SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第十二章 笑う棺桶 The 2nd Stage
第88話 『幻の金属』探検隊(前編)


 西暦2024年6月5日、浮遊城第63層。

 

 

「へぇ~、幻の金属ねぇ」

 

 と、(かす)める興味と暇潰しの半々の意味でうなずいたのはヒスイだ。

 特筆しようのない普通の宿の小さな休憩スペース。ちょうど彼女だけ立っているが、残りのレジクレメンバー4人が足を休めている時に、その情報が転がってきた。

 そしてぞんざいな反応がおきに召さなかったのか、相対する情報屋、《鼠》のアルゴはほっぺを膨らませてからヤケになりつつ宣伝を続ける。

 

「雪山のドラゴンと伝説の金属だゾ! これほどのロマンはないんだゾ! 存在することは間違いないんダ。ただ聞いた話では、ドラゴンを倒しただけじゃその金属はドロップはしないらしイ。討伐された数は10匹や20匹じゃないカラ、低確率ドロップアイテムでもないだろうナ」

「存在が確かなら特別な条件下でドロップするか、どこかに隠されているかの2択でしょ? そして情報を提供したのは善意ではなく、入手方法を先取りして売りまくりたいから……ね?」

「相変わらずヒスイはいい読みだナ~。神妙に頭脳を馳せる時は凛々しク! 剣取り地を駆ける時は雄々しク! 世間の風当たりは完璧で、格好いいスタイル!」

「即席のホメ言葉で誤魔化すのヤメテ」

「そしてこのボディ!」

「ち、ちょっとアルゴ!? くすぐらな……って、こらぁッ!? ひゃあっ……アハ、アハハハッ! もう、足は禁止ぃっ!」

 

 天気の良さに比例して元気がいいのか、アルゴは『生足くすぐり』という超セクハラ行為――同性間では《ハラスメントコード》も無意味――に走り、対するヒスイは笑い転げながらも必死に抵抗。しかし男勝りでフェミニストなヒスイの抵抗は虚しく、体を扇情的にくねらせているだけなので目のほよ……目のやり場に困る。

 ともあれ、嫁ちゃんのピンチということなので俺は一応助け船を出してやった。

 

「そういやアルゴって俺らレジクレにあだ名とかつけないよな。ほら、『キー坊』とか『アーちん』とかさ」

「ここのメンバーは名前がもじり辛いからナ。ジェイド以外イジっても反応薄いシ」

「いや、イジらんでいいんだけど……」

「でジェイドはどうダ? 報酬はたんまり弾むシ、貴重金属素材(レアメタルインゴット)かもしれんゾ? ワリに合ってると思うがナ~」

 

 荒い息づかいで(あえ)ぐヒスイを置き去りに、ヒョイっと立ち上がってから改めてアルゴが商談に戻った。

 それにしても、ヒスイの新たな弱点を発見したので今回は不問にするが、できれば人の女で勝手に遊ばないでほしいものである。

 されど、隠しアイテムを探しに行くのなら2、3時間では終わるまい。例に習って多数決でも取るとしよう。過去から学ぶ男は出世する、と誰か偉い人が言っていた気がする。

 

「ルガやジェミルはどう思う?」

「ボクはパスかなぁ。寒いのはねぇ嫌だしぃ……」

「そう言えば55層の北エリアって極寒設定だったね。僕も寒さには弱い方だから、ちょっと戻りたくはないかも」

「で、ガマンは利くけど俺も寒さには弱いと。細身3人組はもちっと脂肪つけた方がいいかもな。これじゃ季節が変わるたびにカゼ引きそうだぜ」

「あっ、でもアタシなら平気だよ? どっちかって言うと山育ちだったから、寒さにケッコウ強いのよね!」

「……無駄な脂肪……」

「ナニか言ったかしらヒスイちゃァんっ?」

 

