SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第11話 勝利と敗北(前編)

 西暦2023年1月1日、浮遊城第4層。

 

 とうとうゲーム内で年を明けた。防具の上に防御力の設定されていないファー付きコートを羽織り、いっときの思案に暮れる。

 しかし、年末年始の忙しさはゲームでも変わらない。約10日前の3層ボス攻略、先週25日にあった『クリスマスモンスター・エクセルイベント』に続き、今度は『ニューイヤー・イベントボス』、さらに第4層フロアボスなど大規模戦闘が控えているからである。

 ちなみに一口に『ボス』と言っても、その種類は4つに大別される。

 1つ目はクエストボス。

 主に街や村でNPCなどに話しかけると発生する。クエスト全てがボス戦をするわけではないが、どういうシステムなのか、クエスト自体は無数に増え続けている。よってこのカテゴリのボスも今後数を増やすだろう。

 2つ目はフィールドボス。

 各層に数体ずつ配置されているもので、迷宮区への入り口など、重要な通路を塞ぐ役目を負う。フィールドや迷宮区の各地を動き回る徘徊型も確認されている。これ自体がクエストのボスに設定されることもあり、種によっては再湧出(リポップ)する。

 3つ目はイベントボス。

 正月、ハロウィン、クリスマスなど、リアル世界のイベントになぞられて発生することが多い。

 その特徴から、イベントの起こるタイミングがプレイヤーのレベルと比較して適正でない場合もある。例えば来年の今頃、わざわざ4層にまで降りて旨みの薄まった『クリスマスモンスター・エクセルイベント』クエストを受注したりはしないだろう。

 各層で同時多発的に発生するが、プレイヤーは実力に合わないクエストは受けられない。ゆえに数は極端に少なく、単純な量で見ると最も貴重なボスと言える。

 4つ目はフロアボス。

 最も有名で最も高い戦闘能力を持ったボス。確定で100体存在し、100体目の討伐はすなわちこのゲームのクリアを意味する。プレイヤーの最終目標を、今さら事細かに明記する必要はないだろう。ある意味『デスゲーム』というイベントクリアのキーモンスターである。

 

「う~ん……」

 

 そして俺はいま、選択を迫られていた。貴重なイベントボスへ挑むか、強力なフロアボスへ挑むか。時間的に両方という選択肢はない。

 腐っても俺は攻略組であり、普通に考えればフロアボスのサポートに行くべきである。しかし強制されるものではない。低層フロアで何もしていない連中に参加を強制しなければ、平等とは言えないだろう。

 

「(よし、せっかくだ。イベントボスへ挑もう)」

 

 10日前、旧友だった奴からこの手を拒まれて以来、俺はもうソロの道を決めている。友達なんて足枷さ。

 それに4層ボスはすでにβテストの時に記憶しているが、未だ見たことのないイベントボスへの期待もある。かなりのハイペースで4層まで上がり、その迷宮区までほとんどをマッピングしている前線プレイヤーを見るに、おそらく4層ボスも難なく倒すだろう。

 現に第1層以来ボス戦での死者は出ていない。

 当時と比べるとボス討伐メンバーは各層数人ずつ入れ替わっているが、俺にもその順番が回ってきただけだ。今となっては皆勤賞なプレイヤーの方が珍しい。

 

「(にしても……マジで死人さえ出なきゃ、7層か8層ぐらいまではこのまま行くなこりゃ)」

 

 やはりスタートダッシュが遅すぎただけらしい。

 友達のいない俺は、気兼ねなく悲しく1人で延々とレベリングしてきたせいか、早くもレベルを18にまで上げている。フロアボス戦に参加することは訳なかったが、時代が俺に追いついてから手伝ってやることにした。

 

「(へんだっ、くやしかったら俺無しで階層上がってみろってんだ。……ん~しかし、例のイベントはこんなところでやるのか。案外サップーケーだな)」 

 

 てくてく薄氷(うすらい)を踏み抜くこと数分。ゴール地点とおぼしきエリアに到着した。

 薄く雪が積もる枯れた木々。段差と柵のないボクシングリングといったところか。そして同時に、吹き抜けの風がとことん冷たい。しかも、リングと言っても不自然に森林が切り開かれている円形広場で、ポストの替わりには申し訳程度に誘蛾灯(ゆうがとう)が薄く光っているだけ。

 そしてフィールドの一角には、ウワサを聞きつけたプレイヤーが数人の群れを為して点々とたむろしていた。その数、ざっと30人はくだらない。

 

「(お〜お〜、お早いこった)」

 

