SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第84話 弱き心と――

 西暦2024年4月23日、浮遊城第1層。(最前線60層)

 

 ヒスイがいきなり「思い出した」などと言ったことで、俺達はキリト達に伝えた行動とはまったく別のことをしていた。

 

「でもよォ! 結局どうなってんだ!! ったくさァッ!!」

「文句言っても仕方ないでしょ! 確かめられることはっ! 全部確かめるのよ!」

 

 現在、絶賛全力疾走中である。それも、閑古鳥が元気よく鳴きそうなほど静まり返った《はじまりの街》の大通りを。

 目的地は1つ。現存するプレイヤーと、この世を去ったプレイヤーを客観的に隔てることができる唯一の場所。《生命の碑》が安置された《黒鉄宮》の入り口だ。

 どうしてもここで確かめねばならないことがある。

 

「ハァ……ハァ……着いたぞヒスイ」

「ハァ……ええ、じゃあ……ハァ……急いで確かめましょう……」

 

 眼前には黒い大理石が立ち並び、白文字で無数の名前が刻まれている。

 俺達は息も切れ切れに、そのネーム欄を凝視し続けた。探すものは『カインズ』と発音できそうなアルファベットの綴りのみ。

 脇目も振らずに走ってきたのだ。これで手取りなしとは言わせない。

 

「あったわ、カインズ! 綴りはK、a、i、n、sよ!」

「4月22日、18時27分……確かに死んでるな。死因も一致してる。……よし、ここまでは予想通りだ。次を探そう」

「英語表記でもそこまで発音はズレないはずよね……」

「なあ、やっぱねぇぞ。記憶違いだったんじゃないのか……?」

「いえ、まだよ……『C』から始まる場合もあり得るわ。そっちも探しましょう」

「あるとしたらC、a、って続いてるところだよな……お、おいこれ!」

「どうやらビンゴね……」

 

 見つけた。見つかってしまった。

 《kains》と同じ発音。5文字のアルファベットでC、a、y、n、z、と刻まれていた。しかもこちらには横にラインが刻まれていない。

 それを静かに眺めながら、ヒスイは言葉を紡いだ。

 

「『カインズ君』って響きね、言ってからどんどん記憶がよみがえってくるの。顔まではよく思い出せないけど、貫通継続ダメージで殺されたことまで」

「で、でもさ……死んだ死んだって言ってるけど、さっきの『K』から始まる方のカインズの死亡時刻と死因も昨日と一致してるんだぜ?」

「違うわ、一致させた(・・・)のよ。いいジェイド? 4月22日っていう日付は去年に1回、今年でもう1回来てるの」

「あっ、そうか……じゃあこっちのは去年……」

 

 カインズさん(・・)ではない、もう1人のカインズ。

 最初に聞いた時は意味がわからなかった。俺が勝手に呼び捨てにしている彼を、ヒスイがどう呼ぼうが関係ないと思っていたからだ。

 こんな言葉遊びのような、冗談のような事実が、見えていた事件の姿をガラリと変えさせた。

 なんとヒスイは、過去にまったく同じ読み方をした男性プレイヤーに会っていたらしい。

 しかし、よく思い出せたものだ。というのも、この世界にはプレイヤーの他に名のある(ネームド)キャラクターがごまんと歩いているのだ。

 人の形を模した種族、例えばエルフや人魚、ハーピィやヴァンパイア、果ては日本神話に登場する天狗や雪男(女)まで彷徨(うろつ)く。それらの種族が人間と関わり、展開の次第によっては敵にも味方にも変わってストーリーが進む。

 そして、王国に住む上流階級のNPCから下町で雑貨屋を営む下級のNPCまで、手抜きをしない信条なのか『名無しさん』は絶対にいない。しかも多くは外国で使われているような横文字の名前である。