 アリーシャは笑顔のままぬらり~ん、と戦闘態勢を整えると、くすぐられ疲れて地面に座り込んでいたヒスイに勢いよく飛び込んだ。

 そしてそのまま先ほどのアルゴより激しくくすぐると、6人しかいない休憩スペースに再び(なまめ)かしい矯声が響き渡る。

 しかし今のはヒスイが悪いと思うので、今度は助け船を出してやらないことにした。

 

「生意気ムスメの弱いところはここかな~? それともここかな~っ?」

「アハハッ、もうダメ! そこホントダメだから! キャハハハッ! もういやぁ! 誰か助けて……ヒャわぁっ!? それより奥はホントにダメェっ!!」

 

 艷々(あであで)しい姿で揉み合う2人に流石に当てられたのか、ジェミルすら耳を塞いで目を伏せていた。そしてルガに至っては目をギンギンにして生唾を飲んでいる。2人共経験が足りんな、などと優越感に浸りながら、俺は高速で『平常心』という単語を脳内で10回唱えてから全理性で煩悩を排除。

 だが目ざといアルゴにはすべてお見通しだったのか、誰にも悟られないよう近づき、しかも耳打ちされた提案はたいへん卑怯なものだった。

 

「ムフフ……オレッちからなら、いつでもこの声を聞かせてやるゾ。他の弱点も知ってるしナ」

「ッ!! ……く……ぅ……」

 

 なるほど、仕事を引き受ければ『特典』が付くというわけか。情報屋は人手不足と時間不足にあえいでいると聞いたが、まさかこんな汚い手段を用いて人員を確保しに来るとは。

 しかし俺はしばし考えたものの、愚かにも悪魔の取引に乗ってしまった。

 

「よ、よーしわかった。まあ俺はぶっちゃけどっちでもよかったからな~。俺らの仲だし? ここで断るのも薄情っつーか、やっぱ男の器量は女のわがまま聞いた回数で決まる。ってなあ、アルゴ?」

「…………」

 

 しかし予想に反して返事がなく、今も響き渡る甘く危険なトーンの歌声をBGMに、アルゴは完全に見下し切ったジト目を俺に向けていた。

 嫌な予感を置き去りに、彼女は決定的な裏切りの言葉を投げ掛けた。

 

「……むっつりスケベ」

「(こ、こいつ今さらっ!! ……)……ち、ちっげェよ下心じゃねぇって! 古い付き合いだからつってんだろあァん!?」

「ほ~ウ、古い付き合いネェ? 仁義でオネガイ聞いてくれるなんて、お姉さんおっぱいが踊るナ〜」

「そこは普通に『胸が踊る』って言えよ頼むからさ! 踊るほど胸ないだろ!」

「ふム、頭の中は煩悩だらけだネ」

 

 納得のいかない一方的な自己解決に落ち着かれたところで、それでいてアルゴは勝者の笑みを浮かべてクルリン、と振り向いた。

 その勝ち誇った笑顔を見るに、俺はどうもやらかしてしまったらしい。

 

「むふふーン、今の言葉を忘れるなヨ? ムネないって言ったことも。……コホン、ヒ~スイ! オレっちの頼みを聞いてくれるカ?」

「はふぅっ……聞く……聞くからぁ! 助けてくれたらなんでもするぅ!」

「ほいきタ。やめてやりなさいアリーシャたン!」

 

 いともあっさりとアリーシャを退けてやると、解放されたヒスイは美味しそうにゆっくりと空気を吸う。

 そしてキッ、とアルゴを睨むと、恨めしそうに呟く。

 

「ハァ……ハァ……今の……ずるくない……?」

「リーダーさんはいいと言ったゾ? そしてヒスイはなんでも言うこと聞いてくれるって言ったゾ?」

「だからそれがズルいのよー!!」

 

 陥落。

 アルゴの鮮やか(?)な作戦により、俺達レジクレ一行は実態なき幻の金属とやらを探しに行く羽目になったのだった。

 

