西暦2024年4月23日、浮遊城第57層(最前線60層)。
迷惑なおやじから横やりを入れられたものの、俺とヒスイは結果的に犯人との間接接触を『成果』と認識していた。敵側からアプローチがあったことから、焦りを実感できたからだ。
俺達への脅しのつもりだったのだろうが、手を引くつもりのない俺達からすれば尻尾を掴むチャンスが到来したに等しい。
そして最も重要なポイントは、事件の根幹的な部分に帰属する。
万が一にも考えられた『ナーヴギアの故障やバグ』だったり、『死者の
この殺人事件はプレイヤーが考えたトリックであり、同時に
「……ま、あんたが無関係なのはわかった。けど2度とあんな紛らわしいマネすんなよ。今度見かけたら冗談抜きで首のディレクトを味わわせてやる」
「わぁーったって! 悪かったよホンマ。確かに不謹慎だった。でも事情を知らなかったんだ。今回だけは見逃してくれよ……なっ?」
「ちっ、調子のいいやつだよ」
可能なら逃げ切るつもりだったと白状したくせにちゃっかりとした男だ。とは言え、こうも敵意が削がれては今さら怒りようがない。こういう世渡りの上手そうな人間は放っておいても長生きしそうだ。
俺は文句を言いながらも、とりあえず調査の阻害にしかなりそうにないフロイスを解放してやる。と、そこでヒスイが難しい顔をしてキョロキョロしていることに気づいた。
「ん……? どうしたヒスイ」
「ないのよ……」
「ないって」
――なにが?
と、そう聞こうとした瞬間に俺も悟った。
俺達3人はなにも、おっさんを捕まえてからその場で座り込んで談笑していたのではない。物的証拠を押さえるため、フロイスが演技を始めた現場に向かっていた。
しかし、あるべき物がない。俺の手首に投げつけた逆棘付きの赤黒いダガーが。
「回収されたか。そう簡単にシッポはつかませないってか」
「ねえ、あたし思うんだけど、脅しはこれで終わりなのかな」
「ん……どゆ意味?」
「さっきのフロイスさん、結局捨てゴマだったでしょう? 捕まればあたし達のチャンスになるかもしれないのに、組織だった支援もなし。こっちを観察していたなら、この程度で引き下がったりしないことは折り込み済みなはずよ」
「……言われてみれば」
「現にフロイスさんから情報も聞けたわ。認めるのはしゃくだけど……彼の存在はむしろ活力よ」
「えっと……じゃあなにか、犯人側は俺達にヒントをくれたのか? もっと犯人探しを続けてほしくて、わざと情報を渡したとでも……? まっさか〜」
ヒントを与えて事件を能動的に進めている、というのであれば、そこにメリットでもあるのだろう。あるいは第三者による誘導も考えられる。
だがヒスイはそれには答えず、「う~ん」と首を捻った。
こればかりは予測の範囲を越えない。となれば、まずは当初の目的だけでも果たすとしよう。
「まあ、先にグリムロックを探そうぜ。さっきも言ったけど、そいつに聞けばチェックメイトだ。どうにか居所さえ……ん?」
そうしていると、またしても聞き慣れたメッセージ音。今度はキリトからだ。
メッセージ文を開くと、そこには信じられないことが書かれていた。
目を、疑う。
何度もまばたきをしてしまう。
「ヨルコが死んだ」。
出だしにそうあったからだ。文はその後、数行だけ続いていた。
『逆棘の付いた赤黒いダガーによって、コードの庇護下にあった彼女の背中を貫かれて、即死だった。なにもできなかった。窓の外には犯人と思われる男が真っ黒なローブを着て立っていたが、結局逃げられたから正体はわからず終いだ。すまない』
こう、あった。何度読み直しても。
ヨルコ。そばかすの付いた長い髪を持つ女性。口喧嘩をしたまま部屋を飛び出てしまったが、彼女がすでに殺されているという。つい、ほんの数十分前に話していた女性が、現実世界で脳を焼却されこの世を去った。
なんの対策も、なんの対抗もできぬまま。
「うそ……でしょ……」
「……そう信じてぇよ……けど、また先を越されたのかッ!? くそ!!」
拳を強く握ることしかできなかった。
