SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第85話 ――その対価

 西暦2024年4月23日、浮遊城第19層。(最前線60層)

 

「ああ……この時を待っていた……」

「待っていた、だと……?」

 

 野性的な眼光を宿したまま、すでに達成感を得たようなうっとりとしたシーザーの表情に瞠目(どうもく)しつつも、俺は恐る恐る聞き返していた。

 

「ずいぶん待ちましたよ、ジェイドさん。ワクワクしていたんです。こうして、もう1度お会いしたかったから」

「気持ち悪さも増してんな、シーザー……」

「ああそれと、申し訳ありませんねアリーシャさん。慎んで利用させていただきました。ま、ぼくが1枚『ウワテ』だったということで」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 シーザーの饒舌(じょうぜつ)さに、たまらずアリーシャが叫んでいた。

 

「なんでアンタが出てくるの! ラフコフはこれには関係ないじゃない!?」

「これ、というのが《圏内事件》ならその通り、まったく関係ないですね。しかし指輪の件はそうもいきません。ぼくがラフコフと手を組む前、《黄金林檎》を名乗るギルドの頭を、ウチのメンバーが殺したのだとか。……ふくく、憐れですよね。そして当時、それを依頼したグリムロックさんが、今度は証拠隠滅のために『生き残り』まで亡き者にしようとした。これが今回の真相というわけです」

「え……ええっ!?」

「ぐ、グリムロックさんが!? グリセルダさんを殺す依頼!?」

 

 当時ギルドの副団長まで務めていた男が、なぜ今になってメンバー全員を毒牙にかける必要があるのか。果たしてレアな指輪の売買だけで、それほどまでに溝のある禍根(かこん)を生んでしまうものなのか。

 ヒスイとアリーシャが口々に困惑の色を放つ。

 だが、俺だけは違った。

 肩の荷が落ちたように、ある意味では重圧が消えたような感覚だった。

 

「ま、そうなるわな……」

「ジェイドまでっ、なに言ってるのよ!?」

「ムナクソ悪いけど繋がったぜ。なァクレイヴ……てめェだろ、グリムロックにラフコフを売ったのは」

「へぇ。証拠は消したつもりだけど」

「気づいたのはついさっきさ。『夫婦』なのに指輪を盗めた、なんてあり得ない。……気づけたもう1個の理由も教えといてやるよ。俺、実はヒスイと《結婚》してんだ」

「なっ……うなあぁあっ!?」

 

 突然の告白にヒスイだけが赤くなって慌てていた。しかし、クレイヴとシーザーは軽く目を見開いただけで、むしろ納得したような顔をしてうなずく。

 

「……な、なるほど。気づかれるわけだ。50層で待ち伏せていた手前、格好つかないと思っていましたが……まあ、仕方がありませんね」

「ん~だよ、じゃあ答え合わせできたようなもんか。てかリア充かこいつ! 元リーダー以外で《結婚》とか聞いたことねーぞアホ!」

 

 突然の空気の変わりようにアリーシャもヒスイも付いていけていないようだった。

 俺はヒスイに目を合わせると、少しだけヒントをやる。

 

「ヒスイ、俺らのストレージって共有化されてるだろ? でもこれってさ、離婚する時どうなると思う?」

「り、離婚するときぃぃっ!?」

「しねーよ!? しねーけど、もしもの話だよ! 悲しい顔すんなよ! ……じゃもっとスッパリ言うけどさ、『片方が死んだ』場合……どうなるか想像したことあるか?」

「死別……って、 あ!!」

 

 どうやらヒスイも気がついたようだ。《指輪事件》が成り立つはずがないことに。

 

「そうよ、死んだら全部あたしのものに!」

「怖ェことサラッと言うな!」

「ごめん言い方……でも、し、死んだら……指輪はおろか、それ以外のアイテムも全部、どうしてもあたしのものになっちゃうのね……?」

「……ま、そういうことさ。襲撃者がどこの誰だろうと、パーソナルストレージを持たないグリセルダを殺しちまったら、奪えるはずがないんだ」

 

