SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第82話 憎しみの連鎖(後編)

 西暦2014年4月23日、浮遊城第57層(最前線60層)。

 

 主街区マーテンの入り口とも言える《転移門》にて、俺とヒスイはまだ先ほどのヨルコとの会話について洗っていた。

 

「やっぱり、突き詰めるべきは《圏内事件》の手段ね。証拠がないことには……」

「そういや、もう1個ある。俺はさっきヨルコに向かって、カインズが殺された現場で『塔の中に人影を見たと証言したか』と聞いたんだ」

「ええ聞いていたわね。それで?」

「これな、誰の証言だったかずっと不明だったんだよ。てっきり通りすがりの目撃者がそう言ったんだと思ってた。……けど、カマをかけたら見事に引っかかってくれた」

 

 彼女が証言していないのなら、俺の追及は意味をなさなかった。

 と同時に、これでキリト達を誘導しようとした痕跡も(うかが)える。

 

「ヒスイが発言をうながしてくれたおかげだよ。……この事件、唯一あいつだけがウソをつけたんだ。ヨルコがカインズの殺されたシーンを目撃し、悲鳴をあげて注目を集め、事件当時の状況をキリトに話した。あいつから得た情報だけがさっきから信用ならねーんだ」

「話の流れを……勝手に作っているのね……」

 

 その通りである。

 舞台を整えつつ観客を集め、衆人が集中したところで寸劇を始める。まさにヨルコがぬかした通り、巧妙にセッティングされたショーのように。

 しかしまた新しい疑問が渦を巻いている。

 突発的に、ついカッとなって犯行に及んだ場合は簡単である。俺がヒースクリフにたてついた時のように、基本その場で取り押さえられるからだ。

 常習的、計画的に人殺しをするプレイヤーは一部の人間に限られる。《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》を挙げるまでもないと思うが、そうしたギルドが長らく捕まらないのはほとんどが計画的だからだ。

 そして同時に、独特の傾向がある。

 普通ではないドス黒さ。レッド連中の(まと)う血生臭い臭気。

 殺人が横行すればするほど、プレイヤーの絶対数は減少することになる。これは不可逆的な数字であって、減ることはあっても増えることは絶対にない。と言うことはつまり、レッドにとってはアインクラッドを脱出することが最終目的ではないのだ。

 その狂痴的(きょうちてき)な思考回路は、言動の節々で如実に(にじ)み出る。先ほどのヨルコが《圏内事件》の主導者で、DDAのシュミットが《指輪事件》の主導者だったとしよう。共に計画犯行だ。なら彼らにも当然、それらの狂気じみたオーラが漂っていなければおかしい。

 だが、それがないのだ。まったく感じ取れない。

 もちろん演技の線も捨てきれない。特にヨルコの方はキリトやアスナすら出し抜くたいした役者だ。そんな彼女が本気で殺意を隠そうとすれば、感情の起伏に鋭いさしものヒスイとて気づかないかもしれない。

 現にシーザーのそれに気づけなかったのは、たった1ヶ月半前のことである。

 

「くそっ、ここまでそろってるのに断定できない。なんであんなに……マジで人殺しには思えないぞ……」

「それなのよね。あたしがヨルコさんを庇った理由も結局はそれ。あたしも人と話せばそれぐらいのことは判別できるつもりよ。あの様子だと、ヨルコさん達は今まで人を殺したことがない。……なのに、どうも嘘をついているみたいだし、シュミットさんも復讐されることを恐れている……」

「俺もそこが全然わからんのだわ。さしずめどっちも軽い共犯ってとこか?」

 

 これ以上はお手上げ、というのが俺の感想だった。

 とそこで、ヒスイが俺の方をじっと見ていることに気がついた。「ん、どうしたよ」と聞くと、髪を一房くねらせて彼女は言う。

 

「いえ、なんだかあなたがどんどんたくましくなってる気がしてね。いつかはあたしなしで生きていけるんじゃないかって、そう思っただけよ」

「うお、持ち上げるな。ハードル上げないでくれ」

「だってそうでしょう? たった1年半しかあなたを見てないけど、最近はすごいものよ。出会った時は子供みたいに暴れてたもん。……それに比べて、あたしは当時から何も変わってない……甘い人間のまま。一緒にいるのに遠くに感じるわ。前回も、前々回も、結局あなたの言うことが正しかったし」