 今は午後7時45分。情報通りならあと15分だろうか。暇が後押ししたとはいえ、少々早く着きすぎてしまった。

 そうして近くの石段に腰を下ろすと、1月の寒さを再現した4層のフィールドを毒づきながらイベント開始の時を待つ。

 しかし意外なことに、俺はここで声をかけられた。

 

「あ~のさ、《ニューイヤー・イベントボス》ってのはここであってる?」

「あン……?」

 

 座ったまま見上げると、そこには趣味の悪い赤いバンダナをした、《海賊刀(カトラス)》使いと思しきおっさん顔の男が立っていた。安い装備にちびちびと生えた無精髭を見るに、どうも海賊が本業にも見えてしまうが。

 それにしても隣に座り込む勢いで接近してきたが距離が近い。馴れ馴れしい。人には『パーソナルスペース』というものがあることを知らないのか。トイレに立つ時に便器の間隔を空けるのも、それは理性ではなく本能がはたらいているからだ。男性諸君なら意味は通じるだろう。

 そもそも周囲を見渡せば一目瞭然。別に無視しても良かったが、俺は何の気なしに答えてやることにした。

 

「ああ……合ってる」

「そっか、今日はたまたま1人で狩りに来てるのか?」

「ん、あ~まァ……そう、だな……」

「へぇ~つってもまあ、一応正月だからな。それぞれ予定ぐらいあるか。とりあえずサンキュー」

 

 とっさにソロであることを隠してしまう。俺の嘘に気付いた様子もなく、それだけ言うとその男はギルドらしきメンバーのいるところへ小走りで戻っていった。

 それにしてもギルド持ちとは大層なことだ。あまりにも無縁だったことから忘れていたが、3層のとあるクエストをこなせばプレイヤーはギルドを持つことができる。つまり、あの男はそれでギルドを立ち上げたのだろう。そしてその数およそ7人……おそらくこれで攻略メンバーが40人を突破したことになる。

 

「(数が増えると、ドロップ品が貰いにくくなるってのに)」

 

 心の中で悪態をつきながら、その奥では実に10日ぶりとなる会話に喜んでいる自分を感じてしまう。これが無限にすら思えた心の空白を埋める何かだろうか。

 

「(え、えぇいっ。喜んでない、喜んでないぞ! さびしくなんて……でも、また話し方忘れちまいそうだな……)」

 

 卑下しながらそこまで考えていると、しばらくして俺の《索敵》スキルが反応するのを感じた。

 いよいよというわけだ。

 外の情報を意図的に遮断すると、俺も意識を戦闘用のそれに切り替える。

 最前線とイベントが重なるこのタイミングにおいて味方の質は少し落ちるが、40人もいるのだからイベントボスぐらいなら何とかなるだろう。

 だとしても俺は、ただ相手を倒すだけが目的でここに集まったわけではない。

 

「(ラストアタックだ。アレは俺が決める)」

 

 欲求丸出しの俺はイベントなど元々楽しむ気などなく、「イベントなんて……、リア充共の……」などとブツブツ言いながらボス出現予想ポイントで待機する。そしてプレイヤーがぞろぞろ集まる中、その中心地点が激しく発光し、そこにウサギを連想させるまったく可愛くない生き物がポップされるのを見た。

 その姿に俺は目を見張る。

 基本的なフォルムはウサギのものだが体長はゆうに3メートルを越えていて、白兎の赤い目は人のそれと近い高さに存在している。逞しい四肢は人の胴ほどあり、兎型にも関わらずその身に纏うオーラはすでに猛禽類(もうきんるい)のものだった。

 しかしこれらの見た目は、情報屋アルゴができる限り活字にして有料配布しているため、ある程度は予想できていたことでもある。

 ――アルゴいい仕事してるな。

 

「(そっか、そういや今年は兎年か……)」

 

 令和5年、卯年。などとどうでもいいことを考えていると、ギョロギョロと気持ち悪く動くボスの目に焦点が宿った。

 

『キエエエェェエエエエッ』

 

 耳をつんざくような声を上げると、ボスのHPバーが4段で表示され名前も判明する。

 ボス、《ザ・ヒートヘイズ・ラビット》。定冠詞があることからボスであることは確定なのだが、英語の意味はわからない。しかし、日本人であることと日本から出る気がないことを踏まえて、中学生レベルの英語すら話せないことについてはこの際無視する。

 そんなことよりも今はボス戦だ。

 

「(やる。俺ならやれる……)……うらァッ!!」

 

 存外チキンが多いのか、討伐集団の中で1番最初に動いたのが俺だった。

 あるいは他の人間は、おそらく初PoPで情報のないその行動パターンを、先駆者を利用して解析しようという腹だろう。それに気づいた俺の脳はしかし、勢いに任せて筋肉に運動を強要し、両手剣を抜刀するやいなや気合いと共に化け物兎に斬りかかる。