 これが真相。思考停止するなら『指輪売却による金ほしさ』に妻を殺そうとしたグリムロックは、擬似的に『窓口』になってしまったクレイヴを通して話をつけ、ラフコフにグリセルダを殺させた。そうして圧縮された金の分配により多額の利益を得たのだろう。

 しかもそれにはシュミットを利用している。グリセルダの後を付けさせ、《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》のセーブポイントを作るだけ。自分の手を汚さず、ラフコフはグリセルダに接触できた。シュミットにも金が入ってお互い万々歳と。

 ラフコフは出費なしで殺す。クレイヴは『窓口』という席の確保。それだけで、2名のプレイヤーが労せず大金を手にする、夢のようなクソシステム。

 だからグリムロックは《指輪事件》を蒸し返されたくなかった。自分の殺人の罪が公にさらされることを恐れていたからだ。

 それなのに《圏内事件》に協力したのは、ヨルコやカインズ、そしておそらくシュミットやアリーシャまで、事件の全貌を掴みうるプレイヤーをまとめて地獄に送るようラフコフに再依頼するためだった。

 だから武器を鍛えた。貫通(ピアース)属性の武器を、3本も。

 あたかも消極的に、被害者面をして、皆殺し計画を進めた。

 

「(言い逃れは……もうムリだろ)」

 

 ここにシーザーと今の『窓口』がいるだけで証拠は十分である。ゆえにのんびりはしていられない。エリアの奥にはラフコフの下っぱか、あるいは《聖龍連合(DDA)》のシュミットが同行していることから、最悪幹部連中が出向いている可能性もある。

 だが時間に制限のないシーザーは冷静だった。俺は感情的になりそうな自分を必死に押さえ、なるべく余裕があるように見せつつ相手の出方を(うかが)うように口を開く。

 

「だいたい、ヨルコ達の考え方が間違いだったんだ。《圏内事件》程度の 小っせぇ(・・・・)ことでクソレッドはお行儀よく反応しない。あいつらはその辺がマヒしてるんだよ。……だから、この『炙り出し作戦』自体、連中にとっちゃ糸の見えた釣り餌だったのさ。そうだろシーザー?」

「イエス。しかし面白いですね。IQが低くてもこういうのは見抜くんですから」

「あァ!? 個人的にコロスぞ!!」

 

 血管に圧をかけて叫んだが、シーザーはサラサラの髪を揺らしておどけるだけだった。

 

「褒めてるんですよ。ヒスイさんを差し置き、あなたがメインターゲットになるわけだ。……サービスで教えます。殺しの条件として、グリムロックに3本目を作らせたのはぼくです。あと、フロイスさんに払った20万も独断だったりします」

「……ずいぶん勝手できる立場になったもンだな、シーザー。悲しくて泣いちゃいそうだぜ」

「ええ。ぼくは元より自由人。……ああそれと、この先区画を3つ越えたところにPoHを含む三幹部がいます。早く救助に向かわないと大変なことになりますよ?」

「お、おいシーザー!? ダンナのことは抑えとけよ、喋りすぎだ!」

 

 ベラベラと話続けるシーザーに驚いたのか、クレイヴが焦りを見せて黙らせる。それにしても、確かに今日のシーザーは、誰の味方なのかわからなくなるほど色々と教えてくれている。

 前提として、おっさんフロイスを操っていたのがこのスカし野郎なら、少なくとも俺とヒスイに《指輪事件》と《圏内事件》を解決してほしかったことになる。だから途中でヒントを与えてきたのだろう。

 しかし謎だ。俺達の介入はラフコフにとって障害にしかならないはず。

 策士策に溺れると言うが、とうとうシーザーはトチ狂ってしまったのだろうか。

 

「なに、簡単なことです。ぼくが役目を果たせばそれで解決なんですよ」

「役目……へっ、なるほどな。メインを殺しきれるってんならたいした自信だ。んじゃあこっからは任せたよ。『窓口』の役割はこれで終わりさ。それに、こっちにゃとっておきの『追跡されない脱出法』があるしよ」