「…………」

 

 俺はその独白を聞き、ヒスイがとてもいじらしく見えた。

 こんなに俺のことで悩んでくれていたとは思っていなかったからだ。一見クールに見えてヒスイも所詮は女子高校生。人並みのメンタル的弱さと少女特有の脆弱性(ぜいじゃくせい)というものはあわせ持っているようだ。

 ソロの時は(かたく)なに見せようとしなかったつけ入る隙を、俺の前では頻繁に見せる。俺はそれがここでもう1度聞けたことが嬉しかった。

 

「リーダーとしては……その、頼ってくれるだけでめちゃくちゃ嬉しいよ。でも俺は責任者でバックがないっていうか……むしろ一緒になっておかしくなっちまった。ヒスイのことばっか考えてさ……事件に本腰いれたのだって、いいとこ見せたかったからだぜ? あ~ダサいよなぁ。けどどうしようもねぇんだよ。俺も、その……ヒスイのこと……すっげぇ好きだし……」

「…………」

 

 すでにヨルコの部屋を出てから、ここまで歩く間に感じた気まずさはない。どころか、甘酸っぱい空気に酔いそうになる。

 しかし目線を逸らすだけにとどまる2人。絶対事件のことなんて考えていない。このピンク色のカーテンは、本格的に意識しないと取り払えそうになかった。

 俺達は再び人通りの少ない《転移門》前で硬直している。過疎化したエリアだからではなく、運良く昼過ぎの今がそういう時間帯であるというだけだろう。

 主要な駅の周辺で建物の物価が高いのと同様で、層を行き来する限られた手段である《転移門》付近にはプレイヤーが集まりやすい。昼飯時や夕暮れになるとここもすぐに人で溢れかえる。こうして言葉もなく見つめあっていては、不審に思われる、あるいは興味津々なプレイヤーにクリスタルでパシャっといかれかねない。

 しかし、それでもなお俺は抑えきれそうになかった。

 左手で右の手首を押さえながら、もじもじと胸の前で合わせるヒスイを押すと、その華奢な肩を抱いたまま正真正銘人目のつきそうにない裏路地に入る。

 

「やっ……ジェイド……?」

「ヒスイ、少しだけ……」

 

 耳の辺りで(ささや)くと、小動物のようにビクついていたヒスイが一際大きく反応した。

 頬をくすぐる黒髪がまるで俺を誘っているかのように揺れる。俺はさらに詰め寄って近づくと、身をよじるヒスイにやや遠慮の欠けた勢いで迫った。

 嫌と言いつつなすがままとなっている彼女からは、誘惑的なものすら幻視してしまうほどだ。それに壁に押さえつけられながら顔を真っ赤に染める時点でまんざらではないように見える。

 俺は鼻息が荒くならないように、などといった方向性を間違えた細心の注意を払い、うっとりとした双眸(そうぼう)をしばたかせるヒスイにさらに迫った。

 

「だめよ……誰かに……見られっ……」

「大丈夫、いま人いないから」

 

 そこでようやくヒスイもなけなしの抵抗をやめ、とうとう目をつぶった。

 俺も沸騰しそうな感情をどうにか自制し、なるべく優しくヒスイの腰に手を回す。互いの絶対的な距離値が消える、その直前。

 いきなり着信メッセージを知らせる通知が鳴り響き、狭い通路で共鳴した。

 

「のぁあああっ! またかよ! 何回目だよこれ!」

「……もぅ」

「ああもうちくしょう、差出人は……げっ、アリーシャ!? まさか見られてる!? くそ、どこにッ!!」

 

 パニクってシュバ! シュバ! と反復横跳びもどきをしながら辺りを見渡す俺に、ヒスイは頬を染めたままジト目で、かつあくまで冷静に次のことを言った。

 

「いや、それ定時報告じゃないの?」

「…………」

 

 この日のうちにロマンスは無理。

 これはもう、そう判断せざるを得なかった。

 

 

 

 果たしてメッセージはヒスイの言った通りアリーシャからの情報提供で、GAの元メンバー『クレイヴ』と無事エンカウントできたアリーシャは、なるべく彼から情報を聞き出したそうだ。

 意外にもクレイヴは57層で起きた《圏内事件》と一連のいざこざについて、少しは小耳に挟んだらしい。風の噂とは怖いものだ。ただしその情報とやらも漠然とするものが多く、真を得るようなものはほとんどなかった。