 

 

 アルゴが俺達に面倒事を押し付けに来てから1時間後、俺達は件の金属が出現すると噂される55層に来ていた。

 55層と言えばフィールドは極寒設定に固定され、街には《KoB》のバカでかい本部が建造される有名な主街区である。ついでに俺にとっては、参加者60人を越える本気のトーナメント戦を通過し、見事準優勝に輝いた思い出の場所でもある。

 そんな感慨深い《転移門》ゲート広場を見渡すと、ふと目につく2人のプレイヤーがいた。

 端的に表すと黒とピンク。どちらもメインカラーから想像がつきやすい。意外な組み合わせであるものの、歴とした俺の知り合いだった。

 

「おおっ、キリトじゃんあれ。おーいキリトー!」

「ん? ああジェイドじゃないか!」

「うそっ? ヒスイやジェイドと知り合いって……まさかキリトは攻略組!?」

 

 ホットドッグのような楕円形の固形物をリスのように頬に突っ込んだプレイヤー、つまりキリトがそこには立っていた。

 隣で驚いているのはリズ。厚手の装備を見るに、彼らもこれからフィールドに出て何らかの狩りをするものと推測できた。

 レジクレ5人と黒桃2人組は互いに軽い挨拶を済ませると、近況の報告会のようなものをガヤガヤとし始めた。なかでも気になったことを聞くため、俺は1歩前に出る。

 

「1ヶ月ぶりぐらいか? 相変わらずモフクみたいなカッコしやがって。……ところで、リズとはいつ知り合ったんだ?」

「喪服言うなよ……ジェイドこそ知り合いだったんだな。紹介してくれてもよかったのに」

「知り合いっつーほどでもなくてな。このピンクとは……まあクサれ縁だ」

「ねえ、ピンクって名前じゃないんだけど」

 

 すかさずリズが割り込み訂正をかけるが、俺達は風のごとく無視した。

 

「こっちも成り行きみたいなものさ。アスナに会った時なんだけど、腕のいい鍛冶屋を知らないか聞いたら、ここを薦められたんだよ。そしたら素材集めからする流れになっちゃって、仕方なしに……」

「腕のいい鍛冶屋? はて……」

「あたしよそれあ、た、し! 目の前にいるでしょ!」

 

 もっとも、《鍛冶》スキルの熟練度をカンストさせたリズの腕前は伊達ではない。

 冗談もほどほどに俺達が今なぜ55層に来ているのか、その説明から入ると意外や意外。キリトからタイムリーな言葉が聞こえてきた。

 

「レア金属だろ? それなら俺とピンクも行くぜ」

「ねえ、ピンクって名前じゃないん……」

「え、キリト君が探してる素材ってインゴットのことだったの? じゃあ僕らと一緒に行かない? ちょうどその水晶ドラゴンをに倒すところだったんだよ」

 

 カズが提案すると、キリトはフム、とあごに手を当てた

 

「そうだったのか、偶然だな。……あ、でも俺は金属が手に入らないと意味がないから。そのためにこのピンクといるわけだしなぁ」

「いや、だからあたしピンクじゃ……」

「その点は問題ないよ! 僕ら金属はおまけで、入手方法が判明すればそれでいいんだ。だからできるだけ人数が欲しかったところなんだよ」

「それなら問題ないな。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうか。……なあ?」

「もうピンクでいいわよ!!」

 

 最後に至ってはまだ何も言っていないのに敗けを認めるリズであった。

 

 

 

 街の北ゲートを7人で抜けてさらに2時間後。

 白髪老人のNPCから長ったらしい生い立ちと、エピローグでちょろっと出たドラゴンの話を全て聞き終えると、クエストフラグが立ったことを確認してフィールドに出ていた。

 攻略組6人編成で、最前線から8層も下のモンスターを狩っているからか、足取りは完全にノープロブレム。中ボスぐらいなら軽くあしらえる戦力を携えて、予定より早いのか遅いのか定かでない微妙な時間帯になってようやく目的地に到着した。