これ以上死者を出すまいと、それだけを思って駆け抜けてきたのに。自分に引いた最後のボーダーラインを、いとも簡単に越えられた。
俺はてっきり、カインズを殺したのがヨルコだと思っていた。そこに何者かの邪悪な
そしてヨルコがグリムロックと手を組んで、カインズの死をエサにグリセルダを殺したプレイヤーを炙り出す。彼らがどういう経緯で共闘に至ったのかは知らないが、この筋書きの先に内輪もめの決着を付ける犯行だと思っていた。
さらに、おそらくグリセルダの死に関与しただろうシュミットと、まだ見ぬオレンジ……否、レッドプレイヤーが今回の事件における登場人物。
そうやって決めつけていた。
しかし、確信が持てなくなる。
ヨルコが死んでしまったからだ。
彼女が死んだ理由はなんだ。殺されなければならない理由は。
「とりあえずキリトと合流しよう。俺が連絡する。コトが終わったわけじゃねぇから、アリーシャやルガ達をいちいち動かすのは効率が悪い。ヒスイはアリーシャにだけヨルコの死を伝えてくれ」
「わ、わかったわ……」
「許さねぇぞクソ野郎ども……ッ!!」
怒りの矛先を決めるため、俺達はすぐに行動に起こしていた。
「キリト……俺だ」
「ジェイドか、ちょっと待ってろ」
ヨルコを一時的に避難させていた部屋、そこで俺達は合流した。
あれからまた10分ほどたってしまっていたが、一応現場の状況を見ておきたいと俺が提案したからだ。
宿に到着し次第軽くノックをして名乗ると、内側から鍵が開けられる感触があった。
ドアノブを捻って押すと、まだ記憶に新しいレイアウトの部屋が目に飛び込む。窓の外から降り注ぐ夕日を浴びて全体がオレンジ色に輝いているが、それが逆に憂鬱な気持ちを引き立てていった。まるで今にも部屋主であるヨルコが、悲しい顔をしたまま話しかけてきそうな違和感だ。
「今は本人がいないから、貸付期限が切れるまでは内側にいる誰かが開けないと扉が開かないんだよ」
「ああ、すまん。違うんだ。……ここ出る時、2度と来ないなんて言っちまったからさ……」
「……ああ。けど、今は手口を探ろう。シュミットは先にDDA本部へ返しておいた。完全にビビっちゃってたから、ここにいたらややこしくなるだけだろうし」
「おう。他にも当時の状況を聞きたい」
俺が端的に言うと、すでに部屋のソファに座っていたアスナと、その隣に腰掛けたキリトが交互にわかりやすく教えてくれた。
「つまりシュミットがヨルコに、事件について聞きたがっていた、と。んで話してる途中に彼女が窓に近よって、気づいた時には背中にダガーが……。そういや、その武器って拾ったんだってな?」
「ああ。ヨルコのアバターが、その……消えてから……その場に落ちてたやつだ。これ」
そう言ってキリトの懐から取り出されたものは案の定、俺を襲ったフロイスが持っていた例のダガーだった。
特徴的な毒々しい色は見間違うはずもない。一級の刀匠が鍛えた武器でない以上、低スペックのダガーと予想するが、かの武器が俺の腕の手前で弾かれた時、もしもコードが発動せず貫いていたらと思うと悪寒が走る。まさか《圏内》にいるのに、こんな即死級の攻撃に怖じ気づく日が来るとは。
……いや、なにも忘れたわけではない。
ゲームの本質が変わった初日、『圏内は安全』というバカバカしいほど空虚な保険がいつまで持つかわからないと判断したからこそ、俺は《はじまりの街》を飛び出してフィールドに出た。そこで汚名を被ろうと、自分だけが強くなるために全力を尽くしたはずだ。
あれから1年半、もう《圏内》というぬるま湯が通用しなくなる世界が近づいているのかもしれない。
俺は目の前に置かれたちっぽけなダガーが、プレイヤーを瞬時に死に至らしめ得るものと断定して丁寧に扱った。
「実はな、このダガーを持って俺とヒスイに脅しをかけてきた奴がいるんだよ」
「な、なんだって!?」
これにはいかなキリトとて予想していなかったのか、身を乗り出しつつ続きを催促した。
そして今度は俺とヒスイが説明に回った。つい数十分前に体験したことの