 そこで、特に珍しくも特徴的でもない4文字の名前を持つプレイヤーと、数時間だけフィールドや迷宮区に出て狩りを共にしたとしよう。

 では1年後に、その名前を思い出せと言われたらどうだろうか。同じクラスの同級生と1年間勉強に励むのとはわけが違うのだ。

 そうした数々の要因を踏まえたうえで、『カインズ君』という人物を思い出せたのは、ひとえに彼女の驚異的な記憶力のおかげだといえる。

 

「でも、だとしたら……事件はどうなるんだ? ヨルコがカインズの死を見間違えて……キリトとアスナが運悪く巻き込まれて……特に何事もなく、これでめでたしめでたしってか……?」

 

 俺が半ばやけくそになりながら理想をぼやくと、ヒスイは石碑をまっすぐ見つめたまま否定した。その両目の先に横ラインの引かれていないヨルコの名前を見ながら。

 

「だったらどんなに楽だったかしらね。見て、ヨルコさんもまだ生きてる。死んだように見せかけただけみたいよ」

「ほ、ホントだ。よかった、死んじゃいなかったんだな」

「……でもたぶん、彼女はグルよ。なにかの拍子で1年前に死んだカインズ君を見つけた彼らは、この偽装トリックを思いついた」

「でも、偽装してどうすんだ? ムダに混乱を起こして、ハイおしまいじゃねぇか」

「それも違うわ。《圏内事件》の演出できっちり得るものを得ているの。……それは、グリセルダさんを殺したプレイヤーの炙り出しよ。狙いはやっぱりシュミットさんだったんだわ!」

 

 カインズの死を偽装した昨日、目立った動きを見せたのはシュミットだった。つい先ほど、ヨルコの死を偽装した時にその場に居合わせたのもキリトとアスナ、そして彼だ。

 ヨルコとカインズが手を組み、グリセルダ殺害の犯人を特定しようとし、目星を定めていた。ここまではおそらく正しい推測だろう。

 

「じゃあ作戦はばっちり成功してたんだな。シュミットの奴なんかスゲービビってたぞ。……そっか、食事にアーマー着込んでた理由もこれではっきりしたよ」

「ええ。あたし達にヒントを与えかねない……というか、疑いを持たれかねない不自然な装備にも意味があったわけね」

 

 アーマーを着込んでいた理由。それはおそらく、エフェクトの利用と思われる。

 防具がアイテムの一種と言えど、やはりホームのボックスに収納しなければ圏内でも耐久値は減る。つまり、ショートスピアが最初から腹に突き刺さっていたのは、アーマーの耐久値を急激に減らすための必要な前準備だったわけだ。

 防具の消滅で青白いポリゴンデータは大量にばらまかれるし、タイミングを合わせて転移すれば、爆散エフェクトをその場に残してプレイヤーだけが消え去る。デバック作業ばりに見慣れない現象だけに、キリト達が勘違いしてもおかしくはない。

 あとはカインズの間違ったスペルを教えれば一丁上がり。晴れて《圏内事件》の完成だ。

 ヨルコも死ぬ寸前に窓から落ちたと聞いたので、死角に入った瞬間、クリスタル片手にボソボソと転移コマンドを唱えたのだろう。

 そうすれば、残るのは背中に刺さっていたらしいダガーだけ。またも人が死んだように見える作戦だ。

 

「……答えがわかりゃ、こんな簡単なことだったんだな……」

「ヨルコさんとカインズさんは、これだけ大がかりなことをしてまでグリセルダさんを殺した犯人を見つけたかったのね。……えっ、でも待って! これって根本的には復讐よねっ? なら犯人がシュミットさんと判明した以上、これから彼を!?」

 