 「殺されたカインズは《売却反対派》だったから」や「指輪欲しさにグリセルダの寝首を()いたんだから、リーダーを尊敬してた人間の復讐」、または「コードをすり抜けられたのはリーダーが化けて出たから」などなど、一貫性も説得力もない意見ばかり。残念ながらクレイヴは今回の事件解明の足掛かりにはならないだろうと判断しかけたその時、最後の最後でこんなことを口走ったそうだ。

 そう言えば当時のグリムロックは怪しかったような、と。

 以下のセリフはクレイヴとやらのものを抜粋したものだ。

 ――グリセルダさんが指輪を売りに行ったあと、グリムロック副長は誰かと会っていたんスよ。誰かと言うからにはもちろん見かけない顔だったんスけど、見知った人だろうと思って特に気にしなかったんス。でも珍しいことに、寡黙(かもく)な彼にしては長々と話し込んでいたから、もしかしたらグリセルダ団長のこと話してたのかもしれませんっスよ。

 クレイヴから聞けた話はこれで終わり。メッセージの追伸には、引き続きGA最後のメンバーであるヤマトを探しに行く、ともあった。

 

「やっべ、俺の部下が有能すぎる」

「世間話してただけじゃなければね。……でも、これでさらにグリムロックさんに会わなくちゃならなくなったわ。未だに居場所が掴めないこともそうだけど、動きが不透明すぎるし」

「それもそうだな。じゃあグリムロックの位置だけでももう1回聞いてもらうか。チェーザルはほとんどな~んも知らなかったっぽいけど、このクレイヴって奴なら知ってるかもしれないし」

 

 俺が改めてメッセージウィンドウに右手をかけた、その瞬間。

 バギィイイイッ!! という破裂音が俺の手首から発せられた。正確には突如としてそこへ飛来した投擲(とうてき)武器によって。

 その禍々(まがまが)しい武器は勢い余って転がっていき、何度かバウンドして俺から数メートルの距離で止まった。

 

「ってーな! 誰だよクソがッ!!」

「ジェイド、あれよ!」

 

 ヒスイが指をさした方角には、何者かが全身を覆う真っ黒なローブを纏って立っていた。

 場所は民家の屋根の上。顔は仮想太陽の逆行からか、はたまたローブの付随効果からか影に隠れて見ることはできなかった。しかし骨格までは騙せるはずもなく、肩幅が広いことからおそらくは男だろうと結論つける。

 およそ《圏内》に相応しくない異物。不吉を象徴する、空気。

 黒づくめの不気味な男は、その高みから俺達を睥睨(へいげい)し、ニヤリと笑ってから低い声で話しかけてきた。

 

「はじめまして、と言ったところか」

「ハッ! いい度胸じゃねぇか。裏でゴチャゴチャされるよりキライじゃねェぜ!」

「ごあいさつね不審者さん。それとも、あたしらから名乗ったら、名前を教えてくれるのかしら?」

「ふん……その武器、わかるか……?」

「ッ……!?」

 

 彼の指し示すものが先ほどの武器だとわかると、俺は反射的に飛んできたダガーに目を向ける。

 そしてすぐにその特徴に気づいて衝撃が走った。

 赤黒いサーベル部分に逆棘。ここが《圏内》でなければ俺の腕に突き刺さり数秒置きにダメージを与えうるブレード。小汚ない布がグリップの先端に無造作に巻かれているワンポイントさえ同じ。明らかにグリムロックが鍛えた《ギルティソーン》なる貫通(ピアース)属性のスピアと同系統同スペックのダガー。間違いなく意匠も同じだろう。

 なぜ、これが今、ここにあるのか。

 

「て、めェ……これをどこで手に入れた!」

「知りすぎたんだよ、君らは」

 

 脅しのつもりなのだろう。あくまで抑揚(ようよう)のない声を保ちつつ俺達を試すように、あるいは挑発するように男はすらすらと続けた。

 

「いずれそのダガーが人を殺す。……次は誰だろうな」

 

 突然ローブの男は身を(ひるが)し俺達に背を向けた。

 屋根を駆ける音が聞こえる。話を切り上げて逃走したのだ。

 

「野郎、逃がすかよッ。追うぞヒスイ!」

「ええ! サーチング、オン!」

 