俺の時はダガーに対してコードがはたらいたこと、襲ってきた男がただの捨てゴマにすぎなかったこと、男の名や彼が依頼された方法に至るまで、すべて。
「そんなことがあったのか。次にこのダガーで人が死ぬことまで予告してくるとは……ナメられたもんだよ」
「ジェイド君に投げつけられたダガーは回収されていたのよね? ということは、きっとそれをそのまま宿の2階に投げつけた可能性が高いわね。ここから《転移門》付近までは離れていると言っても徒歩で5分もかからないし」
キリトが下唇を噛んで目を伏せた瞬間、今度はアスナが髪を耳にかけながら割って入ってきた。
その疑問にはヒスイが反応する。
「ええ。あたし達がフロイスさんから話を聞いているうちに、アスナ達がここでシュミットさんやヨルコさんと話をしていた。それならタイミング的にも合うね」
「ったく、やられっぱなしでイラつくぜ……」
ヨルコの死を防げなかったことは確かに悲しき事実だが、常に先手を打たれ続けていることの方が重大だ。このまま真相をうやむやにされて犯人に逃げられるのだけは避けたい。
今はヨルコを
「ま、幸いアリーシャはまだクレイヴのところにいるんだ。グリムロックの位置を知ってたら教えてもらおうぜ……望み薄だけどな」
「わかった。じゃあこっちは20層の酒場で張っているよ。さっきのシュミットの話によるとグリムロックがよく足を運ぶ店らしいんだ」
「そうだな……ん?」
キリトの発言を肯定しようとした刹那、その内容に違和感を覚えた俺は言いよどんだ。
「ちょっと待てキリト、20層なのか? 27層や46層じゃなくて?」
「え……ああ、俺が聞いたのは20層だ。さっきシュミットが確かにそう言ったんだよ。まだGAがギルドとして形を保っていた頃は、毎晩のように通っていた酒場らしい。だからといって今もそうかはわからないけどさ」
「……そうか。いや、いいんだ。気にしないでくれ」
俺達4人は簡単に今後の確認だけ取ると、早速二手に別れて解決に乗り出した。
別れた直後、ヒスイが耳打ちする。
「さっきのキリト君、アリーシャから聞いた層とは別のところを聞かされていたわよね。今さらシュミットさんがデタラメを吹き込んだのかしら?」
「……わからん。当時は本当にそうだったのかも知れねーし。……ま、どのみち選択肢は少ないんだ。俺らはこっちに集中しよう」
ヒスイはそれでも首をかしげていたが、俺の不機嫌を悟ったのか黙りこんだ。
俺が怒っている理由、それは紛れもなくグリムロックに対してだ。
重要参考人として確定的となった彼は、今どこで何をしているのだろうか。妻が指輪を売りに行った半年前から事件は始まっているはずである。それに復習劇が《圏内》で
特に武器についての疑惑が付きまとう。逆棘のついた例のスピアやダガーも妻が死ぬより過去に作られ、そして
「(なんで野郎はいつまでも黙ってんだ?)」
そう思わずにはいられなかった。
グリセルダを殺したプレイヤーを《売却反対派》から適当に見繕い、手当たり次第に殺しにかかるのならまだわかりやすい。行動の良し悪しはあるにせよ、単純な復讐だ。しかし彼はそれすらしなかった。
なぜ死者を侮辱する見世物のような真似をする。
なぜ怒りの発信源たる夫が自ら手を下さない。
仇を他人に取らせるつもりなのか。SAO内での《結婚》の重みを知らないプレイヤーはいない。ならば、その手を血に染めても本人がやらねば意味はないはず。
復讐が是とは思わない。が、冷静に回りくどいこと考えてる余裕が……、
「(アンタにあんのかよ……くそったれが……ッ!!)」
それが気にくわない。素直に同情できない。
オカルト的な現象である《
と同時に勘ぐってしまうのだ。俺はこの事件を通し、グリムロックからの怒りや憎しみ、殺意をまるで感じないことを。
俺の意見をトレースするようにヒスイが言った。
「ヒトゴトのように空虚よね。……本当に犯人は、なにを考えているのかしら……?」
「さぁな。お、アリーシャから返信だ。……なにッ!?」
「ど、どうしたの?」