 俺もそれは気がかりだった。

 しかし事前準備の規模の大きさと周到性とは裏腹に、これは『穴だらけな作戦』だと言わざるを得ない。

 なぜなら、俺はキリトからこう聞かされていたからだ。

 「念のためアスナがヨルコさんと《フレンド登録》をしておいた」と。

 ヨルコが死んだのなら当然、登録先のフレンドネームがグレーに染まっていなければおかしい。だがバレないように事前に登録を解除していたら、それはそれで怪しまれる。

 すなわち《フレンド登録》を承諾してしまった時点で、ヨルコはいつアスナに作戦がバレてもおかしくない状態を作ってしまっていたのだ。

 それに『転移偽装に必要な大量のポリゴンデータ』を確保するのにも、夕食をとるのに相応しくない重装備を身に付けてしまっていた。これでは超絶ヒントが盛りだくさんである。

 しかし、押しきって作戦を決行した。

 であるのなら、こうは捉えられないだろうか。

 『偽装作戦などバレても構わない』、と。いやむしろ、誰かに暴かれるところまでが作戦だったのではないだろうか。

 

「バレてよかったんじゃねえの……あの2人にとってはさ……」

「え……?」

「ああ、話変えて悪いな。端的に言うと、殺しには行かないと思う」

「そ、その根拠は?」

「やたら穴だらけの作戦だからだよ。まるで、誰かに気づいてほしかったかのように……」

 

 俺は1つ1つ言葉を吟味して答えた。

 

「つまりよぉ、作戦が誰からも悟られず感づかれず完璧にキマっちまったら、マジで完全犯罪ができちまう。だから……あいつらはヒントをあえて残した。他人に知られる可能性をたくさん残して、自分達を抑制したんだよ」

「……それは……あり得るわね。だから彼らからいっさい人殺しの気配を感じなかったのかしら。じゃあ……シュミットさんに反省させたかったってことなのかな?」

 

 ヒスイは目を細めて、悲しみを共有するように呟いた。

 俺も感傷に浸りながら続ける。

 

「たぶんな。野郎がグリセルダを殺害……を、手助けをしたことぐらい見りゃわかる。今頃は墓の前で土下座でもしてるかもよ? そこでサプライズ! 地獄から舞い戻った2人がいきなり現れて問い詰めれば、かくものシュミットも自白すんだろ。……つか、ビビって泣きベソかいてなきゃいいけど」

「……不謹慎よ、まったく……」

 

 ヒスイには怒られてしまったが、カインズもヨルコも死んでいないのだから、そういう意味ではハッピーエンドかもしれない。ある意味清々しい。騙されたことはシャクだが、最悪の事態ではない。

 死者なき復讐劇の舞台に少しだけ招待されただけだ。ここいらで俺とヒスイの出番は終わり。フィニッシュは元GAメンバーの3人が今までのいざこざを帳消しするよう尽力するだろう。

 

「さ、お呼びでない俺らは帰るとしようぜ。……あん? どうしたよヒスイ」

 

 気力が抜けて隙だらけな表情を浮かべていた俺とは違い、ヒスイはまだ難しい顔をしていたのだ。例えば……まだ事件がなにも解決していない時のような、そんな緊張感のある眼光を。

 

「おかしいわ……」

「またそれか……」

「だっておかしいもん! ……コホン。いいっ? 確かにカインズさん達はプレイヤーの死を偽装する作戦を考えたわ。でもこれにはね、もう1人協力者がいるのよ」

「だ、誰がいるんだ……?」

「決まってるでしょ《貫通(ピアース)》属性の武器を作ってくれる刀匠よ!」

 

 しかしそれを聞いた俺はひどく落胆した。

 

「なにかと思えば。……だ〜から、それってグリムロックのことじゃん。ヨルコら2人に協力してやっただけだろう? 俺はてっきり野郎が他の人を使って殺しさせてるんかと思ったけど、実際は誰も死んでなかったんだ。奥さん殺した奴を殺してやりたかっただろうに。……まあ、ただの根性ナシかもしれないけど」

 

 俺は軽くそう返していた。

 グリムロックは『対プレイヤー用』と位置付けられる、いわゆる忌むべき武器というものを鍛えたのかもしれない。しかしそれは、殺しのためではなく愛する人を殺めたプレイヤーを探すためだったのだ。