 輝かしい水晶と真っ白なふもとが見渡せる山々の稜線。

 情報によれば、むしろここからが本番である。

 山の白竜は初めこそあっさりと討伐されたらしいが、それは『大人数の攻略パーティ』だったからこそ。であれば、戦闘員実質6人の現パーティをそれと同列視できる(いわ)れはない。

 個々の強さからゲームオーバーこそ避けられるはずだが、やはり結果的に勝利できることと、その過程で負うリスクの大きさは別々に考えねばなるまい。

 

「……見渡したけど、いねぇな」

「ねぇジェイドぉ、もう少し東に移動してみないぃ?」

「あン? いやさっきヒスイにざっと確認させたけど、あっちにはアホみたいにでかい落とし穴があったらしいし、なにより高低差のあるガケも近い。この人数で戦うなら不利だろ」

「でもぉ、翼を持つドラゴンならどっちも弱点にはならないよぉ? ……つまりぃ?」

「ホーリィシッツ! なるへそ、いかにもドラゴンとかすんでそうってワケか」

 

 棲んでいそうと言うよりは、制作者側が好んで配置しそうと言うべきか。

 何にせよ俺とジェミルの会話を聞いた各々は、先見隊として組まれた『大人数の攻略パーティ』とやらが、噂に反していかに苦労してドラゴンを倒したのか、その栄えある健闘を心中で称えつつしぶしぶ移動した。

 一口に『山頂』と言っても、東に位置する山頂部分は若干高度が低い。地面から飛び出ている水晶や氷のオブジェクトの背もかなり高く、また数も多く設置されているようだった。

 はっきり言って不気味だ。こうして見ると本来アクセサリーにも代用できる綺麗な水晶も、やれでかいものを大量に用意すればいいという話でもないらしい。

 とそこで、おそらくは《策敵》スキルを持つ全員がモンスター出現の兆しを発見した。ドットの荒いポリゴン塊が辺りから一点に集中し始めると、その集合体が徐々に『ある形』へと変化する。

 どうやらビンゴのようである。

 丸太のように太く長い後ろ足、短めだが凶悪な鉤爪(かぎづめ)を備えた前足、広げたら横幅15メートルはありそうな双翼、立派な角とびっしりと生えた鋭い牙、そして純白で美しくまた透明で(たくま)しくもある体躯(たいく)

 《山の白竜》と通称されるクエストボス、《ジ・アクアフォール・ドラゴン》。

 

「来た来たァ! 全員落とし穴と崖から落ちんのだけはカンベンなぁ!!」

「誰に言ってる!」

「あたしだってマスターメイサーなんだから! やってやるわよ!」 

『リズは下がってろッ!!』

「……は、はい……」

 

 俺とキリトが同時に叫ぶと、ドラゴンはそのまま俺とキリトをファーストターゲットとして捉えた。

 血の気が多い、とでも直感したのだろうか。知能の高い、つまり設定AIが高ランクのMoBならプレイヤーが元気に走り回っているだけでヘイト値を増加させると聞く。

 とは言え、万が一に備えて、『階層数+10』というマージンレベルを保持していないリズは適当な水晶の影に隠せている。これでレジクレ5人+1人の混成部隊がドラゴンに集中できるというわけだ。

 まずはヒスイに目配せをすると、彼女はそのまま敵に直進。左右の鉤爪振り回し攻撃を俺の代わりに防いだ。

 瞬時に被ダメージを目視。そして彼女の最大HP数を代入し逆算。敵の攻撃力を暗算で叩き出す。ギルド内最高防御力を誇るヒスイが最初に請け負う仕事(オーダー)である。もちろん、この程度の情報はひけらかすほどでもない。レジクレなら全員が呼吸をするように行っている日常だからだ。