「ようやく来た朗報だぜ。最後のGAメンバー、ヤマトが今日グリムロックを見たって!」
今日初めて、うっすらと笑みを浮かべた。
続く文に目を走らせると、『今日の午前にたまたまグリムロックさんを見かけたらしいわ。彼は忙しそうに主街区を走っていたそうよ』と、メッセージには短くそうあった。
層の数字は50。主街区名を《アルゲード》とした多くのプレイヤーが活用する大規模拠点だ。
その活気付いたムードからレベル差が気にならず、人の往来は激しい。雑貨用品のみならず、充実した裁縫店および食材アイテムや幅広い鍛治屋が店を構えているというフレコミで、特に理由がなくとも足を運ぶ人までいると聞く。そこで目撃談があったとしてもさほど不思議ではないだろう。
信憑性はともかく、次なる現実的な目標は定まった。
「急ごうヒスイ。運が良ければまだ移動してないかも」
「ええ……あ、ちょっと待って。メンバーを洗ったなら、これからアリーシャはどうするの?」
「ああ、別行動で探すってさ。固まる理由もないしな」
「そう……まあ、アリーシャが言うならいいんだけど……」
ヒスイが眉を寄せながら言う。アリーシャが元GAのメンバーを訪ねることにリスクが生じているからだろう。
彼女がギルドを脱却したタイミングと、《指輪事件》が起きた時期が近すぎる。もし元メンバーの誰かが疑いを持ったとして、分が悪いのは彼女である。
昼に会ったシュミットが我を忘れて取り乱したように、言葉選び1つを間違えれば新たな傷害事件が発生しかねない。
俺はそれを
「ま、あいつもバカじゃないんだ。危険が迫れば手を引くさ。むしろ、おかげでだいぶ解決まで進んだ」
「……うん……きっとそうよね。ゴールに近づいてるはずよ……」
なんとか納得したようで、《転移門》の付近まで来た頃にはヒスイは目の前の事件に集中しているようだった。
さて、しかし目標が定まったと言っても
「転移、アルゲード! ……はてさて、どうしたもんか……」
転移を通して目に飛び込むのは
などと前途多難な作業に
「おや奇遇だな。こんなところで会うとは」
「ヒースクリフっ!?」
赤を基調とした清楚な装備に、巨大な盾と対になる剣。その存在感は景観に合わず、俺はすぐに
銀髪初老の騎士の脇には、部下とおぼしき既定のユニフォームを纏うおっさん達が付き添っている。
そして動揺した俺は、挨拶もすっ飛ばして
「すいぶんゲビたところに参上したな。服が汚れるぜ」
「開発者に失礼だぞ、それは。こうした雰囲気も需要があるから栄えている」
「ハハッ、開発者に失礼! 笑える。会ったらゲンコツブチ込みたいぐらいだっつーの」
「…………しかし、きみとてここにギルドホームを拵えようしていたと聞くが?」
「うぐっ……」
それを言われるとぐうの音もでない。つい通ぶって口走った俺も、内心ではこの騒々しい街が嫌いではないからだ。
そこへ我が恋人が
「こんにちはヒースクリフさん。いつもジェイドがお世話になっています」
「なってねーよ」
「これがあいさつなの。……コホン、今日はどちらへ?」
「うむ、装備部との打ち合わせさ。武器の多くは特注品で、決まれば纏まった数を仕入れる。最後の決定権は私にあるというわけだ。先ほど早足に済ませたものでな」
ヒースクリフもここまではマニュアル通りなのか、社交辞令の返しとしてヒスイに答えてくれた。特にギルド情報を暴露したというほどの貴重な話ではないからだろう。
しかし、ヒースクリフには個人的に聞きたいことがある。せっかく生き字引が目の前にいるのだから、事件のことについて有用なものを引き出せれば願ったりかなったりだ。
「あ~……そうだ、ヒースクリフ。1つ頼みがあるんだけど」
「なんだね。かしこまって」
「え〜と……あ! そうそう、昼メシ、キリトと食ったんだってな! 聞いたよ。……んでさ、俺はオゴれるもんとかねーんだけど……教えて欲しいんだよ。あいつに話したこと」
「ジェイド……」
タダで知識を寄越せ。簡単に言えばこうなる。必死になる痛々しさを感じたのか、ヒスイの声にも弱さが見える。