 愛剣《ライノソード》を薄水色に輝かせた。片手剣の頃から使えた初級単発斜め斬り《スラント》と同型技で、その名を《ヘビー・スラント》とする重量級武器のみが操る攻撃。

 しかし全長すら2メートルを超えるその白い体に、俺の剣は掠りもしなかった。ブオンッ、と風をまき散らしながらヘイズラビットが跳び上がったからだ。しかもどう見ても10メートル以上跳んで……いや、もはや『飛んで』いる。

 

「(うおっ、マジか。2層の真ボス飛び越えてっぞ……)」

 

 過剰回避しすぎだろう、と内心突っ込んでいたが、着地地点を見る限りだとその言葉は撤回しなければならなくなった。

 なぜなら盛大な土煙が晴れると、その4足にプレイヤーが下敷きになっていたからだ。

 自身の重量を利用した高所からの押し潰し。なるほど、間抜けな顔をして案外考えて動いているということか。ただの回避ではなく攻撃手段の一種というわけだ。

 

「上等だぁ!」

「こっちはギルドだ、数で押せぇ!」

 

 そこへ先ほどの赤バンダナの集団が斬りかかりに行った。

 しかし4足系モンスターは軒並み足が速い。相手はその特徴を遺憾なく発揮し、仮想戦闘フィールドを縦横無尽に駆け巡る。しかもちゃっかり攻撃はしてきているようで、今も右足で1人、後ろ足で1人が吹っ飛ばされている。

 そこで俺に、ある疑問が浮かんだ。

 

「(……後ろ足攻撃だと? 今見てたか!?)」

 

 視線を合わせないミスディレクション。そんなことが、モンスターに可能なのだろうか。

 本来『目』を持つ者が、視界に入らない敵を攻撃することはない。プレイヤーも同様の条件だが、敵も目を保有する構造上、その視野に映ったものしか位置を把握できないはずなのだ。

 

「(どうなってる……いや、あれか!?)」

 

 しかし見間違いを疑う前に答えを見つけた。ヘイズラビットの耳が動いていることに気づいたのだ。

 合点がいった。つまりこいつは、同時に耳でもプレイヤーの位置を把握していたというわけである。

 どでかい耳は戦闘の邪魔になるとばかり思っていたが、飾りではなかったようだ。少なくとも大まかな方角と距離なら掴めるらしい。種類までは判別できないだろうが、それは基本的に関係ないだろう。ボスにとって近づくものはすべて敵だ。

 だがそうなると厄介になる。

 不意打ちの成功率は大幅に下がるだろうし、何より俺が得意とするシステム外スキルの1つ、《見切り》が非常に機能し辛い。となれば、誰かに攻撃させて着地時のディレイを誘い、常に反撃を警戒しながら狙うしかない。

 そこまで考えると、いきなりそのチャンスが訪れた。

 赤バンダナ達とは別の4、5人集団が斬りかかり、それをジャンプで回避した兎の予測着地地点が俺の目の前だったのだ。

 ソードスキルには《クーリング》と呼ばれる言わば『冷却期間』が存在する。実際に剣や盾が熱を持つわけではないが、冷却中はそのソードスキルがロックされてしまうのだ。大技の無限使用を防止するためにもこれはシステム的に回避しようがない。しかし単発攻撃だった《ヘビー・スラント》のクーリングタイムは短く、すでにいつでも発動できる状態にある。

 やれる。そう確信した。

 集団からのボスへの攻撃は、未だに重さの乗らないへっぴり腰での剣が掠っているだけだ。最初に強ヒットを叩き込んでやる、と意気込んで腹に力を込める。

 そして訪れるヘイズラビットの着地と硬直時間による隙。

 

「れあァッ!」

 

 耳が小刻みに振動したことで、あらかじめ予想していた後ろ蹴りをスレスレで回避した俺は、再び《ヘビー・スラント》を発動。薄水色のライトエフェクトを纏った両手剣が間違いなくその胴に振り下ろされ……そして、ボスの体を手応えなく透過した。

 

「なにッ!?」

 

 驚愕に目を見開いていると、振り向いた化け兎が前脚で俺を蹴り飛ばす。

 段取りは踏まえたはずだがまだ足りないらしい。きりもむように飛ばされつつも、頭は自動的に原因を探っていた。

 何らかのバグ、なんて思考放棄に(ゆだ)ねるつもりはないが、ヒット直前にわずかに揺らぎのような現象は起きていた。テクスチャずれではなく、人の視野に介入する一種の技と見るべきか。

 

「ガッ……くっそ。どうなってんだ?」

「あなた! ちょっといい!?」

 