 ギルド全員がドラゴンを『敵ではない』と判断すると、キリトも自分なりに目の前のクエストボスの力量を計り終え、討伐隊が攻撃態勢に転化した。

 そして。

 怒濤(どとう)の集団リンチがそこにはあった。

 左足に食らいついた俺がその関節部に大剣を突き刺し、減速したところをサポーターのジェミルがダガー投擲で両目を潰し、消えた視界に怯んだところをヒスイの連続剣撃が左翼を痛め付け、破れかぶれな怒りの氷結ブレスをアリーシャが精密に完封し、技後硬直を狙ってカズがアンバランスなまでの棍棒を脳天に叩き込む。

 そして、地に墜ちた獲物はキリトの最大攻撃回数を誇るソードスキルの餌食となった。

 まさに圧倒的。

 水晶オブジェクトの先端から空中に飛び込んで数秒間空戦をするしかないプレイヤーが、大空を自由に滑空する白竜をボッコボコにしていたのだ。

 もっとも従来のRPGと違い、SAOでの戦闘は基本的に一方的になる。9割以上の戦いが、勝敗の見え透いたつまらない虐殺になっているだろう。

 勝てるかどうかを序盤で判断し、無理なら無様だろうと尻尾を巻いて逃げる。負ける要素なく絶対に勝てるなら確実に仕留める。急激なレベルアップや割のいい獲得経験値に目が眩み、綱渡りのようなレベリングをするようではまだまだ半人前で、これらが正確に判断できるようになってようやく一人前の《攻略組》だからだ。

 アインクラッドという極限下において、敵の強弱の見極めに流れ作業はない。

 

「行ったぞ、右回れ!!」

「こっちはいいよ! そのまま追い込んで!」

「そろそろ突風攻撃だから、各自足場確保しといてね!」

 

 声によるコンタクトが盛んに行われる中で、一瞬の隙を付いてフォールドラゴンが垂直起動で一気に飛翔。比率のおかしい両翼をさらに限界まで広げ、かまいたちのような風を巻き起こした。

 ――まいったなこりゃ。

 と、俺は内心で毒づく。

 突風技が特別強力なのではない。むしろその攻撃力はほぼ皆無であり、リズが直撃を受けても危険に晒されることはないだろう。

 しかし、単位面積当たりの風圧が驚異的だった。テキトーに「瞬間風速100メートルだよ」と言われれば、素直に納得してしまいそうなほどである。

 冷えた空気を高速で運ぶ性質上、むき出しの顔だけでなく全身から温度が抜けて体力が奪われていく。しかも、なんと舞い上がった雪が空間を埋め尽くし、まるで擬似的な吹雪のようになっている。

 間違いない。なぜあからさまな落とし穴と不自然に急な崖がそばにあるのか。それはプレイヤーがドラゴンと戦い辛くするため、なんてヌルい理由ではない。それらを利用した戦術が存在するのだ。

 

「……ッ!? やっばッ!?」

 

 そして、俺は発見してしまった。

 氷属性の魔法攻撃……正しくは《アイスブレス》というカテゴリに属する先ほどの遠距離攻撃が、思わぬ副産物を生んでいることに。

 似た形状で例えるなら『ダム』だろうか。引っかけ問題ではなく、発電所としても有名な水の流れを遮るあのダムのことだ。

 ただし、()き止めているのは水ではなく、大量の雪だ。追い詰められたフォールドラゴンは各所へブレスを放っていた。女性陣は的確に仲間への直撃弾を弾いたが、ゆえに関係ないところへ着弾したブレスにより、地形が氷付けになっていたのだ。

 行動を制限する阻害攻撃(デバフアタック)として有名な《氷結(フリーズ)》。

 盲目(ブラインドネス)麻痺(パラライズ)に次いでプレイヤーから恐れられるバッドステータスが、その効果範囲の大きさからフィールドにすら影響を及ぼしていた。

 風で運ばれた大量の雪が塞き止められてた結果、なんとも最悪なことに、大質量の個体が壁の決壊を今か今かと待ち構えている。

 