「そうですね、ここで終わりです。……あなたの、全ての役目がね!!」

「はァッ!?」

 

 ザグンッ! と、ソードスキルが炸裂した。

 発動者はシーザー。被弾者はクレイヴ。

 反応こそしていたが、すでに抜刀していたシーザーの超至近距離からのソードスキルは、クレイヴの胴体に見事にクリティカルヒットしていた。

 

「ぐぁああああああっ!?」

「今ですジェイドさん! 彼の足を!!」

「おっ、おう!? あ、《暗黒剣》リリース!!」

 

 ほとんど操作されているかのように《暗黒剣》専用ソードスキル、長距離用単発斬撃《フォ・トリステス》を放っていた。

 ボウウッ!! と、特大のバーナーを点火したような音を置き去りに、放物線を横に倒したような形の衝撃波が4メートル半も直進した。

 地面に伏していたクレイヴの両足に直撃。《魔剣》の性能が遺憾なく発揮され、高攻撃力と《暗黒剣》という名のユニークスキルの効果により、彼の膝の部分から先が綺麗に抜け落ちた。

 悲鳴と怒号。とっさに剣を抜いたヒスイとアリーシャさえも呆然としていた。

 

「てめェゴラァ!! これっ、ザッけんなよシーザー! なにしてンだボケがァ!!」

「ジェイドさん、このロープを使ってください。……何って、両手を縛るんですよ! ぼくがやってもいいんですか!? それともこのまま彼を殺しきりますか!?」

「ああ、なら……俺がやるよ……」

「ちょっ、おまっ、やめろってのッ!」

 

 足のないクレイヴが抵抗をするが、焼け石に水なんてレベルではない。機動力がなくなり、筋力値でも大きく劣るプレイヤーが俺にできたのは、『指に噛みつく』という酷くみっともない悪足掻きだけだった。

 クレイヴの捕獲成功。それも時間にしておよそ30秒で、損害もなく。

 彼の両手を後ろで縛るために俺の両手が塞がっていた間はヒスイとアリーシャがシーザーを見張っていたし、クレイヴの腕をキツく縛り上げたのも俺だ。見せかけのズルもしようがない。これで誰がどう見ても、3対1の状況ができ上がってしまったことになる。

 

「ちくしょう! ちっきしょうフザけんなよコレ!! なんで俺が捕まってんだよッ!!」

 

 体をくねらせ、もっともな疑問が投げ掛けられた。

 それでもシーザーは動揺した素振りを見せない。

 

「これは言わばセレクションですよ」

「セレク……ション、だァ……?」

「有能な者を選抜し、無能な者を排除する。弱肉強食のサイクルです。クレイヴさん、あなたが『窓口』に就いたのも先任を蹴落としたからでしたよね? ならその逆もあり得る。ぼくの方で新しい人を抜粋しておきますよ。……あと、組織の金を横に流すとこういうことになるんです。以後気を付けるように」

「カネっ? カネだって!? クソがッ、俺よりテメーの方が好き放題しただろうが、あァん!? 20万はどこの組織からパクったよ! 横に流してんのはサイフ役のテメーだろうが!!」

「……ふぅむ、まったく。やれやれのガッカリです。いいですか? 報告するのは管理を一任されたぼくです。バレないよう、うまく君のせいにしておける。死人に口なしという、これだけのことではありませんか」

「く……こンっ、の……クソカス野郎がァアアアッ!!」

 

 そのやり取りを見て、俺達は唖然(あぜん)とする他なかった。

 組織が他ギルド、および予備軍とパイプを持たせるのに重要な『窓口』を捨て、最高級のオーダーメイド武器すら作れる大金を勝手に使い、殺される危険すら背負って嘘をつき、そして……そして自ら絶望的な状況を作っている。

 わけがわからない。意図が読めない。

 謝罪のつもりなのだろうか。これで勘弁してほしいと、そう言って頭を下げるのか。

 それとも、ラフコフの強制力に嫌気が差しているとでもいうのか。

 