 有らん限りの脚力を靴底に伝え、俺とヒスイはほぼ同時に跳び上がった。さらに俺も《索敵》スキルを有効化し、そのままスキルが発動の意思を検知して視界の右下に展開された。これで焦点を会わせることでいつでもミニマップとマーキングをフォーカスできる。

 木造の屋根に足をつけると、俺は最小限の仕草で視線を左右に降って目標をキャッチ。遠ざかる背を追って全力で駆け出した。

 逃げ足はそれなりに速い。だがいかんせん、民族調(エスニック)な極色彩を放つ外観を背に真っ黒な塊がちょこまかと動けばそれだけで目立つ。ローブの男も縮まる距離からそれに気づいたのか、たった今屋根から降りた。俺達を()く手段を、人混みを利用する方法へシフトさせたのだろう。

 

「(ンだコイツ? 手際悪ィな)」

 

 これは意外である。状況に合わせた逃げ道を利用する姿が、ではない。

 むしろ周到な逃走経路を用意していない致命的なミスについてだ。この業界で幅を利かせる者にとって、命綱なしで命を懸けるようなもの。

 着ているローブの色が合わないから道を変えたなど、経験者から言わせれば間抜けにしか見えない。これは森林で効果的な(ウッドランドパターン)迷彩服を着て雪景色に溶け込もうとするようなものだ。戦場に出てから冬季迷彩に着替える奴がいたら、俺ははっきりバカだと言うだろう。

 その後ろ姿にイライラしながら屋根から直接に跳びこんだ。

 

「やる気ねェなら……でしゃばんなよッ!!」

「ぐあっ!?」

 

 数メートルの高低差を利用した渾身のドロップキックが脳天に炸裂。男は慣性に従ってゴロゴロと転がり、その途中で空から降って来たヒスイにゴガッ!! と顔面を踏まれ停止した。

 普通に痛そうだった。

 そんなことはお構いなしにヒスイがフード状になっている布をひっぺがすと、男の顔が(あらわ)になる。

 特に特徴はない。濃い髭があごにびっしり生えた中年のおっさんで、見た目は30代半ば辺りだろうか。よれた服からは哀愁すら漂う。結局、突然現れてむやみやたらと逃げ続けていた不審人物たる男は降参のポーズをとりながらおどけて言った。

 

「わぁたわぁた、参ったよあんたらには。ったく、昼過ぎだってのに若ぇーのは元気だねぇ。イタズラしたことは悪かったよ」

「ハァッ!?」

 

 しかしヒスイはそれでは納得いかなかったようで、胸ぐらを掴んで男を膝立ちにさせる。その男は、よもやこれほどまでに彼女が激昂すると思わなかったのか、冷や汗をたらしながら弁解の言葉を探しているようだった。

 とは言え俺も冗談で済ますつもりはない。ハズレを引かされた気分にはなっていたが、どうにか聞き取れることがないか抵抗を試みる。

 

「おいあんた、こっちはマジなんだ。名前を言え」

「オレか……お、オレはフロイスだ。へへ……(ちまた)じゃ『利かん坊のフロイス』何て呼ばれててよ、聞いたかとねぇか? ハハッ、まぁこの辺じゃ聞かねぇかもな。けどほら、ノった日にゃ酒場とか開いて情報提供なんかもしてる……」

「うるせェな」

 

 俺が《ガイアパージ》を背中から引き抜いて首筋に押し当てると、そのずっしりとした鋼鉄の感触から《圏内》にいることを忘れたようにヒッ、と声を漏らす。そこにはもう、全てを見透かしたようなあのニヒルな笑い顔はない。その顔はまるで、度の過ぎたいたずらが親に見つかって怯える子供のそれだった。

 しかし俺に投げつけられたあの赤黒いダガーと、タイミングよく現れて「知りすぎた」と言った意味深なセリフを説明しない限り解放はない。

 

「聞いたことにだけ答えろ。あんた誰にやとわれた、あァ? 返答しだいじゃあこのまま《圏外》まで引きずってぶっ殺す」

「ちょっ!? ちょ、おおおい待てよ待ってくれよ、なんだそれ!? オレはちょっとイタズラしただけじゃねぇか! こ、殺すなんてそんな……こ、ここじゃあ冗談でも言うことじゃねぇぜ!」