なにせギルドの副団長を通して頼み込み、体裁上とはいえ昼代まで持ったキリトとはわけが違う。仲のいいお友達ならともかく。おまけに
しかしヒースクリフの
「わかっている、すぐ済むさ。……ジェイド君も、そんな怖い顔をしないでくれ。雑談すべてに対価を求めるはずもなかろう。私ときみの仲ではないか」
「え、俺らそんな仲良くねーぞ?」
「また会おう。さらばだ」
「ちょ、ちょっと待って! マブだったわ、マジで!」
両手を広げて通せんぼ。
調子のいい場当たり的な言い訳が通用したわけではなさそうだったが、彼は深い深いため息をついてから向き直った。
「なんの話だったか……ああ、キリト君への助言か」
「んえ? マジでいいの……?」
「情けは人の為ならず。転じて、親切をすると自分に返ってくるものさ。私が困っている時は、ぜひとも助けてやってほしい」
こいつ結構俺に甘いよな、なんて失礼なことを考えながら、俺は首を縦にブンブンと振っておいた。
「さて、しかし大したことは話していない。私とて全貌は聞かされていないし、ましてや《圏内》でコード違反なんて未だに信じられない。ただ一言、『一次情報のみ信じよ』とだけ言っておいた。他にはすべて偽装の余地が入る」
「一次情報だけを……?」
「人から得た情報が覆れば解決する矛盾もある、ということさ。……おや、楽しい時間は早く過ぎるものだな。では私はこれで失礼するよ」
そう言い残して彼は
その後ろ姿を見送りながら俺は頭を巡らせる。
単純に言葉通りに
「たぶんこう言いたかったんじゃないかしら……」
「え……?」
後ろで黙っていたヒスイが横に並んでから口を開いた。
「今まで人から聞いた情報を全部疑え……って。ヨルコさんはウソをついていた。アリーシャとシュミットさんの意見も食い違ってる。……それなら、あたし達が見聞きしたもの以外は、真実を見えなくするフィルターになりうるって」
「まあ……確かにな。え、じゃあキリト達も疑えと……!?」
「彼らの勘違いだってあるはずよ。あれを見た、こうなってるはずだ、なんて言われてもウソかホントかわからないでしょ?」
「身もフタもねぇな……」
結局必要なのは、情報の選別。正しいものを受け取り、誤ったものを排斥する。しかし、面倒以前に人の子である俺たちに『完璧』はない。
思案に暮れていると、ヒスイがまたも頭を抱えながら冷や汗を垂らしつつ
「そう、よ……カインズさんは……ヨルコさんも、本当に死んだの? 死んだかどうかなんて、あたしは確かめてない……」
「ど、どうしたんだヒスイ? なんかすっげー顔コワいぞ?」
「おかしいわ……さっきヒースクリフさんの言葉を聞いて、ずっと引っ掛かってるの。考えてみれば『カインズさんが死んだ』という情報も二次情報だった……」
「オイオイそっからか。さすがに呆れるわ……言っとくけど、それってキリトとアスナとエギルが3人で確かめたことなんだぜ。なんなら後で《黒鉄宮》に行くか? その時間すらもったいないけどな」
俺は付き合っていられないと言わんばかりに肩を落として見せた。だがヒスイは俺のことなど眼中にないらしく、まだこめかみを押さえたまま顔を青ざめている。
いったいどうしたというのだろうか。カインズの死が引き金で事件になっているというのに、彼が死んでいないなら事件が始まってすらいないことになる。いくらなんでも飛躍しすぎている。
だというのに。
それを踏まえてなお、彼女の迫真に迫る表情には無視できない説得力があった。
昔は長い前髪に隠れていた左目も、いつしか自分の行いに自信を持つようになってきて、今は髪を上げて大きい両目がどこからでも見えるようになっている。だからこそ、俺はその隠されていない2つの瞳をまじまじと見つめた。
疑惑、戸惑い、そういう疑心暗鬼にまみれた濁った目をしている。自分自身が信じられない、もしくは信じたくないと言わんばかりの顔だ。
そして、とうとう決定的なことを口ずさんだ。
「ああ、なんてこと……そうよ、カインズさんじゃないの……
それは、弄ばれた事件の