しかけた。

 

「ヒスイ……」

「……なによ」

「ありがと」

 

 思ってもみない返事が来たからか、ヒスイはあからさまに怪訝(けげん)な表情で俺を見た。

 ご立腹が身を潜めたわけではないのでまだ膨れっ面だが、俺が感情的にヨルコを責め立てたその話だけは聞いてもらえそうだ。

 

「正直自信なかったよ。マジで心臓バクバクだし……つうかまあ、ショーコねェからヒスイが正しい線も十分残ってた。……けどさ、最後の方でその可能性もほぼなくなったんだぜ?」

「……意味わかんない。大体あたし、何かジェイドの助けになることしたかしら?」

「したさ。俺がまくし立てた時、ヨルコはだんまり決めそうな顔してやがった。……でもそこはアメとムチってやつだな。黙ってりゃいいものを、ヒスイがかばったから正当性を振りかざしやがった。おかげで俺は使えそうな情報を2つもゲットした」

「…………」

 

 彼女の肩を持っていたヒスイは、それが何なのかまだわからないようだ。視線をキョロキョロさせながらヨルコとの会話シーンを思い出している。

 俺はしばらくヒスイに考える時間を渡してから改めて口を開いた。

 

「言葉づかいが悪かったことは認めるよ。けどヨルコはこんなことを口走ったんだ……『殺した犯人を誘いだすために用意されたショー』ってな」

「それはあたし達も考えついたことじゃない」

「微妙に違う。いいか、カン違いしちゃいけないのは、昨日死んだカインズが、グリセルダを殺した犯人かもしれないってことだ。なんせあいつも立派な《売却反対派》だからな」

「ええそうね。でも、それとなんの関係が?」

「ハッハ~ン、わからねーか? あいつはカインズが殺されても、『犯人を誘いだすために』と言ったんだ。……てことはさ、カインズが殺されて亡霊の復讐が終わった、つう可能性を捨てきってんだよな~これ」

「あっ……ああー!!」

 

 ヒスイはようやく得心がいったのか、思わず足を止めて考えを馳せていた。

 

「確かに! まるで始まりでしかないみたいに……じ、じゃあ、カインズさんが犯人でないと知ってたのね!?」

「だろうな。指輪のことを知らなかった当時の俺らはともかく……」

「少なくともヨルコさんは知っていたはず……え、でもこれって犯人側の思考じゃない!? まさか……ヨルコさんが、カインズさんを殺したの……?」

「可能性は残る。けど、わからんのが2つ。動機と手段だ。《圏内》で殺人できるなんて未だに信じられんしな」

 

 事件は解決へと1歩進んだ。間違いなく犯人との距離は縮まっている。

 しかしこの時の俺達は、まだ事件が本当の意味で起きた理由を知るよしもなかった。

 

 

 

 


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