「ヒスイさんとアリーシャさん、急いでください。このままではシュミットさん達が死んでしまいますよ。ルガトリオさん達も向かっているのでしょう?」

「え、ええ……まぁ……」

「でも……アタシらをこのまま通していいの? あんた帰ったら殺されるわよ?」

「…………」

「チッ……時間がない! 先にヨルコやカインズを助けに行こう! こいつらはあとだ!」

 

 だが俺がシーザーの横を通り抜けようとしたその瞬間、ビュン!! という音が鳴った。

 目の前にギラついた刀が迫る。

 

「行っていいのは彼女達だけです。ジェイドさんはここへ」

『ッ……!?』

 

 再び3人に緊張が走る。

 全員が剣の矛先をシーザーへ向けた。

 

「おいシーザー……何のつもりだ。ラフコフを裏切ったんじゃねぇのか」

「そうよそうよ! それにジェイド1人を残すわけないじゃん! やるんだったらアタシもやってやるわよ!!」

「相変わらずおバカさんですね女ってのは。いいですか、ぼくは彼との決着にしか興味がないから、こうして策を練ったのです。そしてあなた達は敗北した。3対1ならぼくは負けるでしょう。しかし最期まで……死ぬ直前まで、時間稼ぎに徹します。対する君らは1分1秒すら惜しい。なら! 彼をここに残し、お2人が助けに行くしかないはずです! 邪魔者はさっさとご退場願いたいッ!!」

 

 まるで正しい答案を見ながら回答するかのように、自信満々の表情でシーザーは叫んでいた。

 レジクレが自然にヨルコ、カインズ、シュミットを助けに行かせる状況。PoHを含む幹部全員が不在の状況。『窓口』を使い捨てにした上での組織の金の乱用。

 頭をひねったとして、これを白紙の状態から思いつけるシーザーは間違いなく天才だ。人間は単純なパーツではない。それぞれに感情があり、それぞれに秘めたる想いがある。予定通りに動いてくれる方が稀で、大抵はどこかで歯車がちぐはぐになるものだ。

 それを完全にコントロールした。意のままに操った。

 ヨルコとカインズの《圏内事件》を利用し、グリムロックの謀略(ぼうりゃく)を利用し、《ラフィン・コフィン》を利用し、最後に『俺と戦うため』だけに全てのリスクを背負った男。

 それがシーザー・オルダートというプレイヤーが選んだ、背水のリベンジマッチ。

 アリーシャは頬を染めながら「ねぇあんたってホントそっちの気があるんじゃ……」なんて呟いていたが、この場合はこう答えてやるしかあるまい。

 

「アリーシャ! ……いいんだ、先に行っててくれ。ヒスイもな。なんせこいつの言ってることはタイガイ正しい。ここで全員足止め食らったままコイツを捕まえたところで、ヨルコ達が死んだら元も子もない」

「ジェイド……」

「早く行けッ!!」

「ッ……信じてるよ! 先を急ぐわアリーシャ!!」

 

 ヒスイが不安がるアリーシャの手を無理やり引いて奥へ駆け抜ける。

 その場には芋虫のように這いずり回るクレイヴと、愛刀を従える2人の剣士だけが残った。

 

「ゼフィ、来い!」

 

 声に反応し、視界の外からバサッ、バサッ、と2、3回羽ばたいた大型の《使い魔》が主の脇に降り立つと、シーザーは友達に話しかけるようなカジュアルな声でそう言った。

 

「ようやく2人きりになれましたね」

「2人きりだァ? 1匹多いぞ」

「ふ、ふふふ……」

 

 しかし、少しだけ緊張しているようにも見える。「この時を待っていた」なんて呟いていたことから、本当に待ち遠しかったのだろう。

 だから彼はごく優しい口調で思い出話を語った。

 

「クレイヴさんに命令を送って、アリーシャさんを操っていた時はね……冗談ぬきに心臓が張り裂けそうでしたよ。連絡網である彼女に感づかれたらジ・エンドですからね。しかも、あなた方は想像以上に活発に動き回ってくれました。これでも計画表はちょくちょく書き換えていたんですよ?」