 なら文句は言わない。むしろ問答無用にシュミットを殺しに行かない分別のよさは、見習うべきプレイヤーがたくさんいるのではなかろうか。感情的な俺もその1人である。

 

「気を抜くのは早いわジェイド。キリト君も言ってたじゃない、『ヨルコさんの背中にダガーが刺さっていた』って。……これよ引っ掛かってるのは。『背中に武器を刺す』という行為は《圏内》では不可能よ。皮膚はおろか防具ですらコードに守られて弾かれるんだから」

「おーじょーぎわワル! ンなもん、先にフィールドに出て……」

「それはムリ」

 

 ヒスイは食い気味に遮断すると、自分の推理を披露し続ける。

 

「カインズさんと同じ方法って言いたいのね? ゲートを通ってフィールドに出てからダガーを刺して、改めて宿に戻る。……でも、これもおかしいわ」

「えーなんで……あ……」

 

 そして俺も、自分の推理のガバガバ具合に気づかされた。

 

「そ、そっか! 俺とヒスイはその前にフロイスからちょっかいを出されてた……ってことは、あの時のダガーを拾ってからキリト達が部屋に来るまでにそんな作業をする時間はないんだ……!!」

「ヨルコさんの敏捷値がとびきり速かったとしても無理ね。きっとキリト君やあたし達が部屋を出てすぐに訪れていたはず。……その間、あたし達は《転移門》へ移動したり……その……壁に迫られたり……」

 

 そこは赤くなりながらゴニョゴニョと濁すヒスイ。

 

「と、とにかくダガーを回収してから背中に刺すのは無理なの! ようはね、ヨルコさん以外に武器の作成を依頼した人がいるってことよ!」

「……まあ、あるかもな……」

 

 思惑。偽装作戦と並列して進行した別の作戦。

 それはフロイスと名乗ったおっさんを利用した人物であり、同時にグリムロックが『3本目』のピアース属性武器を作成しなければ成立しないことである。

 確かに『3本目』はおかしい。いくら自分らのギルドリーダーの殺害犯を探すと言っても、ヨルコ達にとって3本目は不要。

 それに……、

 

「あ……」

 

 俺は、実に唐突に、呆気なく理解してしまった。

 答えを。ことの主導者を。

 そもそも、自分からシュミットに聞いたではないか。

 自分がミスをした時、わざとではなくとも罪を犯してしまった時、人はいったいどんな反応をするのかと。

 確かに答えは聞けなかった。しかし答えにそこまで分岐(ぶんき)はない。だから俺はシュミットになったつもりで答えを予想したはずだ。

 『ミスを無為に知られないよう、なるべく隠そうとする』と。

 子供でもわかる。ミスをしたら隠したくなるものなのだ。

 小学生の時、点数の悪い答案をタンスの奥に仕舞った。中学生の時、夏休みの宿題代わりに塾で終わらせたドリルを親に見せ、いけしゃあしゃあと騙した。高校生の時、テストで赤点を取ったことを知られないようあの手この手を尽くしてその場しのぎをした。

 俺だけではないはずだ。腹の底が(かゆ)くなるような悪ガキ歴史や体験は誰もが通る道でもある。なぜなら……たまに、『騙し通せてしまう』からだ。言い訳している内に辻褄(つじつま)が合って、誤魔化している内にうやむやとなる。その背徳的な希望に抗える者は、驚くほど少ない。

 犯人は……誰でもない、アリーシャ(・・・・・)だったのだ。

 

「そうだよアリーシャが……俺らを騙してたんだ……ッ!!」

「あ、アリーシャ!? 突然なに言い出すのよジェイド」

「わっかんねェのか! いいか? まず、シュミットはなんであんなビビってる?」

「それは……殺す手助けをしちゃったからでしょ?」

「それを! アリーシャもしたんだよ! ……いろいろ聞きたいだろうけど、先に俺の話を聞いてくれ。まず、生活費稼ぐだけのチンタラしてたGAのメンバーが、いったいどうやってオレンジ……いや、レッドプレイヤーと繋がれたのかずっと謎だったんだ」