「みんなぁ! 気を付けて!! さっきのブレスが雪を溜めてるわ!!」

「言ってる場合じゃないって! この位置からだとアリーシャさんが1番ヤバいよ!!」

「逃げても遅い! リズもどっかしがみついてろ!!」

「来るぞッ!!」

 

 遠くでガシャァアアアッ、というガラスの割れるような音が響いていた。

 直後。

 俺達を襲ったのは地響きと波だった。

 音、と言うより『震動』は空気中よりも速く地面を伝う。しかも足元が揺れるという原始的な恐怖に加え、災害時によくある『どうしようもない絶望』が迫る。

 地震が起きた時、落雷に出逢った時、台風が家を直撃した時、生身の人間ははっきり言ってどうしようもない。これはそういう類いの現象だ。

 見渡す限りの雪が、まるでデバッギング中にだけ体験できる光源バグのように押し寄せる。

 塞き止められていた膨大な雪の濁流(だくりゅう)

 雪崩(なだれ)だ。回避不能の天災が起きていた。

 

「ヒスイ……ッ!!」

 

 短く最愛の名前を呼ぶと、その背中を下から思いきり押す。ヒスイはそれにより、どうにか根の深そうな水晶の柱にしがみついた。

 次は空気を限界まで吐いてカズへ腕を向ける。際どいところでその小さな手を掴んで引くと、俺の筋力値(STR)の許す限りの力業で投げ飛ばした。カズはほとんど声にならない叫び声で俺の名を呼んでいたが、その意思に反して雪崩の影響が及びにくい場所へ飛ばされる。

 最後はアリーシャだ。

 雪崩はすぐそこまで来ている。

 

「アリーシャ! 時間がない!!」

「アタシはいいから!!」

「いいもんかよッ……!!」

 

 ほとんど口の中だけでつぶやくと、俺は左手で支えにしていた水晶から手を離してアリーシャの方へ飛んだ。

 揺れ続ける足元に(すく)われるなか、引きちぎれるかと思うほど腕を伸ばす。アリーシャもそれに答えるように手を差し伸べていた。

 その瞬間。

 ゴバァアアアアアアッ!! という横殴りの衝撃と、ホワイトで埋め尽くされる視覚野。

 投げ飛ばされた先は、虚空。

 

「(ウソ……だろ……ッ!?)」

 

 直径10メートルはあろうかという円形の落とし穴、その中心地点に投げ出されていた。

 当然そこは空中だ。ベクトルの向きを変えられるような足場はない。

 落下が始まる。底の見えない深さであることから、そのまま落ちたら死亡確定だ。

 見渡すと俺の近くにはアリーシャがいた。

 口は動かしたつもりだが暴力的な風が言葉を奪っているのだと気付き、俺はいつの間にか握っていた彼女の手首を手前に引き寄せる。と同時に、右手の《ガイアパージ》を激突寸前だった落とし穴の壁に突き刺した。

 そこからはもう何の音かもわからない、ただうるさいだけの騒音が耳朶(じだ)を打つ。

 途中で殺しきれない速度に負けたのか、大剣が弾き飛ばされてしまった。だが俺は往生際悪く右手をガリガリと壁に這わせる。リアルなら爪がすべて剥がれるような感触に(さいな)まれたが、急激に近づく地面に比べれば不快感などない。

 着地直前に壁を蹴ると、アリーシャを抱いて俺の背が地面に向くようにしていた。

 音すら聞こえない衝撃。

 頭痛と吐き気が併発(へいはつ)して脳内をグルグルと回るが、俺は気力でそれらを抑えた。

 止めていた息を迷うことなく吐き出す。ゼィゼィと空気を吸うと、その旨さに感激しながら口から音を発してみた。

 

「ヵ……ハァ……ゼィ……生きてんなァ……おい……」

「うん……い、きてる……」

 