「答えろ」

「わぁーった、わぁたから! 話すから剣をどけてくれ! ……ふぃ~、まったく57層は物騒な主街区だぜ。……数十分前にホームタウンに帰ってきたら、このメモが置いてあったんだ。仕事内容にしちゃ羽振りがいいから従ってみただけだ。これでも、書いてあるセリフを覚えるのは大変だったんだぜ?」

「これは……」

 

 俺はフロイスと名乗る男からしわくちゃの羊皮紙を受け取ると、乱雑に文字が書き込まれたその内容を見て唖然とする。

 まず目についたのは、『このローブとダガーを装備して57層へ行け。街で1番背の高い宿の付近で男女の2人組を見つけたら、ダガーを投げつけて以下の台詞を順に言え』という文が。俺とヒスイが《指輪事件》、および《圏内事件》の調査をヨルコのもとで行ったこと知っていたらしい。

 

「あんたの店の前に置いてあったのは、この手紙と着てるローブ……あとはさっきの赤黒いダガーだけだったのか?」

「いや、《両手用鉄槌(ツーハンド・メイス)》も転がってたぜ。銘は《ディーパワフル・ハイポーチ》。長柄の尖端に正立法体の鉄格子みたいなのがついてて、その中身が空洞になってるタイプの安いメイスだ」

「それなら知ってるわ。確かその『檻』みたいな尖端部分に好みの重りを乗せて戦う武器で、重量が大きいほど高威力が出せるやつよね?」

「そうそう、それだよ! 嬢ちゃん詳しいな……ん? えっ、あ……あれ? あんたもしかして《反射剣》か……?」

 

 ヒスイはその質問には答えずふんっ、と鼻を鳴らすとそっぽを向いてしまった。

 それよりも今はフロイス宛に送られた手紙の続きだ。

 とその前に……、

 

「質問の続きだ。どうしてこんなウサン臭いメッセージに従った?」

「そりゃ続きを読みゃわかるよ。さっき言った武器の先端にはな、上質な木箱が積まれてたんだ。しかもただの木箱じゃねぇぜ? 25層主街区の《リャカムハイト》って覚えてるか。正真正銘あそこの巨大銀行の印が打ってある規格だ。……んで、大きさは四方30センチ、最高級金貨用格納箱で金貨が200枚も入る代物ときてる。オレ試しにメイスをガチャガチャ振ってみたんだけど、ありゃ隙間なくみっちり詰まってたぜ!」

「最高級金貨200枚ですって? それってつまり20万コルじゃない! でたらめよ、そんな大金がメイスに積み込まれて戦おうとするプレイヤーなんていないわ。あなたまた嘘ついてるんでしょっ!?」

「ち、違げぇって。ホントに落ちてたんだよ、その手紙と一緒にな」

「…………」

 

 確かに《ディーパワフル・ハイポーチ》の先に金貨の詰まった箱を装填して振り回せば、ゲーム用語で言うところの《ヘビィネス》補正がかかってそれなりの威力が出せる。液体アイテムの質量が総じて重くストレージの積載限界を圧迫するのと同じで、最高級金貨を含む貴金属などの質量は果てしなく重い。

 しかし物質の密度の高さと高熱に耐えられる優秀な金属という理由だけで、純金の装飾をあしらった、あるいは純金そのものを加工した剣と盾を使う戦士がいるだろうか。

 答えはノー。

 それはロストするリスクが付きまとうゲーム界でも例外ではない。

 メイスの先端に取り付けるアイテムは普通、ある程度の重量を確保できる要らなくなった金属素材(インゴット)などを使う。そうすれば《物拾い(ルーター)》系や《強奪(ロビング)》系のスキルを使うMobと当たっても安心して戦えるという寸法だ。

 

「……ん? いや、そういうことか。ヒスイ、そいつの言ってることは正しいぜ」

「えっ?」

 

 俺はメッセージ文の注目すべきところに指を当てて文章を読ませた。

 

「これって……」

「ああ、ようはそれが報酬ってことだな。『武器の中にコルを入れている』理由は、装備フィギュアに設定された個人のメインアームがそこいらの消耗品よりかなり強く《コード》に保護されているからでもある。……考えたもんだよ。例えばクリスタル系アイテムはその辺の床におけばたった5分で所有者属性が解除されちまう。あとは5分後に拾った奴の物だ。だけど装備フィギュアに設定された武器は《ロビング》スキルで奪われない限り3600秒……つまり1時間も持続する」