「…………」

「フフ……楽しそうでしょ? ふくくく……ぼくから言わせればメインもサブもない。そう言えば、後になって《タイタンズ・ハンド》の時の話も聞きましたよ。オレンジ8人を当然のようにかっさばいたんですってね? いや普通できませんよ、一般人には。相手は人間。ましてや、ここは死ねば『死ぬ』世界だ。台所に置いてある包丁を持っても、震えて狙いが定まらないのと原理は同じ。……それを! あなたは斬った! ……これの意味がわかります? 人は自発的に(・・・・)斬ると戻れなくなる。人を斬る震えを消す方法は1つ、実際に人を殺してみることだけなんです」

「なげェんだよ話が。何が言いたい」

こっち側(・・・・)へようこそ! と、そう言いたいだけです。前回ぼくは負けました。しかしそれは、経験がなかったからなんです。人が人を殺すシーンは見ました。……でも、殺したことだけはなかった。あなた方が僕の殺意に気づけなかったのは簡単な話。だからぼくは、あの日を記念日にするつもりでした。ミンストレル先輩を殺したあなたを……最初に殺したかったんですよッ!!」

 

 叫んだ後、静けさがさ迷った。

 空気がチリチリと張り詰める。

 ミンスを殺した、正確にはミンスとタイゾウを殺したあの日から、俺は確かに殺人者の仲間入りを果たした。忌むべき存在であり、罪を背負った。

 言い訳をするつもりはない。正当防衛だと声を大きく主張するつもりもない。現実世界に戻ってから法的裁判の下に罰を与えられるとしたら、それを甘んじて受ける覚悟もしている。

 そして、やはり彼の指摘はここでも正しい。

 人を殺してからの剣は、鈍らなかった。それがトラウマにならなかったらという条件付きではあるが、少なくとも俺がシーザーやボルドを翻弄(ほんろう)できたのも、『人殺し』の経験があったからだろう。

 それに……、

 

「わかってたぜ、シーザー……あんたはそこの使い魔の死に際にたじろいだ。おまけに《ゼフィの心》を回収して《プネウマの花》で復活までして見せた。……これよ、使い魔の《なつき度》マックスってことじゃねぇか。泣かせるね~、悪人になりきれない男ってのはさ」

「黙れジェイド。その過去はもう捨てた!」

 

 乗せられたシーザーは刀を振りながら否定した。

 珍しく俺のことを呼び捨てにし、脇目も振らずに怒鳴り散らす。それは失敗続きの幼い子供が、理不尽を受け入られないからと駄々をこねるようにも映った。

 

「……ゼフィ……確かにこの子はぼくの唯一の弱点だった。ソロにはよくある、心のよりどころってやつですよ。……けれど、それはもう終わった。バカにしないでほしいな、おかげで冷たい憎悪を学べました。この舞台がその披露宴だ!」

 

 そこには、物理的にも精神的にも強者となった敵が立ちはだかっていた。

 シーザーが刀を強く握ったことで、対話の時間が終わりに近づいていることを感じる。

 

「あなたの《暗黒剣》……素晴らしいソードスキルだ。かつてボルドさんの足を、2回の斬撃でディレクトさせた。……でも安心してください。誰にも話していませんよ、PoHにもね。ぼくとジェイドさんだけの秘密です」

「頼んだ覚えはないけどな。それに公開されるスキルリストに挙がらなかったんだ。言っとくけどこれ、たぶん《ユニークスキル》だぜ」

「でしょうね。……ふくく、ジェイドさんがその所有者でよかった。あなたを殺せばそのスキルが手に入ったりして」

「ごたくはもういい。殺ろうぜシーザー、そのために来たんだろう? あいにく俺はてめェをボコボコにして、さっさとヒスイに追い付かなきゃいけねェんだよ」

 

 黒い(もや)(まと)わせたまま、俺は《ガイアパージ》を両手で構えた。シーザーも片手で刀を持ちつつ、左手の人差し指と中指を立てて構える。あれが使い魔にどんな命令をも送れる万全な姿勢なのだろう。