 そこへ、思考を邪魔するように横から女の声がかかってきた。

 苛立たしげに振り向いた俺は、そのスレンダーな黒髪女の姿を見て驚きを(あら)わにする。

 眼前にいたのはあの時、2層主街区で俺に説教した女だったのだ。汎用のバックラーシールド、真っすぐな(にび)色の片手剣を左手に持ち、男装をしているかのような軽甲冑の金属装備。かわい……じゃなくて、憎き偽善者。

 見間違えるはずがない。そもそもこのイベントに参加していたとは。視線が下がるのはクセのようなものだったが、せめて知人が混じっていないか確認しないのは迂闊(うかつ)だった。

 しかし怒気も強く「何の用だ」と言葉を発するより早く、女が話し出した。

 

「……なにか顔についてる?」

「ち、ちげーよ。そっちこそ、セッキョーの続きかァ!?」

「違うって。情報が欲しいの。あなた、後ろ足の攻撃をどうやって予測したの?」

「…………」

 

 どういった経緯(いきさつ)で俺に話しかけてきたのか、あるいは心境の変化があったのかは知らない。

 1つだけ浮かんだことは、せっかく手に入れた情報を安々と教えてやるもんか、という対抗意識だけだった。

 これはダメージをくらってでも掴み取ったものだ。タダで教えろ、なんてよく言えたものである。あの会話を経て、俺が親切に教えるとでも思っているのだろうか。美貌にもの言わせるにも程がある。

 なんて数瞬の思考を、彼女は打ち破るように制した。

 

「ボスの体を剣がすり抜けた理由、わかった気がしたの。タダじゃないわ……交換よ、どう?」

「な……に……?」

 

 これについてはしばしの黙考を余儀なくされる。されど、女1人に情報が渡るだけで透過能力の理由がわかるのなら儲けものだ。

 

「い……いだろう。けど、そっちが先だ」

 

 ガキのような返答になってしまったが、俺は条件を出してこれに応じた。

 前回のいざこざは今だけは忘れることにする。

 

「信じるわ。……まずボスの名前、『heat haze』。これ陽炎(かげろう)って意味なの。透過技を見るまで関係ないと思っていたけど、たぶん自身を実体のない状態にできるんだと思う。でも、やっぱり無敵じゃないわ。クーリングタイムはわからないけど……見たところ効果は約2秒。こんな低層でのソードスキルでは2秒もあれば終わっちゃうから、攻撃を通すなら2撃目以上じゃないとダメってことになるわね」

「…………」

 

 その情報に、知らず俺は歯がしみしていた。

 なぜなら、この女が手に入れた情報が俺よりはるかに細かく、かつ超重要だったことにプライドを傷つけられたからだ。

 そして決定的だったものは情報の後半部分。解釈に違いがなければ、この女は《スイッチ》が必要だと言っている。当然1人で《スイッチ》をする事はできない。しかもこれらの情報を照らし合わせると、ボスに纏まったダメージを通すなら以下の条件がいる。

 1つ、集団で囲い、回避をジャンプに限定させる。

 2つ、ジャンプ後、着地してディレイしたところを狙う。ただし全方位へ反撃される可能性を常に考慮して。

 3つ、初撃で透過技を使用させ、《スイッチ》で本命の2撃目以上を叩き出す。

 

 手順の質はともかく、量から考えてどうみてもソロでは無理だ。

 大集団で緻密な作戦を練り、統制された動きで攻撃していくしかない。そう、集団戦闘の代表である『フロアボス』を討伐するように。

 

「(くっそ。マジかよ……)」

「今度はあなたの番よ」

「……チッ、耳だよ。音聞いてんだあいつ。いくら背後をとっても、雪踏む音でこっちの位置はバレてるってことだ。非金属装備ならワンチャンあるが、まあ……俺とあんたの装備じゃ不意打ちは通用しないとタカをくくって戦うしかねェな。爆音で聴覚をかく乱するっていう手もあるけど……」

 

 催促されるがままに答えたが、女も同じ結論に至ったのか動揺しているのが見て取れた。

 すでに我欲のために個別で相手取れるレベルではない。討伐はやめるべきなのかもしれない。もちろん、バカ正直に伝えてもこの場にいるプレイヤーに勝手な主張は通じない。

 このまま無理に討伐しようとすると、間違いなく「死者が出る」と。女はここまで考えてしまったのだろう。

 そこへ両者の思考を遮るようにヘイズラビットが大きく鳴く。

 

『キエエエッキエエェェエエエッ!!』

 

 その声は、『狩る者達』を嘲笑(あわざら)っているかのように漆黒の夜空に響いた。

 

 

 


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