「あ、スキル派生機能の《クイックチェンジ》!」

「そうそう。武器を置いたプレイヤーは交渉に応じないようであればいつでもメイスを引っ込めることができた。そうすれば金も一緒にオサラバさ。手の出しようがない」

「なるほどね……」

 

 トドメに考えていられる時間はほんの3分、とある。『考える時間を与えない』こと。これは被害者をどん底に落とす常識である。

 自分のPCに、どこそれの銀行の○○口座にいくらか振り込めというメッセージが来たとする。明らかなウイルスだが、時間を過ぎれば過ぎるほど膨大な利子がつくタイプで、しかも振り込ませようとする金額はたった2~3万程度だったりする。

 すると、相談するだけの時間がない被害者はパニックに陥りつつも、その程度の被害で済んでよかったと、つい振り込んでしまう心理に落とされるらしい。

 

「言ったろう? 所詮はいたずら程度だ。誰も傷つけないし、オレもオレンジカラーにゃならない。こ~んな30分もかかんねぇような簡単なことで20万もくれるってんなら、物は試しと思わねぇか? ちまちま仕入れた酒を売っても金にならねぇんだから、割りのいいバイトとしてもってこいだ。オレを見下してたやつらみーんな飛び越えて一躍昇進間違いなし……だよな?」

「……ここに書いてあるセリフの意味は知らなかったのか?」

「知りゃしねぇよんなこと。あんなのは使い古された騙しテクでさ、知ったかぶってりゃ勝手にドツボにハマってくんだよ。さっきのあんたらみたいにな」

「仮にも立派なイヤがらせだぞ。よくもまあ……」

「ふん、あんたらには嫌われるだろうがな。けど57層に知り合いもいねぇし、さっきも言ったが別に犯罪じゃあない。こっちは大金のためさ」

「はぁ~……」

 

 ヒスイが大きなため息をついた。その気持ちには俺も共感しておく。

 だが同時に納得もした。俺が例に出した現実の犯罪にこうも引っ掛かる人が多いのは、そのデメリットの少なさからだと知っているからだ。

 パソコンがウイルスにかかっておじゃんになるより、2~3万程度を振り込んだ方がマシ。

 つまりこのフロイスも、メッセージにあった『男女2人組』とやらに嫌われてでも、20万を手にするチャンスが欲しがったのだ。

 

「あなた、フロイスさんでしたっけ。答えたくなければいいんだけど……その、犯罪歴は?」

「あ……? あ~、まぁ……あるっちゃあるな。あっ、けどもう足は洗ったぜ? そもそも、あんときゃついカッとなって斬っちまっただけだし、元からちーとばかしケンカっぱやいのよオレ。いっぺん《黒鉄宮》にブチ込まれて以来、なるべく自制するようにしてるしよ」

「そう……いえ、反省してるならいいのよ。けど今のではっきりしたわ。うしろで依頼した人は、いわゆる『予備軍』を調べてから接触しているはずよ」

「そうかもな。やみくもに頼んだにしては……ってか、俺らの行動読まれてんのが腹立つ」

 

 俺とヒスイがヨルコの部屋に訪れて話を聞き、宿をあとにしてからアリーシャとメッセージ交換するまで1時間もたっていない。このフロイスという男を使うには、少なくとも俺とヒスイがヨルコの部屋へ行く前に行動に起こす必要がある。

 監視、されているのだろう。

 それを意識すると、粘りつくような視線を四方八方から感じてしまう。

 何者かが俺達を視ている。それがグリムロックなのか、それともヨルコが(うそぶ)いた『塔の人影』とやらが嘘から出たまこととなったのか、はたまた俺すら預かり知らない第3者がいるのか、それはまだわからない。

 だがコケにされたツケは払ってもらう。取り繕うつもりはない。負けず嫌いがやられっぱなしでは終われないというだけだ。

 俺は持っていた羊皮紙をグシャッ、と握りつぶしてから言う。

 

「上等だよ。どいつもこいつも悪事あばいて片っ端からブタ箱に放り込んでやるッ!!」

 

 静かな怒りと共に決意した。

 しかしこの時の俺は、またはその場にいた全員は気づかなかった。

 俺に投げつけられたダガーが、すでに誰かの手によって回収されていること。そして、時計塔のてっぺんから俺達をじっと見つめるドス黒い影に。

 

 

 

 


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