 俺は彼を陳腐なセリフで挑発したが、そもそも今さら頑張ったところでヒスイの援護に間に合うはずがない。たっぷり懐古談に付き合ったことを考えると、俺達の戦いが終わる頃にはあちらの争いも何らかの決着を見ているはずだ。

 キリトとアスナ、ヒスイとアリーシャ、カズとジェミル。それぞれが向かった先でまともな戦闘をラフコフが仕掛けてくるとは思えないから、おそらく救出が間に合いさえすれば奴らは撤退するだろう。

 だがシーザーは違う。こいつには戦力差による撤退がない。それは俺にもシーザーにも援軍が来ないことが確定しているからだ。

 誰がどうなろうと関係ない。勝敗を決するのは、互いの腕だけ。

 

「死んでくださいジェイド!!」

「死ねッかよアホんだらァ!!」

 

 キィイイイッ!! という光が煌めくと、2人同時に単発突撃技を発動していた。

 耳鳴りを誘発させるようなサウンドエフェクトが鳴る。

 俺は一旦《暗黒剣》を解除して大剣専用の《アバランシュ》を。シーザーは移動力に優れる曲刀(シミター)派生系の《テンプテーション・クレイター》を。

 真横へ直進させる、物理的にはあり得ない加速度。

 そのアシストを全身で受け取り、神経と筋肉を研ぎ澄ます。叫んでいたのか歯を食いしばっていたのか、それすらわからなくなるほど意識は敵に向けられていた。

 金属の衝突。敵意の爆発。

 衝撃が腕に、肩に、背筋に、暴力的に襲いかかる。そうなってから初めて音が聞こえた。

 

「シィイザアアアアアアッ!!」

「ジェイドォォオオオオオオオオ!!」

 

 バヂヂヂヂヂヂヂッッ!! という激しい唾競り合い。

 飛び散る火花と、苦痛に歪めたお互いの顔。

 腹の奥から気合いを爆発させ《ガイアパージ》を振り抜くと、よろめいたシーザーが左手で指示を送る。

 これがビーストテイマーの真骨頂。奴の使い魔、種族名《ダスクワイバーン》が忠実に命令を実行する。

 俺の顔面に向けて口から灼熱の火炎が放たれていた。プレイヤー側は逆立ちしても真似ることのできない『魔法攻撃』だったが、即座に反応した俺は勢いに逆らわず体全体をたたんで(かわ)した。

 ダスクワイバーンはその大きな体躯(たいく)ゆえに死角が多い。力強い攻撃は防ぐより躱した方が効率もいいのだ。

 しかし、『回避されること』までを読まれていた。

 

「そこォおおお!!」

「ぐぅッ!?」

 

 ガクンッ!! と、横下腹に鈍痛が走った。《体術》専用ソードスキル、大脚回転連続蹴技《極平車輪》だ。

 回転しながら蹴るわりには広範囲攻撃でない上に、体勢の悪さが加味されて比較的使い勝手の悪い技として知れ渡っている《体術》スキルの上位技。テクニカルな技を自然に使いこなしていた。

 続いてダスクワイバーンも巨大な爪を構える。

 ――けっ、上等だぜ。こうでなくっちゃなァ!!

 

「んなろォがァアアアア!!」

 

 とっさにシーザーの足を掴み、そのまま真後ろから迫るダスクワイバーンの鉤爪を背に構えた《ガイアパージ》で防ぎ、その重い衝撃に耐えた俺は、さらに連動するように両足がミッドナイトブルーのエフェクトを放った。

 防御体制による予備動作(プレモーション)完成。その直後、《体術》専用ソードスキル、上位空中二連乱脚《輪天撃》が閃いた。

 1撃目、ゴガンッ!! と、左足の爪先がシーザーの顎を垂直に捉えて地上4メートルまで浮きあげる。

 屈伸の反動でジャンプ。さらに2撃目、空中でグルッ、と体を捻り右足のかかとがこめかみに炸裂。

 敵は側宙をしながら樹木の根もとに激突した。

 