 

 俺は感情的になって手をブンブン振り回しながら一気に(まく)し立てると、意見を挟もうとしたヒスイを制して続ける。

 

「レッドの方から近づいたか? けどな、いきなり現れるなり、『指輪持ってるグリセルダを殺してその儲けを分けあおうぜ』なんて言ってくるか?」

「それは……あり得ないわね……」

「そう、順序的にあり得ない。……答えはこうだ。当時のメンバーの誰かがレアアイテムのことをレッドにチクって、それを知った奴らがシュミットを作戦に誘った!」

「そ、そんな!? それができるのって……!?」

「そう、あいつだよッ!!」

 

 アリーシャが、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に、報告したのだ。

 直接ではなかったとしても、メンバーの誰かにレッドギルドとのパイプを持たせた。これは確かだ。それを活かして、誰かが欲望の赴くままに『グリセルダ殺害』を依頼した。

 火付け役がいたからこそ、《指輪事件》は発生した。

 

「20層の酒場、これもだ……シュミットの証言と食い違ってた。だから……アリーシャの情報には、どれも一貫性がなかった!!」

「そんな……あの子が今さらそんなこと……」

「ヒスイ! 今すぐあのバカのいる層を調べろ! 俺はルガ達に知らせる!!」

「わっ、わかったわ!」

 

 俺は怒りに任せたままルガとジェミルに次なる命令を与えた。と同時に、彼女ことが次々と頭に浮かぶ。

 誰にも伝えず、知られず、悟られないよう、昔犯した罪を必死に1人で全部片付けようとしたバカ女の顔を。

 まったく、笑えないほど面白いことをしてくれる。

 きっと彼女は、カインズやヨルコがグリセルダの死に対する復讐を『殺し』で解決しないと見抜いていたのだ。

 そしておそらく、殺害の片棒を(かつ)いだだろうシュミットを、ヨルコ達が反省させる作戦に密かに手を貸した。

 俺やヒスイが邪魔をしないように。

 キリトやアスナが邪魔をしないように。

 そして誰より、過去の醜き汚点を隠して、勝手に1人で解決できるように。

 

「なんで俺を頼らなかったッ……くそ!!」

 

 本当に、本当に、バカ野郎だ。これではまるで子供ではないか。

 アリーシャは危機に対する嗅覚が鈍っている。相手は……あいつの相手は、最悪の犯罪者集団なのだ。奴らに甘さはない。あるのは無限の欲と冷たい残忍性だけだ。

 彼女の爪の甘さにつけ込まないはずがない。危険因子に対する脆弱な警戒心は、そっくりそのまま彼女に牙を剥いてしまう。

 事件を利用する第三者……その正体は火を見るより明らかだった。

 そして俺は……、

 

「(なンっでッ! 気づいてやれなかった、俺のアホンダラッ!!)」

 

 俺自身にキレていた。

 声なき悲鳴は上がっていたはずだ。DDA本部でクレイヴの所在を聞いていた時、アリーシャの様子は明らかにおかしかった。そこですぐに問い正せばよかったのだ。

 なにか無理をしていないか。秘め事があるなら打ち明けてくれ。

 この一言をかけてやればよかった。

 

「アリーシャは……19層のフィールドにいるわ!」

「クソ、なら主街区から走ってくぞ! ルガ達も向かわせといた!」

 

 その瞬間から俺とヒスイは敏捷値の許す限りの速度で疾駆(しっく)した。

 内心に渦巻く最後の疑問(・・・・・)を抱えて。

 どうやら、ヒスイもことの重大さに気づいたようだった。

 俺達は無言で走り続ける。《はじまりの街》の人口は多い方だが、幸い面積の広さに対する密度は低く、人通りは少ない。途中、何度か《軍》の見回りに声をかけられそうになったものの、俺達の射抜くような視線にその誰もが後ずさりして終わる。