 胸の位置からアリーシャの声を聞くと、意識が飛びかける寸前でどうにか保てた。

 次に首を傾けて状況を確認する。体のほとんどが雪に埋もれていることから、雪崩の一部も穴に流れたらしい。

 この柔らかい雪がクッションになってくれたのか、はたまた俺の苦し紛れの空中減速が功を奏したからか。いずれにせよ、視界がレッドアウトするだけで済んだようだ。

 と言っても死にかけは死にかけ。

 俺はたゆんたゆんのマシュマロに名残惜しさを感じつつも、覆い被さるアリーシャをゆっくり退ける。続いて腰のポーチから赤い液体の入った瓶を取り出し、息継ぎもなしに(あお)った。こういう時に手荷物のアイテムが破損しないのはゲームならではの利点だ。もっとも、ゲームでなければ落下で間違いなく死んでいたが。

 

「アリーシャも飲んどけよ、回復ポーション。……さって、こりゃまたずいぶん突き落とされたな。ゲージがほぼフルだったからよかったものを」

「ごめんねジェイド……アタシを助けるために……」

「バァカ」

 

 とりあえず、彼女のふわふわの髪の毛に軽くデコピンしておいた。

 まったく、悪びれる必要なんてない。どう見ても討伐中の判断ミスであり、気づいた時点でアリーシャはどうしようもなかった。だからもう、そこは堂々と俺のせいにしろという話だ。

 しかし、格下にしてやられただけでは終われない。

 

「ま、とりあえず上への復帰方法を探そう」

「うん……あ、ちょっと待って。あれって……」

「ん……?」

 

 アリーシャの視線を追う。するとホワイトダストのように舞っていた雪が落ち着き、隅の方に人影が2つ転がっていたのが見えた。

 ゾクリ、と嫌な予感が脳裏をよぎるが、直後に聞こえた「いてててっ」というセリフと、下敷きにしたプレイヤーを心配するリズの声が聞こえてきて安堵する。

 どうやらキリトとリズも雪崩に巻き込まれて、そのまま抵抗もできずにこの落とし穴へ放り込まれたらしい。

 それにしても、穴の深さからして半端な装備しか身に付けていないリズは一撃死でもおかしくなかった。本来であればキリトは逃げきれていた。ならば、彼女の下敷きになっている状況から推測するに、キリトの咄嗟(とっさ)の判断がリズの命を救ったと言っても過言ではあるまい。

 そしてキリトらもHPを回復して息を整えると、今後の方針について話し合っていた。

 

「とまあ、死に目にあったワリには全員無事でなによりだ」

「けどこれからどうする? 俺やジェイド無しに上の3人は討伐を続けてるんだろうか?」

「ん~それはないと思うぜ。受けた依頼と仲間の安否とじゃあ天秤にもかけられんさ」

「アタシもそう思うかな。ヒスイならまずは……」

「そう、連絡してくれるはずなんだけどなぁ。まずっつーなら、まずは退避して安全な場所の確保とかしてんのかな?」

 

 ちなみにここは《結晶アイテム無効化エリア》。先ほど試したので確実である。考えることを放棄して一瞬で帰れる手段はこれで失われたわけだ。

 それよりも《メッセンジャー・バット》が使えないことの方が重症である。《迷宮区》と同じ条件であれば《インスタント・メッセージ》が届かないことにも納得がいくが、ここは迷宮区唯一の連絡手段すら使えないときた。これでは連絡手段に関してはお手上げだ。スマホもガラケーも無しに遠くの友達と連絡など取れようはずがない。

 

「う~ん……あたし今日ボケ役みたいだけど、レッテル剥がすために提案なんだけどさ」

「ほい、リズさんどうぞ」

「聞いた話じゃあんたとヒスイって、その……結婚してるのよね?」

「まあ、そうだな……」

 