「ごァっ、か……ぐッ……ゼフィイっ!!」

『クルギャアア!!』

 

 着地後、ダスクワイバーンが立ちはだかることにより追撃中止。

 魔法攻撃の中で最大攻撃力を誇る《フレイム》系統のブレスはきっちり避けた。カウンターによる反撃は失敗したようだ。

 シーザーは体勢を立て直し、ソードスキルによる光の帯を纏う。

 俺は反射の速度で中間にいるダスクワイバーンを盾にするよう配置を変更。

 しかし、それは読まれていた。

 

「ゼフィ! 飛べ!!」

「ッ……行かせッかよォッ!」

 

 続けざまに発せられるシーザーの命令を先読みし、必死に生存の道へ張り付く。

 またも動体神経を越えるような反応で上空へジャンプし、ほとんど重なるようにダスクワイバーンと並んだ。

 シーザーの舌打ち。にも関わらず、奴は冷静だった。

 ダスクワイバーンが臨機応変に攻撃体制へ変えたのだ。空中でのブレスを避けようがないことがわかっているからだろう。

 だからこそ。

 だからこそ、俺は微笑を浮かべていた。

 

「堕ちろよ、このクソトカゲがッ!!」

 

 一瞬の差で、ルビーレッドの色彩が異形の大剣を包み込む。

 発動条件は『空中にいること』、あるいは『飛び込みに必要な脚力』。俺が初めて覚えた《大剣》用ソードスキルの上位互換技がすでに胎動していたのだ。

 《両手用大剣》専用ソードスキル、上級空中回転連斬《レヴォルド・クレアパクト》。

 体全体を40度ほど傾けたまま両手剣を縦方向に回し続ける連続攻撃。その美麗(びれい)な輝きが、紅色のカーテンとなって軌跡を残す。

 直撃。漆黒の体にガシュッ!! ガシュン!! と2本の赤い斬り傷を作った。

 ダスクワイバーンが崩れ落ちるように失墜する。

 

「ゼフィ!? ぐ、やってくれますねェ!!」

 

 キャンセルした技を再度発動。

 着地後の技後硬直(ポストモーション)が邪魔をして回避までは至らず、俺は《カタナ》スキルの4連続技を《武器防御(パリィ)》スキルで守らざるを得なかった。

 力学的な過剰エネルギーが暴走し、踏み込みの浅かった俺が後方へ吹き飛ばされる。

 ワンバウンドののち、剣を突き立てて急停止。

 一進一退。まさに勝利への綱引きが拮抗していた。

 

「ゼフィ、ブレス体制! これでシメです!!」

『クギャアァアア!!』

 

 土煙が収まると、さっそく連続攻撃……否、連携攻撃が俺を脅かす。だと言うのに、俺は嬉しかった。

 適度なエサ、適切な(しつけ)、スキル調整、レベル調整、その他もろもろの適した育て方と愛情がなければ《使い魔》は成長しない。《使い魔》とは一種の面倒くさい生き物なのだ。

 日々飼育しなければいけない手間、資金面による無視しきれない負担、通じない言葉と意思。それらの障害を乗り越えて初めて戦闘時に心強い味方となる。

 間違いない。シーザーはこっち側(・・・・)の人間だ。

 歪められた人生に甘んじているだけであり、PoHの掌で踊らされていただけなのだ。本人もどこかでそれに気づいているはずである。だからこそ、彼はラフコフ全体の利益を無視して勝手な行動を繰り返した。

 

「(ああ……負けられねェなァッ!!)」

 

 切実にそう感じる。

 負けてたまるか。このままにしておけるか。

 シーザーの目に俺しか映っていないなら、それは好都合ではないか。アリーシャにしたように、ロザリアにしたように、彼にもしてやりたい。(おぼ)れるたびに手を差し伸べられ、救われてばかりの人間だったが、これからは救ってやれる男になりたい!

 

「シーザァアアアアッ!!」

 

 混沌とした感情が、剣を交える度に混ざり合っていた。

 

 

 

 


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