 あっという間に《転移門》に到着。すでに日が沈んでしまっていた。これは夜行性のモンスターが満遍(まんべん)なく強化され、オレンジおよびレッドプレイヤーの活動領域が一気に増えることを意味する。

 安全マージン付きの攻略組がいる最前線でもない限り、フィールドや迷宮区にいるプレイヤー層は突如ガラッと変わるのだ。

 《索敵(サーチング)》スキルの派生機能(モディファイ)にある《暗視》は有効な手段だが、それは敵にも言えること。夜のフィールドが危険とされるゆえんはここにある。

 

「(ハァ……ハァ……アリーシャ。くそ、頼むからこれ以上、余計なことすんなよ!)」

 

 19層へ到着後、俺達はまだ休まずフィールドを駆け抜けていた。

 

「あっ、待ってジェイド! アスナからメッセージよ!」

「なに!? なんて書いてある!?」

 

 俺たちは急ブレーキで停止すると、ヒスイの可視化されたウィンドウを覗き込んだ。

 

「これ……アスナ達も真相に辿り着いたみたい。こっちはヨルコさんがいる場所だって!」

「おいマジかよ、じゃあそこが決着つけようとしてる場所だ! もしかしたらアリーシャがいるかも知れねェ……ルガにも知らせておこう!」

 

 こと樹木が生い茂る森林フィールドにおいて、進むべき方向が定まることは非常に助かる。視界と足場の悪い空間をひたすら走ってきたからか、気づくとだいぶ息も上がっていた。

 しかし俺とヒスイが息を整えつつメッセージを送っている1分間、俺達は警戒をほんの少し緩めてしまっていた。

 だからだろう。2人して接近するプレイヤーに気づくことができなかったのは。

 

「あっ! じ、ジェイド!? ヒスイまで! どうしてここに!?」

「え……アリーシャ!? アリーシャじゃねぇか!!」

 

 接近するプレイヤー、それは2人いる。

 明るめの防具を身に着けるアリーシャの隣には、見知らぬ男性が立っていた。

 

「なんとまぁ。声がすると思ったら、ホントにプレイヤーがいたよ。ってアレ、こっちから来たってことは主街区からか。うわ~マジか、やっぱ作戦バレてんじゃん」

「ッ……!?」

 

 記憶を探ったが、やはり2人目には見覚えがない。

 第一印象は掴み所のない男性、だろうか。切れ目の眼光に狡猾(こうかつ)な表情を作り、細身の体からは気味の悪いオーラを感じる。髪型はナチュラルだが毛先は濃く塗り潰したような緑色になっており、チャラチャラと銀の装飾が付いた暗い装備からは、説明されなくとも彼の人間性がある程度伝わってくる。

 そんな男が話を続けた。

 

「ヨルコらの計画さ……途中でワカっちゃったんだろ? いや~やるね、感心するよマジで」

「オイあんた、アリーシャの知り合いか?」

 

 俺が質問すると、彼は少年のようなあどけなさで笑って答えた。

 

「わるいわるい、俺はクレイヴ……ま、俺も元GAのメンバーってことよ。きみらの名前をこのコから聞いてたもんだから、名乗り忘れちゃっててサ。カンベンしてよね」

「チッ……そうかよ、じゃあ聞き方を変える。アリーシャを利用して事件を引っかき回したのはテメーか?」

「う~わ舌打ちしてきたよ、何様だっつーの。……いい? 俺はね、アリーシャさんの手伝いしてただけなんだよ。どうしてもって頼むから。ヨルコやカインズと疎遠になってて、《指輪事件》のことも忘れかけてたってのにサ。……まァた首突っ込むハメになった」

「…………」

 

 心底迷惑そうなのは、演技なのか、それとも……、

 