 これについては今さら言い訳のしようがない。

 《圏内事件》と称された1ヶ月半前の2日間で、俺はヒスイと結婚していることを武器にアイデアを絞り出したことがある。そして最終的にほぼ包み隠さず俺達の関係を暴露してしまっていた。

 今までシリカにバレたりロザリアにバレたりと、とても堅守できたとは言い難かったが、それでもギリギリの水面下で押さえていた事実は白昼にさらけ出されてしまった。それもそのはずで、シーザーとクレイヴ、さらにシュミット、ヨルコ、カインズ、グリムロック、キリト、アスナに同時に知られてしまったのだ。火消しも何もあったものではない。

 これにより最前線の超意外カップルとして、本意ではない知名度がレジクレにのし掛かかった。メンバーが情報屋の取材を受けるは、ノリのいい仲間からサプライズを受けるは、心ないプレイヤーから脅迫されるは、離婚を迫られるはで、非常にてんやわんやになったのだ。

 ちなみにヒスイの結婚が周知されたことで彼女の株が急落し、実はアリーシャのそれが裏で急上昇していたりもするが、本人はどこ吹く風である。

 

「いま考えれば《リズベット武具店》をリズが《夫婦割引》で買おうとしてたのも、聞いてるこっちとしては複雑な心境だったりしてたわけだ」

「いやそうじゃなくてね。あんた達のストレージは共有されてるってことが言いたいのよ」

「なんてこったその方法があったか。リズは天才だな」

「ふふん、まぁね」

「ったく調子のいい奴め」

 

 まさかリズの口から突破口が聞かされるとは。かくものキリトもその柔軟な発想力に驚いた。

 俺は早速羊皮紙アイテムを取り出すと、浮かんできた小さなウィンドウに聞きたいこと、つまり今後どうするかについてだけをサラッとタイピングして、また同じようにストレージに格納した。するとヒスイもまったく同じ手段に辿り着いていたのか、すぐに格納した羊皮紙がごっそり消えて1分とたたない内にストレージに舞い戻ってきた。

 今度は俺がその羊皮紙をオブジェクト化すると、そこにはこうあった。

 

「『必要なら街で大量のロープを買ってきて、ドラゴンを倒してから救出にいく』だってさ。いまは19時50分……てことは、行って帰って倒して助けてなんてしてたら、最悪日付をまたいじまうな」

「罠にハマったもんは仕方ない。今日はここで野宿してから明日にでも来てもらおうぜ? 運のいいことにモンスターが湧かないフロアみたいだし、俺はソロで野営もしょっちゅうだ。1週間ぐらいならアウトドアライフ送れちゃう自信もあるしな」

 

 とはキリトの談。

 そうは言っても男女が混ざり合っているのだから難しい。

 

「つーかここで寝るのは仕方ないにしても、俺寝袋みたいなのわざわざ持ち歩いてないからな~。いい加減この寒さにめげそうなんだけど……」

「なんだよジェイド、寝袋も持ってないのか。俺なんか2つもあるぞ」

「その全員持ってるでしょ、的なノリやめてくれ。てかなんで2つ?」

「あ~、前にいざ迷宮区で寝ようとしたら、プロパティをよく確認しなかったせいで、30分もしない内に寝袋の耐久値(デュラビリティ)が全損してエラい目に遭ったからな。予備だよ、予備。にしても、ストレージ積載量が限界とも思えないし……あ、さては女を連れてるからだな?」

「ちげーよ。いやそれもあるけどさ、俺はうち帰って毎日暖かい風呂に入りたいんだよ」

「……え、キャラじゃなくね?」

「誤解なきよう言っとくけど、普段の俺はキャラ作りしてるわけじゃねぇからな……」

 

 そんなこんなで、何とも嬉し悲しいことに、俺は1つ屋根の下で年頃の女達と一緒に寝るハメになってしまうのだった。

 

 ――まあ、屋根はないんだけどね。

 

 

 

 

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