「いやぁ大変だったんだよ~。余計な手出しされないよう、わざわざ時間ロスさせて。んで、シュミットのクソ野郎をグリセルダさんの墓まで炙り出すように後押ししてやったり。たぶんだけど、今ごろあっちじゃ追悼式みたいなことになってるんじゃない? 時給でてもいいレベルだよコレ」

 

 あくまで、クレイヴなる男ははおどけたまま説明した。

 陰気臭いことが嫌いという(タチ)もあるのだろうが、それにしても後ろめたさを感じないのだろうか。リーダーを救えなかった罪悪感、やりきれない後悔、そういったものをもっと見せてもいいはずだ。なにより、その『追悼式』とやらに元GAメンバーのこの男(クレイヴ)が参加する気がないというのも気になる。

 それとも初対面の俺達に対し、あくまで弱さを見せまいと取り(つくろ)っているのだろうか。

 

「……ま、リーダー救えなかった責任もあるしね~。一応このコへの協力は進んでやらせてもらったよ。きみらには悪いけど、こっちのケツ拭きを他人にやらせられねーのサ」

「俺がキレてんのはな、見る目のなさだよ。クレイヴつったか……半年前までパーティ組んでたなら、様子がおかしいとは思わなかったのか? アリーシャもそうだ、なんで勝手に解決しようとした!? まいど危なっかしいことしやがって!」

「うっ……それは……」

 

 弱々しく答えるアリーシャの、その悲しそうな目を見て確信した。やはり当時、指輪の情報をラフコフに漏らしたのだろう。

 だが返ってきた言葉は少々意外なものだった。

 

「アタシも責任は感じてたのよ。クレイヴに……『窓口』を聞かれて、つい……」

「アリーシャさん、それはないっしょ。俺だってあんな物騒な連中とはカンペキ縁を切ったって! 人のせいにするのはナシだよ!」

「…………」

 

 ――そういうことか。

 俺はなんとなく、当時の情景が目に浮かぶように思えた。

 酒のつまみに聞いたのか、嫌なことが続いて魔が差したのか、出発点は特定できない。しかしクレイヴはアリーシャに『レッドの入り口』を聞いてしまった。そして彼女はなんと、それを知っていたのだ。

 シュミットの部屋での、惚れた腫れたの言い争い。あれは彼の勘違いだのと言っていた。

 つまり、そうした危ない隠し事を共有してしまったクレイヴは吊り橋効果のような錯覚に陥り、その紙一重の秘密を盾にアリーシャに言い寄りでもしたのだろう。

 しかし(いびつ)な恋は実らなかった。

 それからアリーシャがGAを脱退し、しばらくしてグリセルダが指輪を売却しに行ったその日、クレイヴはとうとう秘密を死守しきれなくなった。

 そして『窓口』から漏れた情報は、そのままグリセルダを死に至らしめる事件に発展してしまう。

 あり得る話だからこそ恐ろしい。

 誰がグリセルダを殺したのか、誰が1番悪かったのか、悪さの比率はそれぞれ何割なのか、誰が責任をとればいいのか。そうやって事件の悪意がどんどん曖昧になっていき、罪の出どころが拡散してしまったのだ。

 これが半年も事件が放置された最大の要因。

 あるいは、カインズらが偽装作戦を思い付かなければ、永遠に葬り去られていただろう真実。

 だが他責思考に解決はない。指をさして罵ったところで、結局は同じ穴のムジナでしかない。俺はその罪の(なす)り付け合いにイライラしていたが、1歩踏み出しかけた俺に代わって、ヒスイが先に前に出た。

 

「直接教えたとか、誰かを経由したとか、そんなものは関係ないの。アリーシャなら知ってるでしょう? あなた達が反省して、ヨルコさん達の手助けをしていたことはわかったわ。けどね……誰かが絡んできているの。この事件を利用して……なにかを企んでる人がいる」

「誰かが、この事件を利用している……?」

 

 アリーシャが初めてキョトンとした顔で眉をひそめた。

 やはり彼女は気づいていないようだ。すぐ後ろまで迫っている真っ黒な闇に。

 

「とにかく反省会は終わりだ。この先を直進したところにヨルコやシュミットもいるんだったな? 変な奴が攻めてくる前にとっとと引き返すぞ」

「ぷ……プクク……」

「は……?」

 

 俺の言葉に、笑い声が響いた。

 ここで、なぜ。

 しかしそんな疑問はすぐに洗い流されてしまった。

 

「プハァ! アハハハハッ、いかんこれ笑うって絶対! アハッ、アハハハハハハハ!」

「て、めェ……どういう……」

「テメェ……だってよ! ブハハハハ! お芝居じゃないんだからさ! さっきからセリフ臭すぎんだろッアハハハハハハハハッ!」

 

 おどけたジェスチャー。片目だけ開く、小馬鹿にした表情。しばらく腹を抱えて爆笑したクレイヴの声だけがこだまする。

 その狂った笑い声に、アリーシャは剣の鞘に手を伸ばしながら、怯えたように数歩後ずさった。

 

「クレイヴ……あんた、ホントはまだラフコフと……?」

「いや~ノリノリで演技したら逆に困ったわ。悪い意味で張り合い無ねぇよアンタら。マジ面白すぎ。……エッとなんだっけ? あそっか、この先でやってる反省会に凸るんだったっけ? ん~それね、無理なんだわ実は」

 

 まったく動揺したそぶりも見せず、彼は両手をブラブラさせて続けた。

 俺はどこか寒々しい恐怖を味わいながら、掩撃(えんげき)を視野に入れつつ《索敵》スキルも活用して一帯を警戒した。

 

「てめェクレイヴ……なに言ってやがる……」

「だ~か~らぁ! 今はこの俺が! ラフコフの『窓口』になってんの。わかりますかァ!? デュアンダスタぁン!?」

「そんな……クレイヴ、どうして……」

 

 クレイヴは自ら白状した。

 これではもう、情状酌量の余地はない。

 

「カッコつけちゃって気色ワリィ。テメーらがダンナに勝てるかっての。……だいたい、アリーシャさんも! 俺がこっそり連絡いれてんのに気づきもしねーで呑気にさァ! 確かに尖ってた頃は好きだったよ。けど丸くなったアンタはどォよ!? 俺の指示を鵜呑みにして、ギルドのリーダーさん困らせてやんの! マジで緊張感ねェな!」

「……おいクレイヴ……ノリノリなカミングアウトもいいが、その調子だと明日から牢獄暮らしだぞ。わかってんのか、ラフコフ側につくって意味がどれほど重いか」

「いんや~? ドッコイそうはならねぇのさ。ほらそこ、ご到着だよ~」

 

 遮るように、わざと注目を集めるように、足音が聞こえた。

 ザッ、ザッ、と。徐々にそれは近づいてくる。そして大きな大木(たいぼく)の後ろから、迷彩を解いて1人の男が現れた。

 

「まったく、人が顔を見せる前に。……やあ、久しぶりですねジェイドさん、そしてヒスイさん」

「あ、あなたは!?」

「てめェはシーザー……シーザー・オルダート!?」

 

 夜闇に浮かぶ殺人者。同時に希少価値の高い最前線のビーストテイマー。

 藍色の整った髪、作りのいい小顔と純真な目。足の長さがスタイルを際立て、自信のある姿勢と聡明な頭脳が、天から二物を受け取った人間をことさら際立てる。

 そしてゆっくりと右腕があげられ、腰に挿す名刀の柄に添えられると、一気に銀の刃が抜き取られた。

 磨き抜かれた刀身が月の光を反射する中で、シーザーは静かに口を開く。

 

「ああ……この時を待っていた……」

 

 またも無益な戦いが。

 人間同士の殺し合いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

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